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 やー、やばいやばい。これは本格的にまずいことになった。

 ちょっとミスったら私が命を落とす一撃必殺の急降下を、アンネリカは受け止めたのだ。

 仮に物理的に私を止めたところで、音速の数倍で飛ばされた私は相当な衝撃波を生み出したはず。陥没した床がその証明だ。姿勢制御と着地で精一杯だった私は当たった瞬間を見ていないが、障壁で受け止めようとしたオスヴァルトに対し、アンネリカは私に何らかの魔法を当ててきた。


 その魔法がどう作用したか私には全く分からないが、現に今、倒れたままピクリとも動かないオスヴァルトとは違い、アンネリカは普通に立ってこちらを睨みつけている。

 高速で落ちる質量弾は、容易なことでは止められない。私は止められはしなかったし、オスヴァルトが倒れている以上失敗したわけでもない。


「で、まだ手があるとでも?」


「んん? それ、テメェが言うのか? 何ならもう一度落ちてこい。止めてやっから」


「へぇ……」


「ちなみにこの粉吸わせてえみたいだが、諦めろ。麻薬魔法だろ? こんな粒子がデカけりゃ、どうとでも止められる」


「そですか」


 ううん、ううん、手詰まりかも?

 なんか結構無事っぽいけど、どうだろ、もう一度やる? ただ三半規管滅茶苦茶になるし着地の衝撃殺すのに大量の魔力使うしで実はかなりリスキーな攻撃なんだよね、これ。

 割と膝がガタ付いてるし。いやほんと怖かったぁー。

 麻薬を撒いて床に堆積させ、私が空から急降下することで障壁をぶち壊し、最後にリリーが床の麻薬を巻き上げ相手に吸わせるまでが一連の流れだが、どうやらこの我儘娘はどちらも止めることができるみたい。痩せ我慢だと嬉しいけど、現にこの麻薬と塵によってできた霧の中普通に喋れてるんだよね。もう一度止められるのは仮に嘘だとしても、麻薬魔法が通らないのは嘘ではないっぽい。


 まぁ、だからと言って諦めるつもりはないんだけど。


『リリー、失敗しちゃった。プランYで仕切り直すよ』


『う、うん。大丈夫?』


『まぁなんとか?』


 《ナルコティクスオープン》、そう頭の中で唱える。使うのは、二つ目の麻薬魔法。

 使用と同時に、私にしか見えない障壁にタイマーがセットされる。残り時間は、3分だけ。


 じゃ、自力で戦うとしますか。





 私は体属性魔法の適正が低いわけではないが、先生ほど障壁魔法が上手くないし、肉弾戦で戦う技術はない。

 故に、基本的には後衛タイプだ。リリーも後衛で、私も後衛。普通に戦うにはバランスが悪い。

 けれどお互いの動きは覚えているから不都合はない。後衛と後衛でも、戦えるのだ。


「あぁ見えた。やっぱ腕だ」


 落下から時間が経っても、まだ空気中には大量の塵や麻薬の粉が漂っている。故に、目でしか視界を得られない私にも、塵を掻き分ける不可視の腕が見えるのだ。

 大まかな動作はアンネリカの腕と連動しているが、手首から先は別駆動の模様。


 リリーは私の後ろから高速の砂粒弾を飛ばし、私は障壁や光属性魔法で不可視の腕を逸らしながら、ギリギリで回避し続ける。

 確かにこれまでと同じ不可視の腕のようだがサイズも速度もキレがなく、なんとか私が回避できる程度だ。

 アンネリカの表情を見るに手を抜いているとはとても思えないし、そもそも手を抜いて戦いを長引かせるような性格はしてないはず。

 ならばどうして? もしこれが全力なら、私より圧倒的に強い存在とは到底思えない。


 術式解析で不可視の腕を見ても、先程までと然程変わっていないように思える。疲労か、魔力不足か、それとも他の外的要因か。


『なんか、変だよね』


『ねー』


『たぶんアンネリカさん、肺あたりの骨が折れてるかも?』


『え、何でそこまで分かるのすっご。流石せんせの天使ちゃん』


『イルマちゃん!? こんな時に何言ってるの!!』


 離れた相手に声を使わず言葉を交わすのは、然程難しい技術ではない。体属性聴覚系統の適正があれば子供でもできるし、別の他の属性魔法でも似たようなことはできる。

 こんなことを喋る余裕が出てきたのも、1対2の戦いが1分ほど続いてからだ。アンネリカの動きが、明らかに悪いことに気付いたから。魔法の動作も遅いし、一撃の威力もかなり落ちてきている。

 一番最初にフィールドの床を抉ったような威力の攻撃をされたら簡単には止められないのに、それをしてくる気配はない。不可視の腕を逸らして床に当てるとガリッと大きく削れるので、現象としては同じように見える。


