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2章 2節 金澤翔

 金澤翔にとってサッカー部の朝練が終わり、未だ始業開始まで時間の余裕があるのはいつもの事だった。

 ただ今日に限っては、普段なら誰もいない教室に、桜木美月がいた。

 窓の外を見ている。何を観ているかはわからないが、あそこから見えるとすれば、始業開始ギリギリまでタイヤ押しをしているラグビー部か、練習からすぐにあがれる陸上部ぐらいだ。


 うん?ーー 陸上部?……何か引っかかった。


 金澤は、未だ閑散とした自分のクラスに入り、席に座ってからも考えていた。


 ――そうだ、いつだったか放課後の校門で美月と話をしていた奴が陸上部だった。ただ桜木美月に限ってそんなことは……


 金澤からすると、美月があの陸上部の男に思いを寄せるとは到底思えない。とりたてて特徴も無く、自分と比べても、100人女子がいて、どちらか選べと言われたら、99人は自分を選ぶと思う。多少自分が自信家なところを差し引いて、あくまでも客観的に比較してもそう思う。


 まして美月に限っては、まず、全てが釣り合わない。プライドが高い彼女が自分に何もかも劣る人間に興味を抱くのだろうか?そうは思わない。

そもそも自分はともかく、男子や恋愛自体に興味が無いように思える。


 いや、物事、特に恋愛に関しては、単なるスペックや外見だけで決めつける事は出来ない。人の好みは自由だ。基本的人権以前の話だ。さらには世の中、今は多様性の時代。溢れている情報から自分の本当の興味を探す事が出来る。人からどう思われようと、それはその人にとっては、真理だ。第三者が全てを理解することは難しい。


 金澤は昼休みになるまで、延々とそんなことを考えていた。


 金澤翔は、天才に内心では憧れている。今でこそ恵まれた体格をもち、勉学も県下一二を争う高校でサッカー部のレギュラーを勝ち取り、誰もが羨む秀才だが、彼は小学生の頃に言われた、「あいつ、ウドの大木じゃん。」という影口に酷く傷ついた過去を持っている。それから、勉強もスポーツも頑張ってきた。中身のないただの背が高いだけの存在でない事を証明することが、彼の目的だった。今では、あの自分をバカにした奴に感謝してもいいかもしれない。


 そんな金澤にとって桜木美月は、明らかに自分とは違うように見える。とにかく無駄がない。洗練されている。もちろん勉強だってするだろうが、苦労するイメージが全く湧かない。


 金澤が、一日中美月の事を考えていた放課後の廊下で、ばったり美月と鉢合わせた。


「桜木さん、映画のチケットがあるんだけど、良かったら一緒に観にいかない?そ…その、興味が無いなら、いいんだ……、やっぱり――」


(あれ、何言ってんだ、俺。)

金澤がしどろもどろな事を言いきる前に、美月は話し出す。


 「いいよ。いくつか候補日時をメッセージで送ってもらえれば、後で返信するね。」

美月はスタスタと要件だけ言うと行ってしまった。


 「……えっ?おぅ、おお。――連絡するよ!」

金澤は自分に自信がある。ただ桜木美月の前では、昔の普通の男子になってしまう。あの陸上部の奴に対する焦りが原因だと思う。ただ、もうそんなことはどうでもよかった。急いで映画のチケットと公開情報を手に入れなければ……



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