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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
98/133

11

「いやほら、気になってるって言ってたでしょ?」


 ユリアが身体を起こしてノーラに詰め掛けると、ノーラは冷たくそう言った。


「あれはっ言葉のあやで!」


「えー、そうは聞こえなかったけどなー」


 一本目のボトルを空にしたノーラは二本目のボトルを開封し、グラスになみなみ注ぎながら適当に返す。

 いつもならイルマが反応しそうなところなのに、珍しく静かだ。自分からキスする時はこんなことないのに、たまーに僕からすると急に顔を真っ赤にしてフリーズするの可愛いよね。


「この子、気があるみたいなのよ」


「だからっそういう誤解を招くような言い方はやめてくださいって!」


「えー」


 ねぇなんとかしてよイルマ……戻ってきて……。


「はっ!」


 僕がそんなことを考えていると、急に覚醒するイルマちゃん。助けを求める心の声が聞こえたかな?

 正気を取り戻したイルマはユリアの顔をじっと見て、言う。


「一緒にエッチなことするって話でしたっけ?」


「違います!!」


「あれ、そんな話じゃなかったですっけ……」


「色々混ざってますって! 今は私がエミリオさんのことが気になってるって話を……あ」


「あ」


「はい?」


「うん?」


 うん?


「え、それ性的な意味でですか?」


「……忘れてください」


「嫌でーーす」


 急にいつものテンションになったイルマちゃんはぐいぐい行くよ。暴走車だよ。


「…………まぁ、事実ですので」


「え、せんせに惚れちゃったんですか? 顔ですか?」


 なんで急にそういうこと言うの? ていうか本人前にしてする話かこれ?

 肯定されても否定されてもむず痒いんだけど?


「なんですぐそういうことを……恋愛感情かと言われたら分かりませんので、これ以上は話したくないんですが」


「へぇー、で、どうしてですか?」


「話したくないって言ったの聞いてました?」


「ユリアさんは対抗戦見てないですし、今日の魔法行使も正直そこまで格好良いとこはなかったですよね」


「……それはそうですが」


「そこは否定してよ……」


 うん……地味だよね……。攻撃魔法バンバン打ってた三人とは違って、僕はほとんどの攻撃手段を封じされた状態であの狼と戦っていたのだ。

 目に見えない障壁とか目に見えない弱体化なんて、言ってしまえばなくても構わないものだ。圧倒的な力があれば、そんな小細工は必要ない。それこそベネディクトゥスの火力やフェリクス並みの万能さがあれば、勝負はすぐに終わったはず。

 僕にはそのどちらもないし、相性が悪い相手と戦う手段に乏しい。集団戦において相性が悪い敵と戦う場合は、支援と弱体を駆使して他の人に倒してもらうことになるのだ。


「昔、エミリオさんと似た人を見たんですよ」


「……人違いじゃない? 僕は会ったことないし」


 うん、いくらなんでもこんな胸の人が居たら忘れないよ。ていうかほとんどマスカール王国から出ていないのだから、他国のユリアに会っているはずがない。


「えぇ、人違いですよ。今のエミリオさんより、随分歳を取ってましたから。ただ私が見た彼が現実の人なのかは、分かりません」


「……どういう意味?」


「私にも、分かりませんよ。私の持つ《往時の瞳》で見えるのは、過去のはずなのに――」


 往時の瞳と、ユリアは言う。

 それは、ユリアが持っているかもしれないと、僕が予想していたスキルだ。しかしただの勘違いだという結論に至った、はずなのに。


「死の間際に見えたあそこで、私はエミリオさんと似た人を見ました。――“灰色のベアトリクス”と名乗る、30前後の男性に」


「……え?」


 僕はその名を聞いた時、一瞬だけ、思考が完全に停止した。

 灰色の――


「ベアトリクス……」


 ベアトリクス。そう、灰色のベアトリクス。

 色とは号であり、二つ名である。黒でもなく、白でもない、混色の灰色。

 最も優れた魔法使いに与えられる白色でもなければ、最も力のある魔法使いに与えられる黒色でもない。

 優れてなければ、力もない。そのどちらでもないが、それらに並ぶと認められた魔法使いに与えられる二つ名。

 それは、神から授けられる名だ。故に、その二つ名を持つ者は絶対の力を、絶対の権力を得る。どの国に行っても通じる、永久的に使える身分証のようなものだ。

 それを騙ることは許されない、世界に三色しか居ない者の一人。


 それが、灰色のベアトリクス。

 は、あはは、ははは。


 そっか。

 ――そこに居たんだ。ベアトリクス。


 僕が憧れた人。僕が目指した人。僕が追いかけた人。

 ただのNPCだ。そう、そんなことは分かっている。

 それでも僕は彼のことが好きで、一瞬登場するだけのストーリーを何度も読んで、たまに現れる彼の言動に一喜一憂して。

 楽しんだのだ。あのゲームを楽しめたのは、ベアトリクスというキャラクターが居る世界だったからだ。


「どうして、泣いてるの?」


 リリーが、僕の頬に手を触れる。


 あぁ、そうか。

 忘れていたよ。僕はずっと、君のことを。


 けれど、思い出した。もう、忘れない。

 目指す先は、そこにあるのだから。







 彼の話をしよう。

 彼は、ゲーム内でも特殊な立場の、不思議なキャラクターだった。

 出自は不明で、年齢も不明。ただし諸々から推測するに、30歳程度であると思われる。


 ほとんど表舞台に出てこない白のアングラードとは異なり、会おうと思えば気軽に会うこともできたキャラクターだ。

 黒は200年ほど前に寿命を迎えて死んだきり、新たに表れてはいないとされている。そしてプレイヤーが唯一獲得できる色が、黒色だ。

 一応、世界に一人だけという設定がある号ではあるが、黒に関してはプレイヤーにおいて複数人の所持者が居た。それでもNPCは黒の号を手に入れたプレイヤーのことを、“世界に一人だけの黒”として扱ってくれたから、ストーリー上特に問題が起きることはない。


