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「今の情報から考えられるのは、2通りです」
ティータイムも挟み、ダヴィアと話し合ったフローレンツは結論を出す。
「たった2つ?」
「はい。まず一つ目は、空気中ではなく、地中の水分を参照する方法です。舗装された場所なら不可能でしょうが、授業を行ったあそこは固土で作られた場所なので、土中に水分を含んでいる可能性は大いにあります。それに三日前に雨が降りましたから、それを参照するのは左程難しくはないと思います」
「うんうん」
「二つ目も地中ですが……深さが随分違いますので、転移の類が必要になるかと思います。参照先は、地下水です」
なるほど。確かに参照する先としては、あまり身近なものではない。
魔法を使う際のイメージ補強は、身近にある物を利用することが多いからだ。地下水よりも身近な水などいくらでもあるのに、あえて地下水を参照先として用いるのは考えづらい。
「……ちなみにどのくらい深い?」
「大体2キロ程度ですわ。このあたりは地盤が固く、井戸水を引くには適しませんの」
「なるほどなぁ。来たばかりの土地で、ピンポイントに地下水参照するのは考えづらい、けど……」
「地中の水分は、どうでしょ? 術式解析で見てましたけど、足元には何の魔法も発動してなかったですよ。大体胸から上くらいで。それなら地下水転移の方がまだありそうですけど」
「それだよねぇ」
そう、一つ目の選択肢は、イルマにも分からなかった以上、考えづらいものだ。
イルマは最初から、転移の類であると予想をしていた。具体的に何の魔法かは分からなくとも、その予想が大きく逸れるとは考えづらい。
ならば二つ目の選択肢かと言うと、それもそれで不可解な点がある。見知らぬ土地で地下水を認識するには地質学の知識が必要となるし、そうも複雑な工程を挟んでまで霧を生み出すだけなのは無駄が多すぎる。
いや、無駄の多い魔法を頻繁に使う僕には言われたくないとは思うのだが、普通はもう少し身近なところに手を出すはずだ。
「……この地に、火山はあるか?」
それまで黙っていたベネデイクトゥスは、紅茶のカップを置いて言う。
「えぇ、あるにはありますが、活火山なら100kmほどは離れてますわ」
「場所は、どこにある?」
ベネディクトゥスが地図を広げ、ダヴィアの隣へ立つ。
ほんと、仲良くなったよねこの二人。ちょっと前まで目も合わせなかったとは到底思えない距離感だ。
「最も近いのは、ここですわ」
「その次は?」
「ここと、ここ、それにここにも。噴火したのは数百年前だとは思いますが……」
「構わん。この位置関係ならば、大体このあたりに温泉があるな?」
ベネディクトゥスが指を指したのは、首都から少し離れたエリアだ。
小さな町が点々とあるエリアであり、栄えているようには思えない。ここに住むくらいなら、首都に来た方が良いと思える位置だ。
「え、ええ、確かに、そのあたりは昔栄えた温泉街がありますわ。最近は観光客も減っているようですが、それでもいくつもの温泉宿が残っております。……どうしてそれを?」
「……なるほどな」
「なになにベニー、一人で納得しないで。あたしらにも説明して」
ベネディクスは腕を組み、納得したかのように小さく頷く。
ただの貴族のボンボンかと思っていたが、火山の位置関係から温泉を見つけるなど、素人には行えまい。
現にダヴィアはベネディクトゥスの意外な知性に驚いているし、他国民にも有名な場所というわけではないのだろう。
「温泉があるから、何?」
「我らは勘違いをしていたのではないか? 蒸気を生むのに水を熱する必要など、ない」
「……あー」
確かに、そうだ。
空気中の水分子など使わなくとも、霧を出す方法はある。そして、水を熱する工程を踏まなくとも、自然界には最初から霧も、霧ではないが同じ水で作られた物も存在する。
