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「あなたは、何なのでしょう?」
僕の上から、声がする。
「それはこっちの台詞だよ。まぁお陰で懐かしい人にも会えたんで、恨まないですけど」
「そう。この子達の命が惜しいならば、答えて下さい。あなたが、何者なのかを」
意識を取り戻した僕は、組み敷かれていた。物凄い巨にゅ――ではなくユリア・メーレンベルフというクラスメイトに。それにしても、下から見ると物凄い圧迫感を感じるサイズだ。いや、どこがとは言わないんだけど。
僕の傍らには、リリーとイルマが横たわっている。突然倒れたにしては息は整っているし、不思議と穏やかな顔で眠っているように思える。
「エミリオ・ブランジェ。クラスメイトの名前くらい、覚えて下さいよ」
「――とぼけないで」
彼女は僕の首に手を当て、少しずつ力を強くしていく。
逃げようと思えば逃げられる。これは純粋な体重移動であり、魔法の力でもなんでもないから。障壁が発動しなかった理由は分からなくとも、魔法が使えない空間とは違う。
「ルゴスの化身って言えば、満足ですか? そういうあなたも、中に誰か居ますよね」
「――あなたに危害を加えるなら力を貸さないと、言っているのだけれど」
首が、段々と絞まってくる。息が苦しいが、耐えられないほどではない。
僕の声は掠れてくるが、発声できないわけではない。
「お陰で、しばらく魔法は使えません。あなたは抵抗なさないので?」
「ま、そのうちしますよ」
「そう。じゃ、―――――あ、ああああ! や、だ――――」
僕の首に掛ける力を一気に強くしようとしたところで、彼女は豹変する。
手が、震えながら開かれていく。自分の動きに対し驚愕に目を見開いているところから見るに、この動きは彼女の意思とは無関係か。
「ふぅ……遅いですよ、助けるの」
「んん、すまんのぅ。ヒトの身体を動かすのは、久し振りでな?」
急に瞳が、口調が変わった彼女を、僕は知っている。
ユリア・メーレンベルフではない。彼女の名は――
「エスメー・クロンメリンさん。やっぱり、あなただったんですね」
ユリアの身体を乗っ取った神、エスメー・クロンメリンは立ち上がり、組み敷かれていた僕はようやく解放される。若干名残惜しさも感じるが、まぁそれは置いといて。
「あぁ、そうじゃ。そういう貴様は、エミリオか。あの頃と比べて、随分と中身を弄くられているのぅ? それに、懐かしい匂いもする」
くんくんと、僕の匂いを嗅ぐような仕草をする。……そんな匂う?
「……でしょうね。久し振りに、会いましたから」
「そうか。小娘は息災か?」
「えぇ、元気しているようですよ。ところでエスメーさん、27席って何のことか分かります?」
彼女に手を差し伸べられ、僕も立ち上がる。
リリーとイルマをこのまま寝かせておくのも何なので、転移魔法で屋敷の自室に転移させておこう。ユリアはああ言ったが、じきに起きることだろう。
「27、か……? すまんな。それだけでは、何とも」
「ですか。んー……ま、急ぎじゃないならいっか」
「気楽よのぅ」
「えぇ、あなたのお陰で」
声も同じ、見た目も、姿勢も同じ。
けれど僕の前に立つ彼女の纏う空気は、先ほどまでのユリアとは全く異なっている。
彼女は僕と同じような存在で、今は主に肉体の権限を奪われている状態だ。
「そうか、そうか。決めたのか?」
「えぇ。あなたに道を教えて貰いましたから。その節は、ありがとうございます」
「その程度、貴様一人でも見つけられたであろう。ま、感謝されるのは悪い気持ちではないから、その言葉を受け取っておくが」
ニヤリと笑うその表情も、僕の知っているユリアのものではない。
知らないはずなのに、知っている。表情が変わらなかった置物時代と、彼女は何も変わらないから。
ただ、動く身体を手に入れただけなのだ。
「ところで、いつまで出ていられるんですか?」
「んん? いつまでと言われたら、娘が死ぬまでと答えよう。ただ儂にも恩義というものがある。まぁ、しばらく堪能したら返すよ。どうじゃ? 無礼の詫びと言っては何だが、この身体を味わってみる気はないか? 今なら娘に意識はないぞ?」
「…………お気持ちだけで、結構です」
「そうかそうか。この――この胸、まるで乳牛じゃな」
「ぶふっ」
目の前に立つユリアのガワを被ったエスメーが突然自身の胸をぽよぽよと持ち上げたり揉んだりして遊ぶもんだから、思わず吹き出してしてしまった。リリーとイルマが見てないとこで良かったよ!
