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“100回に1回も通用しないような姑息な手で、偶然フェリクスに勝利しただけの平民”
オスヴァルトさんは、エミリオ君のことをそう表現した。
それは誤りか?
いいや、私はそうとは思わない。
エミリオ君ことを表しているのなら、それは正しい表現で、正しい評価だと私は思う。
彼は、100回に1回も通用しないような手段でも、1回目にそれを引き当てる人なのだ。
偶然ではない。以後99回失敗する手段でも、1回目ならそれを引くことができるというのは、運などではないのだ。それを引くために、努力を重ね、危険を顧みない行動に出れるから、1回目に引けるのだ。
だから、オスヴァルトさんの表現は、正当な評価だと私は思っている。彼のことを何も知らない癖に、言っていることが間違っているわけではない。人からそう見えるのは当たり前だ。エミリオ君はオスヴァルトさんやベネディクトゥスさんのように才能に溢れた人ではなく、誰よりも沢山のことを知ろうとして、誰よりも努力しているだけの普通の人だから。
私は、どうだろう。才能はあるのか? 努力はしてきたのか?
分からない。努力を他人と比べることなどできないと、誰よりも努力している彼は言っていた。人は皆自分なりに努力をしているのだから、それを比べるのはおこがましいということだ。
ならば私の努力もまた、自分なりの努力だ。彼と出会うまで惰性で生きてきた私にとって、彼と出会ってから今の私になったと言っても過言ではない。
彼と出会ってから、彼と共に歩めるように努力をしたのだ。これは誰の努力とも違い、私だけの努力であり、それは他人と比べることができるものではない。
才能があるのか? 確かに私は、ヒト種の持っていないスキルを使うことができる。それは種族的なものであり、他の種族が真似できるものではない。
しかし、同じ挙動をする魔法は存在する。それを使いこなす魔法使いなら、私よりも上手く空を飛べるかもしれない。
もう会えない身内と比べることなどできないので、ヒト種が大多数を占めるこの学校において、飛行の一芸で才能があると言っていいのかは分からない。だから、才能というものを考えるのはやめた。
故に、私は自信を持ってこう言える。
私は、努力をしてきただけの、凡才だと。
今私は空を舞い、イルマちゃんと共にエミリオ君に教わった麻薬魔法を使っている。これだけでもフィールド全体を覆ってしまえば、構成体や中和方法を知らない人なら、いつかこの毒を吸ってしまう。
私の麻薬系統の適正はあまり高いとは言えない。というより、毒属性の適正が高い人が極端に少ないのだが、それは他の属性と比べて有用性が低い属性を、魔法使いは次代に継承しないからだとシスターさんが語っていた。
麻薬魔法は、何でもできる。ただし、同じことを他の魔法でも行えるから、優先度は下がってしまう。
薬を作らなくとも、治癒魔法を使えば病気や怪我を癒すことはできる。
毒を作らなくとも、攻撃魔法を当てれば危害を加えることはできる。
そのような属性は極めても一定のライン以上まで強くなれないことが多く、好んで育てようとする者も、好んで子供に継がせようとする者も少ないんだとか。
ならばエミリオ君は、どうしてそれを使うのだろう。適正が高かったからと言っていたが、本当にそれだけなのだろうか?
