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「これは……君の仕業か?」
「…………いえ」
「ここに居た人達は、どこへ?」
「……分かりません」
「君以外の子供が大勢居たはずだ。彼らは?」
「…………きっと、あの下だと」
「……そうか。悪かったな」
僕に声を掛けてきた男は、話を終わらせると瓦礫の撤去作業に戻った。帯剣しているところから考えるに、街の衛兵か何かだろうか。
いつの間にか、外は雨が降っていた。といっても大雨ではない、小雨程度だ。
かつて孤児院だった瓦礫に座り込み、雨に濡れる。
傘はない。助けてくれる大人も居ない。町の衛兵や、周辺住民であろう男達が瓦礫の撤去をしているが、声を掛けてくる大人はほとんど居ない。
声を掛けられても、先程のように少ない会話で終わる。
見捨てられた? 違う。関わりたくないのだ。
野次馬の声を聞く。孤児院に誰かしらの襲撃があったらしい。しかし、それ以外の何も分からない。皆がそうだ。
そして、生きた子供が一人だけ。僕はほとんど外には出なかったから、周辺住民には覚えられていない。
資金提供をしてくれていた教会には、孤児院に住んでいる子供のリストくらいはあるかもしれないが、かもしれない程度でしかない。
教会の人間が来れば話が進むかもしれないが、誰も来ない現状は何も分からない。
衛兵や、ボランティアで動いてくれる周辺住人は、何があってこうなったかを知りたいわけではない。ただ単純に、崩れた家を放置しておくわけにはいかないから、瓦礫の撤去をしているだけだ。
何故か超局所的な地震が起きて、一軒だけ家が崩れるという怪奇現象があっても、それを調べることができないから。そんなわけのわからないことが起きているなら普通は関わりたくないと思うが、ここの住人も半分はそうらしい。集まっている大人は、遠目に見ている人と、瓦礫を撤去する人が半分ずつくらい。
瓦礫を掘り返す大人達が騒ぎ出した。どうやら、誰かの死体が見つかったらしい。
そちらは見ない。誰の死体かなんて、知りたくないから。見たくないから。
「これから、どうしようかな」
口にしてみる。それでも、何も浮かばなかった。
やりたいことがないわけでもない、立ち止まってる暇があるわけでもない。
それでも、それでも。
「思い出にするには、早すぎるよ」
そう、小さく呟いた。
ここで会った沢山の子供達。仲良くしてくれた皆。家族同然に扱ってくれた皆。
彼らを思い出にするには、急すぎる。
まだ、心の整理ができない。
最初は、子供達と遊ぶのが苦痛だった。皆も、それを察してくれていたのだと思う。
ここは孤児院。ワケアリの子供達しか居ないのだから、皆が察するのも当然だ。
だから皆、まずは距離感を測った。どれだけ遊びたいのか、どれだけ放っておいて貰いたいのか、どれだけ構ってもらいたいのか、そんな距離感を、子供達が自ら測り、行動していたのだ。
そうして成り立っていた孤児院は、悪い場所ではなかった。親の次に、僕を愛してくれた場所だ。
けれどそこは、もうない。
両親を殺された時と違って、明確な敵が生き残ってるわけでもないから、敵意も殺意も残ってない。上に何かしらの組織があるかもしれないが、今となっては正直あまり興味はない。
「何、しようかな」
分からない。分からないから、口に出す。
そうすることで、整理をする。思考を進める。立ち止まってはいけないのだから、口にすることで体を動かす。
そうすることで、心はまだ折れていないんだぞと、自分に言い聞かせる。
まだできることがある。こんなところで、終わって良いはずがない。
転生チート。神様との対話。神様とのコネクション。どれも、地球に住む日本人だった頃には、夢描いていたものだ。
それを手にした僕は、今何をしているんだろう。何を得たのだろう。
「わかんないな」
きっとこの呟きは、周りの大人にも聞こえているだろう。
けれど大人は、僕に話かけてこない。関わりたくないから。
やりたいことを、考えよう。
まず最優先。両親を殺した相手を見つけ出し、殺すこと。
次。うーん、難しい。あえて作るなら、孤児院がどうして狙われたのかを知ることだろうか。そして、その首謀者が生きているなら、殺すこと。
