3
「嘘、でしょ……?」
「あっぶなー。あと200くらい多かったら喰らってたよ」
629の斬撃に襲われた僕が選んだのは、ただ単純に、障壁を強化することだけだ。
ただし麻薬魔法による全開のバフで思考を遡り、ノーラの攻撃順、攻撃位置を全て洗い出し、それに対応できる位置と順番で、ギリギリ耐えられる障壁を順番に展開していくだけ。
同時着弾ではない。1発目から629発目まで、3秒ほど時間差があったのだ。629通りの攻撃があっても、それが完全な同時に襲ってきたら僕でも止め切れない。
1秒209回、0,1秒に直すと約20回。そのくらいなら、思考を20個に分割させれば個別に対応できるのだ。
思考を20分割して障壁強化を行うと、10秒も続けると頭が焼き切れてしまう。けれど、たった3秒で良いなら持続可能だ。4秒目だと危うい。故に、斬撃があと200多かったらこの手段で対応しきれなかった。
「攻撃を奉納して神に送る魔方陣か。面白いねー、それ。自作?」
「え、ちょ、何で分かるの?」
「それしかないでしょ。629発とか言われなかったらすぐには気付かなかったかもしれないけど、言われなくてもたぶん20発目くらいで気付いたよ」
「……頭おかしいでしょ」
「そのくらいできなきゃ、やっていけないよ」
床に座り込むノーラが戦意喪失したのか新たな剣を生み出そうとはしないので、結界を解除する。
ふぅ、危なかった。汗を拭い、麻薬魔法の効果を切る。
629とは、戦い出してから魔方陣が完成するまで、彼女が攻撃した回数だ。
攻撃しながら魔方陣を描くことで魔方陣に攻撃を記憶させ、完成した暁には今まで魔方陣を描くのに使った全ての攻撃、斬撃を再現する魔法。
汎用性が高いとは言えないが、とんでもない威力が出る。1発1発を止めるので精一杯な威力が、何百発もほぼ同時に襲ってくるのだ。
戦いながら足だけで魔方陣を描くことの難易度を思えば、そのくらいの効果があってもおかしくはない。難易度に見合った威力ではあるだろう。
反撃することなく受け止められたのは、普段からリリーやイルマとパワーレベリングもとい模擬戦をしているからだ。
リリーの攻撃は、最速だと1秒間に100発近い連射速度で襲ってくる。その全てが通常の障壁なら打ち抜ける威力で、視界に入らないほどの高速で飛ぶのだ。
それに慣れていた僕だから対応できただけのことだ。普通の魔法使いを相手にするなら、必殺と言えるだろう。
「……ウチのクラス代表が人外って、再認識させられたわ」
「えへへ、そう褒めなくても」
「褒めてないんだけど……。いや、まぁ、良いわ。私の完敗よ。結局反撃もさせずに負けるとは思わなかったけど」
「これで終わりにしてくれるなら、助かるよ。反動で頭超痛い」
麻薬魔法の効果を切り、思考を統合したにも関わらず、頭がズキズキと痛みを知らせる。思考強化の反動だ。痛み止めも効かないこの頭痛は、落ち着くまで待つしかない。
確かに対応できはしたが、あと1秒続けば後戻りができないほどの素晴らしい攻撃だった。活かすことができれば、魔法使いを必ず殺す攻撃になることだろう。成長が楽しみだ。
「たぶん死なないだろうと思って全力でやったのに、まさか全部防がれるとはね……」
物騒な呟きが聞こえたので、聞かなかったことにしておこう。これ、一発でも防げなかったら僕真っ二つになってるやつだよね?ていうか小間切れだったよね?
「頭痛いぃ~リリー~」
結界の外、ベンチに座って観戦していたリリーにふらふらと近づいて、もたれかかる。
あぁ、温かいなぁ。お日様のにおいがする……。
正面からリリーのふとももに顔を埋めたところで、僕の意識は暗闇に落ちていく。
も、限界です。
◇
「ふぅ、よく寝た」
「エミリオ君、おはよ」
いつしか、体勢が膝枕になっていた。
場所は中庭から変わっていないが、残っているのはリリーとイルマの二人だけだ。
頬に当たるリリーの髪が、少しだけこそばゆい。けれど、不思議と不快に感じない。
「せんせが急に寝て、ドン引きしたノーラさんとユリアさんを帰らせて、1時間くらい?」
「うん、そのくらい……?」
「ごめんね、待たせちゃって」
「「いえいえ……」」
ちょっと頬を染め、声を揃えてそう言うリリーとイルマに若干の違和感を覚えながらも、名残惜しいが体を起こす。
「それにしても、凄かったよノーラさん」
「ですねぇ、剣の技術とかじゃなくて、魔法使いとして見れば充分すぎる前衛です」
「だね。リリーよりは遅いからなんとか対応できたけど、そう連発されたら頭が持たないかなぁ」
「……せんせくらいしか対応できないでしょうけどね」
小さく呟かれたが、個人的にはイルマでもギリギリ迎撃できる範囲だと思う。リリーは逃げることができるので受け止める必要はないし。
「そうでもないと思うけどなぁ。あとちょっと、手順が複雑かもね」
「せんせが寝た後聞いてましたけど、最短だと30手くらいで魔方陣描けるらしいですよ? ただ一度使うと二度目の使用に制限かかるみたいですけど」
「なるほどなぁ。そのくらいなら実用的かな?」
30手。つまりロングソードより軽い武器ならば、数秒で完成させられるということだ。エストック程度の威力でも、視界の外から30発同時に襲ってきたら普通は対応しきれない。仮に障壁で対応できたとしても、そこでロングソードのような重い攻撃を持って来られたら両断だろう。
対魔法使いの技術としては、かなりのレベルに達していると思う。
「せんせ、どのタイミングで魔方陣に気付いてました?」
「あー、後頭部ガンってやられたあたり」
「やっぱ、そうですか。私らは割と早い段階で気付いてたんですけど、すぐ前に居ると見えないもんですね、あれ」
「見えなかったねぇ……。ていうかあれ、どうやって文字書いてたの? 全然見えなかったけど」
結局、足を滑らせているだけにしか見えなかった僕には、何故あの動作で文字や記号が描かれるのか全く分からなかったのだ。
そんな動きはしていない。けれど、確かに彼女が足を動かした後の場所には、文字や記号が並んでいた。
「あ、靴底の形、変わってたみたい……だよ?」
「……え、マジで?」
「う、うん……文字によって足音が違ったから、たぶん……」
「……なーるほどなぁ」
リリーに教えられて、唸る。
足の動きだけでなく、靴底が変形して文字を書いていたのだとすれば、確かにあの動きで文字や記号が描かれていくのには納得できる。
しかしそれ、本当に可能か?