「我の予想が正しければ、参照先は地下水。それも、源泉だ」
「……うん? ベニーちょっと、この中であたしだけ分かってないみたいだから、ちゃんと説明して頂戴」
珍しくベネディクトゥスの専門分野なので、解説は彼に任せることにする。
彼の魔法適正は火属性特化、他の属性はオマケ程度であり、彼の真価は火を、熱を扱う時に発揮されるものだ。
「ステラ、お前もその場に無い物を生み出す時、自然界に存在する身近な物を参照するだろう?」
ジルカのことを下の名前であるステラと呼ぶのは、ベネディクトゥス一人だけだ。クラスメイトは、皆彼女を姓で呼ぶから。
「まぁ、そりゃそうね」
「源泉ならば、最初から蒸気を出している。つまり――」
「あー! なるほど! 爆乳が出してたのは、霧じゃなくて湯気ってわけ?」
「そうだ。あえて水から霧を作らなくとも、最初から霧状の物を使えば良い。この予想は、どうだろうか?」
ダヴィアとフローレンツは無言で頷き、イルマも「あー、それなら」と呟く。リリーもたぶん理解している。分からないときはもうちょっと分からなそうな表情になるし。
「でもそれ、遠くない? 温泉があるところからここまで、100kmくらい離れてるんでしょ?」
「問題ない。身近な存在から情報を参照するのは、何も今この土地と密接な関係である必要はないからだ。――我が身我が家の栄光は、常に炎と共に在り。出でよ、――《ウェアラブル・ミスト》」
ベネディクトゥスがその魔法を唱えると、彼の全身を霧が覆う。出力は控えているようだが、それでも霧を纏う魔法、ウェアラブル・ミストであることは間違いない。
「やはり、我でも出来るか。ならば、あの女にも不可能ではないだろう」
「え、ベニー今、源泉を参照したの?」
「あぁ。どう見えた?」
イルマを見て、彼は言う。見えた、というのは術式解析を持つイルマにどう映ったか、という意味だ。
「あー、若干ですが、転移に似た反応がありました。確かに源泉でも情報の参照はできるってことですね。なるほどなるほど」
「参照先が遠すぎるから、無から現れたように映るってことね。それが転移に似てる、と」
「たぶん、それです。そんなこともあるんですねぇ」
「ねぇ……」
もやもやは残しながらも、皆はなんとか納得することはできた。
しかしこれで分かったのは参照先だけであり、何故源泉を参照したのかという問題に関しては、想像すらできないものだ。
「フローレンツ、オーストレームが温泉地なんてことはある?」
「どうでしょう。あのあたりは土地が痩せており、国が保護している一部の森林区画以外はほとんど緑がないと聞きます。そして人の住めるエリアが狭く、ダンジョンが多い土地だと記憶しています。温泉については、聞いた事がありませんね」
「……その条件なら、恐らく地下水は枯れているであろう。地下に源泉があるとは考えづらい」
「んー、じゃあ尚更、なんで参照先をそんな回りくどいところから持ってきたのかって話になるけど……」
うぅんと皆して唸る。情報が少ないながらもここまで推測出来たのは、全員の得意分野が被っていなかった故ではあるが、彼女の出自、そこに住まう人間の情報が欠けている状態だと、推測にも限度があるのだ。
ここからの議論はもう、「たぶんそんな気がする」くらいに落ち着くしかなさそうな、そんな空気になったところで、ダヴィアが申し訳なさそうに手を挙げた。
「あの……一つ、良いですか?」
「はい、どうぞ」
「私の妹がそれなので、そこから考えてしまうのですが……皆様、魔力過敏症というのはご存じで?」
「あー……そいやそんなスキルあったかなぁ」
「あれ、調節が雑になる奴でしたっけ? 師匠がそうだったような……?」
イルマはそう言うが、イルマの師匠について知っているのは僕とリリーだけだ。
そして僕は、彼女の師匠がそのスキルを所持していたことをうろ覚えながら知っていた。
「あんたらの師匠って、カプレ先生のこと?」
