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「いやまさか、ここまで全滅とは」


 二日かけて、街のほとんどの飲食店には行ったと思う。

 深夜しか営業していないような店があったら分からないが、少なくとも歩き回って見つけられた範囲で、全ての店に頭を下げに行った。


 1店舗目に断れた時は、ちょっとショックな程度だった。

 10店舗目にもなると、流石に焦り出した。

 100店舗目にもなると、もう空腹しか感じなかった。飲食店って、良い匂いがするんだよ。空腹絶頂期でそこに入るの、滅茶苦茶キッツいよ。


「虐待に合ってた子供が、水だけで一週間は生き延びたんだっけ」


 最も、同じ状況の子供はほとんど死んでいて、偶然一人だけ生き残ってニュースになったのだろうが、人間の構造としては不可能ではないはず。

 大人の記録だと、遭難して1ヶ月以上も生き延びた親子が居たような気もする。


 ……うん、早めになんとかしたい。不可能ではないと、可能であるは別なのだ。


「おなかすいたな……」


 口にしても何も変わらない。街中の至る所に水道があるので勝手に飲んではいるが、無断で飲んではいけない水の可能性もある。

 というか、街全体を見渡しても、ホームレスというものが見当たらないのだ。

 浮浪者らしき人間を見つけてこっそり尾行しても、汚い格好をしているだけで普通に立派な家に住んでいたりする。


 魔法の勉強ばかりにかまけて、街について無知すぎたのを今更ながら反省する。

 教えてもらおうと思えば知る機会は幾らでもあったはずだし、聞いていなかっただけかもしれない。それほどまでに、興味を持っていなかったのだ。

 けれどそれは、今になると後悔しかない。


 ううん、おかしい。普通異世界転生はもっと優しいはずだ。何故か皆に好かれたり、何故か皆が助けてくれたり。

 今思うに、そういうのは人徳だったのだろう。

 そんなことしか考えられない。


「街、出るか。それか――」


 もう、自分で思いつく選択肢は少なかった。

 まず一つ目。街を出て、なんとか生きていく。これの問題は、現時点で一銭も持っておらず、旅支度もできない人間が暮らせる場所が、そんな近隣にあるか、という点。少なくとも、街に居る間は飲み水には困らないのだ。それを持ち出す容器すらない状態で、遠出ができるはずもない。


 もう一つ。

 あの村から助け出してくれた、オクタヴィアン・マスカールを頼ることだ。

 マスカール王国第一王子という立場はホームレスの子供からすると喉から手が出るほどに欲しい後ろ盾であり、彼ならまだ僕のことを覚えている可能性がある。

 何せ、彼は僕以外にも過酷な状況から救い出し、孤児院に預けた子供が何人もおり、毎年のように孤児院に訪れていたのだから。

 一見最強の後ろ盾のように思えるが、彼に会ってしまうと孤児院の子供たちが全員死んでしまったことを知らせることになってしまう。時間の問題であろうが、人伝に聞くのと直接被害者に会うのでは話が違う。

 それに、どうやって会えば良いのかも分からないのだ。王宮はここではない首都にあるし、そこに行ったところで、彼自身がどこに住んでいるのかも知らない。

 ずっと待っていればいつか彼が直接訪れることもあるかもしれないが、その時偶然僕が孤児院跡地にでもいない限りは入れ違いになって終わりだ。携帯電話などないのだから、連絡手段は存在しない。


 最後の一つ。この街にあった孤児院はこれ一つとの話を聞いているから、自分を受け入れてくれるところを探すのは困難。となるとホームレス生活でもしてなんとか小金を稼いで、もう少し暮らしやすいところに向かうか、もう少しマシな生活を送ること。


「妥当なのは、それだよなぁ……」


 日本では空き缶を拾ってどこかへ持って行くとお金にして貰えるから、それを生業にしているホームレスが少なからず居たのは覚えている。しかしそれは、地球の、日本という狭い国での話だ。

