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「とりあえず、話なら部屋でしましょ」
イルマはそう言うと、部屋の鍵を開けて二人を通す。
僕らの部屋は三人部屋なので、ベッドは三つある。まぁ十中八九一つしか使わないことにはなるのだが。
部屋にはそれなりに大きな机と椅子もあるが、それを使うくらいなら使わないベッドに腰掛けた方が良い。ベッド二つに向かい合うようにして腰掛け、売店で買ってきた軽食や飲み物の封を開ける。
「何の用ですか? 迷宮の話なら明日の朝でも良いと思いますけど」
「えぇと、違いまして……なんて言えば良いんでしょう?」
ユリアは助けを求めるようにノーラの方を見るが、ノーラは無言でユリアを見つめ返す。
「裸の付き合いというものに挑戦したんですが失敗して……じゃなくて、ええっと……」
「親睦を深めようって話よ。結局お風呂で一言も話せなかったじゃない」
「あ、そういえばそっか」
こちらはあまり気にしていなかったが、向こうから歩み寄りの姿勢を見せてくれていたのか。気付かなくて申し訳ないと少しだけ反省。
いや、けどお風呂場で話せるほど近づくと何でもかんでも見えちゃわない? その計画大丈夫?
「自己紹介はしましたよね?」
「もうちょっと、深い話よ」
「ノーラさん友達居ませんよね」
イルマが鋭い指摘をすると、ノーラはうっと胸を抑えて蹲る。
確かに僕が言うのも何だけど、会話が下手くそだよね。性格悪いわけじゃないと思うんだけど。
「うるさいわね! 余計なお世話よ!」
「友達居ないの、平民だからですか?」
「あー、これ私から話す流れ? まぁいっか……。私の旧姓、フェニーニって言うんだけど、知ってる?」
フェニーニ、フェニーニ、なんか聞いた事あるぞ。
うーんうーん、誰だっけ? なんか最近じゃない。もっと前、たぶんゲーム時代に聞いたと思うんだけど……。記憶に残っているということは、ある程度は有名なNPCの名前だったはず……。
「首切りフェニーニですか?」
「あっそれだ!」
イルマの発言で、思い出した。首切りフェニーニは、ゲーム内にも登場した騎士階級で、初老の男性NPCだ。
見た目は完全にそこらに居る普通のお爺さんなのに、平和なイベントでの初登場時からキャラクター名に“首切りフェニーニ”と書かれており、正体が発覚する2年間くらいずっと謎の老人扱いされていた人物。
彼は王国に代々使える処刑人であり、国で唯一死刑執行人を生業としていたキャラクターだ。]
あれ、となると、もしかして……?
「それは隠して母方の姓、カルヴィを名乗って入学してたんだけど、ある時同室の子に旧姓が知られちゃってね」
「あー、それは仕方ないですねー」
「んー、確かになぁ、それでかぁ」
ノーラが他のクラスメイトに避けられていた理由は、それだ。
クラスメイトは何も、彼女のことが嫌いなわけではない。それでも、知ってしまったらこれまでと同じように付き合うことはできないのだ。
「フェニーニの剣は貴族も裁く。貴族の死刑執行なんて十年に一人居るか居ないかくらいだけど、半分以上が王国貴族のこの学校だと、そうは思われないのよね」
「身内には居なくても、死刑にされた人の名前くらいは知ってるだろうからね」
「そういうこと。……ねぇ、もう私の話これで終わりにしていい?」
「あー、なら僕から良い? あれだけ沢山の武器使えるのは、どうして?」
ノーラの出自は分かった。彼女が皆に避けられている理由もだ。
立場のある貴族を裁く剣というのは、自身に関係がなかろうがあまり良い印象を持たれないのは当然だ。平民より、むしろ貴族の方が意識しているものなのだろう。
しかしそれでも、僕の記憶に残る首切りフェニーニの武器は、腰に差した細身の剣が一本だけだった。様々な武器を使いこなすノーラとは、どうしても結びつかない。
「私、一応後継者の一人ではあるからね。“常にそこは処刑場であれ”って家訓のせいよ。獲物が何であろうと、場所がどこだろうと、相手が何人居ようと死刑を執行しないといけないから、手にする武器は何でも使えるようになってるだけ。そのくらいで良い?」
「んー、なんとなく。ちなみに、今の当代は?」
「お父様よ」
「次代の候補は、ノーラ含めて何歳くらい?」
「どんな質問よ……。三つ上のお兄様と私、後は五つ下の末っ子の三人よ。何でそれを知りたいの?」
「なるほどなー……」
ちょっと変な質問になっちゃったけど、このくらいなら興味本位ってことで流してもらえる範囲だろう。
知りたかったのは、僕の知っている首切りフェニーニの正体だ。
ノーラから三つ上でも20歳程度、となると15年程度で初老の年齢まで成長することはない。故に、僕の知っている首切りフェニーニは、ノーラの父親本人のはずだ。
……あと20年は次代に出番ないよ! 良かったね!
