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「本日は、課外授業の班決めをしてもらおうと思います」
その日のホームルーム、年度内最後の行事である課外授業の話題が出ると、クラスの皆はわっと盛り上がる。
この学校は、授業も学校行事も、全てが2月中に終わる。3月は丸々休暇となるのだ。遠方から来ている生徒も多いので、春休みを長めに取っているんだとか。
まぁ帝国くらい離れたところから通う生徒にとっては、1ヶ月程度ではほとんどが移動時間に潰されてしまうことから、帰らない選択をする生徒も多いらしいが。
課外授業は全学年、2月の半ばから2週間かけて行われる定例行事だ。行き先はクラスごとに決めていいが、大抵はクラスで1つの迷宮攻略に挑むことが多いようだ。
Cクラスも定番通り迷宮攻略を挑むことになったが、対抗戦で一年代表になったことで、二年次しか選ぶことができない難易度の迷宮も選択肢に入っており、僕らは満場一致でそれを選んでいた。
「安全のため、最少人数は5人にして下さい。今回は難易度が高い迷宮ですので、私が実力不足と判断した班があれば解散して他の班に混ざって貰います。どうぞ、席を立って構いませんので、自由に決めて下さい。」
その合図で皆は一斉に立ち上がり、友人の元へ移動する。
一番人を集めているはユリアで、その次はダヴィアといったところか。
僕ら三人は席を立つことなく、クラスメイトの動向を眺めている。
「5人ですって。せんせ、どうします?」
「どうしようねぇ……」
「私達だけ特別に3人編成とか……」
「駄目です」
丁度隣を歩いていたボネ先生が、イルマの提案に反対する。
「えー、何でですか」
「あなた達3名だけで組んでしまうと、クラス内の戦力に偏りが出すぎると思いませんか?」
「あ、思う~!」
思うわ! それは仕方ないね!
この場合3人が他より弱いから駄目なのではなく、3人が他より強いから駄目なのだ。ボネ先生が言いたいのは、僕ら3人が3人だけで組んでしまうと、上位3人分の戦力を他の班に振り分けることができなくなるということだ。
先生的には3人をバラけさせたいだろうが、残念ながらそれは無理なので、3人を実戦力の劣るメンバーと組ませたいところなのだろう。
「じゃ、戦闘系じゃないところに混ざるのが妥当かなぁ」
「ですかねぇ、3人でデートしたかったところなんですが」
「迷宮探索をデートとか言わないで下さい……課外授業で重症者が出るのは珍しくないんですから……」
ボネ先生は呆れ顔でそれを言うと、他のグループのところに歩いて行った。
クラスメイトの様子を見ると、大体メンバーが決まってきているように思える。
Cクラスにはクラス内カーストのようなものは出来ておらず、割と和気藹々とやってることもあり、戦闘系魔法が得意な生徒もそうでない生徒も、程よいバランスでグループを組めているようだ。
そうなると、僕らの入る隙間がない。フローレンツ周りを――と思ったが、彼はベネディクトゥス率いる帝国貴族グループに入ったようで、彼に視線を送ると申し訳なさそうに頭を下げられた。同じように生まれの国でグループを組むことは割と一般的なようだ。
うぅん、どうする? 3人なんて少人数で残っているのは最早僕らだけだ。安心していたら一転、手遅れって感じ。
とりあえず自分から動くことなく成り行きを見守っていると、こちらに近づいてくる人が居た。
「……うん?」
近づいてきたのは二人。
現在クラス一注目を集めているユリア・メーレンベルフと、その逆にクラスでも上位に地味な少女、ノーラ・カルヴィだ。
ノーラ・カルヴィ。彼女はクラスメイトの顔を思い出そうとすると最後数番目に浮かぶくらいには特徴や主張が少なく、授業以外で話した記憶はない。
少しだけ青みがかった黒髪を肩まで伸ばし、前髪の掛かった金の瞳を伏し目がちに開いている少女。
「何か珍しい組み合わせですね」
イルマがそう指摘するように、この二人が一緒に居るところを見たことはない。
もう女狐とか爆乳女とか言うことないんだねと少しだけ安心しながらも、まだ気を抜けない表情だ。
「そちらのグループに入れて頂けますか?」
「……はい? ノーラさんをです?」
「いえ、私も含め、二人で」
ユリアの言葉に一瞬の沈黙が襲いかかる。先程までユリアを囲んでいたグループは明らかにガッカリした表情でこちらを見ていて、いたたまれない気持ちになってしまう。本当に何言ってるのこの人?
