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 決行の日がやってきた。

 クラス会議の翌日なので、別に待ちに待ったわけでもないのだが。

 狙うタイミングはホームルームが終わった瞬間。一番人の目が多く、ボネ先生が帰る前。

 この時間を狙ったのは、周囲に大勢の人が居れば誰が魔力を飛ばしたのか一瞬悩む可能性があり、且つ周囲の目がある状態だと反撃を行いづらいという姑息な選択だ。そして、最悪の場合でも先生が教室を出る前なら、なんとかなる。たぶん。


 タイミングは、ユリアから一番離れたところに居るジルカが指定する。

 計画を知っている7人だけがピリピリと意識を集中する中、ついにその時が訪れる。


 魔力に指向性を持たせて飛ばすだけならば、魔法としての形を組み立てる必要もない。それでも僕はもし何かがあった時に対応出来るよう、全力の防御を整えてからそれを行う。


 教室の後方から、ゴトリと音が鳴る。ジルカがカバンを落とした音で、決行の合図だ。

 敏感なところほど反応が過剰に出るというダヴィアの意見から、選んだ部位は――――指先!

 指先だ。大事なことなので二度言う。


 ほぼ音と変わらない高速で飛んだ魔力は、寸分違わず狙い通り、ユリアの左手人差し指に命中。


「ひゃん!」


 聞いたことのない声が、教室内に響き渡る。

 帰宅準備をしていたクラスメイトも、片づけをしていたボネ先生も、全員が固まった。心の準備をしていた僕らすら、その声に動くことができなかったのだ。


『今の、あの爆乳女から聞こえた気がしたんですけど、気のせいじゃないですよね?』


 手を握ったイルマが、魔力を通して僕に言葉を送ってくる。


『だと……思うけど。様子は?』


『まーほぼアタリかと。一瞬だけですが防護障壁とか滅茶苦茶になってましたから、普通の人ではありえない反応です』


『おっけー。後は……』


 ユリアは自身の左手人差し指を見て、握り込み、右手で覆い隠す。

 顔を真っ赤に染め上げて、周囲をキョロキョロと見渡している。クラスメイトは見て見ぬフリをしながら、しかしチラチラとユリアの方を見ながら帰宅準備をし、逃げるように教室を出て行った。

 ユリアの他に残されたのは僕とイルマとリリー、逃げ遅れたフローレンツの4人だけ。

 おいダヴィアもジルカもベネディクトゥスも、それどころかボネ先生まで逃げてるんだが!? これどういうことなの?計画と違くない?


 ようやく平静に戻ったのか、教室に残ったのが4人だけということに気付いたユリアは、こちらに近づいてくる。

 あ、フローレンツも逃げた。自分が標的になってないことを理解したか。


 ユリアはその豊満なバストを利用して、自分自身を抱き抱えるようにし、指先を胸と脇とで覆い隠し、一歩ずつこちらに近づいてくる。その表情は照れと怒りが5:5といった具合か。

 イルマがすっと立ち上がると、僕の壁になるように立ち、無言でユリアを睨みつけた。


「――ご用件を、お伺いしても?」


 先程の悲鳴とは打って変わって、それはいつものユリアの声で。


「口を開く前に、その魔法を止めてください。乳削ぎ落としますよ」


「怖いですねぇ。ただ、あなたに用はないんですけど」


「あんたがなくても、私にはあります。ウチのエミリオに手を出そうとしてる輩は、排除しなければなりませんから」


 ううん、もうウチのエミリオって言い方やめるように言っても無駄っぽいんだよね……たまに指摘はするんだけどね……。

 ただ今このシーンで僕が口を開いたら空気読めない残念な子になってしまうので、黙っているのだが。


「先に仕掛けてきたのは、そちらだと思いますけど?」


「報復がやりすぎだっつってんですよ。見られてないとでも思ってます?」


「そう。良い目を持ってるんですね。なら、こんなのはどうかしら?――《そして世界は、裏返る》」


 一瞬、視界が暗転する。

 障壁の機能である緊急アラートが、僕の耳にだけ響き渡る。それが意味する事象は、対応不能(・・・・)