「何に納得されたのか分からないけど……もう良い?」
「僕は満足ー」
「じゃ、質問攻めにされた私から良い?」
一息ついたノーラは持参したワインのコルクを抜いて、部屋にあったグラスに無造作に注ぎながらそう言う。
さっきまでコルク抜きなんて持ってたっけ? あ、消えた。それも魔法か。創造魔法便利過ぎない……?
「うん? どうぞどうぞ」
「エミリオって、何者?」
「何者とは」
「平民よね?」
「平民ですけど……」
僕ほど平民らしい平民はそこまで居ないぞ! 小さい村の猟師の子だ。これ以上の平民要素はそうないと自負している。
父親は魔法を使えたようだが、どのくらい使えたのかはついぞ知ることはなかったし。
「平民にしては、魔法の扱い上手すぎない……?」
「あ、それ思ってました! あのイルマさんが先生って呼んでるくらいですし……」
「えへへ、そこまで褒めなくても」
「……素で言ってそうだから嫌になるわ」
「えっどういうこと」
ノーラとユリアは、揃って溜息を吐いた。
うん? 僕変なこと言ってないよね?
「カプレ先生の弟子ってのは聞いたことあるけど、それも最近の話なんでしょ?」
「だねー。10年以上は独学だし」
「……それでここまで魔法使えるようになる?」
「なる……と思うけど、ねぇ?」
一応リリーとイルマに同意を求める。監獄で二人と出会った時にはある程度毒属性魔法は使えるようになっていたが、当時は実用性の高い魔法を優先して覚えていたので、今ほど汎用性が高くはなかった。
土属性の門魔法と麻薬魔法の2つだけで無理矢理なんとかしていた時代だ。
故に、僕がこうなったのはリリーやイルマと出会ってから、もっと言えば、パワーレベリングを始めるようになってから。
シスターに教えてもらったのは試験対策重視で、魔法使いとしての実力アップに関わっているかと言われると必ずしもそうではないし。
「せんせは初めて会った時からおかしかったけど、慣れちゃったというか」
「エミリオ君、前からこうだった、よね……?」
あれ、何か二人の認識が僕と食い違ってない? 僕の認識では二人と会ってからちょっとずつ実力増してきて今の僕になってると思うんだけど……。おかしいなぁ。
「たまに中庭でやってるアレ、いつからやってたの?」
「んー、4年前くらいだっけ……?」
「毎日?」
「毎日数回」
「そう……」
あれ、納得されたっぽい? 転校してきたユリアは僕らが中庭でやっている模擬戦を知らないかもしれないが、同じタイミングで入学しているノーラは見たことがあったのだろう。あれ、結構目立つみたいだし。
どうやら、慣れない人が見ると殺し合いに見えるらしいね。節度を守ったルールのある模擬戦なのに……。
「じゃ、もう一つ聞かせて。クリストッフェルの像を壊した魔法、何? ていうかあの時、何語喋ってたの?」
「あー……」
「言いにくいなら無理には聞かないけど、私のもやもやは一生残り続けるわよ? それでも良い?」
「脅迫だぁ!」
脅迫だよこれ!そんな言いふらす性格ではないと思うし、ていうかノーラは友達居ないだろうし、ユリアも人の秘密を公言などしないだろう。
ルゴスやシスターからあまり公にしないほうがとは言われていたが、近しい人に言ったところで僕に対した実害はなさそうだし。
「お二人さん、ルゴスって知ってる?」
「「……誰?」」
ですよねー。




