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「リューブラントが居ないなら、楽勝でしょ」
開始前、ジルカはそんなことを言っていた。
実際、私もその通りだと思う。いくらAクラスの代表が優秀な生徒とはいえ、ベネディクトゥスやダヴィアほど優秀とは到底思えない。
そして彼らの編み出した戦法は、格下相手には必勝となるものだ。相手がどう足掻こうが、対応しきれるものではない。
格上と戦うのを前提の対策をしていた先生や私達とは違って、普通の生徒同士の戦いには、圧倒的な実力差というのは付きにくい。優秀なところから集まった、優秀な生徒達だ。
特にソロ、デュオで学校内ナンバーワン、ツーを有しているAクラスが、トリオにまでそれと同等の生徒を用意できるとは到底思えない。
入試の結果を元にクラス振り分けをされていると聞いているので、1クラスがそこまで飛び抜けることはないはずなのだ。
実際、ジルカの言った通りになった。
開始から僅か1分で、私達Cクラスの勝利が決まる。
戦法は驚くほど単純で、それでいて隙がない。
ダヴィアが氷魔法の《アイス・ピラー》を使い自分たち3人を強固な氷の中に隠し壁とし、その中でベネディクトゥスが全方位炎魔法を発動、ジルカが炎だけを氷の外に転送する、といった形だ。
ダヴィアが生み出した氷の柱を除くフィールド全域を焼き尽くされ、Aクラス代表の3人はあっさりと降参した。チームワークというには多少強引だが、犬猿の仲とも言える二人を抱えた状態にも関わらず全員の魔法特性を生かした戦法で勝利した姿は、賞賛に値する。
これは、格下ならば完封できる戦法だ。格上と戦うにはいささか問題点は多いが、リューブラントと当たった時用にも何かしらの戦法は立てていたのだろう。
その後に発表された筆記部門の結果は1ポイント勝ち。Aクラスとの点差は極僅かだったようだが、合計点で1点でも勝てば1ポイントだ。最終4ポイントを獲得した私達は翌日にBクラスとの対抗戦をソロ抜きでこなし、筆記で2ポイント、実技で2ポイント獲得しての勝利となった。
結果、1年生代表クラスとして2年生に挑む権利を与えられたが、私達はクラスの満場一致で代表を辞退した。
理由はただの一つ。それは、代表辞退という未曾有の状況を教師が誰も止めなかったほどの、簡単な理由。
代表であるエミリオ・ブランジェが、対抗戦から三日経っても目を覚まさなかったから。
同級生であるBクラスとの対抗戦は彼抜きで勝つことはできたが、上級生は別だ。
相手に王族ほどの実力者が居なくとも、苦戦することは間違いない。国内最高峰の教育機関で、自分達より1年も長く教育されている先輩達だからだ。
その後彼が目を覚ましたのは、2年生の対抗戦も終わった、寝込んでから10日も経った頃だった。
◆
『確かに死んだら会えるって言ったけど、何も自分から死ぬことなくない?』
「あ、お久しぶりです」
あの時は、相手が誰だか分からなかったし、無性に苛立っていたので強く当たってしまったような気もしたが、今は目の前に居るこれが何か分かっている。
ある程度の敬意を持って接するべきだ。それは分かっているのに、声から感じるこのギャル感はなんなんだろう。敬意とか消し飛んじゃうよ。
自分以外、何もない世界。自分がどこに立っていて、声の主がどこに居るかも分からない空間だ。
『そうなの?アタシ的には、アンタと会ったのなんてつい昨日くらいのことなんだけど』
「やー、10年以上経ってますよ。ルゴスさん」
『10年かぁ。そりゃ、見た目も変わるか。前会った時は指先くらいの豆粒だったし?』
「いやそんな小さくはなかったよね!?」
あれ!? 神と人ってスケールが違うのかも!? ルゴスが僕の前に居ることは分かるが、大きさも距離も分からない。故に人とは比べ物にならないサイズの可能性が0ではないが、いや人族ならそんなことないだろ。豆粒って何だよ。矮小な存在ではあるけどそこまで小さくは無いよ。
