12
「落ち着きました?」
僕の隣には、二人が居る。
心配そうに顔を覗き込むリリーと、肩に頭を載せてるイルマが。
僕は一人ではないのだ。悩みも嬉しさも、僕一人のものではない。
「ん……ちょっと、色々思うことがあってね」
「ですか。また今度話してくださいね」
「うん……。あぁごめん、話止めちゃって。彼に会ったんだって?」
呆気にとられるユリアと、特に気にすることなくワインを煽るノーラという対照的な二人を見る。
「え、えぇ。何となく纏う雰囲気が、エミリオさんに似ていたんですよ」
その評価は、嬉しいものだ。僕は彼に近づこうとしていたのだから。
「そっかぁ。彼、何か言ってた?」
「……ほとんど聞き取れませんでしたが、最後に『また、いつか』とは言っていたことだけは、分かりました」
「またいつか、ね……」
ユリアが持つ往時の瞳というスキルは、対象における過去の行動を見るだけのスキルだ。
未来が見えることなど、通常はありえない。しかしユリア本人もどうしてその時にベアトリクスが見えたのかは分かっていないようなので、本人に聞いたところで無駄だ。
そんなもの、彼が何かやったと思えば、僕は納得できてしまう。
彼に追いつく、彼に近づく。僕はそれを考えていれば、自ずと答えは見えてくるはずだ。
「あの人が、ユリアさんを助けたってこと?」
「……どうなんでしょう。私を救ってくれたのはマデレイネ様――エミリオさん達からするとそうではないようですが、ひょっとしたら神と私を結びつけて下さったのが、ベアトリクスさんなのかもしれませんね」
「やりかねんなぁ……」
人と神を結びつけることは今の僕にもギリギリ出来そうなことなので、灰の号を持つ彼ならそのくらい容易だろう。
時間を遡ることも、もしかしたらできるのかもしれない。毒属性魔法でそれを成す方法は流石に見当もつかないが、プレイヤーの前で毒属性しか使わなかっただけでそれしか使えないわけではないだろうし。
「……先程からその反応、彼を知っているのですか?」
「うーん、たぶん……? 同じ人かは分からないけど」
「ひょっとして、エミリオさんのご兄弟とか……?」
「僕一人っ子」
「……そうですか」
まだ納得できないような表情をしているが、僕だってユリアの出会った彼と僕の記憶にいる彼が同一人物と確信を持てるわけではない。
年齢がおかしいのだ。時間が止まっていない限り、今の彼は僕らと同じくらいの年齢のはずだ。
過去に干渉する魔法が存在すると言い切れるわけではないし、彼にそのような魔法が使えるかも分からない。
ただ、「魔法にできないことはない」と語っていた彼なら、何かしらの魔法を用いて過去に遡り、人を救うこともできたのかもしれないと、不思議とそう思える。
――あの人なら、そのくらいはやったはずだ。
――あの人なら、そのくらいはできたはずだ。
思い出の中に居る人は、段々と神格化されていく。もっと優れた人のはずと、思い込み続ける。
ただの思い出補正と、人は言う。
しかしそれはそう、一生物の思い込みだ。覆すことなど、できるものか。
それで良いのだ。僕は彼の思い出を、彼の残滓を追い続ける。
その結果どうなろうが、知ったことではない。僕の好きなこの世界には、僕の好きなベアトリクスが居るのだから。
「ユリアさんの憧れてた人と、僕の憧れてた人は同じ人ってことだね」
「……ふふ、何か運命のようなものを感じますね」
「は? 感じませんけど? せんせに色目使わないでくれます?」
急に喧嘩腰になったイルマがグラスをサイドテーブルに叩き付け威嚇をする。シャーって猫みたいな効果音が聞こえる気がするよ!
「なんかさっきと言ってること違くないですか!?」
「性的な関係になるのと運命的な関係になるのは別です! 一緒にしないでください!!」
勢いよくぶっ飛んだ発言が飛び出すが、ユリアはそのノリに付いていけずに疑問符を浮かべまくっている。しょうがないね! 僕もよくわかんないや!