どちらにせよ、今すぐは難しい。後ろ盾も何もない6歳の子供にできることなどたかが知れているのだから。
魔法が使えるとはいえ、大人に近づかれて殴られたらそれだけで昏倒するだろう。剣で斬り付けられたら、抵抗もできず殺されるだろう。
今回襲撃者を殺――撃退できたのは、全て準備していたからだ。隠し部屋、魔方陣、魔法の訓練、出来うる全ての準備をしていたから、成せたのだ。
そもそも、魔法使いは後衛職だ。体属性に適正があれば肉体強化ができようが、僕は生憎体属性の適正が低い。
属性魔法に特化した、純粋な後衛職だ。後衛職が一人で出来るのは、全ての状況を予想し、それに対する準備をし、本番ではミスせずそれを成し遂げることだけ。
ぶっつけ本番、何も準備してない状態では、そもそも舞台に立てないのだ。
なら、出来ること。やれること。今からでも、成せること。
「1に金、2に体作り、3で魔法」
無駄死にはできない。僕が死んでしまえば、僕を愛してくれた皆の思い出が死んでしまう。
皆が生きた証を、僕だけでも覚えておかなければならない。
まずは一つ目。生きていく上で、最も必要なのは金だ。1銭も持っていなくとも生活が出来た孤児院暮らしではない。誰の庇護にも入らずに生きていくには、資金が必要だ。
リスクのあるスリや引ったくり、強盗では駄目だ。リターンは少なくとも、リスクを抱えるわけにはいかない。準備していないところを襲われたら何も抵抗などできないのだから。
真っ当に金を稼ぐには、どうすれば良いか。
いや、違うな。綺麗な金でなくとも構わないのだ。立場さえ安定なら、資金源がどうだろうと問題はない。
いかに安全に、いかに金を稼ぐか。それを考えよう。
二つ目。殺されないために必要なのは、大人の身体だ。
資金も必要だが、健康な身体はその次に重要となる。今のままでは、大人に蹴飛ばされたら終わりだ。魔法使いは肉弾戦に弱いのに、更に子供の身体では何をするにも限界がある。
ただしこれは生きているだけでも自然に育つものなので、最優先というわけではない。
三つ目で、ようやく魔法。
「ディスクローズ――エミリオ・ブランジェ――ステータス」
誰にも聞こえない程度の小さな声で呟く。
ステータス画面は他人には見えないものらしい。空に指を這わせる動作によって恐らく開いているであろう状況は分かるが、直感的に指を使う操作以外でも、視線だけでも操作が可能だ。慣れれば指と同じような速度で操作ができる。視線操作に関してはジノにもできたので、特殊な力というわけではない。
ただし、この世界で生まれ育った人間はステータス画面を無意識下で開くことができる。僕の場合は発声が必要だが、その理由は分からない。
ゲーム内では共通語としてMP、HPと呼ばれていたが、ステータス欄でそれらは魔力値、生命力と書かれている。
それは置いといて、差異の確認だ。
レベルは19。3は増えているだろうか、あまり気にしていなかったので多少は違うかもしれないが、まぁ誤差の範囲だろう。
生命力は31。……体属性適正のなさか、レベル1の数値から1しか増えてない。こんなの、チュートリアルで戦うレベル1のゴブリン以下だ。
いくら体属性適正によってステータスの上昇率が変わるとはいえ、ここまで低くなるものだったか?ゲーム内では装備やスキルによって常にブーストしていたので、序盤どのようにステータスが伸びていたかはあまり覚えていないが。
あの空間で5万近くまで上がっていた魔力値は、3700へと変わっていた。それでも元の倍以上になっているので、とんでもない上昇率だ。これが加護によるものなのか、レベルアップによるものなのかは分からない。前までそんな勢いで上がっていなかったので、今回の一件が大きく影響しているとは思われる。
そしてスキル。魔法に関連しないスキルはゲーム内でいくらでも存在したが、今の自分では取得条件を満たせない。
条件を満たせば自動取得というものは複数あるが、ほとんどがクエストの報酬なり、専用アイテムなりで入手できるスキルだからだ。
クエストというものがあるのかも分からず、アイテムの入手方法も分からない状況では、それらのスキルを取得するのは困難と言えよう。
幸い最低限必要なものは自動取得機能によって取得することができているので、急いで確認することはない。
