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6

 オスヴァルド・リューブラントとアンネリカ・リューブラント。

 この二人の名前は、学校に入る前から知っていた。向こうが覚えているかは分からないが、一度だけ会ったこともある。

 あの頃は、まだ私の方が強かった。師匠と共に諸国を渡り歩いていた頃、彼らの国に立ち寄る機会があり、私の師匠は三日間だけ彼らの師匠として魔法を教えたのだ。


「お久しぶりですね、鼻垂れ小僧と我儘娘」


 私の記憶力は良い方だ。故に、10年以上前に知り合った彼らを、私がなんと呼んだかまで覚えている。

 いつも泣いてばかりだったオスヴァルト。いつも無茶な要求をして師匠や従者を困らせていたアンネリカの二人は、あの頃は本当にただの子供だったのだ。

 それが今や何だ。かたや学校一のイケメンと言われ、教師からも生徒からも評価が高いオスヴァルト。かたやクールビューティーなんて呼ばれ、ほとんど喋らないし誰とも絡まない癖に、その美貌から男子の視線を集めるアンネリカ。

 皆は知らなくとも、私は知っている。10年以上前の彼らのことを。


「懐かしい響きだね。そうか君は、あの時エリク・オブランと一緒に居た女の子か」


「…………チッ」


 男にしては長い金色の髪を払い、優雅にそう言うオスヴァルト。対照的に舌打ちをしただけのアンネリカ。

 私は知っている。オスヴァルトの内面は弱気なナルシストだし、アンネリカが喋らないのは口が悪すぎるから喋らないようにしているだけなのだ。


「あの頃と同じように見てもらっては、困るよ?」


「そうですねー、そっちは今や学内二位らしいですし? 私では遠く及ばない存在になってしまわれて」


 およよよと、私らしくない演技をする。

 もう対抗戦は始まっているが、私とオスヴァルトは軽口を飛ばしあう。何も知らないリリーは私の後ろでキョトンとしているが、賢い子だから察してくれるだろう。


「そう。――君の成績は知らないが、棄権した方が良いと思うよ?」


「まさか、そう言われてはい分かりましたと返すとでも?」


「僕も後味が悪いんだ。生き返るとはいえ、死にたくはないだろう」


「そうですねぇ、生き返るとはいえ、人を殺すのは気持ち良いことではないですから」


 経験者は語る。私の殺しの経験は人生で一人だけだが、それでも分かった。それが楽しいことでもなければ、爽快なことでもないのだと。

 あの時の死に顔は、今でも覚えている。そして、それを最後に見たのは私であり、それは脳内に焼き付いて今でも忘れられない。


「…………」


 私の軽口に、オスヴァルトは無言で返した。はっきりと、蔑むような目を向けて。

 人の命は皆平等だ、大切だなどと説くつもりはないだろう。それでも彼は、はっきり私に嫌悪感を向けてきた。

 よし、これで悪役だ。せんせのように、私がそう見られても構わない。平常心を失えば、普段通りの魔法行使はできなくなるから。


「……君達の代表は、フェリクスに勝ったようだが、私からするとみっともない勝利だよ。あんな綱渡り、もう一度やれば絶対彼には勝てないだろう」


「へぇ、そうなんですね。ですが普通、人は一回死んだら終わりですよ?」


「それは君の代表も同じことだ。あれで生きているのが、理解できないよ。汚らしい魔法使いめ」


「……は?」


 今、こいつはなんと言った?

 汚らしいと、言ったのか?


