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 その日の登校時、寮から学校に向かう道すがら、リリーが僕の裾をぎゅっと握って立ち止まった。

 どうしてか、考える必要すらない。リリーがあまり好ましくなさそうな表情をしているところから、明らかだ。


 20mほど離れたところ、どの寮から学校に向かっても必ず通ることになる道の先で、一人佇む人が居る。

 ユリア・メーレンベルフだ。


 彼女は僕らに気がついたのか、ゆっくりと歩きこちらに近づいてくる。昨日の険しい表情ではなく、いつものクラスメイトとしての彼女の、穏やかな表情で。


「昨日は、大変ご迷惑をお掛けしました」


 立ち止まったままの僕らの前まで来たユリアは、深々と頭を下げる。

 どうしても立体的に動く胸に視界が行ってしまう所で、イルマに僕の手の甲をぎゅっとつねられたので視線を上に。


「べつ――」


「せんせは黙ってて」


「はい……」


 イルマに静止され、リリーと共に一歩後ろに下がる。


「ウチのエミリオは許すかもしれませんが、私はそう簡単に許すつもりはありません」


 イルマはそう断言する。――うん?


「……どうして、あなたが?」


「人の男に手を出して、謝っただけで許してもらえるとでも?」


「では、何をしろと」


「ちょっと、こっち来て下さい。せんせとリリーはここで待ってて」


「「は、はい……」」


 不思議なワードがポツポツ出たが、気にしないでおくよ! ツッコミすると疲れるからね!

 イルマはユリアの手を取り歩き出し、さっと物陰に隠れる。なんかまずい空気になってない? これヤンキーが校舎裏に連れ込んでボコっとしちゃうシチュエーションに似てない?


 リリーの手をぎゅっと握り、しばらく待機。色々考えてしまうが、僕らはイルマを信頼して待つしかない。血まみれになって帰ってきませんように……。





 凡そ5分後、ホクホク顔のイルマと、ゲッソリしたユリアの二人が帰ってきた。うん、どうやら解決したっぽい?


「……え、何したの?」


「内緒です」


 イルマにはきっぱりと断られるのでユリアの方を見ると、彼女は無言のまま、手を顔の前で振る。何も聞くなと言わんばかりの表情だ。


「えぇー……法に触れるようなことしてないよね?」


「してません! せんせは私を何だと思ってるんですか!」


「校舎裏に連れ込むヤンキー……?」


「ヤンキーって何ですか?」


「……ですよねー」


 まぁ通じるわけないよね! とりあえず影で喧嘩してたわけではなさそうだし、あまり気にしないでおくか。

 彼女のお陰で何故かルクシアに会えたことだし、エスメーとも話すことができた。ちょっと首絞められたけど、プラスマイナスで言うとプラス寄りだ。

 何も分からないまま昏倒させられたイルマとリリーの気持ちがどうかは分からないが、そちらも時間が解決してくれることを信じている。


「今後の付き合い方は?」


 先程までとは打って変わって機嫌良さそうだし、一応聞いておこう。


「せんせを性的に狙わないならお咎め無しで」


「……うん、それはないと思う」


「そんなことないと思いますけどねー」


 イルマはそう言うとじっと僕を見つめてくるが、あっもしかしてこれ、僕から手を出さないか警戒されてるってことか? ないよないよ! そりゃあ胸はなんか……物凄いことになってるとは思うけど! それは青少年として「痛いッ!!」


「今、胸のこと考えてませんでした?」


「ないない!」


 僕は嘘をつきました。手の甲がヒリヒリするよ。


「じゃ、行きましょうか」


 イルマは僕の空いた手を握り、そして何故かユリアの腕も引っ掴み、学校へ向かって歩いていく。あれ? なんか仲良くなってる? ……わけじゃないっぽいな!ユリア明らかにビビってるもんな!ホントに何したの?脅迫?