「…………やめときましょうよ、それ」
「ほう? 何故じゃ?」
「何か僕の目に毒なので」
「…………そうか、ならばやめておこう」
少しだけ反省したのか、ぽよぽよするのをやめてくれた。ふぅ、助かったぜ。
「そういえば、身体手に入れたんですね。他人のみたいですけど」
「おぉ、そういえば、そうじゃったな。娘は、儂が救ってやったのよ。それの代価として、肉体に住まわせて貰っておる」
「ルゴスの化身になった僕と、同じようなものですかね?」
化身とは、神が創る人の身体。
僕の身体もルゴス製。両親から貰った肉体は失くしてしまったが、僕が僕として生きる限り、僕はあの両親の息子だ。肉体の生みの親が変わったところで、精神が変化するわけではない。
「じゃな。まぁ暴走がちな娘じゃから、今後も迷惑かけると思うが、宜しく頼むよ」
「……はい」
早速暴走の被害にあったが、先に手を出したのは間違いなく僕なのであまり強いことが言えない。
……この反応からすると、割といつもあんな感じなのか。見た目や周囲に向ける態度とは全く真逆の性質にちょっと驚きだが、 外面と内面が一致してる人なんてそこまで多くはないよね。皆、心の中に何か抱えているのだから。
「そろそろ、返してやるとするか。貴様も転移で逃げておれ。説明は儂がしておくわ。恩人の恩人を殺そうとするとは、全くおかしな娘じゃて。あぁ気づいているとは思うが、リリーとイルマの二人は眠っておるだけじゃ」
おかしな娘と口にはするが、その表情は少しだけ楽しそうだ。
きっと、こういう性格が嫌いではないのだ。すぐ感情的に怒るような性格を、愛らしいと思っているのだ。
その瞳は、子供を見る母親のようで、孫を見る祖母のようで。
「じゃあ、とっとと逃げておきますね」
「あぁ、また、いつかな。娘の中から、見守っておるよ」
彼女にペコリと頭を下げ、転移の門を開く。
さぁ、まずは二人への説明か。
◇
「本当に、ほ・ん・と・う・に、何もなかったんですよね!?」
「ないない。エスメーさんと話したくらいだよ」
イルマとリリーが起きたところで事の顛末を話すと、イルマは真っ先に僕に詰め掛けてきた。
二人共、僕と同じように不思議な夢を見ていたようだが、何を見たかまでは覚えていないらしい。僕もあまり覚えていないが、最後に夢の中で話したことだけは明確に覚えている。
ユリアの使ったあれは、自己催眠系の魔法のようだ。僕ら三人の抵抗力を突破したのには何かしらのカラクリがありそうだが、現状では分からないので今後の課題にしよう。
ユリアの中に居たエスメー・クロンメリンと話したことを伝えると、リリーは少しだけ嬉しそうだった。イルマは催眠魔法を喰らった苛立ちと抵抗できなかった悔しさが半々のようだが、二人とも後遺症などはないので問題はなさそう。
「私達が見てないとこで、乳繰り合ったりしてませんよね?」
「してないって!!」
「本当に?」
「してません!! 最初は二人って決めてるから!」
「「……え?」」
「……あ、今の聞かなかったことにして貰えると」
「嫌です!!」「や!!」
「はい……」
怒ってるのかにやけているのか分からない表情の二人をまとめて抱きしめておく。何か顔見たままだと恥ずかしいし。
色々あったが、とりあえずユリアの正体を知るという目標は達成した。
逃げた薄情者達には明日にでも話しておこう。旧神の存在を理解してもらえるかは分からないが、まぁそれは彼らの理解力に任せるとする。
「あ、そうだ、二人に聞いておきたいんだけど」
抱き締めていた手を離し、質問する。
「27席って何のことか分かる?」
「27……学校の何かですか?」
「んー、たぶんそういう枠組みではないと思う、もうちょっと規模大きめで」
「んーーーー……ヒントありません?」
「人か、生きてる物――だと思う。殺してくださいって言われたくらいだし」