「あれが、平民ということは知っているよ。100回に1回も通用しないような姑息な手で、偶然フェリクスに勝利しただけの平民だとね」


「……いやアンタ」


 あ、駄目だ。相手を煽る作戦が、煽り返されては意味がない。平常心を失わせる作戦が、逆手に取られてしまう。

 駄目だ駄目だ、落ち着かせろ。


「人の想い人に、何言ってくれてんですか?」


 うん、大丈夫。爆発寸前なところで察したリリーが私の手を握ってくれて、ちょっとだけ正気を保てた。

 けれど、もうお喋りはおしまいだ。


「そうか。君の生まれは知らないが、まぁお似合いだとは思うよ」


「うっせ、死ね」


 お似合い? 当たり前だ。私を選んでくれた人だ。

 けれどそんなの今はどうでもいい。私は、こいつを絶対に許さない。ただの勝利では足らない。絶対、謝らせてやる。

 好きな人を侮辱されたのだ。我慢する場面ではないだろう。ここは、怒って良いところだ。


『やるよ、リリー。プランはFで』


『うん』


 繋いだ手から魔力を介して、リリーに告げる。

 言葉には出さないが、リリーもまた怒っている。一緒に暮らしてきた私には、分かるのだ。


 レビテーション。それは自身を浮かせるスキル。

 それは天族が持つもので、同じ動作をする魔法と比べると、詠唱も要らず魔力もほとんど要らず、レベル次第では自分以外のものを浮かせることもできる固有スキル。

 彼女は、それを相当高レベルで所持している。故に、ある程度は無茶もできるのだ。


 目にもとまらぬ速度で、手を繋いだままの私達はフィールドの端まで移動する。私の視覚すら一瞬ブラックアウトする速度で。

 出来ることなら1kmくらい離れたいが、舞台はそこまで広くない。だから、この場所が敵から最も遠い位置。


「《コンバージング・ライト》」


 私は一つの魔法を使う。

 格下でも、同格でもない。格上を倒すための魔法を。


 今の私では、どれだけ短縮しても機能を維持させるためには1分16秒もの詠唱時間が必要だ。それは全て、オスヴァルトと雑談しながら頭の中で行った。

 分割思考のスキルは、麻薬魔法の得意な彼に教わった。麻薬魔法による思考速度のブーストがあって始めてコントロールできるようになる多重思考スキルほどの精度はないが、思考を二つに分割するまでは今の私でも行える。あまり長時間持つものではないが、雑談の影で詠唱するくらいはなんとかできる。


 私の使った《コンバージング・ライト》は、細いレーザーを無数に生み出す魔法だ。

 前に突き出した私の手から数千、数万本のレーザーが放たれ、四方八方に飛んでいく。

 それは対象の周辺で急激に収束することで同時にヒットし、障壁ごと対象を穴だらけにするもの。


 音もなく、数万本のレーザーが飛んでいく。

 リリーは私の手を握ったまま、反撃に備える。

 レーザーとはいえ、人の目には映らない不可視の光だ。魔力の流れを追えばどこにあるか大体の推測はできようが、それが数本ではなく数千、数万ともなると、まともな頭では追いきることはできない。


 ――はずだった。


 ズン、と鈍い音が鳴り、床が揺れた。

 私には、そう感じたのだ。ただ揺れただけだと。


 けれどリリーは私の手を握ったまま空へと舞い上がる。

 フィールドの結界スレスレ、高度100m近くにまで瞬く間に上昇をしたところで、私は下を見て、ようやく何が起きたのか知った。


 フィールドの床全体が、クレーターのように陥没している。一番深い中央あたりで、3m程度だろうか。

 オスヴァルトとアンネリカの二人が立つ半径1m程度を除く全てが、抉れたかのように窪んでいたのだ。


 勿論、私の使った《コンバージング・ライト》は跡形もなく消滅している。いや、もしかしたら何かに当たったのかもしれないが、それが二人に当たったとは到底思えない。

 恐らく、床を抉った何かに当たったのだ。


『リリー、分かった?』


 どうやら二人は、空中に逃げた私達を追撃するつもりはないらしい。

 一瞬で垂直上昇をしたから見失った可能性が0でもないが、フィールドのどこにも居ない時点で、そもそも何らかの攻撃を避けた時点で、逃げた先が空であることくらい予想がついたと思う。


