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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
課外授業
89/133

2

「体属性って、この学校だと珍しいですよね」


 イルマの発言に「確かに」と思った僕らは、この学校に入れるほどの体属性魔法を見てみたくなった。

 教室から移動して中庭へ。ユリアには何も言わなかったが着いてきたので、彼女もそれなりに興味があったのかもしれない。単純に置いていかれるのが寂しかっただけの可能性もあるが。

 他のクラスメイトと居る時のユリアとは大違いだ。もしかしたら、こちらが素なのかもしれないが。


 ホームルームが終わったばかりの時間、中庭には他の生徒の姿もあったので門魔法で作る結界は控えめなサイズに。

 ただ遠距離魔法をバンバン打つ僕ら三人とは違い、体属性魔法を見る分には広すぎるくらいだと思うのだが。


「じゃ、せんせ、お願いします」


「やっぱ僕になるよねー」


 壁に攻撃してもらうでも良かったのだが、やはり生物を相手にした時の動きを知るなら人間相手のほうが良いとのことで、案の定壁役は僕になった。

 一応屋敷で暮らしていた時代にヨラヒムやオリエ達と模擬戦を行う機会はあったので、体属性魔法の使い手と戦った経験がないわけでもないが、彼らはそれに特化しているわけではないのだ。


「ノーラさん、何しても良いんで実力見せてください。胸を借りるつもりで、どうぞ」


「それ普通僕が言う台詞じゃない……?」


「せんせは、うーん、ノーラさんに全力出させて下さいね」


「難しいこと言うなぁ……」


 5mほど離れたところで対峙する僕とノーラ。

 いつもはもっと離れているが、どうせ最終的には接近する体属性魔法の使い手を相手にするなら、距離を離せば離すほど僕の反応距離が長くなるだけだ。


「じゃ、やりますけど……」


 とりあえず、物理障壁を多めに展開してノーラの動きを見る。

 彼女は大きく息を吸って、吸って、吸って、――消えた。


 彼女を見失った僕が知覚できたのは、大きな破砕音だ。

 複数展開していた障壁がいくつも砕け散り、ようやく視界に収めることができたノーラは、右腕を振り抜いている。


 剣だ。先程までは手ぶらだった彼女は、僕に向けて剣を振るう。

 今回は反撃する必要はない。それは分かっているのに、今すぐ反撃しろと僕の心が告げてくる。それほどまでの、剣の冴え。


 大丈夫、大丈夫。落ち着け、落ち着け。


 右手に80cmほどの両刃剣。細身ではあるが、レイピアではない。刺突剣ならば、横薙ぎに振るわれることはないはずだから。

 一番近いのは、エストックか。レイピアとほぼ同じで、しかし刺すだけではなく、切ることのできる片手剣。

 彼女の攻撃一発で、障壁が全て割られることはない。エストックではなく叩き切るための大剣だったら危うかったかもしれないが、まだ余裕を持って障壁の展開を行える程度だ。


 突き、薙ぎ、払い、突き。半身を相手に向けていつでも下がれるレイピアの構えではなく、彼女は僕のすぐ前に立っているにも関わらず、巧みな足捌きと手首の返しで縦横無尽に刃が襲う。

 なるほど上手いなと、感動した瞬間。


 バリンと大きな音を立て、僕の視界が遮られた。


 瞳から2cm、最終障壁の手前まで破られたのだ。――今のは、何だ?


