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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
91/133

4

「……想像以上に酷いッ!!」


 課外授業まで二週間しかないので、僕らは翌日から図書館に入り、予定を練る。

 勿論それまでの期間は普通に授業があるので、毎日の予定を消化してようやく取り掛かれるのだが。


 情報集め初日から、僕らには高い壁が待ち構えていた。

 あまりに乱雑な探索報告書の数々。これでまとめたつもりなのか? と怒りたくなるような、学生の書いた稚拙な文章。

 それもそのはず、30から40人のクラスで5から10ほどのグループを作り、各々グループでまとめた文章をそのまま1学年分集め、1つの本にしているのだ。

 誰も校正などしていない、筆者が多すぎて要領の掴めない情報群を報告書と呼んでも良いのだろうか。

 いくらなんでも、酷すぎた。せめて僕らだけでも、次年度の為にクラスでちゃんとまとめた報告書を作ろうと心に決める。


「一応、見つけましたわ。17年前の記録ですが……」


 図書館にクラス全員が集まると流石に邪魔なので、数人の生徒だけで図書館に入り、必要そうな本を片っ端から複写申請してクラスに持ち込み、残った生徒の手でそこから更に情報を抜粋して攻略情報をまとめていく、というクラス一丸となった作業を開始しており、僕も居る図書館班の指揮者はダヴィアだ。


「……さっき30年前の見つけたけど流石に古いと思って戻しちゃったんだけど」


(わたくし)達は直近の報告書から探していきましたが、エミリオさんは?」


「あ、こっちは50年前から逆順で探してたよ。今26年」


「…………少ないですわね」


「だね……」


 結局、18年から26年前に、この迷宮に探索したクラスは学内には1つもなかったようだ。

 見つかった記録は二つ。17年前のものと、30年前の記録のみ。

 あまりに期間が開きすぎているが、そこまで人気がない迷宮なのだろうか? Cクラスは一番難易度が高いものを選んだだけなので、付随情報を何も知らなかったのだ。


「30年前の記録だけど、主な産出物はミスリル。あとはラズライトにソーダライトが少しだけ。……ダヴィアさん、どう思う?」


「そうですわね……ラピスラズリの産出制限ならありえなくもない、程度ですわ」


「そんな程度だよね。偶然選ばれなかっただけなのかなぁ」


 目下僕らの疑問は、何故この迷宮がここまで人気がないのか、というところだ。

 例年は産出制限が掛けられており学生の立ち入りはできないが今年は解禁されている、という程度なら特に問題はない。だがしかし、産出制限が掛けられるほどの素材があったという情報が、二つの報告書からは読み解けないのだ。

 どちらの年も「選べたから選んだ」程度の僕らと同じような選択であり、何か目的があってこの迷宮を選んだわけではない。17年前の記録を見ると情報の少なさに困惑したとあるので、17年前の時点でも原因を調べることはできなかったのであろう。


 ちなみに学生の自主性が問われる授業なので、教師に聞くのはルール違反である。シスターに聞けばすぐ分かるような気もしたが、それをすると僕らの為にならないのでやめておいた。


「構成パターンは恐らくBかD、モンスター系ですわ。ボスが居たという記録はありませんが……」


「最深部まで行けたって記録は、こっちにはないね」


「17年前も、そうですわ」


「居るか居ないかは分からないってとこかなぁ……」


 構成パターンがモンスター系の迷宮には、大抵はボスクラスのモンスターが存在する。それらはリポップ時間、つまり死んでから復活するまでの時間が他のモンスターと比べても遥かに長く、長いものでは年単位で復活しないボスも居るとか。

 故に、最深部まで行ったけどボスが居なかったのでそこを最深部と思わなかった、というパターンも考えられるし、単純に実力不足で最深部まで辿り着けなかっただけの可能性もある。


「どうやら、普段は入手できない種類の魔石が少なからず手に入ったそうですわ」


「へぇ、魔石ドロップか。属性系?」


「はい。珍しいものだと時属性の魔石が落ちたと書かれていますわ」


 僕らは迷宮探索家ではなく学生の身分だが、モンスターを倒して得た素材、迷宮内で得た鉱石等は持ち出すことができ、それが法に抵触しない範囲ならば自分の物とすることができる。

 ここに子供を通わせることが出来ているような貴族は大抵金に困ってはいないので、子供が学業の一環で迷宮から取ってきた素材を家の物とすることはないらしい。故に、家はお金持ちだが自分が自由に使える金銭はあまりない、という者は、出来るだけ多く持ち帰れるように努力するんだとか。


