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ルゴスについて知らないのは、むしろ普通のことなのだ。
最後に歴史に名前を残した出来事は500年も前のこと。リリーのように神が好きだったり、シスターのように長命種なら知っていることもあるが、ルゴスというのは一般的に語られる神の名ではない。
神としての説明に関してはリリーが乗り気だったのでほとんど任せて、僕が補足したのは僕自身の肉体についてくらいだ。
土属性門系統魔法については、二人とも“存在くらいは知っている”程度の認識だった。使い方はおろか、使える人物すら知らないくらい。
「で、どうしてそのルゴスさんはクリストッフェルの像を壊してくれたの?」
「あー、それは言っちゃうと責任転嫁かなぁ」
「え?」
疑問符を浮かべるノーラとユリア。イルマやリリーは説明しなくともなんとなく察していたのか、特に驚いた様子はない。
「だってクリストッフェルって神話上の悪魔でしょ? そんなのと今を生きる人間が対峙する必要なくない?」
「え、いや、それを言ったら無いかもしれないけど……」
「神話の化け物の相手は神の担当でしょ?」
「そ、そう言われてみればそんな気もするわね……」
よし、丸め込めてる気がするぞ!
ぶっちゃけルゴスが手助けしてくれるかは賭けのようなものだったが、ルゴスに肉体を作られている僕がルゴスの意に反したことをできるのかはわからないので、僕の言動はルゴスの言動といっても差し支えは無いのかもしれない。
いやまぁ、ただの気まぐれの可能性も高いんだけど。
「たぶん向こうもそのくらいの認識だったんじゃないかなー」
「……とんでもない切り札があるのね」
「まぁ、極力自分の力でなんとかしたいとは思うけど、あれは相手が悪いでしょ。普通に戦ったらシスターレベル必要だよ」
「……でしょうね」
僕はあの像を見て強さが分かったわけではないが、ルゴスが異相門で殺しきるまでに注いだ魔力の量を思えば、並大抵の実力で戦える相手ではないということくらい分かる。少なくとも、今の僕では百回死んでも倒せないほどだ。
それを言えば対抗戦で戦ったフェリクスだってそうだったが、人間とそうでないものを同等に扱うことはできない。特に生物に対する魔法に特化してる僕みたいなタイプだと。
シスターならたぶん倒せたと思う。いやシスターが負ける姿が想像できないだけなのだが。
「僕への質問はそのくらい? もう締め切っちゃって良い?」
「あ、その前に聞きたいことがあるんですが!」
急に元気になったユリアが挙手をする。なになに、嫌な予感しかしないんだけど。
「イルマさんとリリーさんとは、どういう関係なんですか? その……どちらともく、くち、口付けをされてるようですが……」
頬を赤らめ少しだけ恥ずかしそうに質問される。
これ、僕が答えたほうが良いのかな……?
「恋人ですけど」
あ、イルマが答えてくれた。ありがとうねイルマちゃん。撫でておこう。
「……では、リリーさんは?」
「私も、だよ……?」
リリーは“だよね”ではなく、“だよ”と断言した。うんうん、そこは譲らない子だ。
「えぇっと……エミリオさんはお二人とお付き合いをしてらっしゃるので……?」
「そうだけど」
ここは二人の名誉の為にも否定するわけにはいかない。事実は事実と認めなければ。
「そ、そうなのですね……なので私達の裸にも反応されなかったと……」
自分で言っておきながら風呂場での出来事を思い出して恥ずかしくなってきたのか、ユリアの顔は段々と赤みを増してきている。黙っていたノーラもだ。
「いや、せんせ滅茶苦茶反応してましたよ」
「何言ってるの!?」
「ユリアさんのおっぱいガン見してましたし」
「そ、そうなのですか!?」
「ガン見してたのはイルマの方じゃないの!?」
「見てたことを否定はしないんですねー」
「ぐっ」
痛い所を突かれてしまった。いや、そりゃ見るでしょ。湯に浮かぶメロンだよ。珍百景じゃないんだからそんなの一生に一度も見れるものじゃないでしょ。
平均と比べてもかなり大きいはずのイルマすら霞むほどのビッグサイズ。だって下着の締め付けがないところで見ると、頭と同じサイズに見えるくらい巨大なんだよ?