『なんか低い音がしたと思ったら、床がなくなった感じかな……』


『あー、音が先?』


『うん。それは絶対』


『おっけ、見当付いた』


 うん、リリーの感覚は正しい。特に、音に対する感覚は絶対だ。

 床が抉れたから音が鳴ったのではない。音が鳴って、床が抉れたのだ。

 ならば、ある程度は予想を立てられる。私の扱える中で最も火力の高い魔法を一瞬で消されたところで、私は諦めるつもりなんてない。死なない限りは、勝てるのだ。


「《ナルコティクス・オープン》」


 私は、魔法を唱える。詠唱なんて要らない、たった一言だけの魔法を。


 大好きな彼の愛用する麻薬魔法は、別に彼にしか使えないものではない。適正があれば、誰にでも使えるものだ。

 ただ数百にも上る構成体を全て記憶し、それらの配分による効果を理解していないとまともに扱えないので、一般的に薬師以外が使おうとするものではない。けれど私は、数年間彼と共に暮らしてきて、彼から直接教わったのだ。


「《クラウド・クラスター》」


 分割思考によって、二つの魔法を同時に扱う。


 それは、大量の雲を生み出すだけの魔法。ただし、その雲に麻薬成分を目一杯載せて。

 私達の足元から生まれた雲は渦を巻きながら急速に地上に向かって伸びていく。

 雲に触れただけではなんの問題もないが、それを吸ったら麻薬が体内を駆け回る。抵抗があろうが指一本動かすこともできなくなるほどの毒を雲に載せ、私はそれに魔力を注ぐ。


 急降下する雲が、地上3mほどに近づいたあたりだろうか。

 雲が壁にでもぶつかったかのように止まり、そして霧散した。


『重力制御、だね』


 じっと下を見ていたリリーは、そう言った。

 私にも分かった。分かりやすくするように、雲を生み出したからだ。

 雲の成分は、そのほとんどが水分である。人の目には映らないほどの、小さな水の集合体。

 私はそれにあえて大き目の氷粒や麻薬魔法による麻薬の粉末、空気中の塵を含ませて、自然現象ではありえない不規則な雲を作り上げた。


 例えば、風魔法によってそれを払ったらどうなるか? それは、軽いものから順に飛んでいく。

 雲が障壁のような何かに接触をしたなら、上から降っていく以上、順々に当たって処理をされていくはず。

 しかし、今の雲の消え方は違った。地上3mあたりで静止して、その全てが同時に消え去った、いや、周囲に弾け飛んだのだ。

 雲を構成する物体の大きさが違えば空気抵抗も違うし、重量も違う。それらを全てまとめて動かせる魔法は、重力制御に関する魔法しかないはずだ。


 あぁ、あぁ、ならば簡単だ。簡単な話だ。


『リリー、プランNで』


『うん。分かったよ、イルマちゃん』


「「《ナルコティクス・オープン》」」


 空を飛んだまま、私達二人は麻薬魔法を使う。

 私達が完全に理解している構成体のパターンは、3種類しかない。それだけしか覚えられないのではなく、それ以外は私達に必要がなかったから。


 麻薬魔法による最小単位の粒子は、視界に入るほどの大きさにはならない。一箇所に大量に集めれば粉と認識することはできるが、そんなことはしない。

 見えない小さな粒子を、空から撒き続ける。魔力が続く限り、それは無限に増え続け。


『リリー、来たよ』


『ん』


 下から、何かが飛んできた。

 それは目には映らず、麻薬の粒子を掻き分けて飛んできていることしか分からない私にとって、“何か”と言うしかない。

 地上から、高速で不可視の何かが飛んでくる。私達に向かって、明らかに狙いを定めて。


『腕、かな』


 私達に向かってくる何かを見ているリリーは、慌てることなくいつものテンションでそう言った。リリーなら、飛んでくる物がどんな形をしているか、空気の流れと、それを聞き取る耳によって分かるのだ。

