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ユリア・メーレンベルフという名の不思議なクラスメイトが増えてからも、僕らの日常は左程大きく変わることはなかった。
いや、厳密には男子の5割、いや7割くらいはやけにソワソワしているようだが、僕はもう慣れた。ていうか、ユリアを見ているとイルマが露骨に嫌な顔をするので見ないようになっただけだが。
嫉妬……なのだろうか。僕が他のクラスメイトと話していても、いや男だろうが女だろうが誰と話していても何も言わないイルマが、ユリアを見るだけで嫌そうな顔をするのはどうしてだろう。女心は難しい。
リリーは別になんとも思っていないようで、イルマが僕にプチ暴力を振るってるのを見るたび不思議そうな顔をしている。というかリリーにとって、ユリアはただのクラスメイトであり、それ以上思う事はないようだ。
イルマのこともあり僕はユリアのことを避けてはいるが、それでも周りの生徒の噂や授業態度を見ていると、人となりは分かってくる。
本人は自らの過去について語ろうとはしないようだが、転入前の噂であった、お姫様であるとか良いとこの貴族の娘とか著名な魔法使いの弟子とか、それらが全て真実でも誰も驚けないくらい、優秀な生徒だ。
苦手科目は特になく、実技も筆記もトップクラス。ただ明らかに実力を隠している節があるので、それを分かっている僕らやジルカ達からあまり良いようには見られていない。
勿論、誰しも人には言えない過去もあるし、事情もある。それ故何かを隠したまま学校に通う生徒は少なくはないが、ユリアに関してはその幅が広すぎるのだ。
転入したばかりで気が許せていないだけという可能性もあるので、ユリアの周りに集まるクラスメイトはそちらで解釈をしているのであろう。
近づこうとしていないのは、僕らのような疑り深い性格の数人だけだ。
「というわけで、第三回クラス会議を始めまーす」
「おい、第一回と二回はどこへ行った?」
「気にしない気にしない」
集まったのは僕ら三人と、ジルカとベネディクトゥスとダヴィアの三人組、それにフローレンツを加えた、ここ最近は定番となった7人だ。
昼食を早めに切り上げ、学内の小会議室を借りての話し合いが始まった。
「じゃ、議題一つ目。今日ユリアさんの魔法欺瞞に気付いた人は挙手」
僕がそう言うと、真っ先に手を挙げたのは案の定イルマだった。彼女には術式解析スキルがあり、その人の癖さえ分かれば魔法構築をある程度は知ることもできる。それによって、ユリアの魔法のおかしさに気が付いたのだ。
次に手を挙げたのはベネディクトゥス。彼は僕ほどではないが実戦寄りで、且つ他人の動きを考えるよりとにかく自分が最適な魔法を使う方を優先するタイプだ。なので、彼が気付いていたことには少しだけ驚いた。
……いや、得意の火属性魔法だったから分かっただけかもしれないが。
三人目は、申し訳なさそうに手を挙げたリリー。ううん? どうしてリリー?
イルマは当然で、ベネディクトゥスも得意属性だから分かったとして、リリーが分かった理由は何だ?
「あれ、リリーも分かったの?」
「う、うん。だってほら、ウェアラブル・ミストの構築って、まず空気中の水分子を参照するはず、だよね?」
「うんうん」
「それなのに、あの時のユリアさんの周りだけ空気が全く動いてなかったから……何を参照したんだろう、って……」
「「「はぁー……」」」
いやうん、魔力関係ない空気の流れを肌で感じているのはリリー、君だけだと思うよ……。
予想外のところからの解析で驚いたが、有力な情報を得た。
「あれ、フィークリ先生も気づいた風だったけどスルーしてましたよね」
「明らかにユリアさん見る目が違ったよね。イルマ的にはどう見えた?」
「んー、一番近いのはせんせの門魔法かな? わけわからないところに接続してたような」
小包装されたチョコレートをパリパリと食べながら、イルマはそんなことを言う。
いや別に飲食禁止なわけでもないけど、さっきランチのコース食べてたよね? デザートもがっつりと。
「……うん?」
「水属性抜きで霧を出すには、定番は水分子参照じゃないですか」
「まぁ、普通はそうだよね」
「けどせんせなら、空間接続系で別空間から水引っ張ってくることできますよね?」
「うーん、出来ると思うけど……効率は悪いよね」
うん、出来る。門魔法でも3通りくらいは水を持ってくる手段があるし、他の魔法を使うことも不可能ではない。
ただ火属性の授業中に他の属性魔法を使うのはあまり好ましいことではないのだが。
水を直接生み出さずに霧を出す手段を試す授業だ。それは勿論水があれば誰でも簡単に霧を出せるが、それを行えないような状況だって存在する。霧を纏う魔法であるウェアラブル・ミストを、水を使えない状況でも使えるようにするための授業だったのだ。