「怖い、ですね……」


 イルマが手を握ったまま先頭を歩くと、丁度僕とユリアが隣になる。

 ユリアがボソっと漏らしたその声は、イルマには聞こえただろうか。

 普段は良い子なんだけどなぁ……。

 リリーは当然聞こえたのか、ふふっと小さく笑っている。あ、ここも大丈夫そう。

 仲良くなれたかは別として、ちょっとは話せるようになって良かったよ。





「第四回クラス会議~」


「第三回はッ……あったな!」


 突っ込み役と化したベネディクトゥス。お前はそれで良いのか坊ちゃんよ。


「ユリア・メーレンベルフさんの正体のお話です」


「……そこに本人が居るように思えるが?」


「あ、やっぱり? 僕もよく分からないんで本人に説明して貰おうかなーと」


 ぺこりとお辞儀をするユリア。

 前回と同じ会議室だが、メンバーが一人だけ増えている。ユリア・メーレンベルフ本人だ。

 僕が分かる限りで説明しようと思っていたのだが、イルマが「もう本人に聞けば良くないですか?」と言うので連れてきてみた。案外普通に来てくれたよ。


「えぇとここは、クラスの代表が集まるという認識で良いのでしょうか?」


「「「「「「「代表……?」」」」」」」


 全員の声が綺麗にハモったよ。確かに対抗戦ではクラス代表として戦ったが、それはあくまで実力があっただけの話だ。学生に必要なのは戦って勝つことだけではないのだから、強いだけの集団が代表になるのは良いことではない。

 ベネディクトゥスは一部の生徒以外からはまだ苦手意識を持たれているのか若干避けられ気味だが、ダヴィアは間違いなくクラスの中心人物だ。誰とでも接す優等生。代表と言うなら、彼女一人の方が正しいだろう。

 故に今の反応、ダヴィアだけは違う意味で疑問していたはずだ。「(わたくし)はともかく、他の6名は違いますわ」という意味で。


「……違うのですね。クラス会議というものなので、てっきり」


「あ、それはエミリオが勝手に言ってるだから気にしないで」


「そ、そうですか。えぇっと……あなたはジルカさん、ですよね?」


「そうよ? あたしの顔に何か付いてる?」


「……いえ、変わった出自なんですね」


「え、もしかして喧嘩売られてる?」


 ピキリと空間がヒビ割れるような音がする。えっなんでこのクラスの女子はこんな喧嘩っ早いの? リリー見習って! ほらこんな可愛い! ふわふわしてて良い匂いがするよ!


「そういう意味では……えぇっと、お三方は、帝国出身ですよね?」


「三人……あたしとベニーとフローレンツはそうだけど、あんたは違うでしょ?」


「はい。オーストレーム圏ルドヴィア出身、色々予想されていたようですが、ただの平民です」


 二人が話しているので、僕は黙ってリリーを撫で回しておく。

 皆も喧嘩になるんだったら混ざりたくないのか、意識を向けられないように他事を始めている有様だ。ダヴィアは席立って紅茶作り出したよね。任せるよ紅茶マスター。


「へぇ、あたしと同じね平民。ところで人を見て変わった出自って言うあんたは、あたしの何を知ってるの?」


「知ってるも何も……帝国の方は、家督を継いでないと姓で呼ばれてはいけないと決まりがあったと思いますが、皆さんが名字で呼ばれていたもので、どうしてかな、と思ったまでですが……」


「あ、そんなこと。家督は9歳の時に継いでるわよ。別に貴族でもなければ商売もしてないから、それに大した意味はないけど。で? それだけ?」


「……それだけですけど」


 沈黙が会議室を襲う。ちょっと、誰かなんとかしてよ。


「…………なんか考えすぎたあたしらが馬鹿だったみたいじゃない?」


 ジルカはそう言うと、ハァと深いため息をついた。

 考えすぎな自覚はあったけど、魔法使いなら常に一番確率の低い最悪のパターンを想定しないといけないものだからね! しょうがないよ!


「あの、一つ質問良いですか?」


 この空気でそれを言えたのはフローレンツ選手! 頑張って空気を変えてくれ!


「はい、答えられる程度なら」


「オーストレームは共和国だったと思いますが、ユリアさんは先程()と言いましたよね?……どうしてでしょうか?」


 秀才の質問だった! 僕はさっぱり分からないね! リリー撫で回し続行!