「……私は見られてないのね」
少しだけ安心したのか、ノーラはふぅと小さく息を吐く。
いやまぁ、隣にメロンが浮かんでたら、そりゃ意識が行かないよ……。
「こんなすぐ傍に美少女があるのにせんせったら……」
「うんうん、イルマちゃんは可愛いなぁ」
ちょっと怖いから撫でておこ。いや確かにそりゃ見ちゃうし下半身に血液めっちゃ流れちゃうけど、イルマとリリーの裸は毎日のように見ているのだ。
そりゃ最初は慣れなかったけど、今では割と慣れた。心構えをしておけばなんとかなる。なんとかね。
イルマばかりを撫でていたらリリーがむすっとしてきたので、リリーも一緒に撫でておく。可愛いなぁ。
「そういえばノーラさん、胸はないけどスタイル良いんですね。やっぱ鍛えてるんですか? 胸はないけど」
「ねぇ何で2回言ったの!?」
いきなり自分に話題を振られたノーラは、サイドテーブルにグラスを叩き付けながら叫ぶ。
「着痩せするタイプなのかと思ってたのに、本当になかったので……」
「哀れむような目で見ないで!」
「えー、そこまでかなぁ? 隣にユリアさんが居たからそう見えただけじゃない?」
「何で男に慰められなきゃいけないの!?」
「実はCくらいあったりします? すみません、あんまり小さいと区別つかなくて……」
「ギリBよ! 何言わせるの!」
「上に? それとも下にですか?」
「下によ!」
なんか可哀想になってきたからやめたげよと言いたいが、明らかに皮肉になるので言わないでおく。話に混ざってこないリリーも黙って下を向き、自分の胸をぺたぺた触っている。やっぱり気にしてるのかな……。
「で、鍛えてるんですか?」
「……急にトーンダウンしないでよ。鍛えてはいるけど、肉体強化はほとんど魔法頼りだからそこまで大したことはしてないわよ。無駄に筋肉付けるのも馬鹿らしいし」
「へぇー、そうなんですねー」
「何でそんな興味なさそうなのよ……」
ノーラはそう呟くと、グラスにワインを並々注いで一気に飲み干した。ヤケ酒かな?
ていうかボトル手放す気ないみたいだし、自分一人で飲むつもりだな? いや別にアルコールを嗜む趣味があるわけでもないけど、ワインガブ飲みしてる目の前でコーヒー牛乳飲むのちょっと恥ずかしいし。
僕らが売店で買ったのは飲み物の他は甘味メインだが、ノーラが持ってきたのは明らかに酒のつまみであろうナッツ類だ。こういうところ、素が出るよね。
「あの、ノーラさん? 私にも一杯頂けます?」
飲み物を全く持参して来なかったユリアは、きっとノーラがボトルワインを買ったから一緒に飲むつもりだったのだ。まさか一人で飲む構えを見せられるとは思っていなかったのだろう。
僕らのグループに入るまで、元から仲良かったわけではないみたいだし。
「は? 自分の乳でも飲めば?」
「出ませんからね!?」
「へぇー」
とんでもない発言をしてるノーラさん、顔が赤くなってます。照れとかではなく、全体的に。これ、酔ってらっしゃいますね。まだ夕飯前なんですけど。このまま絡み酒になったら辛くなるから話逸らしたいところ。
「ユリアさん、飲む……?」
「あ、ありがとうございますリリーさん。頂きます……」
いたたまれない気持ちになったのか、リリーが冷蔵庫から取り出したのは夜に飲むつもりで買っていた、柑橘を主としたミックスジュースだ。ボトルを受け取った僕はグラスに注いで、渡してあげる。
よし、とりあえずしばらくノーラに話を振るのはやめよう。問題発言出そうだし。
「そういえば、ユリアさんは来ないと思ってましたよ」
「はい? どこにです?」
「お風呂。せんせに裸見せたくなったんですか?」
「見せたくなったから入ったわけではないですからね!?」
酒が回ってきたのかぼーっとしているノーラからナッツを奪って食べていたユリアは、吹き出しながら反論する。
「見られることより浴槽に浸かる方を優先しただけです!」
「その割には見せる気満々だったじゃないですか。真向かいって」
「……あ」
「あれ、気付いてなかったんですか?」
思い出して恥ずかしくなってきたのか、ユリアはアルコールでも飲んだのかというくらい顔を真っ赤に染め上げる。
うん、僕も指摘したかったけどできなかったことだ。いくら湯気があっても、いくら距離が離れてようが、対角線上に居たら自然と視界に入るんだよ……。
見られたくないなら距離を離れることを諦めて、隣に並ぶように入れば良かったのだ。あえて見ようとはしたわけではないから、それなら視界にも入らなかったろうし。
「……あの、忘れて頂けると」
「嫌でーーーす」
「……エミリオさん」
「ボクハミテナイヨー」
「…………はぁ」
あ、これ諦めムードだ。一応話を聞いてる風で頷いているノーラは何も気にしてないみたい。
僕にあのメロンインパクトを忘れろというのは無理な話だ。もっとインパクトのある出来事でもなければ、簡単には忘れないだろう。
「忘れさせたいなら、もっと強い思い出で上書きすればいいんですよ」
「……具体的には?」
「エッチするとか」
「……………………誰と?」
「は? せんせとに決まってるじゃないですか」
ちょっとキレ気味で返すイルマさん。何を言ってるんだお前はって顔してるけど、それは僕も思ってるよ。何言ってるの君?