「えぇっと、整理させて下さい。エミリオさんが他の女性と関係を持つのは問題ないんですよね?」
「そうですね」
「憧れの人が同じっていう奇跡に運命を感じちゃうのは」
「体中に1万個くらい空気穴開けてあげましょうか? 乳の分軽くなってバランス良くなりますよ」
「嫌です! やめて下さい!」
物騒すぎる運命力!
胸を抑えて一気に遠ざかるユリアと、今にも魔法ぶっ放しそうなイルマの目つきを交互に見ながら、どちらを止めるか考える。いやまぁ、どう考えてもイルマなんだけど。
もう一度動き止めたら怒られそうなんだよね。
「ま、冗談は置いといて」
「冗談だったんですか!?」
「冗談だったの!?」
「何せんせまで本気にしてるんですか! ユリアさんになら、《コンバージング・ライト》使うほどでもないですよ」
今イルマがコンバ……まで言ったところでユリアが全力で障壁展開したの、僕は気付いてるよ。
リリーもピクリと動いたので空気の流れに変化でもあったのだろう。となるとイルマも確実に気付いてる。
いや、いくらなんでもこんな部屋の中で使う魔法じゃないよね。宿屋なくなっちゃうよ。あれ、イルマの最大火力魔法だし。
「あ、そっちですか……」
「他に何が?」
「いえ、もうどっちでもいいです……」
冷静になったのか急にトーンダウンしたユリアは、大きく息を吐き出した。
その後僕のことをじっと見て、再び溜息。何どういうことよ。
「……この話、また今度にしましょう」
「それがいいね……」
ユリアの意見に同調する。イルマの居ないところで、と言いたいところだが、浮気を疑われても困るのでそれは言わないでおく。またイルマの機嫌が良い時にでも聞いてみよう。
「あ、ユリアさんの話終わりました?」
「終わったというか、終わらされたというか……」
「じゃ、質問良いですか?」
「私にですか?」
「ですよ。何食べたらそんな胸デカくなるんですか? これでも色々試してるんですけど……」
自分の胸をむにむにと揉みながらイルマは聞く。
風呂上りのイルマは勿論ノーブラなので、揉まれる胸の形がはっきり分かる。青少年は直視できない光景だよ! ユリアと比べたら小さく見えてしまうが、イルマの胸も手の平に収まらないほどの大きさではある。平均以上どころか、上の中くらいのサイズだ。いやクラスメイトのことを胸のサイズで序列とか付けてるわけじゃないよ。あくまで一般的な話ね。
「……特に何もしてませんが」
「えっ生まれつきそれですか?」
「いえ、流石にそういうわけでは……。そうですね。大きくなったのは、12くらいでしょうか」
「は? 捥ぎますよ? ていうかちょっと揉んで良いですか?」
「……いえあの」
「うひょーい! 何ですかこれ! うわっ何! 何これ何これ! 私のと全然違う!」
急に飛び上がったイルマはユリアをベッドに押し倒し馬乗りになると、これでもかと胸を鷲掴みにして揉みに揉む。
足で上手いことユリアの腕を押さえつけることで、抵抗もできていない。足がじたばた動く程度だ。
「あの!?」
「もうちょっと! もうちょっとだけ!」
「今すぐやめて欲しいんですが!??」
「何ですか減るもんじゃないし、別に良いじゃないですかー」
「羞恥心とかありますからね!?」
「捨てましょう今すぐ! ていうかブラ邪魔なんですけど!」
イルマはそんなことを叫びながらユリアに覆いかぶさると、彼女の乱れたシャツの隙間から手を突っ込み、ごそごそと手を動かす。
「え、ちょっ……どうして!?」
イルマが手を掲げると、そこには巨大なブラジャーがあった。取ったどーとでも言いたげな、満足そうな顔をしている。
「うわデッカ! 帽子サイズじゃないですかこれ!」
「ちょっと待って下さい今の動きでどうして取れたんですか!??」
超困惑してるユリアは先程よりも激しく暴れるが、イルマは足をぎゅっと締めることで彼女の動きを抑制する。ていうかあれ、体属性魔法使ってるよね? イルマは体属性適正が低いわけではないので多少は育てているが、それはあくまで身体強化の補助程度。振りほどくことができないほどの力にはならないはずだが、馬乗りになって両手拘束している姿勢のせいか、ユリアは足をバタつかせる以外の抵抗ができていない。
下着を奪い取ったことで満足せず、服の隙間から手を突っ込んで直接揉みに入ったイルマちゃん。
うーん……止めるべきかコレ?
