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「ええと、変な時期ですが脅さ……じゃなくて、私達のCクラスが、転入生を受け入れることになりました。ええと、便宜上は……じゃなかった、アルキュミア魔法学校からの転入生ということに……いえ、転入生です、はい」


 ホームルームでボネ先生がそれを言った時、言葉の詰まり方が露骨すぎてクラス中がざわめいた。

 脅されて? 便宜上? 転入生ということに? どういうこと? 素性を隠さないといけないような人ならば、それを直接言うような教師だ。だからこれは、無理矢理言わされているだけ、と思える。

 クラスの皆も同意見のようだ。これ、ボネ先生が誰かに脅されてるのでは?と。

 色々転入生の噂はあったが、流石に教師を脅すほどの勢力とはだれも想定していなかった。彼は一応、い・ち・お・う、王立魔法学校で教師を続けているような人物なのだ。

 本当に大丈夫なのかコイツはと思うことは多々あるが、本人の担当科目では相当優秀な教師らしくなる。普段が論外すぎるのだが。


「では、えー、お入り下さい」


 開かれる扉に、全員の視線が移る。

 そこから現れたのは――


「デッカ……」


 それを呟いたのは僕ではない。僕の前の席に座っていたクラスメイトの男子だ。

 うん、彼がそれを言ってしまったのは仕方がない。そう、健全な男子であるならば、仕方がないことなのだ。


「負けた……」


 イルマは自分の胸を抑え、悔しそうに俯いた。


「す、すごいね……」


 リリーは自分の胸に手を当てて、ぺたぺたと触りながらそう呟く。


 ――そう。

 入ってきたのは、とても豊満なバストの持ち主だったのである。


 身長は160cm程度だろうか。イルマよりは少しだけ低いと思われる。

 腰まで届く薄い茶褐色の髪の毛は毛先がくるんと回っており、背側でいくつか編み込みをされている。

 学校指定の制服――ではあるが、圧倒的豊満なバストに対応しきれておらず、パツンパツンになっている。ただそれでもバスト以外は普通サイズなようで、胸の下に謎の空間が出来てしまっている状態だ。乳袋のような構造でもないと、そのバストには対応しきれそうにない。

 イルマも相当胸が大きくなっているとは思うが、これを見てしまうと普通に思えてくるレベルだ。ううん、化け物か……?


