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「え、どうなってんのコレ」
僕は、屋敷にある自室のベッドで目を覚ます。記憶の中と物の配置が変わっていないことから考えるに、時間的な差異はほとんど出ていない様子。ルゴス様様だ。拝んどこ。どこに居るのか知らんけど。
「あ、せんせ起きたんですね」
「えみりお、くん……?」
少しだけ身体を動かしただけなのに、二人は起きてしまったようだ。
太陽の高さからして、朝だろうか。季節が変わっていないなら、まだ6時前のはず。
左右に美少女が二人。いつものように僕を挟むようにして、小さなベッドで身を寄せ合って寝ていた。
――――全裸で。
「リリー、イルマ。おはよ。迷惑かけてごめん。ええっと質問が一杯あるんだけど……まず何で裸なのコレ」
「「…………」」
「いきなり無言になるの何なの……?」
え、ほんと何、どういうことなの。僕これでも健全な青少年だから、全裸の美少女に挟まれてるのは中々クるものがある。下半身に血が流れる的な意味で。
たまに寝てる間に裸になるイルマはともかく、リリーまでも全裸。というか、僕も全裸。全然意味が分からないよ! 見ないようにしてるのに、視線が胸とか、下半身の方に向かってしまう。ステイステイ。掛け布団乱れてなくて良かったよホント。
「……な、ナイショで! リリー、分かってるよね?」
「う、うんイルマちゃん。分かってるよ」
「僕はさっぱり分からないよ!」
「せんせはいいの!」「エミリオ君は知らなくて良いの!」
「は、はい……」
なんか釈然としないな! けど二人して説明してくれそうにないし諦めるしかない。軽率に口を滑らせるような子らじゃないし。
部屋の中で嗅ぎ慣れない変わった匂いがするような気もするが、それも気にしちゃ駄目だ。うんうん。
「とりあえず服着て良い?」
僕の提案に、二人は黙って頷いた。顔を真っ赤に染め上げて。
◇
「あー、10日も寝てたかぁ。いや10日で済んで良かったのかな?」
「そうですよー。せんせ、あれからしばらくピクリとも動かなかったから、死んだんじゃないかとヒヤヒヤしてたんですよ。シスターにも見てもらいましたけどお手上げで。3日前からようやくちょっと動くようになったので、学校の病室からここまで運んで。せんせのことだから昏睡状態のうちにルゴス様とお話してたとか言っても驚けないよねって、リリーと話してたんですよ」
「わ、よく分かったね」
「「……へ?」」
リリーとイルマの二人が揃って呆けた声を出す。えっその話してたんじゃないの?
「10年ぶりの再会で、色々話したよ。あと二人にだけは言っておくけど……僕、人じゃなくなっちゃったぽい?」
「「ハイ??」」
「神の化身ってことになってるのかな。わ、種族欄に書かれてるわ」
ステータス画面を開くと、これまで人と書かれていた種族欄に、化身の二文字が記されている。
スキルを見ると接続者のレベルが2、ルゴスの加護は7まで上がっていた。それ以外で目立った点は見られない。化身になったところで、急に強くなったりはしないようだ。まぁ元の僕のコピーなんだからそりゃそうだよね。
「せんせ、説明」
「いやー、僕もよく分かんないよ。肉体と魂の接続が切れちゃって修復手段がなかったから、僕の魂に合う身体をルゴスが作ってくれた、って感じ?」
「ルゴスしゃまぁ……」
ルゴスの名を呟くリリーの僕を見つめる瞳が、いつもより輝いているように見える。まぁ錯覚だが。
僕をじっと見つめ、目を逸らさない。まぁ見えてないんだけど。
「え、化身って、せんせ滅茶苦茶強くなったりしたんですか? デコピンでフェリクス消滅するくらい」
「んー、何も変わってるようには見えないかなぁ。ねぇどんだけフェリクス嫌いなの?」
「せんせをあんな目に合わせた元凶ですし……いや大体せんせの自業自得だとは思いますけど……」
「そう、だよね……フェリクスさんが悪くはないよね……」
ううん、完全に僕の自業自得だから何も言えない。格上に勝つ手段でもう少しスマートなものがあったはずなのに、今の僕ではそれを見つけることはできなかった。
ならばやはり、もっと強くなるしかない。死なないでもフェリクスを倒せるような強さを得なければ、二人を安心させてあげられない。
この世界に、二人を置いて死ぬわけにはいかないのだ。
部屋で服を着てから三人で食堂に行き、前日の残り物のスープを温めて飲みながら、そんな話をする。朝のパン配達の時間前だったようで、食堂にはそのくらいしか食べられるものがない。
10日ぶりの食事だから、重いものは避けたいところだ。少しクリームの強いコーンスープは、疲れた胃には丁度良い食事と言えよう。
「あ、対抗戦どうなった?」
それを僕が聞くと、二人は顔を見合わせてニヤリと笑って、満面の笑顔を向けてくれる。
「「勝ちました!」」
「それは良かった。見てあげられなくてごめんね」
二人をまとめてぎゅっと抱きしめる。
勝利が見れなかったのは残念だが、この笑顔だけで充分だ。
「Bクラスにも勝ったんで一年代表にはなったんですけど、皆で話し合って辞退しました。なので私達の対抗戦は、あれで終わりです」
