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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
92/133

5

「空間歪曲、凄すぎ!」


 課外授業で潜る迷宮、ラルカンジュ廻廊までは、王都から大体2日程度の距離だ。

 遠いわけではなく、どちらかと言えば近い。ただ、それでも往復に4日かかることを思えば、実際迷宮に潜れる時間は10日しかない。それが普通なのだが、僕らCクラスはなんと4秒で迷宮周辺の町、ドリースへ到着した。


「な、なんとか、なるもんですね」


 一人汗だくで座り込むのは、ベネディクトゥスの元側近、ダリオだ。

 彼だけが使える継承魔法、空間歪曲は、異なる空間を繋げる魔法だ。転移や転送と似ているが、規模が大きく異なる。

 彼が指定したのはCクラス全員と荷物全て。一度行ったことのある場所としか空間を繋げられないので、彼は休日を利用してドリースへ前乗りしていたのだ。


「助かった」


 滝のような汗を流し、息も荒く座り込むダリオに手を差し伸べるのは、元主のベネディクトゥスだ。

 ベネディクトゥスと、共に入学した男子生徒三人は、入学初期のような関係ではなく、ほぼ対等な友人関係になっているようだ。まだ側近組はベネディクトゥス相手にタメ口にはできないようだが、当初ほどの上下関係は感じられない。ベネディクトゥスがジルカと行動することが増えたことで元側近三人も彼と離れて行動することが多く、僕らと関わることはあまりなくなっていた。


 ジルカを除く全員が入学日に体験したダリオの空間歪曲だが、それから8か月も経っているので、皆この魔法のチートぶりを忘れていたところだった。


「あ、ありがとうございます。これなら4日短縮、できそうですね」


「ああ、そうだな。一先ず、休むぞ」


 ベネデイクトゥスに肩を借りたダリオを含めた帝国貴族グループは先に宿屋へ向かい、ダリオの体調が整ってから迷宮探索に入る予定だ。

 Cクラスには派閥というほど明確な区分はないのだが、あえて分けるとしたら“帝国貴族”、“王国貴族”、“それ以外の国の貴族”、“平民”で4組だろうか。

 もっとも、この通りに班分けをしているわけではないのだが、大人数の話し合いともなるとそこから一人ずつ代表が出て話し合う、ということになりがちだ。それは貴族社会の悪いところでもあるが、家柄が自分より上の者を敬う貴族達からすると、不満が出にくい選出方法でもある。


「あたし達帝国組はたぶん明日から入るわよ」


 帝国貴族グループで唯一この場に残ったジルカから予定を話し出す。


「分かりましたわ。では予定通り、私達ポータル班が先に入っても宜しいでしょうか?」


「おっけーおっけー、どこまで進んだか明日には連絡頂戴」


「エミリオさん達は……どうされました?」


 話が混線しないよう、口頭で会話はせず魔力を糸のように伸ばして話していた僕らに、ダヴィアが反応する。


「ちょいタイミング悪かったかも。こっち5人でなんとかするから、しばらく僕ら抜きで迷宮潜ってて貰える?」


「え、えぇ、構いませんが……」


「説明は後でする。じゃ、後はお願い!」


 迷宮とは反対方向に走り出す僕ら5人は、呆然と立ち尽くすクラスメイトに見送られる。

 4日短縮できたし、ちょっとくらい横道逸れても問題ないよね!





『マデレイネ様より、エミリオさん達に言いたいことがあるそうなんですが……』


『うん?』


 空間歪曲でこの町に降り立ってすぐ、ユリアは僕らに魔力の糸を繋げ、口には出さずそう伝えてきた。

 口に出せば良いものをあえてそうしなかったということは、皆に聞かれたくない話だとすぐに分かる。

 ちなみにユリアは、自分の中に居るのが土地神のマデレイネではないことを知っても、マデレイネと呼び続けている。それは彼女なりの拘りなのだろう。


『“肉の民の臭いがする。耐え難い臭いじゃ”ですって。どういう意味でしょう?』


『……まーじで。ボネ先生とかじゃなく?』


『“もっと古くて、純度が高い。遺物か何かに、魔力が注がれておるようじゃ”。私には意味が分からないのだけれど……』


 エスメー・クロンメリンの言葉を僕らに伝えてくれるユリアだが、彼女自身は言葉の意味が分かっていない。

 それが分かるのは、直接話を聞いた僕ら三人だけだ。ノーラもユリアと同じように首を傾げているので、認識レベルはユリアと大差はないだろう。ひょっとして、ユリアの中に神様が入っていることすら知らないんじゃないかな?