「剣振って相手の障壁に合わせて武器変えて足の動きで魔方陣書いて靴底のスタンプ切り替えて文字を書く……頭ぶっ壊れそうだよそれ」
「せんせにだけは言われたくないと思いますよ!」
「……そうかなぁ?」
ううん、そうかな? 僕は麻薬魔法のバフで多重思考してるからちょっと感覚が狂ってるけど、だからこそ、それ無しで僕と同じような魔法の展開をしているノーラを異常に思えるのだ。
ノーラも何かしらの思考強化をしているのだろうか? それも無しにあの動きをされたら、麻薬魔法って……と考えてしまう。
後日、思考強化の魔法を聞いたところ、「何もしてないけど」と返されてしまいショックを受けることになるが、それは別の話。
「ノーラさんは前衛として、残りはどう組む?」
決めるのは、5人の配置だ。
ゲーム時代でもパーティ構成における人員配置は重要なファクターであり、適当に配置すると突発事象に対応できなかったり、戦闘距離の違いからまともな戦闘に持ち込めなかったりと散々なことになったのを覚えている。
「んー、せんせと私はどこでも良いとして、ユリアさんが微妙なところなんですよね」
「でも授業見る感じ相当優秀な感じじゃない? 割とどこでも行けそうだけど」
「やー、でも滅茶苦茶ビビリですよ、あの人。前衛は無理じゃないですか?」
「……そうなの?」
え、そうなの?いやー……でもそういえば、最近のイルマとの掛け合い見ると、結構やられ役っていうか、いじられタイプって言うか、苛められっ子オーラを感じたような……。
僕はいきなり押し倒されたから攻撃的な人だなくらいに思ってたけど、あれはちょっと混乱しちゃってただけなんだと思うし。
「ですよー。だから置くなら中衛か後衛ってとこですね。ただ迷宮慣れもしてないので後衛に置くのも怖いですけど……」
イルマの懸念も当然だ。迷宮攻略における前衛ポジションの者には直接戦闘力を求められ、突発事象への対応力が必要になる。
中衛は戦闘の補助という役割で、周囲警戒の他、前衛のサポート役として回復や補助が得意な者が担うことが多く、何でも出来る万能タイプが適任だ。
後衛は直接戦闘に関わる機会は少ないが、後方から敵が来ないかを確認しながら攻略ペースの調整や情報の取りまとめをする役割で、パーティリーダーや非戦闘員は後衛に配置されることが多い。
「じゃ、ユリアさんは中衛で。リリーを後衛に置くのは勿体ないから中衛に置いて、僕かイルマが2枚目の前衛かな?」
「はーい。なら私が後衛やります。初見の迷宮なんでフィールドチェックとか情報収集もしたいですし、戦闘はお任せします」
「おっけー。なら、とりあえずそれで決定かな? 当日までに迷宮情報集めとかないとね」
「ですねー。ただ国が保有してる迷宮の一つなんで、外には情報あんまないと思いますよ。学校内のが多いかも?」
「なら図書館かな。確か過去の探索報告書とかまとめられてたよね」
図書館の一角に、探索報告書を本にしてまとめられていたスペースがあった記憶はあるが、迷宮単位で分けられているわけではなく年度ごとの区分けなので、目的の迷宮を探すのに相当時間がかかりそうだ。あのあたりのスペース、相当乱雑だったし。
著名な魔法使いが書いた高価な本は雑に扱えないが、生徒の自作ならば学校側も生徒側も、割と雑に扱ってしまうものなのだ。
「はーい。今から調べると遅くなりそうですし、明日からにしましょー」
「ん、おっけ。じゃ、帰ろっか」
「「はーい」」
転移魔法を起動。僕らは、屋敷の自室に帰る。
いい加減寮の部屋を使うべきだと思うのだが、何か広すぎると落ち着かなくなってしまっているので、狭い部屋を三人で使うのであった。