「……槍?」


 彼女の手にしていたエストックは、いつしか槍へと変わっていた。

 長さは2mもない。長槍といえるほどでもないそれを、彼女は慣れた手付きで振るう。

 斬撃対応で障壁を切り替えていたところで、武器が槍へと変わった。しかも、初手は穂先ではない、石突側による顔面狙いの薙ぎ払いだった。純粋な打撃攻撃に、斬撃対応の障壁は簡単に割られてしまう。


 シュンと風切り音を鳴らしていたエストックによる軽い振りとは違い、槍による攻撃はブン、ブンと遠心力を生かして振るわれる。一発一発の速度は遅いが、穂先か石突かそれとも長い柄による打撃か、当たる瞬間まで検討も付かないのだ。

 彼女の足捌きによって距離感は僅かに変わり、ほんの僅かな距離が違えば同じ振りから違う打撃が飛んでくる。

 エストックを最初に見せたのは、槍に繋ぐ為か。そう僕が考えたところで――


「ったぁあああああ!!」


 体を大きく後ろに逸らし、勢いをつけた薙ぎ払い。

 この動きは、なんとか見えた。見えたのに――


「ラス3! あっぶねぇ!!」


 僕の脇腹スレスレまで障壁を切り砕き止まったのは、巨大なロングソードだ。柄も含めた長さは先程の槍と大差ない。

 150cmほどの幅広の刃に、太くどっしりした柄が付いているものだ。


 その大剣によって振るわれる攻撃は、最早ただの斬撃ではない。全身運動によって生まれる破壊力は槍とも比べ物にならないほど大きく、そして鋭い。手首と腕によって高速で振るわれるエストックとも、遠心力を生かして振るわれる槍とも違う。

 彼女の足は大地を踏み抜き、その大剣は空気を切り裂き、重く激しく剣を振るう。

 一発一発が即死級の破壊力だ。障壁を鍛えていない者が見てから対応しようとすれば、最初の一撃で胴体を両断されることになるだろう。


 大剣には、何の魔力も込められていない。ただの剣だ。それなのに、それを持つ者が魔法使いであるならば、魔法と言っても過言ではない。

 ガン、ガン、ガンと叩き付けられるたび、障壁は確実に削られていく。

 無意識のうちに大剣対応の障壁に切り替えようとしたところで、それは愚作とすぐに知る。

 障壁を切り替えた瞬間、ノーラは後出しで武器を変えることができるのだ。


 いくら武器を切り替えようが、その攻撃は打撃と斬撃でしかない。魔力が帯びたのは槍や剣ではなくそれを振るうノーラ自身なのだから、それ以外の攻撃ではない。

 それなのに、見てしまう。考えてしまう。今の武器に対し、最も適切な障壁を。

 素早く軽い斬撃には、修復の速い障壁を。遠心力を巧みに操りどこから飛んでくるか分からない打撃には、広く薄い障壁を。出所が目に見えて分かるほど遅くて重い斬撃には、厚くて硬い障壁を。

 障壁を切り替えてしまう。これが魔法使い同士の戦いならば、程度はあれ皆そうするべきだから。


 僕ほど緻密な障壁展開をしていない者でも、|一発目がなんとか止められる程度・・・・・・・・・・・・・・・の攻撃に対し、適切な障壁を選択してしまうのだ。

 それがセオリー。それが、魔法使いにとっての正しさだ。


 しかし、ノーラを相手にすると、そのセオリーは成り立たない。障壁を切り替えた途端それの反対の武器に切り替えてくるので、セオリー通りに障壁を貼ってしまうと負けが見える。

 勿論、魔法使いの戦い方として見ると、これだけでは欠陥だらけだ。まず手にした武器のリーチまで近づかないといけない彼女に対し、魔法使いは何メートルどころか、何百メートルも離れたところから攻撃できるのだから。


「知覚変換――ッ!」


 受け続けるだけだと駄目だ。接近した状態からなら魔法使いを倒せる使い手という情報では、彼女の評価は不十分。

 故に、知らなければならない。絶対にそれだけではないと確信できるから。


 障壁展開。床に展開した障壁は、彼女の五感を狂わせる為のもの。

 踏み込みの為に一歩でも後ろに下がったならば、それを100m後方に離れたかのように錯覚させる、コンマ1秒にも満たない錯覚を与える攻性障壁。


 達人に近づけば近づくほど、一瞬の判断が速くなる。麻薬魔法によるバフなど無しに、コンマ1秒で思考をする。故に、この攻性障壁を踏み抜き後ろに下がった瞬間、「敵と離れた」という事実だけが頭の中に刻まれてしまう。