 リリーの言うことが事実なら、私の特攻は確かにアンネリカに致命傷を与えたのかもしれない。いくらなんでも、あれを無傷で耐えられたはずがないのだ。うんうん。

 もしクッションのような物で私が止められたならフィールドにこんな被害が出ることもなかったし、オスヴァルトが倒れることもなかった。つまり、二人に当たってはいたはずなのだ。


『もしかしてこの腕の魔法、二人で使う前提だったのかな?』


『私もそれ思ってたー。オスヴァルトは魔力タンク的な役割だったのかなーって』


『腕の再現が大雑把になってるから、構成にも関わってたのかな……?』


『……なるほどなぁ。あと1分ちょっとしかないし、試してみよっか。A何発か打ってみて。私に当たんないように』


『うん』


 手の内が分からない以上、相手の出方を伺うために、二人とも出力を控えて魔法を使っていた。

 私の脳の回転速度を上げている麻薬魔法のタイムリミットが着実に近づいている以上、あまり余裕があるわけではない。試せるときに、試さなければ。


 ギリギリ飛んでいることが分かっていたリリーによる砂粒弾が、私の視界に映らなくなった。

 その代わりに小さく何かが弾ける音が断続的に聞こえるが、それは当たったときではなく、加速した瞬間に鳴る音だ。先生曰く、音速を超えた時に鳴る音だとか。


 私はアンネリカの表情を、瞳をじっと見る。術式解析を起動したまま、彼女の動きを全て視界に納める。

 彼女は障壁のようなものを自動展開しているが、それは一般的な障壁ではないから。


 あ、焦ってる。

 リリーの砂粒弾の速度が急に上がったところで、アンネリカは明らかにどこを防御すればいいか分からなくなっている。被弾してからどこに当たったか認識している目の動きだ。

 ならば、話は簡単。


『リリー、右半身狙いで連打!』


『うん!』


 あぁ、削れてる。やはりそうだ。

 素早く大量に放てる低威力の光属性魔法を連打しながら、アンネリカの障壁を見る。

 彼女の体を覆っているのは、やはり不可視の腕と同じものだ。


 不可視の腕の構成は、あまり単純とは言いがたい。どの位置に当たるかによって砂粒の動きが違っているからだ。手首から先で止められると砂粒は運動エネルギーを失って下に落ちるかどこかへ飛んでいき、手首より下に当たると粉々に砕け散る。

 恐らく、部位によって役割が違う魔法だ。今は明らかに、そのどちらの出力も低い。


 障壁も同じ構造だが、2パターンの反応を有している腕と同じで、障壁もどの位置がどの反応を示すかわからなかった。けれど、彼女がリリーの高速砂粒弾の対応に追われている今なら、分かってくる。


「《コンバージング・ライト》」


 三つ目の思考の中でずっと詠唱を続けていた必殺の魔法を、ようやく発動させる。

 麻薬魔法の効果で、スキルでは二つしか生み出せない分割思考を、更に一つ増やしていたのだ。そしてそれで、今の今までずっと詠唱を続けていた。

 いくら三つの思考があるとはいえ、思考速度まで三倍になるわけではない。処理速度を上げはしても、並行して思考する以上、私の脳には限界があるのだ。

 三重思考の状態で《コンバージング・ライト》の詠唱すると、最速でも2分22秒かかる。それは平時の2倍近い時間だ。

 けれど、リミットである3分には間に合う。だから私は、最初から使うつもりで、《コンバージング・ライト》の詠唱を始めていた。


 数千本の光が、私の手から放たれる。

 今度は外さない。リリーにとってのレビテーションは、私にとっての光属性魔法なのだ。得意なそれで、何度も失敗したくない。リリーの力だけで勝つわけではない。

 私にも、プライドはあるのだ。貴族みたいな生き様を示したプライドではない。平民には平民の、恋する乙女には恋する乙女としてのプライドがあるのだ。


 全方位に拡散したレーザー光は一定の規則を持って収束し、全てがアンネリカの元に降り注ぐ。

 それは彼女の展開する障壁に片っ端から消されていくが、触れるそばから消されても、1万本を越えるレーザーが無くなる事はない。


 私の残存魔力を全て利用した《コンバージング・ライト》によって、やがてアンネリカの障壁も消失し、彼女の体に無数の穴を空ける。


 ――うん、倒せた。

 死んでも生き返るこんな場面でなければ、対人に使えないような全力の魔法。

 途中で魔法を止めたが、それでもその場には、落下の衝撃を直で喰らいピクリとも動かなくなったオスヴァルトと、直径1cmほどの穴を全身数百箇所に空けられたアンネリカの、二つの死体が残るのであった。

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