「……止めないで良いの?」
そんなことを考えてると、無音で二人から離れていたノーラが僕の隣に座り、正面からユリアの痴態を眺めながらそう話しかけてくる。
「止めたら怒られそうだし……。ノーラさんが止めたら? 一応友達でしょ?」
「飛び火しそうだから嫌」
うん、即答ですね! 友達を一瞬で切り捨てる非情さに憧れない!
僕の隣に座ったのもイルマを挑発するつもりではなく、いざという時にはユリアを放り投げた時のように僕を盾にするためだろう。そこまで分かってしまう自分が嫌だ。
「あーもう! 邪魔ですねこれ!」
イルマはそう叫ぶとユリアのシャツの裾に手を掛け――
「あ、脱げた」
ブラジャーのように、あっけなく剥ぎ取られるユリアのシャツ。
シャツはブラジャーと一緒に放り投げられ、ユリアの手の届かないところへ飛んでいく。
人の服脱がすの慣れすぎじゃない? どこでそのスキル身についたの? リリーの着せ替えかな?
「み、見ないでください!!」
必死の形相でこちらを睨み付けるユリアだが、イルマの攻撃は留まることを知らない。
揉んだり顔を埋めたりつついたり引っ張ったり舐めたり齧ったり吸い付いたり――
あ、なんかそろそろ止めないとまずい気がする! 今後の関係に差し支える気がする!!
「ちょっとイルマ、そのへんで――」
「《汝はそこに居らんとす!》」
僕がイルマを静止しようとした瞬間、身悶えながらユリアが叫んだ。僕の障壁が、かなり強めの魔力反応を感知。しかし攻撃性の魔法ではない、これは――
「……消えた?」
二人の姿が、音もなくベッドの上から消失した。
周囲を見渡しても、部屋のどこにも二人の姿がない。ユリアとイルマの二人に瞬きの瞬間に高速で動くとかそんな芸当が使えるとも思えないし、単純に考えれば転移魔法だ。
イルマは使えないはずだ。転移なんて面倒な魔法構築は全部僕がやればいいと前々から言ってたので、隠れてマスターしていたとも思えない。となると消去法で、転移魔法を使ったのはユリアだ。
そうすると、不思議なことが一つ。
「どうして一人で転移しなかったの……?」
「え、何? 二人転移魔法使ったの? ていうか、使えたの?」
「イルマじゃないから、たぶん転移魔法使ったのはユリアさんの方だよ」
「……どうして一人で逃げなかったのかしら」
「……わからん」
気が動転していたとか? いくらイルマでも人の転移魔法に自身を紛れ込ませる追従転移なんて芸当が出来るとも思えない。あれは万全の準備をしていた僕ですら出来るか微妙なところなのだ。
やはり二人で移動したのはユリアの仕業だ。一人で逃げれば良いものを、二人で飛んで行った理由。
うーん、分からん!
「隣の部屋、だね」
リリーが壁を見てそう言った。……ちゃんと防音されてると思うんだけど、やっぱ聞こえるんだね!