「……物騒ですね。エスメーさんが?」
「あ、違うよ。ルクシア」
「ふぇ!?」
黙って聞いていたリリーが、急に飛び上がる。
数ヶ月に一回しか見られない、ちょい漏レビテーションだ。リリーはベッドから跳ね上がると重力に逆らって数センチだけ浮かんでいる。よほど混乱しているのか。操作も聞かないご様子で。
とりあえず手を握って、暴走車にならないように押さえておくことにした。
「い、いいいいつ?」
「ユリアさんに何かされた時だよ。声が出なかったから話が出来たのかはわからないけど、“27席を殺して下さい”って言われたんだよね。今の僕だと理解できないとも言われたけど、一応ね」
「しゅ、しゅごいぃ……」
レビテーションが切れたのか、ぽすんと崩れ落ちてスライムのようにベッドに横たわるリリー。ルゴスだけが好きなのかと思ってたけど、ルクシアも守備範囲だったのか。いや、それもそうか? 姉妹神だし。そのへんは無宗教の僕にはよくわからない感覚だ。
「んー、神様のことは分からないですけど、ルクシア様って3000年位前に死んでるんですよね?」
「イルマちゃん、2800年ね……」
ベッドで液体のようにうつ伏せで寝そべったまま、リリーが呟いた。神オタクとしてそこは譲れないところなのだろう。気持ちは分かるよ。
「……2800年前に死んでる神様が言うんなら、27席ってその時代から生きてることになりません?」
「あー、確かに」
「2800年前から生きてるのなんて、神様くらいですよね?」
いくら超長命種でも、数千年単位で生きるのは不可能だ。ヒトにとっては不老不死とも思える種族はいくつか存在するが、それはヒトが観測出来る範囲で死なない、というだけだ。
アストラル体の種族なら数百年生き続けることが不可能ではないが、マテリアル体も無しに千年以上生きるのは不可能と言われており、妖精種族、ニンフであるシスターにも肉体寿命は存在する。――はずだ。
「……うん、いや、うん。いくらシスターでもそんなには生きてないだろうし」
「私もちょっと考えちゃったんでやめて下さい……」
イルマも僕と同じことを考えてしまってちょっと落ち込んでる。超長命種の代表、シスターの存在が大きすぎるよ……。
「ってわけでリリー、神で27席って意味分かる?」
「ううん……? 席って数え方は、聞いたことないかな……」
「じゃあ27番目は? えーと、ルゴス以降の神で」
「それなら、イェルハルド様、だよ」
即答するリリー。本当に全部覚えてるんだよね……恐ろしいね……。
けど前世の記憶では、40人超えのアイドルグループを名前顔性格等、詳細情報まで全部覚えられるオタクとか沢山居た気がするし、感覚としてはそんなものなのだろうか。
「その神様、まだ生きてる?」
「……ううん、2500年位前から観測されてないから、たぶんもう居ないと思う」
「うーん……その人の後釜、というか後進的な人……いや神……あー駄目だわっかんない」
「ご、ごめんね?」
「リリーは悪くないよぅ……」
申し訳なさそうに俯くリリーを撫でて撫でて。
これは情報が少なすぎるのが悪いんだ。リリーは全然悪くない。
あれだけしか教えてくれなかったということは、将来的に僕がわかるようになるはずだ。それを調べようと生きても、あえて調べようとしなくとも、それが可能になった時点で、僕がそれを知っていなければおかしい。
気分で適当なことをして気まぐれで適当なことを言うルゴスとは違うのだ。それを頼んだのはしっかり者の妹、ルクシアなのだから。
「ま、急ぎじゃないだろうし、もし思い浮かんだら程度で良いからね」
「はーい」
「リリーは考えすぎないでね」
「う、うん!」
とりあえず急ぎの話は終わったし、いつもより少し早いが日課となっている復習や特訓に入ろう。