 空き缶とは言わないがくず鉄を拾って金にするホームレスはこの世界にも存在するとは思うが、どうやらこの街には居ないらしい。スラムらしきところもないし、よほど整備されているのだろう。


「けどま、ゴミは出るよな」


 飲食店街もあったし、街はずれにぽつんと建つ店もあった。きっと、相当に裕福な街なのだろう。

 店があれば、ゴミが出る。一般家庭から出るゴミよりはよっぽど食べられる物が出るはずだ。

 生きるために、なりふり構ってはいられない。腐ってようが毒魔法で耐性を付ければ食べられるはずだし、簡単には体を壊さないはずだ。

 どこから来るのか分からない謎の自信を感じるぞ。


 うん、まずは生きることだ。今後のことは置いておいて、今は死なないことを考えよう。

 まず底辺で生きれば、相対的に今後の生活が豊かに感じるはずだ。

 親も居ない。幼馴染も、友人も居ない。それでも僕には、生きる目的がある。


「ゴミ拾い、頑張りますか」


 僕はそう呟いて立ち上がる。

 まずは今日を生きるために。




 飲食街の裏に、良いポイントを見つけて1週間が経過した。

 ゴミの回収業者が来るのが昼過ぎで、前日の夜に捨てられたゴミがしばらく残っている場所だ。

 腐った生ゴミだと流石に食べたくはないが、つい数時間前までテーブルに並んでいたような物なら、食べられる。

 というか、孤児院で出たご飯より美味しい気までしてくるから不思議だ。

 毎日何もしないでも出てきた料理と、自分で必死に探し出した残飯は大違いということか。

 うん、たぶんただの補正だろうな。美味しいと感じるからまぁ良いんだけど。


「んー……?」


 ホームレス生活は、基本一日一食だ。ゴミが捨てられてから次に店の人が出勤してくるまでの深夜から早朝に一食食べるだけで、それ以外は街をぶらついたり休憩したりと、完全にホームレス生活を満喫している。

 他にも良いポイントがあれば目星をつけるつもりで、ゴミの中から拾った街の地図にメモを書き込んでいたが、見慣れない物を発見したので立ち止まった。


「あれ……注射か?」


 たぶん、ゴミの回収業者がゴミを回収した時に、袋から破れたか袋に上手く入っていなかったで落としてしまったものだろう。

 この世界でも注射器なんてあるんだなと思ったが、別にこの時代の医療がどこまで進歩しているかは分からない。

 いつもなら気にするほどのことでもないかとスルーするところだが、丁度手持ち無沙汰なのもあって、拾ってみたのだ。


「まぁ何もなければいいけど……《毒物鑑定》」


 毒属性魔法の毒物鑑定。毒の種類や解毒方法が分かるだけの魔法で、それを解毒する効果は別にない。解毒は解毒で別の魔法が必要だが、それはまだ覚えていない。


 麻酔なり、治療薬なら気にせず捨てるところだった。

 けれど鑑定結果はそうは言ってくれない。


 いやいやいやいや、これ、マズいでしょ。


「覚醒剤じゃん、これ」


 鑑定結果は、完全に覚醒剤。麻酔として使える成分もないし、常用しているとしたら間違いなくクロ。

 これがここに落ちていたのは偶然か?常用されているのか?それともこれ一本だけ?

 今はまだ分からない。落ちている位置、ゴミ回収ルートからして可能性がある家は10軒程度。

 10軒内の住人ではなく、他の家――分からないよう遠くから捨てに来たとしたら、偶然注射器だけが落ちているとは考えづらい。隠そうとしているなら、紙袋に入れるなり、他のゴミで覆ってカモフラージュするなりで、回収する時にポロっと落ちるようなところに入れるはずがないのだ。


 となると、このあたりの家の者が、覚醒剤を常用している可能性がかなり高い。普段から使って、普段から捨てているからこそ、こんなところに落ちることになるのだ。


 うん。これは使えるな。僕にもようやくツキが回ってきたかもしれない。

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