「接続地点が暗号化されていたから読み取れなかったですけど、霧を生み出す程度の魔法であえて空間接続するの、おかしくないですか?」
「……おかしいよなぁ」
「私に分かったのはこのくらいで。せんせは?」
「あー、僕は二人よりは分かりやすいよ。水を霧状にするなら普通は熱を加えるはずなのに、ユリアさんの周りだけ温度上がってなかったからねー」
「我も同じだ。熱を加えずに霧を出していたからな」
「ベニーが言うなら勘違いじゃないか」
「……ベニーと言うな」
入学当初は愛称で呼ばれるのを燃え上がるほど嫌がっていたベネディトゥスだが、僕が執拗に言い続けるものだからもう訂正を諦めてしまっていた。けど毎回小声で拒否はしてくるのだが。そのうち言わなくなりそうだよね。
「で、ここで雑学に強そうなフローレンツと秀才ダヴィアさんに質問。火属性だけで水の転移と、熱を加えず霧状噴射を行うには何すればいい?」
「……火属性だけで、ですの?」
「他の属性を使っている可能性は考慮しなくてもいいんですか?」
案の定、二人の疑問点は同じところだった。
確かに火属性以外の魔法を使っている可能性は大いにある。属性魔法を色で見分けるユニークスキルでも持っていれば何魔法かは分かるだろうが、生憎あんなものまともな人間が取得条件を満たせるものではない。
「とりあえず、火だけで」
消去法で考えるには、まずはカードを揃えるところからだ。火属性だけで可能か不可能かを考えてから、火属性のカードを残すか消すか考える。
それを聞いた二人は、目を閉じ、黙って考える。
「情報足りないんで、水に関する言葉を適当に並べてみて下さい」
フローレンツは目を閉じたままそう言ったので、思いつく限りの言葉を口にする。
「じゃ、僕から。水、水滴、霧、水蒸気、氷、んー、血とか体液も水っちゃ水か。イルマよろしく」
「フィールド系で続けますね。川、湖、沼、泥、海、井戸、湧水、水路。はいリリー」
「ええと、塩、波、魚、貝……ジルカさん、お願いします」
「雲、雨、霞、霰、雹、雪、露――ベニー、ラスト」
「ぬぅ……酒、風呂、温泉、傘、水道、水脈。すまん、これで限界だ」
「…………ありがとうございます」
あとは思考担当に任せ、僕らは先に食後のティータイムに入る。
小さなコンロとシンクがあるスペースに向かい、適当に置いてある茶葉とポットを手にする。
「うわ、この茶葉絶対高いやつでしょ」
なんか茶葉の入った缶の細工からして滅茶苦茶高そうだし、聞いた事もないブランドのロゴが入っている。開封済みではあったが、蓋を開けると強い香りが漂ってきた。
ティーポットも完全ガラス製で、取り外せる蓋以外の繋ぎ目は一切ない。工業製品ではなく、手作業で作られたものであろう。割ったらとんでもない損失になることは目に見えている。無造作に置いてあるものじゃないよ絶対。
「……私が実家から持って来ましたの」
目を閉じたまま、ダヴィアが教えてくれる。そうか、そういえばダヴィアは仲の良い数人と共に、自習目的で会議室を定期的に使ってるんだっけ。他のクラスからの参加者が居ると聞いた事はあるが、参加しようと思った事はない。
いくら常用してるからって私物置きまくってるのはどうかと思うけど、今更か。
「……家買えるくらいの値段しそう」
「しませんわ!!」
本当かな? 王国内で五本の指に入る有力貴族であるダヴィアの家なのだから、庶民の年収くらいの茶葉を毎日惜しげもなく使ってそうだし、庶民が一生働いても買えないくらいの食器使ってそう。金持ちの勝手なイメージだが。
まぁ、高い茶葉だろうが僕には大した紅茶知識もないので、適当に入れるのだが。怒られはしないだろう、流石に。
とりあえずお湯をだばーって……。
「まずポットとカップを温めてください!」
「はい……」
あっこれ適当に入れたら怒られるやつだ!
とりあえずポットとカップにお湯を注ぎ、しばらく放置して次の反応を待つ。
ていうかダヴィア、考えてるのか紅茶の監視してるのかどっちなんだ? ずっと目を瞑ったまま考え事をしているようだが、音で僕の動作を監視しているのだろうか。リリーみたいだな……。
「茶葉は一人ティースプーン一杯程度、お湯はしっかり沸き立ってから注いでください」
言われた通り茶葉を測り、お湯を注いでしばらく待つ。
「今ですわ!」
ううん、やはり監視されてるよなぁ。人数分に分けて注ぐと、ふわりと芳醇な香りが漂ってくる。お、中々良い感じじゃない?流石良い茶葉なだけはあるよ。
「蒸らしが7秒長いですわね……それに、温度が3度低いですわ」
何か言われてるけど気にしないよ!! もう今更取り返しがつかないからね!!
紅茶入れただけなのになんかちょっと疲れたよ……。




