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転入生が、やってくる。
対抗戦の前からその話題は噂として上がっており、どこかの国のお姫様だとか、有名な貴族様だとか、著名な魔法使いの弟子だとか、様々な尾ひれがついた噂が学校中を駆け回っていた。
そのどれも普通にクラスメイトとして居るので感覚が狂ってしまっている僕らだが、転入生という特別な存在には、どうしても心が躍るものなのだ。
噂が出始めたときにシスターに聞いたが、制度としては転入を受け入れていると言う。ただし基本的には国内外の魔法学校からの留学という形で受け入れているらしく、詳細を聞いていないシスターにはそのあたりだろうと言われてしまった。シスターは内務にはあまり関わっていないようで、そのあたりは詳しくないそうだ。
対抗戦には全勝した僕らだが、定期試験の成績ではまだAクラスには遠く及ばない。実技試験だけは皆それなりの成績を収めてはいるが、平均点を比べるとそちらでも負けている。
フェリクス相手にあまり綺麗とは言えない勝ち方をした僕は、他のクラスや上級生から結構陰口を叩かれるようになっていた。倒れてから2週間も学校に復帰しなかったのが、更にそれを助長したと言えよう。
身の程知らずが無茶な魔法を使っている、自分の身体を大事にしないような馬鹿と言われているのは知っているし、それを事実と思う僕も居るので、あえて否定しようとはしていない。
クラスメイトはそれなりに評価してくれるようだが、「どうやって勝ったの?」みたいな質問はほとんどなかった。「痛くなかった?」とか、「ずっと寝てたって聞いたけど大丈夫?」みたいな心配の方が多かった。
そして残念なお知らせだが、僕らに着いてくれるスポンサーは全く出てきていないようだ。登校再開してすぐシスターに問いかけたところ、「あの生徒の正体は?」のような質問は多かったが、ただの平民と答えたところほとんどの企業や資産家は話を切ってしまったらしく、それ以上の追及をされることはほとんどなかったらしい。
やはり、魔法分野は貴族社会なのだ。お抱えの魔法使いは勿論強ければ強いほど良いが、貴族としてのネームバリューの方が大事という文化が未だ根強く残っている。
僕が使っていた肉体の治癒魔法について治療師からの問い合わせが複数件あったらしいが、魔法の正体を知っていたシスターが「あれは真っ当に生きた人間が再現できるものではありません」と突っぱねてしまったとか。
まぁ、それはまごうことなき事実なので、仕方がない。
学生になって超目立ってスポンサーを獲得しよう計画は、中々大変なのだ。
シスターも「こんなはずでは……」のようなことを言っていたので、フェリクスに勝っただけでスポンサーは腐るほど出てくるという僕らの予想は大外れであった。全く、社会というのは難しい。
対抗戦の後変わったことといえば、フェリクス派閥の人間からは道端に落ちている鳥の死骸を見るような目で見られるようになったとか、フェリクス本人とすれ違うたび「はっ!」と謎の煽りを受けるようになったとか、話したこともない生徒から同情の目を向けられるようになったとか、そんな程度。
「あ、そうだせんせ」
「うん?」
ホームルームが終わって帰ろうというところで、イルマが僕に声を掛けてきた。
「今日リューブラントとデートするんで、ちょっと遅れます」
「…………はい?」
「あ、アンネリカの方ですよ」
「良かったぁ…………じゃなくて、デート?」
「ですです。前々から誘われてまして。なので今日は帰りが遅くなるって報告をば」
「はーい。気をつけてね」
良かった良かった。イルマはリューブラントの妹アンネリカと、対抗戦以来それなりに交流があるらしい。
結構激しい戦いだったと聞いているが、あれか、川原で殴り合って仲良くなるみたいな、そういう少年漫画的なアレかな? と勝手に納得していた。
「……嫉妬とかしないです?」
「え、だって女でしょ?」
「そうですけど……そうですよね……」
「不満そうだなぁ……」
そっぽ向いて指遊びをするイルマは、中々に可愛らしい。
いじらしいというか、何かを求めてるけど察して欲しいというか、そんな仕草で。なんとなく察してはいるが、口出すことじゃないかなとスルーしていたのに。
「着いてくる! とか言わないんですねって」
「いやだってデートでしょ?」
「デート……ですよ? いやたぶん……?」
「なんで疑問系なの?」
「いやだって、今日学校終わったら付き合えって言われただけですよ? 何するか何も聞いてないですし」
「それデートって言う……?」
それ、果し合いじゃない?