『面倒事の気配を察知しましたよせんせ!』


『イルマ、楽しくなっちゃってるでしょ』


『いやーなんか久し振りの迷宮探索なのに邪魔されるの滅茶苦茶腹立つじゃないですか! とっとと解決して潜りましょう!』


『ま、そだね。ユリアさん案内お願い。ぱぱっと終わらすよ』


『は、はい!』


 僕らはユリアに従い、町から出る。

 行先は迷宮とは逆方向だ。ゲームプレイヤー時代の微かな記憶から、嫌な予感を感じながら――。







 ユリアに指定されたポイントに到着しても、僕らには何も見えなかった。そこには以前は村があったのか、朽ちた家の残骸が残っているだけだ。

 ほとんどの住宅は風化し、昔は井戸だったであろう穴や、柵であろう木の棒が刺さっているだけだった。

 人が隠れられるほどの高さのものは何も残っていない。井戸は土で塞がっているし、家は家の形を維持していないので、どこに何があったか分からないほどだ。


「――《彼の世界は、表へ還る》」


 ユリアが得意とする転換の魔法を空間全体に掛けることで、僕らにはようやくそこの真の姿が見える。


「うわ、めっちゃモンスター溢れてるじゃないですか」


 ドン引きするイルマの声が聞こえる。モンスター自体を初めて見たのか、ユリアとノーラは無言で口を開けている。


「んー、井戸かな? 物理的には塞がってるように見えるけど、アストラル体のゴーストは通れたのかな」


「そんな感じですかねー。こちらを認識はしてるようですけど襲ってこないのは、ノンアクティブモンスターだからですかね?」


 村に居たのは、ゴースト系のモンスターだ。人の姿をしていたり、犬や家畜に似ていたりと様々だが、どれも実体はないようだ。

 ゴーストはこちらをチラチラと見ている素振りはあるが、だからといって襲ってくるわけではない。うろうろと、漂っているだけだ。


「や、やけに落ち着いてますね!?」


「いやだって、そんな珍しいものじゃないですし……」


「迷宮の外でもですか!?」


「ですよー。迷宮なんて魔力溜まりがあったら、たまには外にも湧いて来ますよ」


 驚くユリアとは対照的に落ち着いた口調のイルマに、僕もうんうんと頷く。

 単純にポップ位置が迷宮の外にズレることは多いのだ。逆流現象のように迷宮に住んでいたモンスターが住処を追われて出てくるわけではないので、それらは自らの住処を荒らされない限りは敵対行動を取らないことも多い。

 イベントクエスト等で、地上に出てくるこういったモンスターを討伐するものも多かったのだ。


「野良は見つけ次第即殺が一般的ですけど、せんせ、どうします?」


「んー、こんだけ中に入っててもノンアクティブのままだから害はないだろうし、放っておいても良い気がするけど……」


 老婆のような背格好のゴーストがすぐ隣を通り過ぎて、冷たい風が流れる。

 ユリアが「ひっ」と小さな声を漏らしてノーラに抱きついたが、ノーラもノーラでちょっとビビってる感はある。ゴーストに効きそうな錫杖を取り出して警戒しているようだが、ゴースト達はそれを見ても何も反応していない。