ジルカが少しだけ驚いた表情で言うが、その勘違いは当然だ。僕ら三人がシスター肝いりの生徒ということは同学年なら皆知っていることだ。後ろ盾が教師という立場があるので、僕のことを露骨に嫌うAクラスの生徒も直接危害を加えてくることはない。シスター様様だ。
「あ、ちがくて。エリク・オブランって故人です。昔そんなこと言ってたなーって。いやその話は良いんですよ」
イルマが否定すると、ジルカとベネディクトゥスは「誰それ?」な表情で、ダヴィアとフローレンツは驚愕に目を見開いている。うん、反応が分かりやすいね。
割と世界中を回っている人だったから、帝国貴族のフローレンツも知っていたのだろう。エリク・オブランが貴族ではないからベネディクトゥスやジルカが知らないのは当然で。
「ええと、話を戻しますわ。魔力過敏症を持っていると、イルマさんの言う通り、魔法の出力が安定しなくなります。それ故に、情報参照が必要な魔法構築にはあえて遠回りする複雑な工程を踏むことで、細く長く接続し、長く作った道を使って出力を安定させようとする傾向にありますわ」
「……つまり、参照が可能な限界まで遠い対象を選ぶ、と?」
「はい。妹以外の例を知りませんので、私に分かるのは妹がそうしていた、ということだけですわ」
「あの爆乳が、ダヴィア妹と同じ過敏症の可能性がある、ってことね。ソレならまぁ納得できると。それ、試す方法ある?」
なんとなく話が落ち着いてきたからか、ジルカがそうまとめてくれた。
「適当に指向性魔力当ててみたら分かると思いますよ」
「じゃ、それで。イルマやってみて」
「えぇー、私解析する役なんて、ジルカさんがお願いします」
両手でバツ印を作ってジルカの提案を断るイルマ。いやまぁイルマなら魔力当てつつ解析するくらい余裕だとは思うが、それを言うと矛先が僕に向きそうなので黙っておく。
「嫌よ。あたしが実力で敵わない相手に喧嘩売る馬鹿みたいじゃない」
「敵わないところは認めるんですね」
「そりゃそうでしょ。なら適任は――」
ジルカの目が、全員を順に眺める。目が合うと同時に皆は首を横に振るが、拒否権を行使できるかは分からない。
「ベニーがやると攻撃したって思われそうだからナシで」
「……我はそこまで不器用ではないのだが」
「フローレンツは戦闘系じゃないからナシで」
「ありがとうございます」
「ダヴィアは……」
「……断る理由はありませんわね」
うんと小さく頷くダヴィア。魔力過敏症を知っているのはイルマとダヴィアくらいで、イルマが選択肢から外れるならダヴィアになるのも当然だ。
「じゃ、エミリオで」
「え!? なんで!? なんでそうなったの!? ダヴィアさんで良くない!?」
あっれー!? 僕の前の時点で決まった気がしたんだけどどうしてこうなったのかな!? 断る言い訳も考えてたんだけどなぁー!??
「いやだって、一番公的な立場弱いから、それで揉めても切り捨てるの簡単そうだし……」
「本音ダダ漏れなんだけど!?」
「じゃあリリーね」
「え、私……?」
「はいはーい! 僕がやりまーーす!!」
「最初からそう言えば良いのよ。じゃ、タイミングだけは指定するわ。いざって時は……」
「時は?」
「ダヴィアとベニーとフローレンツ連れて逃げるわ」
「手伝えよ!!!」
何これ、嵌められたかな?
そりゃリリーにそんな危険な役やらせるくらいなら僕がやるけど、攻撃行為と思われて反撃される可能性は0ではない。障壁に自動反撃機能を付けている者だって居るし、過敏症を発動させるくらいの魔力ともなると、僅かな量では駄目だ。
仮に魔力過敏症との予想が合っていたとしても、どのくらい嫌に思うかはその人によって違うはずだ。もう吐き気がするくらい気持ち悪いと思われてしまえば、反射的に反撃をする可能性だって0ではない。
どう考えても貧乏くじだよね、これ。
とりあえず――
「イルマ、エスメイ語の命乞いを教えて」
準備をするに越したことはないよね。