「時属性かぁ。ほとんど育ててないんだよなぁ」


「……意外ですわ。エミリオさんならどれも使うものかと」


「買いかぶりすぎだよダヴィアさん。僕なんて常用してるのほとんど毒属性なんだから」


 毒属性の魔法で大抵のことはできてしまうので、あまり他の属性を使おうとはしていないのだ。障壁の構成に属性魔法を使うことは多いので、自然と上がってしまうのだが。


「……ちなみに質問ですが、火属性のスキルレベルはいくつなのでしょう?」


「200でカンスト中」


「それ、育ててないとは言わないですわ……」


「そう? 毒属性の魔石ないかなぁ……」


 魔石とは、迷宮でモンスターがドロップするアイテムの一つだ。

 ドロップ率はモンスターの種類によってまちまちだが、低級モンスターからのドロップ率すらあまり高いものではない。

 属性が込められていない魔石は加工するか売るしかないが、属性が込められた魔石には複数の使い道が存在する。

 その最たる物が、砕くことでスキル経験値に変換する方法だ。

 序盤から中盤にかけてはほとんど使われることはないが、必要経験値量が途方もない数字になる段階で、ようやく意味を持つ。

 魔石による経験値獲得量は、固定値ではなく割合上昇だからだ。等級によって、少ないものだと1%とか、多いものだと50%以上のものもある。

 スキルレベルが400も超えたあたりからは普通にモンスターを狩ってスキルを育てるより、魔石狙いで迷宮に潜った方が効率が良いと言われていたほどだ。


「クラスで毒属性の魔石を欲しがるのはエミリオさんだけでしょうから、自然と集まると思いますわ」


「かな? 競争率激しい属性は大変そ」


「そうですわね……。ただほとんどのクラスメイトは、使うより加工を選ぶでしょうが」


「そなの?」


「えぇ。貴金属のアクセサリーとは価値が違いますから、肌身離さず持っていたくなる気持ちは、分かりますわ」


「なるほどなぁ……」


 錬金術系のスキルを持つ者に頼んで魔石を加工すれば、拳大の魔石を指輪に収まる宝石サイズまで小さくしたり、特定の形に変えることができる。

 非常時は魔石から魔力を引き出し、それを第二の魔力源とするのだ。高位の魔石ならば、所有者以上の魔力を蓄えていることもあるらしい。


「ダヴィアさんがいつも首から下げてるそれも、魔石でしょ?」


「……えぇ、代々受け継がれている物ですわ」


「王侯貴族で受け継がれてる魔石、考えるだけでも怖いんだけど……」


「800年ほど前に討伐したドラゴンから獲得したと、聞いております」


「ひぃー、怖い怖い」


 ダヴィアがいつも首から提げているネックレスには、親指大の石が取り付けられている。色はルビーに似た赤色だが、高純度の宝石のような透き通る色味ではなく、濃縮された濃い赤色だ。

 上級貴族だと全身を様々な宝石で着飾る者も多いが、ダヴィアは家柄の割には相当大人しい方だと思う。それ故、ネックレスの魔石に意識が行ってしまうのだ。


「エミリオさんは、そういうものを持ち歩かないので?」


「んー……そういえば持ってないけど、市場に出回る物でもないしなぁ」


「…………あなたが平民ということを忘れてましたわ」


「えっ酷い」


 本を手に、こちらを見ながら溜息を吐くダヴィア。

 酷くない? そりゃ貴族だと裏ルートで魔石くらい手に入るかもしれないが、平民の身分だと自分で迷宮に潜って入手を狙う他ないのだ。

 相当低級な魔石なら迷宮周辺の町に行けば買えるだろうが、低級のものを持つほどでもないし。

 迷宮探索家の収入源となるくらいなのだから、低級のものでもそう安くはない。そりゃあったら欲しいに越したことはないが、なくてもそこまで困らないものだ。

 僕みたいなスタイルだと装備品に依存するのは避けたいところだし。


「あ、せんせ、ちょっとこれ」


 少し離れた場所に居たイルマが、とことこと近づいてくる。彼女の担当は迷宮そのものではなく周辺状況を調べることで、迷宮まで道程や拠点の確保、周辺の町や村の情報集めなど多岐に渡る。


「はーい。何かあった?」


「このへん、たぶん頻繁に逆流現象起きてますね。戦争起きてるわけでもないのに年間の死者数が極端に多い年がありますし」


「え、マジで?」


「マジですよー大マジです。ダヴィアさん王侯貴族ですよね?そのあたり知らないんですか?」


 イルマは手にした本を開きながら、ダヴィアにそう質問する。

 ひとえに貴族と言っても、武勲で位を得た貴族家と内政に関わって今の立場を得た貴族家では、担当が大きく異なる。

 戦争の減った今では昔の名残になっているところもあるが、それでも家によって得手不得手は存在するものだ。


「申し訳ございませんが、聞かされておりません。ところで、逆流現象というのは……」


「あ、そこからですか。迷宮の耐用年数とか設計ミスとか色々あるんですけど、たまーに結界を越えて迷宮の外にモンスターが出てくることがあるんですよ。それを探索家は逆流現象って言います。低級のモンスターでも非戦闘員には倒せるものではなかったりで、近隣の村とか小さめの町が襲われることがあるんですよ」


