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オスヴァルトを実験台とした薬の研究は、想像以上に楽しめた。
何せ、本人の同意があり、何をしても許されるのだ。
別に遊んでいたわけではない。遊んでるわけではないよ? 楽しんでるだけで。
とりあえず最初の数日はエイズを発病期に入らせるところから始まった。様々な薬を投与して、肉体を変化させることで、強制的に発病期に入らせる。
その次は毒魔法の出番だ。図書館で借りてきた本を頼りにありとあらゆる感染症を彼の身体に定着させ、それを治癒できる薬を麻薬魔法で作り出す作業の繰り返し。
相当苦しいとは思うが泣き言は言わないし、本人は魔法である程度の痛みや苦しさを遮断できているようなので、僕が手を抜く必要はなかった。
リューブラント家にも依頼し、彼の国で流行った病気をまとめた本を送ってもらい、それの治療も試していると、いつの間にか試行回数が3桁の大台に突入していた。
感染と投薬治療の繰り返しが300を越えたところで、ようやく満足の行く薬の構成ができた。それは、最初の依頼から一か月も経った頃だった。
……正直、複雑すぎて僕以外の誰かが作れるとは思えないものだ。試しに薬学科の教師の下へ構成体のメモを持っていったが、理解ができないと突っぱねられてしまった。やはり、僕が作るしかないっぽい。
構成体が複雑すぎて身体への蓄積まで調整できない為、今の僕では1日1回投与をしないと症状を完全に抑えることはできそうにない。
地球での治療薬がどのくらいの頻度で飲む物だったのか分からない為、これでも頑張った方だとは思う。
今回の依頼のお陰で、病気や感染症の知識も相当蓄積された。ふふふ、これからはもっと悪いことができるようになるぞ。
「つーわけで、作れるだけ作った」
薬が完成してから一週間。手が空いている時にずっと麻薬作成を続けたお陰で、治療薬のカプセルは3万個ほど作ることができた。
僕一人ではこれで限界だ。今回は最初ということでかなり気合を入れて作ったから、今後もずっとこのペースで作るのは相当難しい。
彼の国の人口は12万人。数千万人の国民が居るマスカール王国と比べると明らかに少ないが、それでも僕一人でなんとかできる数ではない。何せ、感染者一人につき一日一錠飲まなければいけないものだからだ。一万人の感染者が居たら、毎日一万個必要だ。
「協力、感謝する。ところで、報酬だが……」
一番大事なところで、オスヴァルトは言い淀む。あぁ、こうなることは最初から分かっていた。
あらかじめ報酬を決めていなかったのだから当然といえば当然だが、彼はこの薬に対して、ポンとお金を積めない理由があるのだ。
「あー分かってる分かってる。臨床試験データが足りないし、治験も一人だけ。こんな薬で症状を抑えれるか分からない、でしょ」
「……すまない」
「良いの良いの、分かってたし」
今回に関しては、彼に非はない。むしろ、成功報酬を何も設定しなかったのは、王族である彼を実験台にして薬の研究をしたかった、僕の個人的欲求が大きかったのだ。
この薬には、重大な欠陥がある。それは、僕だけでなく彼も理解している。故に、報酬を払えない。
そう、この薬が効くのか分からないからだ。
後天性免疫不全症候群、それ自体の症状は、簡単に言ってしまえば“他の病気に罹患しやすくなる”だけだ。つまり、この薬でオスヴァルトの症状を抑えられたとしても、ただ偶然彼が病気に罹患していないだけの状態と区別することができない。
魔法という分野が発展した結果、病気や感染症を科学的に検証する設備は、この世界には存在しない。
「この薬は、いつまで持つ?」
「あー、300日くらいは大丈夫だけど、そっからはちょいちょい効果落ちてくからそれまでに使い切って貰えたら」
「了解した。ならばまず王族と貴族に配ろう。これを飲み続けた者が皆感染症に罹らないのを確認した後、国から報酬を支払う。それで納得してもらえるだろうか」
「オッケーオッケー、まぁ適当で良いよ」
これを足掛かりにして彼の国をスポンサーに、と考えたことがないわけでもないが、正直距離が遠すぎる。卒業してしまえば数千キロ離れた領地に戻ってしまうのだから、今後付き合っていくのに支障がある距離だ。
僕は当分マスカール王国から出るつもりはないのだから、事業は国内で完結させたいのだ。故に、彼からの報酬は期待していない。なに、元手は対して掛かっていないのだ。
「……君は本当に平民なのか?」
そう言って、疑いの目を向けてくるオスヴァルト。何が言いたいんだこいつは。
「平民ですけど?」
「王族から毟れるだけ毟ってやろうとか考えるような性格ではないのか?」
「え、何その偏見。真面目に答えると、協力したのは個人的な研究の為であって、報酬の為じゃない。つーか現状金には困ってない」
うん、生活費は足りてるし、今後の活動資金、というより活動に対して報酬を貰う関係を、裏稼業のようなベルトラン以外で欲しいだけであり、それは別に普通の仕事でも構わないのだ。
ていうかたぶん噂を聞いて僕の性格を予想してたんだろうけど、何だよその評価。確かにオスヴァルトは王族らしく耐性てんこ盛りスキル特盛魔力最高峰の実験台としては完璧な存在だったから楽しく実験しちゃったが、王族を痛めつけようと考えていたわけではないし。
「王族の私ですら、国庫の扱いには困っているのだが」
「額が違うでしょそれ。僕は僕らが生きていければそれでいいの。領民とか居ないし」
「孤児を匿っているという噂も聞いたが」
「あー、それは事実だけど、そっちはもう解決してるから、僕から資金援助とかはしてないよ」
孤児というか戸籍を獲得してからは元孤児だし、会社の経営は安定どころか王国の海運関係で最も多く税金を納めている規模にまでなっているし、資金援助が必要な段階はとっくに超えてしまっている。
「…………なるほど。ではご厚意、有り難く頂こう。結果が出た際には、改めて報酬と増産についての話をさせて貰いたい」
「はいはーい」
報酬より今後の実験台がなくなることのほうが悲しいとか、彼に言っちゃ駄目だよね。
だって普通の相手にやったら死んじゃうような毒打ち込んでもピクピク跳ねたり血をふき出したりするくらいで死なないんだよこの男! 不死身のモルモットかよ! 自分の身体を使わなくとも毒や薬の実験ができるなんて、最高の世界だった。
来年からは所属が必須になる研究室では、そういうの出来ないかなぁ。不死身の人間を僕が実験するの。超楽しそう! それには実験の大義名分が欲しいなぁ。
彼に大量の薬を押し付けた僕は、とっとと二人の待つ屋敷へ戻ることにした。
……途中で担任のボネ先生に話しかけられそうになったが、華麗に無視をして。