アンネリカ、普段は物静かな貴族令嬢といった雰囲気を出しているが、実際はかなり攻撃的な性格でキレやすいとか、口が悪すぎるから喋らないようにしているとか、そんな噂を聞くこともある。
他人の話をあまりしないリリーまでも、対抗戦の話でアンネリカのことを「怖かった」と言っていたくらいだから、たぶん相当だと思う。
「正直何があるか分かんないんで、着いてきて欲しいなというのが本音なんですが」
「ん、それなら着いてくよ」
「わーい大好きですせんせ、ちゅー」
「まだ帰ってない人居るんだからやめんさい」
すぐに教室を出ずに談笑していたクラスメイトだったり、今日の授業の復習をしていたクラスメイト数人が僕らの方を意識しているのは分かっていたので、止めておく。
本気で顔を近づけてくるイルマを両手で押し留めながら、話を続ける。
「それ、僕が着いてっても良いやつ?」
「ちぇ。一人で来いとか言われてないですし、あっちはどうせ兄付きでしょうから、こっちも一人増やして問題はないと思いますけど……あ、リリーも来る?」
「うん、行って良いなら……」
「じゃ、三人で行きましょ。果し合いみたいですねこれ」
「言わないようにしてたのに……」
ううん、実は僕、リューブラントの兄妹とは一言も会話したことないんだよね。
フェリクスとはほんの少しだけ話したが、Aクラスには僕を嫌うフェリクス派閥の生徒が多いので、あまり近づきたくないし。
リューブラントの兄妹は他国の王族ということで誰の派閥にも所属していないらしいが、彼ら二人が既に派閥のようなものだ。あまり仲良くしている生徒が居るという話は聞いていないので、交流が広いわけではないのかもしれない。
あ、でも兄のオスヴァルドは顔も性格も良く女子人気が相当高いのは知っている。割といつも女子を複数連れて歩いているし、教師ウケもかなり良いんだとか。つまり男の敵だ。
待ち合わせ場所は学校の外、寮から少し離れたところにある、結構お高めのバーらしい。
まぁそりゃ、中庭とかじゃないよね。平民でもあるまいし。
◇
「……なんで三人で来た」
「一人で来いなんて言わなかったですよね? ひょっとしてお馬鹿さんですか?」
え、なんで一言目から煽り口調なのこの二人?
僕らはバーに到着し、出迎えてくれたバーテンダーにリューブラントとの待ち合わせということを伝えると、店の奥にある個室を案内された。
そこで待っていたのは案の定リューブラントの兄妹。イルマが僕とリリーの二人を連れてきたことに対し、明らかに不満げだ。
「まぁ、まぁ、良いじゃないかアンネリカ。話が省けるというものだよ」
オスヴァルトはあまり気にしないようで、アンネリカを宥める。
「けど兄貴……」
「良いんだ。僕が代わりに話をするから、落ち着いてくれマイシスター」
「分かったよ……」
なんだろうこの二人、ちょっと気持ち悪い……。
「なんか気持ち悪いですね、お二人さん」
「言わないようにしてたのに……」
イルマの指摘に、リリーが小さく笑う。アンネリカを怖がっているリリーを連れてくるのは心配だったけど、そこまで気にしないでも良いかもしれない。強い子だからね!