「あ、右? なら私達の部屋よ」
「なるほどなぁ」
「エミリオの前でヤられるのは恥ずかしかったんじゃない?」
「……いやヤらないで欲しいけど」
「やる? 何を……?」
「リリーは知らないで良いことだよ……」
「むぅ……」
むすっとするリリーがあまりに可愛くて、ぎゅっと抱きしめちゃう。
華奢という言葉がピッタリなリリーの身体は中々成長することなく、身長も胸のサイズも出会った時から僅かにしか変わっていない。
いや、僅かには変わっているのだ。屋敷で行われる定期的な健康診断において、身長や体重が少しずつ増えてきているのは確認できる。その速度が成長期とは思えないほどゆっくりなだけで。
リリーの種族である天族は人より長い寿命を持つ種族だから、成長が遅い可能性はある。両親はヒト種の大人の平均くらいはあったそうなので、もしかしたらリリー並みにゆっくりと大人の体躯まで成長した長命者なのかもしれないのだ。
まぁそれはそうとして、リリーは普段から自分が皆より成長が遅いことを少しだけ気にしている。
学校に居る間はあまりそういう素振りを見せないが、屋敷に居る時は別だ。
屋敷の皆は、最初は自分と同じくらいの身長だったり、リリーより小さい子も多く居た。しかし今となっては、リリーが屋敷で最も小さく、軽いのだ。
ユリアと同い年とは到底思えない。たぶん体重、倍くらい違うんじゃないか……? 身長も胸も随分違うし……。
「リリー、ほんとちっさいわね」
「うぅ……」
「可愛いから良いでしょ!」
「あ、そう……」
ほらほら、こんな可愛いぞ。ほっぺは幼児みたいにぷにぷにしてるし、痩せ過ぎってほどじゃない身体にはちゃんと肉が付いてるし、ふとももとかすべすべだし、髪さらさらふわふわだし。
どこに頬ずりしても夢心地が味わえる、まさに天使。
明らかに引いてる表情のノーラが視界に映るが、気にしないでおく。リリーの魅力に気づかないなんて素人だな!
「……ところで隣の二人、放置してて良いの?」
「んー……」
「混ざってこれば?」
「それはちょっと……」
ポケットから取り出した部屋の鍵をこちらに渡そうとするノーラだが、僕はそれを受け取ろうとはしない。
何が起きてるかもわからない現場に突入するのって、怖くない……?
「何でそういうとこ奥手なの……? ていうかイルマの暴走、あれただの欲求不満でしょ? ちゃんと解消してあげてるの?」
「うっ……」
「……してないのね」
「はい……」
「エミリオ、あんた童貞でしょ」
「はい……」
何か冷めた目で見られながら淡々と事実を述べられると、心が痛くなる。
リリーも何かを懇願するような目でこちらを見上げてくるので、それもそれでダメージデカい。
「基本的に毎日一緒に居るわけでしょ? 朝から寝る時までずっと」
「はい……」
「で、あんたからは手を出さないと。それ、あの子の気持ちになったらどう思う? どこで欲求を解消すれば良いと思う?」
「うぅ……」
これまでも薄々感づいてはいたけど、こうして面と向かって第三者に言われると僕中々のクズだなぁとか考えてしまう。
だって、事実なのだ。僕の言葉は全て言い訳になってしまうのだから、迂闊な言葉を喋れない。
「嫌いだからとかじゃないのよね?」
「違います……」
「で、向こうからはずっとアピールしてきてんのよね」
「はい……」
「……もしかして勃たないの?」
「そういうわけじゃないです……」
「じゃあ、何でしてあげないの?」
「監督者として、責任を……」
「あのさぁ」
ノーラはグラスに残っていたワインを一気に煽ると空になったグラスをサイドテーブルに叩きつけ、大きな音を立てて言う。
「まず第一に、男としての責任を果たしなさいよ!」
そう叫ぶノーラは確かに酔ってはいるだろうが、瞳は虚ろでなければ、呂律が回っていないわけでもない。
酒の力でちょっと感情的になっているだけだ。故にその言葉は、本心から出る言葉だ。
「……そうだね」
「はい、分かったら行く! ユリアは邪魔だったらこっちの部屋に投げ飛ばしてくれれば良いからね。あと夕食の時間は一番遅いのに変更しておくけど、別に来なくても良いわよ」
鍵をこちらに投げつけられたので、今度はちゃんと受け取った。
「ん、ありがと。リリーも、行こっか」
「うん!」
リリーに軽くキスをして、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
勿論、リリーの手を引いて。
◇
◇
◇
僕らはその日、関係を持った。
初めて同士の、三人で。
それは永遠に消えることのない傷となり、僕らの心に突き刺さる。
傷と言っても、不快な傷ではなくて。
その傷は、一生物の宝物。