『アハハ! 今は石ころくらいには見えるから、成長してるねぇ、うんうん』
「なんかそう言われると何も成長してない気がしてきたよぉ……」
『泣くな泣くな。アタシの子でしょ』
「いや違いますけど」
うん違う違う。僕の両親の名前はオーレルとエレーヌだ。一緒に過ごした時間は短くとも、忘れるものではない。ただの幼児ならともかく、僕には生後間もない頃からある程度の意識があったのだから。
故に、覚えている。たった3年、共に暮らしたの両親のことを。
『素で返さないでくれる? 神ジョークよ。アタシの加護受けてるのなんて子供みたいなもんなんだから、子供って言っても良いでしょ』
「嫌です」
『辛辣ぅ! で、アンタこれ、どうやって戻るつもりなの?』
「どう、とは?」
『死んでるわよアンタ。肉体は再生したみたいだけど、精神と核がイカれちゃってる。死ぬ寸前にアタシが拾ったから、まだ外から死んでるって認識されることはないだろうけど。このままじゃ腐るか悪霊に取り憑かれるのがオチよ?』
「あー、やっぱりかぁ」
ううん、予想はできてたんだよなぁ。異相門を閉じてからしばらくすると、糸が切れたように身体が動かなくなったのだ。
精神と肉体を繋ぐラインが、完全に切断されてしまった。度重なる魔法行使か、門を閉じるという行為の弊害かは分からない。それでも、僕一人の力ではどうしようもないところまで、僕の身体は弱ってしまっていた。
覚悟をしなかったわけではないのだ。フェリクスを倒すのに、ただの人ではいられないことは分かっていた。故にリスクは大きいが、一番勝率の高い方法を選んだ。
『門を閉じるなんて、普通の使い方じゃないわよ。あれ、何循環させたの?』
「96回ですかね。思ったより多くなっちゃったんですけど、やっぱそれが原因でした?」
『どうかなぁ。見てたわけじゃないから知らないけど、0,017秒で96回分の全魔力循環とか自殺行為にしか思えないわよ。生前のアタシでも100回くらいで限界だったのに。何、そうでもしないと勝てない相手だったわけ?』
「ですねぇ」
門魔法において門を閉じるということは、持続時間の長い門魔法を強制的に終了させることで、通常とは違った効果を引き出すことを示す。
対象と同値以上の魔力をぶつけることで対象を即死させたり攻撃魔法を対消滅させる異相門を閉じたならば、“対象を魔力で上回るまで強制的に自身から魔力を産み出す”、という効果へと変貌する。
それが、ルゴスの言った循環だ。フェリクスを魔力欠乏症に陥らせるまでに使用した魔力は、僕の全魔力の96倍。それだけ使って尚、フェリクスに即死を通すことはできなかったのだ。
僕にできたのは、フェリクスの攻撃魔法の完成前、魔力を注いでいる段階の攻撃魔法に異相門を当て、僕の96倍の魔力を使って対消滅し続け、攻撃魔法の完成を阻止しただけ。
麻薬魔法の効果があっても認識できない0,017秒の間の出来事なので、当のフェリクスすらも気付かぬうちに、その攻撃魔法に自身の全魔力を注ぎ込んでしまった結果、魔力欠乏症に陥ったということになる。
『そいつ、神にでも勝てるんじゃないの?』
「どうでしょ。少なくともそれより強いのを2人は知ってるんで、あれがそこまで強いかは……」
うん、少なくとも現王リュフィレとシスターならば、僕と戦ったフェリクスより強いだろう。それは間違いないが、どのくらい差があるかは僕には分からない。
けどリュフィレでもシスターに追いつくのに20年くらいかかるんだっけ? それ言われたの10年くらい前だけど、なら結構差があるのかなぁ。いやシスターどんだけ化け物なんだよマジで。
『うへぇ、今は負けないだろうけど、神になる前のアタシより強いのはちょいちょい居そうねぇ……』
「そんなもんですかねぇ」
『そんなもんよ。ま、今のアタシ殺すには3万回くらい循環させなきゃだけどね!』
「インフレ甚だしいな!!」
えっどういうこと? 3万回? 96回で死んだ僕が300回くらい死なないと届かなくない? チートだよチート! ゲームバランス考えて! 神なんでしょ!?