 彼が灰色の号を得た年齢は分からない。しかし齢200歳を超える高齢の白とは違って、ゲーム開始時より少し前に取ったのであろうことは、彼の師であるエルヴィール・カプレの発言から推測できる。

 灰色のベアトリクスは、決して強すぎるわけではない。そして、優秀というわけでもない。ストーリーでは度々ポカをやらかしてプレイヤーがカバーをすることになったり、魔法の特性が偏りすぎて、登場した癖に特に何もしないまま撤退するシーンも多く、そういうところばかりを見ていると、あまり格好良いとは言えないキャラクターだ。

 しかし彼には、魅力があった。キャラクターとしての魅力だ。

 きっとデザイナーは、彼に相当思い入れがあったのだろうと、度々語られたものだ。


 彼の魅力の一つは、異常なほど発達したAIにあるとされている。

 何せ、同じストーリーでも、プレイヤーによって違う反応を見せるのだ。それこそ種族なり職業なり性別なりで言動が変わるNPCは多くいたが、彼ほど多彩なバリエーションがあったわけではない。

 攻略サイトには、コアなファンによって作られた「ベアトリクス反応まとめ」みたいな項目があったくらい、複雑なAIで動かされていた。同じ発言を引き出すための法則作りまであったのだ。


 その理由は、5年程度しかプレイしていない僕には分からない。あのままゲームを続けていれば、もっと細かい設定も分かったかもしれないし、公式側が彼について、何か発言する機会もあったかもしれない。

 ただ、ほとんどのプレイヤーからすると「フレーバー上は強いNPC」でしかないのだ。公式が贔屓しているだけで、実力は大したことないのだと思われていた。

 とある季節イベントで戦うことになった時、鑑定系スキルを限界まで上げていたプレイヤーが彼のステータスをチェックしたら、ほぼ全ステータスがカンストしていたことを発見したという伝説がある。ただしあれは、負けイベントを公式が雑に調整しただけとされていた。

 戦闘の制限時間も短く、当時のトッププレイヤー集団ですら絶対に倒せないと言われており、机上論ですら倒すことは不可能だったのだ。

 ゲーム設定上はステータスカンストが事実かもしれないという説もあったが、それは推論の域を出なかった。


 彼は毒属性魔法の扱いに秀でており、毒属性で使えないものはなく、毒属性でできないことはないと豪語していた。言うとおりプレイヤーの前で使うのは毒属性魔法のみであり、他の属性魔法を使えたのかは分からない。

 そのように使用する属性が偏ったNPCというのは有名キャラには数多くおり、彼もその中の一人だ。


 天才とされる有名キャラクターが数多く居る中、彼の師であるエルヴィール・カプレ曰く、“才能がないことに関しては天才的”という評価らしい。

 よく意味が分からない言葉ではあるが、前後の文脈から読み解くに努力の天才という解釈をすることができるので、彼のことを好きなプレイヤーからはそのような人間と思われていた。何せ、世界に三色しかない号の持ち主なのだ。魔法使いとして、世界で三本の指に入るということである。

 「白には勝てるけど、師匠には勝てねえや」と彼がボヤくシーンが印象に残っているプレイヤーも多い。

 白はあくまで“世界一優秀な者”に与えられる号で、魔法の発展や世界への貢献度で獲得できるものであり、イコール世界一の実力者というわけではない。

 故に黒でなくとも灰の彼なら白より強いというのは事実であろうが、プレイヤーが黒の号を獲得して立場上は同格になったところで、「俺に勝つには、人生やり直してから来な」と言われるので、設定上(・・・)はプレイヤーが勝てないほどの高みに居たはずだ。


 そもそも彼の使う魔法は今の僕以上に毒属性に特化しており、彼ほどの実力者がそうならば、それはすなわち対生物において右に出る者は居ないということにもなる。

 実際、ゲーム作中では戦略兵器のような立場であり、プレイヤーが直接戦う機会がなくともNPC達は彼の実力を悪い意味でも認めていたのだ。


 ――いい意味では、なかった。


 敵味方関係なく皆殺しにするような性格ではないし、イベントによっては、救える命は救おうと各地を奔放しているシーンもある。けれど彼は、多数のNPCには好かれていなかった。

 理由は、ほとんど分からない。彼の話を聞くと言葉を濁すNPCも多く、過去を知る術はほとんどなかったからだ。


 普通に生きていたら、ただ強いだけでは、灰色の号を手に入れることなどできない。

 きっと、彼が皆に好かれていないのは、それが関係しているのだ。そこまでは予想できても、ストーリーはそこまで進まなかった。先を見る前に、僕はドロップアウトしてしまったから。

 故に、予想でしかない。妄想でしかない。彼が何をしようとした結果何を成して、どう生きたかが分からない今、僕は彼の行動に倣うことはできず、近づくこともできない。


 だが、それで良いのだ。

 それでも、構わない。


 僕が目指す先には、彼が居る。


 灰色のベアトリクスが。

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