「や、あなたさっきから大人気じゃないですか。人気者はこっち来なくていいんですよ、しっし」
虫でも追い払うかのような仕草でユリアを退けようとするイルマだが、ユリアは折れるつもりはないらしい。
「そうは仰らずに……エミリオさん、宜しいですか?」
「え、僕はべ――いいい痛いっ!!!」
机の影からこっそり手を伸ばして腹をぎゅっとつねってくるイルマが怖いよ。僕にもちょっとくらい発言権与えてよ。
「……一応聞きますけど、何でこっちに入ろうと?」
「あちらの方々は、ノーラさんとは組みたくないそうなので」
僕らに三人にしか聞こえないくらい小さな声で、ユリアは呟いた。
意外だ。この別に苛めとかハブとかはないクラスだと認識していたが、ノーラは別なのだろうか。そういえば話したことなんて2,3回しかないけれど、大人しい子だな、くらいの認識だったのだが。明らかに性格に難があるタイプではないはずだ。
「はぁ……じゃ、別に良いですよ」
あっさり折れたイルマに驚いたのは、僕だけではない。リリーも「え?」って小さな声で呟いたし、ユリアとノーラの二人も目を見開いてイルマを見つめている。
「だって、組む相手居ないんですよね? じゃあ別に良いですよ」
「……そんな簡単に?」
「だって、私が断ったら話が進まないじゃないですか。ボネ先生ーこっち決まりましたー」
別に不満そうな表情でもなく提案をあっさりと受け入れたイルマは、手を挙げてボネ先生を呼び、正式にグループ登録をする。
疑問符を浮かべているのはイルマ以外の4人だ。受け入れられたユリアとノーラすら「なんで?」とでも言いたげな顔をしているし、先程までユリアを囲んでいたクラスメイトは明らかに落胆の表情で大きな溜息をついている。
……なんかよくわからないけど、5人決まったから良いよね!
もう少し難航するかと思った班決めが案外あっさりと決まったことで、多少時間が余ってしまう。
とりあえず5人集まっているので少しでも計画を立てようと言う話になり、迷宮の情報を調べることにした。
「ラルカンジュ廻廊か。なんか聞いた事はある気がするけど覚えてないなぁ……」
僕らCクラスは選択可能な迷宮の中から最も難易度が高いものを選んだだけであり、ここに行きたかった理由があるわけでもない。
ゲーム時代にも存在した迷宮だとは思うが、もう15年くらい前のことともなると、印象深かった迷宮以外は全く覚えていないものだ。
「あ、確かここ、ラプラスあたりですよね?」
マスカール王国ラプラス地方、王都からは多少離れているが、交通の便が悪いわけではないので、2日もあれば行ける距離だ。
何かしらのイベントがあった記憶がないこともないが、正直覚えてない。ゲーム時代に聞いたから覚えているのか、こちらに生まれてから聞いたから覚えているのかも分からないほどのおぼろげな記憶だ。
「っぽいね。イルマは行った事あったりする?」
「ないですねー。師匠が行くには簡単すぎるとこなんで。ただ何か注意点を言われたことが……あるよーな、ないよーな……」
「頑張って思い出して!」
「せんせがちゅーしてくれたら思い出します」
「うん、思い出さなくていいよ! さてどうしよっか!」
「えー流されたー」
唇を尖らせて拗ねるイルマは可愛いけど、こんな人目のあるところで辱めを受けるつもりはない。いやもうイルマの発言はクラス中に聞こえているだろうし、このくらいの軽口は普段通りなので皆もあまり気にしていないように思えるのだが、僕が気にするからナシ。そういうのは帰ったらね!
「私はマスカールに来たのすら初めてなので勿論知りませんが……ノーラさん、何かご存じですか?」
それまでずっと黙っていたノーラに、ユリアがそう質問する。
「……いえ、特には」
「……そうですか」
何だか歯切れの悪い会話だ。仲良し二人とは到底思えない感じがする。
5人グループを組んだは良いものの、僕らはノーラ自身がどうしたいのか聞いていない。嫌がってはいないようだが、喜んでいるとも到底思えないし。
そもそも、彼女がハブられていたという認識を僕は全くしていなかったので、どのような対応をすればいいのかも分からない。
「ノーラさん、一個良いですか?」
あまり発言するつもりはなさそうなノーラに対し、イルマはいつものノリで声を掛ける。
瞳を逸らさずじっと見て、瞳の檻で逃げられないようにして。
「え、あ、はい」
「私、あなたのこと何も知らないんですけど、今後の計画の為に得意な魔法とか聞いても良いですか?」
軽口ではなく真面目な質問として、ペンを構えたイルマはそれを聞く。
「……ええっと」
「別に、恥ずかしがることもでないと思いますけど……。せんせ、結界お願いします。音漏れ防止で」
「うん? おっけ。表裏の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。この地に討議と討論を。鎮める力と治める力を。広がる力と狭める力を」