 ナルコティクスオープン。達人に等しい思考速度を得る為の、強制的な思考のクロックアップ。


 踏んだ。攻性障壁が粉々に砕け散り、ロングソードを大きく背後に回したノーラが、剣に引っ張られるように足を下げた、錯覚は、その瞬間に発動する。

 コンマ1秒にも満たない錯覚を彼女は確かに感じたはずだ。驚愕に見開かれた目は、一瞬にしてピントの調節機能を失う。が、しかし。


 モーションを変えず、ノーラは大剣を振り、――そのまま放り投げた。


 彼女が攻性障壁を踏むと同時に一歩だけ下がった僕は、ロングソードのリーチならば回避できる距離まで下がっていた。しかし、錯覚を得た彼女の行動は、前に進むでも武器を変えるでもなかった。

 ただ単純に、離れたから投げた(・・・・・・・・)のだ。


 思考をどこまで簡略化したら、この判断ができるのか。

 武器を持ち変える瞬間には魔力の反応があるので、何かしらの魔法を使っていることは分かる。転送か創造かは分からなくとも、彼女にとって手にした武器は今持っている武器の1本でしかない。故に、それを簡単に手放すのはおかしな話ではない。

 けれど今彼女は、自身で踏み抜いた攻性障壁によって、相手との距離が100mも離れた感覚に襲われたはずだ。相手が離れたか自分が離れたかは分からなくとも、一瞬の判断が生死に直結するラインで戦う者ならば、致命的な距離が空いてしまったと考えてしまうはず。達人にしか使えない錯覚は、確かに彼女を錯覚させたのだ。それなのに彼女は――


「普通、投げるか……!?」


 近づくでも様子を伺うでもなく、攻撃モーションも変えずに柄を握りしめる手だけを離し、相手に向かって大剣を放り投げる。

 正直、想像と違いすぎる反応だ。


「何よ、離れてないじゃない!」


 放り投げたロングソードは僕の障壁によって空に弾き飛ばされたが、彼女はそれを見ていない。再びどこかからか取り出した新たなロングソードを手に、僕に襲い掛かる。


 武器を切り替えなかったのは、ロングソードの対応が一番難しいことが分かったからだろうか。麻薬魔法によって仮初の高速思考を得ている僕にとって、ただ速いだけの攻撃より、遅くとも一撃が重い方を選択するのは必然だ。

 しかし、普段からリリーのレビテーション砂粒弾を受け続けている僕にとって、ただ単純に破壊力があるだけの攻撃では、不意を突かれない限りは障壁を全て抜かれることはない。ここまで打ち込んだノーラがそれに気付いていないはずもないが、攻撃手段は変わらない。

 障壁を切っているというよりぶつけている大剣は、破壊力はあれど速度はない。ただし、それに適切な障壁に切り替えた瞬間武器を変えられることは分かっているので、障壁を切り替えることは自殺行為。しかし僕なら――


「こんくらいなら、半日でも続けれるよ……ッ!」


「分かって、る!」


 受け流すではなく受け止めるを選択している僕の障壁に対し、身の丈ほどもある大剣を振り回すノーラ。

 大剣には重量があり、そして衝撃もある。障壁を全て砕いて振り抜けるならともかく、刃が僕の皮膚の手前で止まっている。それは大剣を振り回す彼女にとって、絶対に切れない岩に剣をぶつけてるのと同じことだ。

 疲れないはずはないのだ。腕に負担がかからないはずはないのだ。ガン、ガンと障壁にぶつかり続ける大剣は刃毀れをしなくとも、刃に受けるのと同じ衝撃を彼女の腕に与えている。このまま続けば、僕は受け続けるだけで彼女に勝つことができる。それを続ける意味は、あるのか?