『アウフスタイン殺すのだってアタシの魔力使ってるからね? いくらクソ雑魚の新参でも、今の人間程度には殺されないわよアイツ』
「他人の身体使って何してくれてんのマジで……」
『アンタが魔力求めてきたから渡しただけですぅー。アタシは悪くないですぅー』
「責任転嫁だよそれ!」
『つーかアンタあん時、アウフスタインに異相門が通るか通らないかなんて考えてなかったでしょ? だから力貸しただけよ。身の程知らずで面白そうだなーって思ったんだけど』
「本音漏れてるぞおい」
うん、まぁ、そうだろうなぁ。
孤児院を失ったあの時の僕は正気を失っていたという他ないし、力があればきっと両親を殺された時にも抵抗をして、結果同じようにアウフスタインに呼び出されたはずだ。
今では理性があるから、とんでもないことしたな僕とは思うが、もう一度同じような状況になったらまた同じことをしてもおかしくはない。
幾分か力をつけてしまったから、やれる事が増えてしまっているのだ。
『ま、死んだ奴の話は良いのよ。いやアンタも死んでんだっけ? じゃあどうでもよくないか』
「どっちだよ!」
『聞くわよ。元通りに生き返りたい?』
「もち」
うん、それは即答できる。僕にはまだ遣り残したことが数多くあるし、残してきた子供達も、愛する二人も居る。
死んでる場合ではないのだ。自身の命を散らしておいて言うことでもないのだが。
『むーりーでーーーーす!!』
「うっわその言い方腹立つな!?」
『事象復元で人間機能の再現はできたみたいだけど、それだけじゃ生きた人間としての復元が全くできてないのよ。仮に魂だけアンタの肉体に戻したところで、魂を収納するスペースが残ってるか、魂が肉体に定着するかは専門じゃないアタシには分からない。それでもやってみる?』
「んー、ならパスで」
『じゃ、後は、そうねぇ……生まれ変わるとか?』
ルクシアにできることは、ルゴスにもできるんだなぁと少しだけ感心。ただのギャルじゃなかったんだなと評価を変えようとしたところで、『誤差100年くらいでできると思うけど』と続きを言われて却下却下。何だそれ!
ルクシアの20年ちょっとって誤差は中々凄かったんだなぁ。優秀な妹だなぁ……。
「いや幅広いな! せめて3日くらいで!」
『無理無理。今のアタシにとっては10年すら誤差なんだから』
「それもそうかぁ。他には?」
『……神相手になんて態度よってのは、今更よね。ま、アタシにできるのは後1つくらいかな』
「んじゃ、それで」
『……聞かなくて良いの? 後悔するかもよ?』
「なるようになるでしょ」
『んー、んー、コンスタンあたりに知られたら説明責任ガー神としての立場ガーとか色々言われそうだから、アンタが聞く気なくても一応言っとくわ。最後の選択肢を選ぶと、アンタは人じゃなくなるわ』
「人族じゃってこと? それくらいなら別に」
リリーは天族だし別に人間じゃないのは構わないよね? ある程度の異形種なら幻惑魔法でなんとかできなくもないし、形状変化の魔法もないことはない。
身体が変わろうが、人らしく見せることは可能なはずだ。
『違う違う。種族の問題じゃないのよ。加護レベルを7まで上げれば、アタシの現し身としての役割を持たせることができるようになる。まぁ簡単に言うと? 神の化身ってヤツになるの』
「あー……なるほど」
『そうすると、アタシの作ったアンタのコピー体に、アンタの魂を置くことになるって言えば伝わるかな? 500年くらいやってないから、ちゃんとできるかは不安だけど……まぁなるようになるでしょ!』
「なるかなぁ」
ううん、なるかな?
二つ返事でオッケーしちゃったけど、これ結構とんでもないことじゃない? プラスじゃなくて、マイナスの意味で。
ルゴスが500年前にしたことは、この世界の歴史書ならどこにでも書かれているようなことだ。
気まぐれに降りてきて、一つの大陸を消滅させた神として。
500年前ということは、恐らくそれがあったタイミングだ。ルゴスが最後に化身を作って現世に下りた時代。
その頃のことを聞けば、教えてもらえるかもしれない。けれどそれは、これからの僕には関係のないことで。
『なるんじゃない? まぁ前の子も普通に生きてたし? 化身って言っても直接干渉しないつもりだけど、最終的な肉体の権限は全部アタシ持ちになるから、それで良いんならね』
これを選ぶと、死んだ僕は生き返らない。
ルゴスがこの選択肢を最後に選んだのはそれが原因だ。生き返るでも転生するでもなく、新たな身体を得ることになるのだから。
それが僕のコピーなら、外見上は変わらないかもしれない。そこにあるのが僕の魂なら、それは僕であると言えるのかもしれない。
けれど、違うのだ。僕はエミリオ・ブランジェという人間の皮を被った、何かになってしまう。
『アンタは人でも神でもない存在になる。――ま、普段通り生きてて良いよ。気が向いたら何か言う心の中の隣人くらいに思っておいて。オッケー?』
「おっけーおっけー」
『そいや、前の子もこんなノリだったっけ。じゃ、アンタの身体、頂くわ』
その声を僕が認識できたところで、どこでもないこの世界は収縮する。
神のステージから元の世界に戻る時の、懐かしい感覚。これを二回も経験した人間など、そうは居ないであろう。シチュエーションがシチュエーションなので、自慢できることではないと思うが。
そうして、僕は目を覚ます。
対抗戦のあの日から、10日目の朝だった。