「君に、頼みたいことがある」
「え、僕? イルマじゃなくて?」
オスヴァルトは明らかに僕を見てそう言った。ううん、やっぱりこいつイケメンだなぁ。背、高いし。僕より20cmくらい高いんじゃない? うう……顔も背も負けると惨めに思えてくる……。
「あぁ。イルマさんに話を聞いてもらって、それを君に頼めるか話し合うつもりだったんだ。エミリオ君が直接来てくれたのなら、直接話そうと思う」
「あー、そういうことですか。じゃ、何でアンは切れ気味なんです?」
イルマは納得したようだが、若干こちらを睨んでいるアンネリカのことをアンと呼んだ。愛称だよね? 仲良いなぁ。
「……イルマさんにどうやって説明しようか、三日三晩悩んでいたからね。その計画が崩れたからだと思う。理解してくれ」
「それ言わないでよ兄貴……」
こんな弱々しいキャラだったのアンネリカって……? なんか噂と全然違うんだけど……。
「なんですかその兄想い美少女みたいな反応……気持ち悪いですよ」
「死ね」
え、やっぱこの二人仲良いの悪いのどっちなの? 怖いよ僕。
女子の友情って男子みたいに分かりやすくないんだよね。リリーとイルマも中々に変な関係っぽいし……。前突然ディープなキスしてたし……。
「我が国で、数年前から疫病が流行っている。周辺の国から腕の良い薬師を何人も連れてきたが、解決には至っていない。君なら何か分かるんじゃないかと思ってね」
「あー……期待されてるとこ悪いけど、僕には薬の知識しかないから、病気とかはさっぱりだよ。仮に診たら治せる程度だとしても、そっちの国に行く時間とかないから病人直接見ることはできないし……」
リューブラントの国は、帝国ほどではないがマスカール王国からは相当離れた距離にある国だ。
王国としては小さな国だが、王族の圧倒的な実力とカリスマによって、現在まで歴史を刻み続けている。
そんなところまで病人を見に行く時間は流石にない。転移魔法で適当に飛んでいくことはできないし、それこそ転送魔法が必要な距離だ。
「あぁ、その点は問題ない。私自身が検体だ」
「……うん?」
「疫病は人から人へと移るものではあるが、一定の条件を満たさないと感染しないので、現状この国では広がっていない。そして、私自身が感染しているのは、国を出る前に確認しているんだ」
「自然治癒とかしないもの?」
「宮勤めの治療師曰く、自然治癒はないらしい」
「なるほどね。じゃ、症状とか教えて。適当に調合してみるから」
「あぁ分かった」
とりあえず、紙とペンを用意する。
病気の知識はないが、症状に対応する薬を調合することくらいは不可能ではないと思う。根本的な解決になるかは分からないが、その場凌ぎにはなるはずだ。
「まず感染してから2週間程度、長い者では1ヶ月ほど経つと、重篤な風邪のような症状になるが、ならない者も居る」
「うんうん」
「風邪は1週間もすれば収まるが、それから数年、長い者では10年20年以上経ってから症状が本格化する」
「うんうん」
「本格化してしまうと、あらゆる菌に対して無防備な状態となり、普段は絶対にかからないほど弱い病気にかかりそれが重篤化したり、最悪死に至る感染症にかかることもある」
「……うん?」
あれ、なんか聞いたことあるなそれ?
「そして、ほとんどの場合性行為で感染する」
「エイズじゃん!!」
あっエイズだわこれ! 一定の条件ってセックスかよ! なんかもうちょい魔法チックな条件かと思ったよ!!
「……エイズとは何だ?」
「えーと、正式名称なんだっけ……後天性免疫不全症候群だっけ……?」
「おぉ、君はこの疫病を知っていたのか。薬師としての知識もあるとは、流石だな」
「あー、あー……なるほどなぁ……」
エイズかぁ。いや、そりゃあるよねそのくらい。
この世界ではどんな扱いなのだろう? 魔法があるのだからどうとでもなると思ってしまうが、感染症は病原菌の構造から知らないと対策できないのだろうか。
薬師や治療師といった職業でもエイズを特定できなかったのは、最終的な症状が原因かもしれない。
エイズとは、免疫力がなくなる症状だ。それによって様々な病気にかかってしまう故、後でかかった病気を治療したところで根本的な解決には至らない。
地球では、確か――
「完治しない病気だったと思うんだけど」
「……なんと」
「ただ、一生薬を投与し続けたら症状を抑えることができるとか、そんな感じだったと思う。大分うろ覚えなんだけど」
地球の知識なんて、15年以上も前のものだ。エイズということはなんとなく想像できるが、違うかもしれないし、薬の投与についても勘違いの可能性もある。
「おぉ!! その薬は、作れるのか?」
「わかんね。試してみないことには」
「ならば、試してくれ。私を自由に使って良い」
「オッケー、とりあえず看破するから障壁類全部切って」
「分かった」
「あ、兄貴!?」
「民が救われるなら、私の命くらい惜しくはない。では、よろしく頼むよ」
「とりあえず、《ブレイクスルー》、んー……」
状態異常としては、何も入っていない。けれど彼に感染しているのが事実というのなら、何かしらの異常はあるはずだ。
どうやって見つけるのか? それはもう、何でもかんでも試すしかない。そう、手当たり次第にだ。
楽しくなってきたぞ。久しぶりに様々な薬を実験することができるのだ。それも、本人の同意込みで。胸が躍るなぁ!
ここ数年自分の身体で新しい薬の実験をすることはなかったし、そろそろ新しい構成を考えたいと思っていたところだ。治療ついでに、色々試してやろう。最終的に治れば、良いよね!
ふふふ。新しい薬の実験台だ。楽しみだなぁ。
「せんせ、悪い顔してる」
イルマがそんなことを呟いたが、聞かなかったことにしておこう。