 けれどノーラの表情は、疲れてはいても、絶望をしていない。汗はかいても、冷や汗は流さない。痛みに顔を歪めても、瞳はこちらを見続けている。

 勝算が、あるからだ。


「《クリエイト――》」


 彼女の口が動く。それが土属性創造系統魔法の頭文字であることは、使い慣れた僕なら知っている。


「《――ブレード》ッ!!」


 創造魔法による、刃の召喚。

 確かに僕はそれを聞き取れた。しかし、理解に頭が回らない。

 彼女の両手はロングソードによって塞がっている。口頭発動による魔力反応はあったが、視界に新たな剣は現れていない。ならば、どこに?


 その疑問は、後頭部を強打した衝撃で、一瞬にして吹き飛んだ。


「いったぁ!!」


 物理障壁ラスト1、“鋭い物体に対し、その切れ味を0と置き換える”が発動したことで、頭が両断されることはなかった。しかし、殺しきれない衝撃は残る。

 後頭部を殴られた衝撃で僕は前につんのめり、彼女から目を離す。


 意識が地に向いた瞬間、ようやくノーラの足元を意識した。


「魔方陣……?」


 直径1m強の魔方陣が、ノーラの足元に描かれている。それはまだ未完成で、魔力が通ってはいない。

 しかし、いつ? どのタイミングで? 僕は彼女の剣は見ていたが、足元を意識していなかった。故に、どのタイミングでこれが描かれていたか分からない。


 彼女はロングソードで攻撃する時、全身運動の度に足を滑らせるように動かし、地を這わせていた。

 ――そうやって、足だけで魔方陣を描いたのだ。


 理解は、出来る。そして、形が決まっていれば不可能ではないかもしれない。

 ノーラの足元に描かれている魔方陣は記号と文字、そして円を起点にした図形で作られている。図形だけならばともかく、足よりも小さい文字を、どうやって描いているのか? それも、完成寸前まで相手に悟られることもなく。


 姿勢を立て直し、彼女に向き直る。魔方陣が描かれつつある現状、そちあRに意識を足元に向けたい気持ちはあれど、手数の増えた彼女に対し、余所見をしている余裕はない。

 剣は一本、腕は二本、しかしここに来て、二つ目の斬撃が生まれたのだ。

 それは視界の外から、後頭部や背、時には手や膝を狙って襲ってくる

 目で追える大剣の軌道と、目に見えない斬撃。その両方に対応するには、僕の視野は狭すぎる。

 リリーのように音を聞くことができればどこから襲ってくるのか分かるかもしれないが、僕に彼女のような超聴覚はない。

 故に障壁をいくつか肌から離したところに展開し、それに触れるものがあった瞬間に強化位置を切り替えることになる。


 どうやって描かれているか分からないまま、魔方陣は少しずつ完成に近づいていく。

 そして、対応策を見つけられないまま――


「《アクティベート》」


 それが、完成する。

 この際、正面防御は捨てる。何が起きるか分からない以上、全方位、全てに対応できる障壁を全力で展開する。

 魔力に糸目を付けなければ、大抵の攻撃は処理できる。そうなるように、障壁を鍛えたのだ。

 ナルコティクスオープン。高速思考に多重思考、あらゆる知覚を強化して、コンマ1秒でも速く状況を認識し、障壁の強化に備える。


「私の剣を、納めます」


 瞳を閉じ、ロングソードを地に突き刺し、両手を合わせてそう呟く。

 ロングソードは、跡形もなく消滅する。それは魔力へ変換され――


「629発、食らいなさい」


 時空の歪曲、時間の逆光。

 魔法と呼べるのかも分からない斬撃。


 629通りの斬撃が、僕に襲い掛かる。

 

 瞳には映らない。風も切らない、僕に触れる瞬間まで、そこに存在していないもの。

 そこに生まれたのは、純粋な斬撃。純粋な打撃。純粋な衝撃。


 時間を曲げ、時空を曲げ、同時に襲い掛かる629の力。


 轟音、爆音、破砕音。それほどまでに大きな音は、これまでに聞いた事がない音で。

 多重に連なる629の音。多重に連なる629の攻撃。


 僕は、それを――――

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