「経験値にもならないし、条件分からないとまたすぐ沸くかもですしね。とりあえず、一番怪しいのはあの井戸ですけど」


「ねー。なんか守ってるっぽい動きしてる……気もする」


 僕らの視界に映るのは僅かに影のようなモヤが見えるだけで実体のないゴーストなので、それでは体格くらいしか分からない。

 しかしそれでも、他より少しだけ背筋の良いゴーストが井戸の近くに立っているから、そこを守ってるように見えるのだ。


「ちょ、ちょっと!?」


 ユリアの静止を無視して、リリーの手を引いたまま歩き、僕は井戸の前に立つ。


「リリー、何か聞こえる?」


「……ううん、何も」


「よねー。ちょっとオジサン、お話が」


『お、おぉ、き、きみも、うわさをきいてきたものか』


 壊れたラジオのような音が、頭に響く。

 僕が話しかけ、そして返事をしたのは、井戸の前に立つゴーストだ。


「そうそう。ちょっと忘れっぽくて、もう一回話聞いても良い?」


『わ、わかった。こ、ここここ、るーとはーのむらを、おそってきたまじゅうが、いる。むらいちばんのきとうしが、ここにふうじこめたのだ』


「なるほど。どのくらい前?」


『わ、わ、わからない。わたしたちもこうなって、ずいぶんとたつ』


「成仏できなかった系?」


『そそそそ、そうだ、わ、わたしたちのたましいは、いまもまじゅうに、しばられている』


「なーるほーどねー」


 ここまで会話を続けても、視界に見慣れたウィンドウは出てこない。当たり前だ。ゲーム画面を映すディスプレイではないのだから。

 しかしそれでも、僕にはこの瞬間、クエスト受注のウィンドウが出たであろうことを、認識することができる。ゲームならば、それが出たはずだから。


 ふと視線を感じて後ろを振り返ると、ドン引きしている三人が居た。


「え、ちょ、せんせ、何普通にモンスターと会話してんですか?」


「いやだって、知性ありそうだったから。動作見ると全部村の住人のゴーストっぽいし、ならなんか成仏できない理由あるんじゃないかなーって」


「……考えたこともなかったですよ!?」


 迷宮の外にモンスターが出ていれば、普通は害が出る前にすぐに討伐するものだ。故に、イルマの反応と、これまでしてきたことは正しい。

 けれどゲームプレイヤーはこういう、何かしらの意味がありそうな場所を、深く考え、調べてしまう性質なのだ。

 当時の記憶がほとんど残っていなくとも、そういうゲーマーの性質だけは変わらない。


「とりあえず魔獣ってのを倒して欲しいみたいだけど、ユリアさん、エスメーさんに聞いてみて。それが肉の民?って」


「は、はいぃ……」


 ノーラの顔が胸の谷間にすっぽり収まるくらい強く抱き締めているユリアは、ビビりながらも反応はしてくれた。

 身体の中に神様飼ってる癖に幽霊が怖いってどういうことなの? 神のが怖くない?


「た、たぶんそうじゃ、ですって……」


 ついに目を開けられなくなったのか、目を閉じ俯いて震えながらも代弁してくれるユリア。

 ノーラは顔すら見えないので様子は分からないが、イルマはモンスターと話したことに結構引いてるっぽい。それに比べ――


「リリーはなんともないの?」


「え、うん……。幽霊さん?」


 どこに居るかも分からないようで、リリーはキョトンとした顔でこちらを見てくる。


「まぁそんなとこ。聞こえてはいたよね?」


「うん。けど私、どうせ見えてないから……」


「あ、それもそうか」


 ゴーストの声を聞くことはできても、衣擦れや足音を頼りに対象の位置を認識するリリーにとって、無音で存在するゴーストを認識することはできず、そこに何が居るかは分からない。

 僕が話しており、皆の反応からそれが幽霊であるとは認識できたようだが、目で世界を見ていないリリーにとって、半透明のゴーストを人とは認識できず、しかし知的生命体ではあると認識できる。

 つまり目が見えなければ幽霊は怖くないのだ。当たり前のことなのに、目が見える僕は気が付けなかった。


「とりあえず穴を掘れば良いと思うんだけど、僕そういう物理的な魔法は苦手なんだよね」


 どうやら魔獣は井戸の中に居るか、井戸から迷宮構造のダンジョンに入ることになるのかは分からないが、どちらにしろ入口はここしか見当たらない。

 今のところ謎解き要素はなかったので物理的に掘ってしまえば良いとは思うのだが、生憎そういう無機物に関わる魔法は得意ではないのだ。


 井戸の中を見る。土はしっかりと敷き詰められており、爪先を差し入れると少しだけ表面が削れはするが、少なくとも手で掘るのは不可能な硬さだ。

 というわけで、後ろの三人を振り返る。


 イルマ、ちょっと考えた末に両手でバツ印。怖いとかではなく、単純に得意な魔法で物理的な掘削ができないから。

 ユリア、半泣きになりながらこちらを睨んできた。頼んだら恨まれそう。

 ノーラ、ようやくユリアから解放されたようだが、無言で手にしていた錫杖をスコップに替えた。それをこちらに放ってこようとしたので、僕は無言で首を横に振った。いくらなんでも掘るのはキツいよ。