アクティブスキルには《魔力貯蔵》が13、《詠唱簡略化》が49。
パッシブスキルでは《ルゴスの加護》が1、《接続者》が1だ。この二つに関してはどうなるか分からなかったが、消されはしなかったようだ。まぁ何の効果があるのかも分からないが。
土属性魔法のスキルレベルは、何度見ても98。魔力値と違って下がってはいない。
属性魔法のスキルレベルは同属性全系統の合計値が表示され、その合計値に対して上限が設定される。
例えばスキルレベル上限が100の魔法適正Bで門系統魔法をレベルを98にまで上げてしまったら、同じ土属性に分類される大地系統や創造系統、鍛冶系統のレベルは合計で2にしか上げられない。取得しただけで1にはなるので、1を2つか2を1つで限界だ。
僕の場合は適正Aでレベル上限が200なのですぐに大きな問題があるわけではないが、いつかは気にすることになるのかもしれない。
系統の配分は門系統が94、創造系統が4で合計98だ。創造系統は魔方陣を書く道具の作成くらいにしか使っていないので、いきなり上がる心配はない……はず。
いや、それを言ったら門系統が上がりすぎなんだけどね。ルゴスの手によって、昆虫型の異形の神――アウフスタインを殺せるところまで強制的にレベルを上げられたと考えるのが妥当だろうか。いや、そんなことが出来るのかはわからないが、まぁあれでも神らしいし? そういうシステムに関与することはできるのだろう。……たぶん。
うーん、そう考えると、ルゴスの今の担当はそういうスキルレベルとか魔力値みたいな、ステータス関連なのか?
アウフスタインが転生を担当していて、他にも人事担当とかが居るらしいから、人間のステータスを管理している神が居てもおかしくはない。もう少し細かい分類があるかもしれないが、あの空間での異常な魔力値を思えば、ルゴスが多少なりとも操作できるのはほぼ確実だろう。
適正SSS、毒属性魔法のスキルレベルは、32だ。適正SSSにスキルレベル上限はないので、どれだけでも上げられる。もっとも廃人プレイヤーでもなければ適正SSのスキルレベル上限500に辿り着くことすら難しかったので、上限無しというのは適正SSの500上限からしてもそこまで大きなメリットではない。
系統別で見ると麻薬系統が飛びぬけており、他系統はほとんど触れていない。麻薬系統を重視したのは、例えデメリットが目立とうがステータス補助に使え、使い慣れているというところから選んだに過ぎない。
「ただあれ、きっつい……」
喉には、まだあの時の胃液の味が残っている。
多少のステータス補助ならデメリットも大したことがない。ちょっと吐き気があるとか、ちょっと眩暈がする程度だ。しかし、ステータスを限界まで伸ばそうとするとどうしてもデメリットが目立って来、ゲーム内だと単純なステータスダウンなり状態異常で済んだものが、この世界だと直接肉体へのダメージという形で現れる。
胃の中を全て出すまで止まらない猛烈な吐き気、吐き終わっても全く気分がよくならない感覚、どれを取っても、そう連発はできないものだ。
「中毒とか、無ければ良いけど……」
デメリットとして肉体へのダメージがあるなら、実際の麻薬のように中毒症状はあるのだろうか。
麻薬の構成体を変更することで依存度や中毒性を操作することもできる。……はずだ。知識としてあっても、相当数実験しなければ分からない。
ゲーム内で使う分にはそこまで考えたことはなかったが、麻薬によっておかしくなったNPCというのは何度も見た。あれは、麻薬魔法が原因となった薬物事件だった。
それに関連するクエストで有名なNPCに会い、イベント戦闘でボロ負けしたのは良い思い出だ。――そういえば、あれからオールラウンダーを捨てて毒属性特化のキャラを使うようになったんだっけ。もう、記憶が曖昧だが。
うん、何を考えてたんだっけ。
そうだ、今後どうやって生きていくかだ。
「まぁ、まずは金だ」
どうやって生活費を稼いでいくか。
簡単なのは、アルバイトか。ただ6歳でも雇ってもらえるだろうか。
労働基準法とかあって、15歳まで働けないとかあったら大変だぞ、ホントに。
僕は立ち上がる。
未来ではなく、とりあえず今日を生き、明日へ向かうために。