 男女問わず、全員の視線が胸に集中していることはすぐに分かったのか、彼女は恥ずかしがるどころかドヤ顔になり、腕を使って胸全体を持ち上げるような姿勢になる。

 あっ男子が数人前屈みになった。あれは仕方ないよね……。


 釣り目がちな瞳は肉食獣のように開かれており、瞳孔は丸ではなく、細く長い。

 その瞳でクラスメイトを順に一人一人見つめ、男子数人を目力だけで落としながら、一人、また一人と見つめる相手を変えていく。


 その瞳が、僕に向いた。

 永遠にも感じられる見つめ合う時間。まだ一言も話していないのに、その瞳は何かを語っているようで、僕の全てを見透かすような金色の瞳で。


「せんせ」


 イルマはそう言い、僕の脛をぎゅっとつねる。

 その言葉と痛みで、僕はようやく目を逸らすことができた。

 転入生の彼女は、その肉体全てで他人の目を惹きつける。それはスキルでも魔法でもない、魅了という特殊な力だ。


「あー……ごめん」


「あンの女狐が……」


「……なんて?」


「なんでもないです」


 少しだけご機嫌斜めな様子なので、後で謝っておこう。

 リリーは何も感じないのかキョトンとしている。瞳で彼女を見なければ、この魅了には掛からないのであろう。リリーとイルマ以外は、女子生徒も食らっているようだし。

 クラスメイト全てを見つめ終わったのか、ようやく彼女は口を開く。


「ユリア・メーレンベルフと申します。以後、お見知りおきを」


 それを言う彼女の優雅なお辞儀は、凡そ平民に真似できるものではない。

 良いところの出という噂は、今のたった一動作で真実へと変わったのだ。


 その日僕らは、不思議な転入生とクラスメイトになった。







「……メーレンベルフって、偶然?」


「やー、どうでしょ。昔の地名なら地名姓として残っている可能性は高いと思いますが……」


「でもなんか、雰囲気似てる……よね?」


 とりあえず屋敷の自室に戻る前に学校内で話し合いたいとのことで、僕らは軽食を多くメニューに並べている校内のカフェで席に着く。

 ちなみに、フローレンツも一緒だ。彼の意思とは関係なく、生き辞典として使えそうなので、僕が引っ張ってきたのだが。


 僕ら三人の意見としては一緒だった。どのタイミングでそう思ったかは人によって違うようだが、リリーに至っては扉が開いた時にはそう思ったとか。


「フローレンツ、エスメー・クロンメリンって神様のこと知ってる?」


「……申し訳ないですが、記憶にはありません」


「よね。じゃ、メーレンベルフって音に聞き覚えは?」


「オーストレームという国に、そんな地名があったのを覚えています。ユリアさんの姓ですよね。そのあたりの出身なんでしょうか……?」


「オーストレームね。イルマ、どう?」


 大陸地図を広げたイルマに、そう問いかける。

 グーグル検索などない世界だ。大陸中のどこかの地名かもしれない程度では探すエリアが膨大すぎるので、知識として覚えているフローレンツのような人材が必要だった。


「オーストレームオーストレーム……あ、ありましたありました。このあたりは古ルドバリ語圏なので、エスメイ語と若干範囲が被ってますね」


「んー……となるとアタリかなぁ……」


「確率は高そうですよねぇ……」


「ええっと……突然連れてこられて何がなんだかさっぱりなんですけど、エミリオさん達はユリアさんのことを調べてるんでしょうか?」


 スコーンを割り、クロテッドクリームをたっぷりと付けながら、フローレンツはそう質問してくる。

 ここの代金は僕持ちだ。適当に注文をした品々が机に並んでいるが、僕とイルマの前には地図や書籍が広がっているので今のところ食べるスペースがない。冷めるのも勿体ないのでフローレンツとリリーには先に食べて貰っている。今日は夕食遅めにしないとなぁ……。


「そ。知ってる人の関係者かもって感じ?」


「人っていうか、神ですけどね」


「いやまぁそうなんだけど……」


「か、神ですか……!?」


 ルゴスの言っていた、「これから宜しく頼む」という伝言。それを僕らは意識してしまっていたから、なんとなく似た雰囲気のユリアと、エスメー・クロンメリンを結び付けてしまった。

 これはただの偶然の可能性もある。メーレンベルフの民と呼ばれていたエスメー・クロンメリンの種族は、メーレンベルフという地の周辺で人と接触したからそう呼ばれただけかもしれないのだ。3000年以上前の記録など残っていないこの世界において、卵が先か鶏が先かを考えるのは難しい。

 メーレンベルフの民の関係者だからユリアの姓がメーレンベルフなのか、メーレンベルフの地名姓としてユリアの先祖がそれを名乗っただけなのかは、僕らには分からない。

 それは勿論本人に聞けば分かることなのだが、それは最終手段にしておきたい。


「エスメイ語で話しかけてみるとかどうです?」


 イルマはリリーの近くにあった皿に手を伸ばし、手の平より小さなタルトを手にする。あ、ずるい。僕も食べるー。


「……それイルマにしかできなくない? ていうか発声言語じゃないならどうやって伝えれば良いのそれ」


 タルトに乗っていたのは木苺のシロップ煮だ。ちょっと強めの酸味が、甘みをくどく感じさせない一品。高いだけはある上品なお味。


「あー、確かに。いくら地元民でも、3200年前の思考投射型言語をまだ喋れるわけないですよね……」


「なんだよねぇ……エスメーさんは頭の中で唱えるだけで受け取ってくれたけど、あれは神だから通じただけかもだし……」


「スケールが大きくなってますね……」


 ちょっと呆れ気味のフローレンツに乾いた笑いしか返せない僕ら。

 説明するのは面倒だからしないけど、確かに彼からすると理解できない話だよねこれ……。


「リリーも感じたってことは、音が何か似てたってこと? いやでも置物と爆乳女、共通点無さすぎない?」


 女狐とか爆乳女とか、なんかイルマのユリアさん評価が怖いよ……。


「あ、えっと……なんでだろ? 音ではない……と思う……」


「だよねー。うーん、私も直感的に似てるなぁと思って、メーレンベルフの姓を聞いてあーってなった感じだからなぁ。せんせは?」


「なんだろ? 僕も二人と同じかなぁ。どこが似てるってわけではないと思うんだけど……」


「「「うーん…………」」」


 案の定平行線だ。話し合ったら何か浮かぶかと思ったが、やはり全員“なんとなく”でしか感じていなかった。

 これならただの偶然の可能性が高くなってくる。同じ国、地域の出身であり、時代が3000年くらい違うだけの偶然だと。


「なんか思い浮かぶまで、休憩で」


「はーい。リリーがさっき食べてたオレンジのやつ、なんだった?」


「ご、ごめん、食べきっちゃった……ええっと……」


 メニューを手に取り、パラパラとページをめくる姿を見ていると、リリーの目が見えていないとは誰も思わないだろう。

 赤外線による視覚である程度の文字を読むことはできているようだが、今リリーに世界がどう見えているのか、それを与えた僕は知らない。


 テーブルに残っていた小さなサンドイッチを摘み、ミントの浮かぶソーダを飲んでいたところ、僕らに声がかかる。


「あー!居た居た! 探したわよ!」


聞き覚えのある声が、店の入り口あたりから聞こえてきた。

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