 リリーにとって、不可視というのは、目に見えないというのは、当たり前のことなのだ。そもそも目が見えていないのだから、可視光線に映っているかなど全く関係がない。


 不可視の腕が飛んでくる速度は、相当速い。しかし、リリーのレビテーションよりかは遅い。

 リリーが麻薬を散布しながらも高速で飛翔し、不可視の腕を回避する。


 役割分担だ。分割思考によって二つの魔法を同時に使える私達は、麻薬魔法の使用と同時に、一人ずつの役割が決まっている。

 敵の攻撃を回避するのがリリーの役割で、広範囲に撒き散らす麻薬を中和し続けて自分達が中毒にならないようにするのが私の役割だ。


 麻薬の中和は難しいものではない。ただしそれは、薬の成分を読み解き、構成体の配分まで全て理解できる者にとっては難しくないという意味だ。

 私とリリーは麻薬魔法を3パターンだけ、構成と中和をできるようにしている。

 構成体を知らない者は、吸わないようにするしかない。ただしそれも難しいわけではないので、警戒していれば吸わないのは容易だ。特に、高位の魔法使いなら尚更で。

 麻薬魔法による攻撃とは、相手が全く警戒していないところに一発で決めるものであり、今のように正面切っての戦闘となっている時点で条件が良いとは言い難い。

 それでも私は、プランNを選んだ。様子見ではなく、確実に殺しに来たあの攻撃が重力系だった時点で、それなりに得意な魔法と知れたから。


『あの腕、外向きの力が働いてるみたい』


 私の焦点が定まらないほどの高速で飛翔しながら、リリーはそんなことを言う。

 これが口と耳を使った会話なら、私では口を開くことも、音を聞き取ることすらできない速度だ。この速度で動かないと腕を回避できないということなので文句は言わないが、いまいち集中できない。これでも最高速度ではないというのだから、リリーのレビテーションの底が見えてこない。


『触れた物と遠ざけてるってこと?』


『ん、重力操作か運動制御か分からないけど……イルマちゃん的にはどっちだと思う?』


『んー、なんとなくさっきのクレーターと同じ気がする。術式解析で見てるけどさっきから2パターンしか魔法が見えてないから、使える物を使ってきてないとも思えないし』


『2つだけ?』


『うん、飛んできてる腕と、下で動いてる何かの2種類だけ。たぶん下のは魔力の委譲術式かな? 似たような見たことあるし。腕と同じ術式がもう1つ下で控えてるみたいだから、地上対策か麻薬散らすかどっちかしてるのかな。それはリリーのが分かるかも?』


『形は違うみたいだけど、確かに似てるかも……』


 私に見えるのは、魔法を構成している魔力循環式であり、リリーに聞こえているのは風を切り裂く音だ。お互いが単純な視覚ではない情報で見ているから、多少の齟齬は生まれてしまう。


 地上に居る二人が手抜きをしているわけではないのなら、私達への攻撃が有効とは言いがたい。そもそも私とリリーは地上から100mほど離れたところに居るから、今のような放射系魔法が着弾するまでに相当時間がかかってしまうし、地点攻撃魔法を当てようにも、レビテーションによる移動は、人が目で捉えられる速度を超えている。フィールドが広くなればなるほど、リリーを捉えられる者は少なくなるのだ。

 何も持たず一人だけで、助走もつけて最高速度を出すと、音速を超えるらしい。リリーの移動は、人に知覚できる速度などではないのだ。


 だから、地上に居る二人が手を抜いているのでなければ、空を飛ぶ相手への対策ができていないわけではない。ただ浮かんでいる、ただ飛んでいるだけならば、彼らは数秒で落とすことができるのだろう。

 リリーはただ浮いているだけでもただ飛んでいるだけでもないのだから、その常識から外れているのだ。


 ただ別に、飛んでいる限り無敵というわけでもない。

 最初にフィールドを抉りクレーターを作ったあの魔法を、このフィールドの最頂点から行えば良い。地上だけとはいえフィールド全域をカバーする範囲なのだから、それを空でもやられたら私達に回避する手段はない。

 今それをやらないのは、術式を組み直しているか、もう完成し詠唱しており、私達の隙を探しているだけかもしれないのだ。


 いくらなんでも、何も出来ずにただ指を咥えて空を見上げているはずはない。そんな人間が、学内でナンバーツーと呼ばれているはずはないからだ。


『それはそうとして、許さないけど』


『私も、だよ』


 うん、リリーも同じ意見だ。

 この私達が、好きな人を侮辱されてただで済むはずがないのだ。

 リリーは煽り返された私のように直接口に出すことはなかったが、それでも静かに怒っていた。


 絶対に、負けてやるものか。

 彼に教えてもらったこの魔法で、私は彼らを叩きのめす。

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