 ダヴィアだけは反応して、コンロの前に立ったまま、顔だけをこちらに向けている。


「あぁ……。近いうちに共和国の枠組みが撤廃されることが決まっておりますので、対外的にはそう言うように、と教育されております」


「……初耳なんですが、それはいつ頃からですか?」


「3年程前でしょうか」


「……なるほど。トゥーナ内乱あたりが関わっているのでしょうか」


「はい。平民なので詳しいことは知りませんが……」


「なるほど……」


 うんうん。なるほどなるほど。分からん。

 ダヴィアも理解したのかうんうんと頷いているし、ベネディクトゥスは黙って俯き目を瞑っている。ジルカとイルマは今日の課題に手を付けだしている。やりたい放題だなここ。

 一応聞いてる僕も何も分からないわけなのだが。


 そこからしばらくユリアとフローレンツのお話が続いたが、会話に着いていけるのはダヴィアだけだった。僕も諦めて課題に取りかかりだしましたとさ。


「では、魔力過敏症は――」


 話を続けていたダヴィアがそれを言ったところで、僕はようやく音に意識を向けることができた。その単語は知ってるよ!


「えぇ、土地神様に救って頂いた際に、付与されまして」


「大変ですわね……」


「命を失うのと比べたら、軽すぎる代償ですから」


「そう……ですわね……」


 あれ、なんか空気重くなってない? あんまり話聞いてなかったんだけど、たぶん聞いてたリリーに今度聞いておこっと。ていうか、ちょっと気になるワードが出てるんだけど。


「土地神?」


 エスメー・クロンメリンは土地神ではなかったと思うのだが、どういう意味だろうか。


「はい。マデレイネ様に、命を……」


「中に居るの、エスメー・クロンメリンじゃなくて? あれ?」


「……はい? それはどなたですか?」


 キョトンとした顔で、そう返すユリア。僕、変なこと言ったかな?


「…………あ」


 リリーが何かに気付いたのか、小さく声を漏らす。

 ユリアは嘘を言っているようには見えない。エスメー・クロンメリンという名前を聞いたとき、疑問の表情を浮かべたからだ。


「リリー、何か知ってるの?」


「マデレイネ様、たぶん、エスメー・クロンメリン様と、同じ神様だと思う……」


 リリーはそう言う。しかし、僕はマデレイネという名前を知らない。

 神の名前はリリーの神トークである程度覚えたような気はしているが、またしても初出の神だ。神多すぎるでしょ。八百万の神か?


「それは、どういう意味ですか? 土地神様は私を救って下さった際、確かにマデレイネを名乗りましたが……」


「えぇっとね? そういうこと、よくあるの。だって、知らない神様の名前聞いても、信仰できない……よね?」


「……それは、そうですが」


「信仰がないと、神様、ほとんど力使えないから……」


 神オタクの本領発揮だ。僕も知識としてはなんとなく知っているが、理解しているわけではない。あくまで情報を詰め込んでいるだけだから、それを適切な場面で引き出せるわけではない。

 リリーの話を横から聞くことで、なんとか自分の理解できる範囲まで持っていく。


「あー、なんか分かった気がする。正体はエスメー・クロンメリンだけど、その名前はもう信仰されてる名前じゃないから、土地神のマデレイネを引用して魔力ソースに当てたって感じ?」


「そ、そう! そうなの。よく、あるよ」


「なるほどなぁ……」


 嬉しそうに手を握ってくるリリーとは真逆に、ユリアはまだ分からない様子。

 直接話した事がある僕らとはまず意識しているラインが違うのだから、仕方ない。


「……ごめんなさい、あまり理解できないんですが」


「つまり、ユリアさんを救ったのは土地神のマデレイネじゃなくて、旧神のエスメー・クロンメリンってこと」


「きゅ、旧神ですか!?」


 流石に驚かれた様子。一般的に旧神と呼ばれるのは、ルゴス以前の神のことだ。

 それらは歴史上、急に姿を消したことになっている。実際は人間が知覚できないところで戦い消耗し、世界の養分となったのだが、人間にとっては急に居なくなって世界を破滅させた迷惑な神達でしかない。