私には、分からないことが多い。イルマちゃんみたいに頭が良いわけでもないので、教えてもらわないことには分からない。
いつか、それを聞ける日も来るのだろう。だから私は、彼が言わないことを聞こうとはしない。
そうだ。
私は、彼の声を聞きたい。彼の体温を感じたい。もっと一緒に居たい。今すぐ彼に会いたい。
そうだ。
こんなところで、時間を潰している場合ではない。
『イルマちゃん、そろそろ来るよ』
『あー、思ったより早かったね……』
オスヴァルトさん達は、地上から動かず私達を迎撃しようとしている。
重力操作か何かの魔法で自分達に降りかかる麻薬の粉末を吸わないようにし、それと同じような魔法で私達を狙ってきていた。
飛んでくる巨大な腕のような何かは大した速度ではないし、目の見えていない私にとっては可視も不可視も関係ないので、回避は容易だ。けれど、学校でも相当優秀な方に入る生徒が二人も居て、その程度で済むはずがない。
彼らは静かに、私達を一撃で倒せる魔法を準備していたのだ。
私には、聞こえる。100mほど下に居るオスヴァルトさんが、「やるぞ」と言ったのが。
この聴覚は、魔法などではない。以前はそこまで遠くの音を聞くことはできなかったので、ここまで聴覚範囲が広がったのはここ最近のことだ。
理由は分からないが、不便ではないので気にしない。遠くの音だけではなく、たまに他の人には聞こえない音域の音が声として聞こえることもあるが、何を言っているか分からなくとも敵意を感じる声ではないので気にしないし、そのことは誰にも言っていない。
ピリリと肌に突き刺さる感覚。あぁ、これは最初のアレだ。
地上がいきなり抉れた魔法を食らいそうになって、慌ててイルマちゃんごと空に浮かび上がった時も、これと同じ感覚があった。
魔力を肌で感じる種族である私は、自身に向けられた魔法を、人よりほんの少しだけ早く認識することができる。この肌に突き刺さる感覚も、それと同じもので。
だから、確信した。地上を抉ったあの魔法は、時間を掛ければ空にも飛ばせるのだと。
『じゃあ……頑張ってね』
『ちょっと手加減してくれると……』
『したら、意味ないでしょ?』
『ま、そうね。よろしく! おもっきりやっちゃって!』
『うん!』
レビテーションスキルを操作。エミリオ君に決めてもらった速度区分はS、それは私以外の物を動かせる最高速度だ。風魔法によるコーティングで、対象を空力加熱から、空気の摩擦から守る。
そして、――射出した。
『ひ』
一瞬だけイルマちゃんの声が聞こえたが、それは後に聞こえた爆音によってかき消された。
0から100へ、加速という段階を踏まない最高速の射出。
風魔法のコーティング無しで何かを射出すれば1秒も掛からず燃え尽きてしまう速度であり、威力が高すぎるので常用はしないようにと言われている速度。
私も、そこまで速度を高めると精密なコントロールができるとは言い難い。故に、飛ばされる対象自身が方向調整等を行い、着地をしないといけない。
砂粒の代わりに飛んで行ったのは、質量弾となったイルマちゃんだ。
いや、飛んで行ったというのは間違いかもしれない。速度Sの最高速だと0,1秒もあれば100m先に到達できるので、放たれた瞬間には当たっている。
何度か二人で実験をしたが、イルマちゃん曰く「障壁全開で貼ればギリギリ意識飛ばないレベル」と言われてしまった。私一人で空を飛ぶときは、もっと速く飛べるんだけど……。
これが、私達の必殺技だ。
私がレビテーションスキルを用いてイルマちゃんを高速で射出し、対象に直接ぶつける荒業。これを技と言っても良いのか分からないが、普通は止められないので必殺技ということにしている。
『まだ!』
あぁ良かった、生きていた。イルマちゃんの声が聞こえて、ようやくホッと一息つけた。
けれどまだ終わっていない。この必殺技は、これで終わりではないのだ。
イルマちゃんとほぼ同じ速度で真下に向かって急降下。自分を動かすのは慣れたもので、意識しなくても着地に失敗することはない。
全力でぶつけるだけのイルマちゃんとは大違いに綺麗な着地をできるが、今はそれをする時ではない。
魔力を操作し、地に手が届くと同時に風魔法を使用。
イルマちゃんの落下の衝撃により先程より5mほど低くなった床に手を触れ、突風を生み出した。
空間に漂っていた塵や埃、床に堆積していた麻薬の粉末が、一気に舞い上がり、高密度の麻薬粉が周囲を覆い尽くす。
危ない危ない。吸うところだった。さっきまで中和はイルマちゃんに任せきりだったので、障壁の展開を忘れていたのだ。慌てて麻薬の中和障壁を展開し、様々な音の中からイルマちゃんを探す。
――居た。頭から垂直落下したせいか、髪の毛がぼさぼさになっている彼女を発見。なんとか着地は出来たようだ。射出するだけで着地させることを考慮していない攻撃ではあったが、イルマちゃんなら上手くやると信じていた。
「やっぱ、アンタは無事でしたか」
イルマちゃんは、フィールドの破片や麻薬や埃、様々な塵が空を舞う中そう言った。
音にノイズが激しく、聞きなれたイルマちゃん以外の音を拾うことができない。熱魔法による視覚を使おうにも、破壊の衝撃から高熱を持った塵に遮られ、見ることができない。
「あったりまえだろ。兄貴と一緒にすんじゃねえよ、雑魚が」
イルマちゃんに返す声が聞こえる。聞いたことない声で、女性の割りには荒々しい。言っていることは悪くても綺麗な言葉遣いだったオスヴァルトさんとは真逆、女性らしい高めの声なのに、言葉から女性らしさを感じない。
アンネリカ・リューブラントさんが一人、まだ両の足で立っていた。