「ありがとうございます。ちゅー」
僕の視界は、急に迫ってきたイルマに覆い隠されてしまった。
彼女の唇が触れる。結界を展開してからイルマが迫ってくるまでの高速の流れに、抵抗する間もなかった。
「――――っぷふぁ」
時間にするとたぶん5秒くらい。いつもよりは短いキス。
ただ、人目があるということを考慮すれば、長すぎるほどだ。視線と音漏れ防止で展開した結界により、大勢のクラスメイトに見られたわけではないけれど、それでも恥ずかしさはある。
「で、もう一度聞きますけど」
何事もなかったかのように僕の頭部を押さえていた手を離し、話を続けるイルマ。
リリーは何も気にしていないようだが、顔を赤く染めて目を逸らしてくるユリアと、口を大きく開けたまま硬直しているノーラの対照的な反応が、少しだけ面白い。
「えっそんな軽く流さないでよ! 今の何!?」
「あ、ようやくちゃんと喋りました?」
「え? は?」
「いやノーラさん、誰とも馴れ合う気はありませんーな雰囲気出されても困りますって。一緒に迷宮潜るわけですから、命を預ける相手のこと何も知らずに、いざって時どうするつもりなんですか?」
「……え?」
キスなどなかったかのような顔で急に真面目な話をするイルマに、全くついていけてないノーラ。
こういう子なんだよ……慣れてね……。
「んー、まぁ、良いです。じゃあ、自己紹介しましょう」
「は、はい」
「とりあえずせんせから」
「え? 僕から? ええっと、エミリオ・ブランジェ。自己紹介って何言えば……あ、平民です。マスカール王国生まれの王国育ち、怪しいおじさんは大体友達、得意魔法は毒全般……こんくらい?」
「せんせの好きな子は?」
「リリーとイルマ。ねぇその質問いる?」
「いーりまーす」
言った手前、腕を絡めてくるイルマを払いのけるわけにもいかず、成すがままにされる僕。
リリーがちょっと顔赤くしてる! かわいい~から腰抱いちゃお。ノーラがジト目でこちらを見てくるけど気にしないでおく。
「じゃ、次リリー」
「え!? えっと、リリーです。家名は、ありません。平民です。得意なのは、風魔法……?」
最後が疑問系だったように思えたが、確かに断言していいのか分からない。リリーの風魔法は、スキルに依存する僕らの魔法とは別に断りで動いているからだ。もっと旧来の魔法に近い、理論的ではない、感覚的なシステムだ。
「好きな人は?」
イルマは僕の腕を胸の谷間に押し付けたまま、ニヤニヤとしながらリリーに意地悪な質問をする。
「エミリオ君……って、何言わせるのイルマちゃん!?」
「ふふふ。じゃあ次ー。私イルマ、平民! 得意なのは光属性、好きな人はエミリオ・ブランジェ! はいノーラさん」
「えっえっ!? ……うん。ノーラ・カルヴィ。得意なのは体属性、あと土属性、貴族じゃないわ」
「好きな人は?」
「居ません!」
「またまたー。せんせ以外だったら誰でも良いですよ」
「居ないってば!!」
「あ、そですか。じゃあ良いです」
一気にトーンダウンするイルマと呆気に取られるノーラの二人を見て、小さく笑っているユリア。ははーん、次は自分って分かってないな?
「ユリア・メーレンベルフと申します。得意なのは水属性以外、苦手なのは水属性とイルマさん、私も、皆さんと同じ平民ですよ」
「あっクラス中の平民が集まった感じになったんですね。問題児まみれ!」
「私に好きな人は聞いてくれないんですか!?」
「あ、興味ないんで良いです」
「そんなぁ…………」
ユリアはへなへなと崩れ落ちる。きっと、何か面白いことを言おうと考えていたのであろう……。苦手なのはイルマとか言っても完全にスルーされていたし……。不憫な子よ……。
「ノーラさん、平民でここ入れたってことは、凄い師匠とか居るんですか?」
「お父様に教えてもらったけど、凄いかは謎なところね……」
「へぇー凄いですねー。先月の定期試験、何位でした?」
「7位だけど……」
「勝った!4位!」
「……何か無性に悔しくなるわね」
苦虫を噛み潰したような顔で呟くノーラの姿を見ると、11位だった僕が辛くなるからやめてよ……。ちなみにリリーは6位だったので、僕だけ一桁に入れていない状況だ。
実技はともかく、筆記で順位落としちゃうんだよなぁ……。
「あの、イルマさん? 私には聞いてくださらないので?」
「あ、興味ないんで良いです」
身を乗り出して近づいてきたユリアの胸を、イルマはビターンと払った。うっわすごい揺れてる。やっば。何あれ、振り子運動みたいになってるんだけ「痛いッ!!」
ホールドされたままの右腕を変な方向に捻られて悶える僕、胸を押さえるユリア、唖然するノーラと、微笑んでいるリリー。まさに三者三様のリアクション。
なんだかんだ、イルマのお陰で、案外話は弾むのであった。