「あ、そうなの? 辞退ってどうして?」
「それ、せんせが言うんですか……?」
「……そうだよね、ごめんね」
それもそうか。全員揃わないまま格上の学年に挑むのは無謀だ。フェリクスにも勝てるカード無しで挑むのは尚更で。
うーん、勝てたけど、勝てたって言えるのかなぁ。僕はルゴスに拾って貰わないと死んでたわけで。それ実質負けてない? いや結果としては勝利を掴んでいるのだが、フェリクスより強いかと問われたらノーと答えるしかない。
もう一度戦って勝てる可能性もかなり低い。元は20%あったのが、今では5%あれば良い方だ。
『ゴメン、変なのに捕まった。なんとか凌いで』
「え?」
「うん?せんせ、どうしたんです?」
「や、今なんか声が……。リリー、聞こえた?」
「え? ううん、何も……?」
「んー…………あ、ルゴスの声かも」
リリーに聞こえないということは、僕だけに聞こえた声だ。
そういえばちょっと前に迷宮で会った旧神のことを思い出す。あの時、僕にしか聞こえない声が聞こえたことがあったのだ。
「え!? ルゴス様!?」
「たぶん……? 頭の中に聞こえるって感じじゃなかったから普通に声かと思っちゃったけど、ルゴスっぽい声な気がする」
「しゅ、しゅごいぃ……」
僕の身体にしがみついて崩れ落ちるリリーを両手で撫で回しながら、頭の中で返事をする。
『んー、こうかな?』
返事はない。何か違ったか? 周波数が違うとか? いや周波数って何だよ。
これまであの変な神空間でしかルゴスと話したことがなかったから、こちらに来てどうやって返事をすればいいのか分からない。
というかルゴスかどうかも怪しいところだ。『おーい』と何度か声を掛けても返事がないと、段々と不安になっていく。
そうこうしてると、リリーがピクリと跳ね上がる。
「だ、誰か、来たよ?」
「うん? なんで疑問系?」
音で世界を見ているリリーはこういう時、ハッキリと断言するはずだ。それなのに、今の「来たよ」は明らかに音が上に上がっていた。
「うん? あれ、おかしいな……ううん……ひぁ!!」
そう小さく叫ぶと、耳を抑えて蹲るリリー。
冷や汗が、どっと出た。明らかに異常な反応だ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
慌てて腰を下ろし、リリーの様子を見る。耳は抑えているが、瞼は開かれている。
焦点の合わない瞳はきょろきょろと周囲を見ているように動いているが、瞳で光を映さない彼女が、この状態で今熱探知を正常に行えているかはわからない。
こんなに慌てた様子のリリーを見るのは初めてだ。故に、対応が分からずおろおろとしてしまう。
「リリー、落ち着いて。何が聞こえるの?」
小さくなったリリーを抱きしめることしかできない僕とは違い、イルマは落ち着いた声でそう言った。
こういうの、勝てないなぁ。僕じゃ一緒に混乱しちゃうだけだよ。
「う、うん、足音がね? 聞こえたんだけど、いきなりなの」
「いきなりって、急に現れたってこと?」
「うん、屋敷の前、5mくらい? それまで聞こえてなかったのに、急に出てきて、たぶんそこから話しかけてきたんだけど……」
そこまで言うと、リリーは再びピクリと小さく震え、頭を上げて周囲を見渡す。
僕には何も見えないし、リリーの焦点も定まっていない。故に、どこかの何かを見ているわけではない――はずだ。
「けど?」
「た、たぶん今、近くに、来てる」
「……この部屋?」
「うん……」
「オッケー。イルマ、魔力波測定」
「はーい」
魔法にならない程度に指向性を持たせ、全方位に魔力を放出。音を使って迷宮構造を調べた、反響測定の魔力版だ。
リリーに聞こえる音を産み出す対象がマテリアル体の物体ではないのだとしたら、音を飛ばしたところで意味がない。故に、飛ばすのは純粋な魔力だ。それの跳ね返りと反応を解析することで、どこに何が居るのかを知る手段。
「……何もないですね。術式解析は無反応ですし、私達以外の反応も無し。せんせは?」
「同じく。跳ね返りを障壁で受け止めてみてるけど、何も無いかな。んー……」
さて、どうするか。軽く手詰まりっぽい。
リリーの様子は普通ではないからとっとと何とかしたいのだが、今反応できているのはリリーだけで、そのリリーが混乱中。
うん、ならば原因解明より先に、リリーの回復を優先か。
「とりあえず、飛ばすよ」
「はーい」
リリーを抱きしめる片手を外し、イルマに触れて転移魔法を起動。
「転移の門よ開け、我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。地を捉えよ、点を捉えよ。我が身を素地へ送りたまえ」
使い慣れた門魔法。転移先は、寮の自室。
失敗するはずのない、10年以上使い続けた転移魔法。
――しかし、今回は失敗した。
「あー、こっちかぁ」
周囲を見渡し、転移魔法の失敗に気付く。
そこは見慣れた空間だ。
初めはアウフスタインに、その次はつい最近ルゴスに呼ばれた世界。
この世のどこでもない神の住まう世界へ、僕らは降り立ってしまった。