 あまり良い印象を抱かれないのも当然の存在だ。


「そう。3000年位前のだっけ?」


「う、うん。3200年前、ね」


「そ、そんなに……いえ、確かに土地神にしては意識がハッキリしてるなとか、土地を離れることに何の抵抗もなかったとか、むしろ離れたがってたとか、魔法学校に入りたがっていたとか、土地神にしては私達と同じ魔法使えるんだなとか、思い当たる節はありましたが……」


「ありすぎじゃない!!?」


 いくら何でも思い当たる節ありすぎでは? というかそのノリで土地神名乗るとか無茶すぎない?


「……そういうものかと、思っていたんですよ?」


「それもそうかぁ……」


 ちょっと考えれば分かりそうなものなのに、それは僕らが第三者だから言えることなのだろう。

 神に命を救われた者にとって、神の言うことを信じないことなどできるはずがないのだ。僕はルゴスの言うことあんまり信じてないけどね。


「うん? じゃあ、なんであの時せんせ攻撃しようとしたんです?」


 実は話を聞いていたイルマが課題の手を止め、ただ顔を上げることなく質問を投げかける。


「これは、神に頂いた身体です。それを害する者は敵と、そう考えてしまって……」


「害するって、魔力がちょっと当たっただけですよね?」


「その“ちょっと”が私にとっては、手の平を生温い粘液で覆われて撫で回されように感じたのですが」


「それに関しては本当に申し訳ございません」


 あっ土下座レベルのやらかしだわコレ。机に額をぶつける勢いで頭を下げる。

 魔力過敏症のことを知っているダヴィアも驚いていることから見るに、流石にそこまでの感覚に襲われるとは予想していなかったのだろう。ちょっとくすぐったい程度だと思ってたのに……。


「せんせ、エッチ」


「違うからね!?」


 イルマがじーっと僕のことを見つめてくるし、ユリアも僕の方を見つめてくる。照れちゃうよ。いや違う違う。そんなことはしてないよ。ちょっと指先掠めただけのつもりだったんだけど。


「あ、ウェアラブル・ミストの霧で源泉参照したのはそれが理由?」


 見つめられるのが辛いので話を逸らしておこう。この話題も以前出てたから解決しときたいよね! ね?


「……そんなことまで分かるんですか?」


 ユリアは、驚愕に目を見開く。おぉ、つまりアタリだったのか。賢い人間が集まっただけはあるね。


「そこで寝てる熱い人が……」


「寝とらんわ!!」


 カッと目を見開いて睨んできた。怖っ。起きてたのにずっと黙ってたのかよこの熱いの。優雅な仮眠だと思ってたのに。


「た、確かに、参照元は源泉です。ただ理由は過敏症だからではなく……」


「なく?」


「水が、苦手なんです」


 小さな声で恥ずかしそうに俯いて、自分の身体を抱きながらユリアは言う。胸が圧迫されて凄いことに「痛いッ!!!!」

 こちらも見ずに的確に僕の思考を読んで二の腕をつねりあげてくるイルマちゃんが怖いよ。うぅ。


「なので、なるべく水から離れたところからから引き出そうとすると、どうしても遠回りになってしまいまして」


「なるほどなぁ……」


 ううん、それは仕方がない。というか、前提とする推論が違ったのに正しい結論に辿り着いていたとか凄いことだよね。僕は全然分からなかったんだけど。

 水という性質が苦手ならば、身近な水分ではなく、最も縁遠いところから情報を拾うのは間違いではないと思う。それが彼女にとっては温泉だったのだろう。


「他、聞きたいことあったっけ?」


 ジルカが代表してそれを言うが、誰も何も言わない。とりあえず、疑問は解消出来たようだ。


「じゃ、お開きで。あたしはちょっとイルマと課題やってるから、適当に帰ってて良いわよ」


「はーい、僕も残るけど」


 第四回クラス会議は、これにてお開きとなった。

 ユリア・メーレンベルフという不思議なクラスメイトのことを、少しだけ知ることができた。警戒したまま過ごすより、何倍も良い結果だ。

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