 そこは、知らない空間だ。

 アウフスタインやルゴスの使う、神の住まう世界とは違う。

 一面が暗闇で、自分が座った姿勢のまま動いていないのか、それとも立っているのかすら分からない。

 音もしない。声も出ない。身体は動いているはずだが、触覚は残っていない。


 魔力によって周囲の様子を探ろうにも、何故か魔力が生み出されない。どれだけ意識しても、何の魔法も出てこない。ナルコティクスオープン、頭の中でそう唱えても、魔法が発動した気配はない。


 どう考えても、危機的状況だ。けれどどうしてか、僕の心も体も、焦りとは無縁の感情を抱いてしまう。

 暖かい物に包まれるような、母胎に還ったような、そんな感覚が襲ってくる。


 いつしか、僕の視界に光が映っている。テレビ画面のようなその光は、どこかの部屋を映しているようだ。


『この――名前は、―ミ――にしましょう』


『それはいい。ルク――様の、――からか』


『えぇ。祈り――通じ――です――の』


 若い男女が話している。

 どうしてか、酷く懐かしく感じてしまう。二人の顔も見えないし、声も不明瞭。僕の見る画面は、それを後方から見下ろすような角度で浮かんでいる。


『この――だけでも』


『あぁ。僕らが死――も、この子だ――、救って――る』


『私達の魔――、絶対に――てみせる』


 場所が変わって、次に映ったのは暗い場所。恐らく、人造の建築物ではない、洞窟か何かだ。

 子供を抱き上げる二人は全身から血を流し、幼い子供を抱きしめている。


『よかった。この――けでも生まれ――てくれて』


『神のご加――、天――福を――』


『――シア様に、感――捧げましょう』


 再び場面が変わり、ベッドに横になったまま、生まれたばかりの乳幼児を抱き上げる女性と、ベッド脇に崩れ落ちる男性の二人が映った。


『起きて起きて』


 どこかへ流れていきそうな意識は、その声で引き戻される。

 あぁ、懐かしいようにも感じる。ずっと一緒に居るはずなのに、どうしてか何年も、何十年も会っていなかったような、そんな感覚に襲われて、その感情はすぐに消え去った。


『全く、いつも寝すぎなんですよ』


『ごめん。懐かしい夢を、見ていたんだ。皆と会ったばかりの頃の――』


『いつもその夢見てる、よね?』


『そうかなぁ……』


 三人が、会話をしている。

 良く知った三人でも、その姿は僕の知る姿ではなく。


 あれは――


『お姉様ったら、接続が滅茶苦茶ですよ。やっぱ、妹って損ですね。けど、誰よりも幸福です。お姉様の妹として生まれることができましたから』


 どこに居るかも分からなかった僕に、誰かの暖かい指先が触れる。

 僕は、どこかに立っている。テレビ画面のような光だけが見える、どこかに。

 僕に触れた指先は、僕の身体を撫で回すように、至る所に触れていく。触れられる度に身体へ電流が走るような感覚に襲われるが、不思議と不快と感じないし、嫌らしさも感じない。僕の中の何かを、繋げてくれているのが分かるから。


『――――――――――』


 僕の喉は、音を、声を出してくれない。けれど指の先に居るであろう誰かは、聞き取ってくれたようだ。


『えぇ、そうですよ。お久し振りです。ただ残念ですが、あまりお話している時間はないようですので、助言だけしておきます』


『――』


『27席を殺して下さい。あぁ、今のあなたでは理解出来ないでしょうが、いつか分かる日が来ます。それと、一つだけ』


『――――――』


『お姉様に、よろしく言っておいて下さい。妹は元気ですよ、と』


『――』


『では、またいつの日か。この地が、あなたの望む世界になりますように――』


 暖かい指は僕から離れ、遠ざかっていく。

 声には出せないが、伝えられただろうか。

 ありがとう。そして、さようなら。

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