「……………………」
あー沈黙が痛い! 僕何も言ってないのに! そんな目で僕を見ないで!
「……ちなみにそれ、イルマさん的には問題ないんですか?」
「いやー、今更かなって。ほら、既に二人居るわけですし」
「…………そうですか」
そんな目で僕を見ないでくれる? まだ何もしてないんですよ?
ていうかイルマ、最初は手を出すなとか言っていたと思うが、心変わりでもあったのだろうか。仲良くなってきただけなのかな?
「だって、ユリアさんがせんせとエッチなことするなら、私も合法的に混ざれるじゃないですか」
「そっちが本音ねー!!」
「さっきから何言ってるんですか!?」
イルマの性的直球アピールっぷりに慣れていないのか、突っ込み役に回らざるを得ないユリア。
これでも校内に居る時は遠慮してたんだよね。普段三人しか居ない時は割りとこんな感じで直球で来るからね……。
これあれだ、僕とユリアの関係よりも、そこに自分が混ざる方が重要なのだ。自分とユリアがくっつくのはありえないこととしても、僕を挟めばどちらにも手を出せるということになるから。なんだそれ! 節操ないな!
「一夜の思い出、作っちゃいます?」
「作りませんから!」
「えー」
軽い口調とは裏腹に本気で悲しそうな顔をするイルマを見て、少しだけ可哀想に思えてしまう。いやだからといってノるわけにはいかないんだけど。ここで僕が手を出しちゃったらそれこそイルマの思う壺だ。
「……お三方は、やはりそういう関係なのですか?」
「ですよー。そりゃ毎日のように朝まで」
「してないよ!」
「そうなのですか!?」
「驚かないでくれる!?」
僕もユリアも、イルマに振り回されてしまう。駄目だ、やっぱりこういうときイルマには勝てない。止める手段は――そうだ!
「イルマ」
「はい? なん――んむぐ」
僕はこういうとき、強引に口を塞ぐことができるのだ。酔ってるわけじゃないよ!
しばらくお喋りなイルマの口を堪能して、離す。イルマの口内からは、先程飲んでいたヨーグルトの味がした。
「ぷふぁ」
顔を真っ赤にして静かになるイルマを撫でていると、リリーは黙って僕の服の裾を引っ張ってきた。
可愛いなぁもう!
軽いリリーの体を抱えるようにして、覆いかぶさるようにキスをする。ちょっと長めのキスだ。
離れようとしたらリリーは僕の顔をぎゅっと抱きしめるようにするので、ちょっと延長。
「ふぅ」
顔が離れたら、リリーは黙って僕の腰に抱き付いて頭をこすり付けてくる。うんうん、撫でやすくなったね。
「……酔ってるわけじゃないのよね?」
急に素面に戻ったのか、ノーラにジト目で見られる。ユリアは――おいなんで顔背けた。誰にでもキスするわけじゃないからね!? 勘違いしないでくれる!?
ユリアは黙ったまま少しずつ横にずれて離れていこうとしたが、ノーラに腰を掴まれて――
「あげる」
僕の方に、投げ込んできた。それも結構な勢いで。
ユリアの顔が胸が、一気に近づいてくる。駄目だ反応が遅れ――
「ったぁ!」
ガンと鈍い音が鳴る。
僕とユリアの額が直撃した。そりゃそうだよ。そんなんで偶然唇が触れることはないよ。
「ちっ」
ノーラは小さく舌打ちすると、何も知らないといった顔でグラスに追加のワインを注ぎだす。
頭を抑えてベッドの前でうずくまるユリア。僕の額をさすってくれるリリー。まだ顔が赤いまま黙ってるイルマ。
「…………」
変な空気になっちゃったの、どうにかしてくれる?