「な、なるほど……」


 ダヴィアは本当に知らなかったのであろう。イルマの説明に、驚きを隠さず返事をする。

 迷宮の逆流現象に貴族が関わる機会は、あまり多くないのだろう。そう頻繁に起きることでもないという理由もあれば、行動速度において、貴族では探索家に絶対敵わないのだ。

 戦闘能力は貴族家の魔法使いの方が上だろうが、逆流現象を確認したら我先にと迷宮に駆け込む探索家は、こと速度で言えば貴族の数倍速である。

 故に、よほどの大事でない限り貴族が出張ってくることは少なく、貴族の中の貴族であるダヴィアが知らないのも当然だ。


「それ、どのくらいの頻度?」


「5年から10年程度ですかね。もしかしてこれ産出制限じゃなくて立ち入り制限じゃないですか?」


「あー、そっち? 核が弱い迷宮で大量のモンスターを狩ると、核が異常に活性化してリポップ速度が数倍になるって聞いたことあるなぁ」


「たぶんそれですよ。入りすぎでも核が弱ければ逆流現象が起きる条件は揃いますし、それなら適度に探索家が入るように国が入場制限掛けるのは全然あると思います。今年は偶然解禁日に被ってるってことですね」


「あ、あの!」


 イルマと話し込んでしまったところで、ダヴィアが大きめの声を出す。


「説明を頂いても、宜しいでしょうか……?」


 申し訳なさそうに、ダヴィアは頭を下げる。

 いつもと逆の立場が、少しだけ面白い。実戦闘能力だけは彼女より上回っている僕らだが、それは教育方針が貴族とは違ったからだ。とにかく生き残るための戦闘能力を優先した為それ以外が疎かになっている僕らとは、根本から違うのだ。


「はーい。何かダヴィアさんに教えるの変な感じですね」


 イルマも同じ事を考えていたのか、そんなことを言いながらダヴィアの前に本を並べる。


「まずここ、ラプラス地方のラルカンジュ廻廊から一番近い町の死者数なんですけど、このへん見てください」


「この年だけ、190人ですか」


「はい。それ以外の年だと多くても30人くらい、住んでる人もそこまで多くないみたいなので、年間30人でも多いと思いますけど……。で、一番おかしいのはこの死者、町で死んだ人ベースじゃなくて、死んだ町の住人ベースなんですよ。普通、そんな大勢死にます?」


「……確かに、違和感がありますわね。感染症等の死因も考えられますが、このペースで感染症が流行る土地なら、もっと首都でも話題になっているはずですわ」


「そうなんです。で、迷宮の逆流現象は公的な書類には残りにくいって聞いたことがあるんで、どこにも理由が書かれていないなら書かれない理由じゃないかな、といったところです。他にあります?」


「公的には残らないのは、どういう意図なのでしょう……?」


「どうでしょ? 私も聞いただけなので何とも。ただまぁ、書くほどのことではないから、とかで良いんじゃないですか?」


 迷宮の逆流現象は、あまり多くない。しかし、全く起こらないわけではないごく一般的な自然現象だ。

 管理者など当に現世から去っている迷宮が数百、数千年と経ってまだ運営されているのだ。エラーなどいくらでも起きるだろう。

 災害に認定されるほど大規模な逆流現象は百年単位で起きていない。

 それは逆流現象の数が少ないわけではなく、探索家が世界中におり、逆流現象が起きやすい迷宮というのは予め認識されているので、即座に行動に移れる為だ。


「……そうですか」


「この辺の統計は直近の情報がないので想像でしかないですけど、迷宮内に探索家が入りすぎると反動で異常繁殖が起きて逆流現象が起きてしまうので、普段は入場制限を掛けてる。ただ探索家が入らなすぎるとそれはそれで既に迷宮内に居るモンスターがどんどん強化されて手が付けられなくなるので、たまには入るようにしてる。そんなとこじゃないですか?」


「……イルマさんは、物知りですのね」


「まー、昔の知識ですよ」


 ダヴィアの純粋な目で見られて少しだけ照れているのか、頬を掻きながらそっぽを向くイルマ。


「国に管理されてるんならモンスターが超強化されてることはないだろうし、そこまで問題はないかな?」


「ですねー。逆流現象と被ったらちょっと面倒ですけど、それなら本職の探索家さんが動くでしょうし」


「最悪の場合すぐ外の対応が出来るように、入場タイミング多少ズラした方が良いね」


「そんな感じで! そのへんの調整はクラスに居る人に任せましょー」


 迷宮探索経験のないダヴィアは話に混ざることがほとんどなく、僕とイルマが適当に予定を立てていく。

 そのへん、適材適所というやつだ。

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