「私が、やろうか?」


 唯一声を挙げたのは、リリーだ。

 確かにこの中で最も物理干渉が得意な魔法を使える彼女なら、適任かもしれない。


「じゃあ、お願いしようかな」


「うん! えっと……どこかに飛ばしちゃって良い?」


「オッケー、なるべくなら村の外までお願い」


 リリーはコクリと頷くと、僕と替わるように井戸の中にピョンと入る。

 少しだけ浮かんだ状態で、井戸を埋め尽くす土に手を当て、そして――


 バシャアと大きな音を立てながら、井戸の中を埋め尽くしていた土が、間欠泉のように吹き出した。

 それは上空高くまで飛び上がり、村の外に飛び散っていく。あまりに綺麗に飛んでいくものだから、ただの土が噴水に見えるほどだ。


 土の噴出が止まり、井戸を覗き込むと、リリーはもう最下部に到達しているようだ。

 手招きをするとリリーはすぐに浮かび上がり、こちらに舞い戻ってきた。


「50mくらいかな?」


「たぶん……? 底には何もなかったけど……」


「んー、条件満たしてないのかなぁ、ユリアさん、どう?」


「どう、とは!?」


 涙目のユリアに、半ギレで返された。


「や、エスメーさんは何か言ってる? 井戸掘ったけど何も見当たらないんだよ」


「あ、ああ、そちらですか。はい。――場所は変わってないようじゃ、ですって」


「んー……ちょっと覗き込んで見てよ」


 僕やリリーには知覚できなくとも、ユリアや中に居るエスメー・クロンメリンなら知覚できる可能性は高い。

 臭いを辿ってここまで来たのだから、近づいたかどうかくらいは分かるはずだ。土に紛れていたなら村の外に飛散してしまっているだろうが、臭いの場所が変わっていないなら井戸の底に居るはずで。


「殺す気ですか!?」


「死なんからね!?」


 ううん、頼みの綱のユリアは動いてくれそうにない。無理矢理やらせると後で怖いし、僕が出来る限りのことを試してみるか。


「――異相の門よ、開け」


 ルゴスに接続し、魔力の流れを追う。

 魔獣が生物ならば、僕に見えなくともルゴスなら認識できるはずだ。僕がそう考えれば、ルゴスはその思考に合わせてくれる。


「井戸の下から、3本伸びてる。んー……ちょいオジサン、この井戸には誰が居る?」


『ままま、まじゅうと、き、きとうし、そのむすめが、このなかでねむっている』


「あ、じゃあ3本で合ってるのか」


「何が見えてるんですか!?」


 後ろからユリアの声がする。

 僕に見える魔力の帯は、僕以外には見えていない。リリーやイルマは異相門を何度も見ているから知っているが、ユリアの前で使うのは初めてだ。


「何も見えない何も見えない」


「嘘ですね!?」


「ウソジャナイヨーホントダヨー」


「やめてくださいそういうの!!」


 何かこういうリアクションする人周囲にあんまり居なかったから面白くなっちゃう! けれどこんな無駄口叩いているのも、どうすればいいか分からないからだ。

 試しに帯を千切って魔力を流してみるのも手だが、祈祷師とかその娘に繋がってる方だったら面倒なことになりそう。爆弾解体する時によくある三色のケーブルみたいなアレだ。情報が少なすぎるので、あまり短絡的なことはしたくない。

 流石に間違えたら大爆発みたいなことはないだろうが、面倒事が更に面倒になるのは確実だ。


「ユリアさんさっきの転換魔法、もう一度使ってくれる?」


 僕らはユリアの認識を切り替える転換魔法によって、通常この場では見ることのできないアストラル体のゴースト達を目視出来ている。

 ならば、その逆は? 今の視界で見えないものが、元の視界なら見ることができるかもしれない。 


「別に良いですが、何も見えなくなりますよ?」


「それで良いよ。お願い」


「……分かりました。――《我らは、かの地へ還らん》」


 簡単な言葉で紡がれるその魔法は、僕でも原理が分からない。

 転換魔法は属性魔法ではないので、スキルに依存している面が大きく、それを持たない僕が扱うのは難しいものだからだ。


 視界が、元に戻る。大勢見えていたゴーストは消え、そして――


「デッカ」


 明らかに井戸に入らないであろう羽の生えた悪魔の形をした石像が、僕らの正面にぷかぷかと浮かんでいた。

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