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僕らは、あっという間の一ヶ月を過ごした。
それもそのはず、僕ら三人は、対抗戦に向けた特別メニュー等を行うことなく、普段通りに過ごしていたから。
ベネディクトゥスとダヴィアという相性最悪の二人の手綱を握るジルカは毎日大変そうだったが、僕らにできることはそこまで多くなかった。
手札はもう揃っているのだから、今回限りで実力者に通用するかも分からない一発限りの小技を覚えるより、単純に実力を付けるのが重要と思ったからだ。
シスターにも監督をお願いしたが、ほとんど見てくれることはなかった。
入学前はともかく、入学してしまえば僕らは数多く居る生徒の中の一人でしかない。教頭という立場があるシスターが一クラスに肩入れするのは良くないからだと、僕らも理解していた。
入学までの短い期間とはいえ、師匠として僕らの指導をしてくれたシスターに突っぱねられたのは、少し寂しくはあったが。
対抗戦の構成を伝えた時、「あなたなら、もしかしたらフェリクス様と良い勝負ができる可能性がなくはないかもしれません」と言われたのは中々ダメージが大きかった。
結局、対抗戦の当日を迎えてしまった。1学年3クラスしかない学校なのでトーナメント形式ではなく総当たり戦を行い、勝率が最も高い代表クラスが1学年上のクラス対抗戦に参加し、1クラスになるまでそれを繰り返す。
仮に全勝をした場合は全学年と戦う必要がある為、1年生の対抗戦が最も早く組まれるのだ。
学内で最後まで勝ち残ったクラスは学校代表として他校との代表戦に参加するらしいが、1年でそこまで残ったクラスは過去に例がないとか。
「結局、ここまで来ちゃったかぁ」
「来ちゃいましたねぇ、せんせ、今言うのも何ですけど、本当にごめんなさい。せんせのこと、忘れませんから」
イルマはテヘペロとでも言うべきなのか、全く謝る気がなさそうな表情でそんなことを言う。
「僕が死にに行くみたいな言い方やめてくれない!?」
「リリーと二人で幸せに暮らしますから」
「僕も混ぜてよ!」
「骨は拾って散骨しますね」
「せめて埋めてくれない……?」
「とまぁ冗談はさておき」
「あ、冗談だったんだ……」
良かった良かった。捨てられるのは悲しいよ!せめて肌身離さず持ち歩いて欲しいよ!
「筆記、地味ですね!」
「……地味だねぇ」
今はクラス対抗戦、筆記部門だ。
行われているのは定期試験と同じような筆記試験。ただし一人一人の得点ではなく、代表3人の合計得点を競われるというルールで、出題される問題は一人一人違う。
試験とは違う大きなポイントとして、誰がどの問題と解いても構わない、というところがある。
つまり、自分は苦手だが他のクラスメイトが得意という問題をクラスメイトに渡すことができるのだ。
その為単純な学力ではなく、自分以外の代表2人の得意科目を把握し、解答速度が最も早い者に渡す、という戦略が必要になってくる。
制限時間内には確実に解けないほど大量の問題数なので、分業の速度も問われる部門だ。
そう、それはつまり――
「めっっっちゃ、地味だよね……」
とにかく、絵面が地味なのだ。実際試験を解いている生徒からすると気が気じゃないかもしれないが、傍から見てる僕らからしたらもうただ只管に地味。三人横並びで机に向かって無言で筆記しているだけだ。
筆記部門は対戦相手との得点差によって勝利時の取得ポイントが変わり、最大で3ポイント獲得できる。
それは、1勝1ポイントの実技部門と同等のポイントが入手できるということにもなり、実技筆記共に優秀な生徒が居るクラスは、実技を捨ててでも筆記を取りに行くこともあるらしい。
僕らCクラスはどうだろう。確かに入試では僕とリリー、イルマの3名は実技筆記共に満点合格をしたが、入学から7か月を経った今でも筆記の成績最優秀かと言われるとそうでもない。
Cクラスで入試を実技筆記共に満点合格していたのは僕ら3人しか居なかったが、現在の成績は違うのだ。毎月の定期テストの結果を見ると、最も下落が激しい僕なんて、平均より少し高い程度に落ち着いてしまっている。
それもそのはず。入試とは、自頭の試験ではない。試験範囲のみを徹底的に叩き込んだ結果の満点であり、それは僕が誰よりも賢いというわけではなく、あくまで、誰よりも試験対策をしたというだけに過ぎないのだ。
リリーとイルマは僕とは違い入学後も優秀で、クラスで5本の指に入るくらいまで定期テストで結果を出しており、少しだけ辛くなる。
ならば、半分が落ちる試験なのに他の生徒は入試対策をしていなかったと言われると、実際その通りなのだ。
魔法と言う分野においては、試験範囲はあまりにも広大で、過去問を見て対策しようにも数百年分の過去問が出てきてしまうし、分野によっては数百年前の学説がまだまだ現役だったりするので、どれも手を抜くわけにはいかない。
そうなると必然的に、過去問や出題範囲を予想して全部対策するのではなく、まんべんなく自分の学力を上げる、という方向性になる。そうすれば満点が取れないにせよ、合格ラインには辿り着くようになっているからだ。
僕らはその一般的な思考ではなく、とにかく満点を取ることのみに意識を置いて勉強したので、満点合格という結果を得ただけだ。
正直に言おう。僕は授業内容を完璧に理解できているとは言い難い。前世ではボタンを押しただけで発動できた魔法を根本から理解する必要が出てきて、ここまで来るとゲーム知識を活かせる場面も少ない。
僕は感覚派なのだ。それは大雑把に言ってしまえば、魔力の流れと魔法の構成がなんとなく分かっていればなんとなく魔法を使える、という具合に僕は魔法を使っている。
普段の詠唱が詠唱としての体裁を成していないのはそういうことだ。口に出す必要性を感じないから、思考の整理の為に口頭発声しているに過ぎない。
詠唱による補助を完全に必要とするのは門属性魔法のみであり、それ以外のほとんど全ての魔法はまともな詠唱になっていない。口に出す言葉が違っても、同じ魔法をイメージすれば同じ魔法が使えるのだ。
「あ、終わったみたいですね」
いつの間にか買ってきた乳白色のドリンク片手に、イルマは言った。
結界が解除され、中と外の空間が接続される。外から中を見ることはできるが、中からは外の様子を見ることも出来なければ音も通さない結界が貼られていたのだ。
そしてこれは、実技部門の僕らも同じ。試合中、外から助言を受けることも、外の反応を知ることもできない。
筆記部門の結果は、実技部門が終了されてから発表されるらしい。これは、もし筆記で完敗していた場合に実技部門の生徒がやる気を削がれないように、またその逆で、筆記で圧勝すれば実技部門の代表が手を抜く可能性もあるので、それの防止策だ。
自分たちの出番が来るまで、特に何をするでもなくぼーっと眺めていた僕ら三人であったが、ベネディクトゥス、ジルカ、そしてダヴィアの三人は違ったようだ。
「大丈夫かな……?」
筆記部門が終わるとほぼ同時に会場に現れたベネディクトゥス達を見て、リリーが小さくそう漏らした。
……うん、僕もそう思う。
「なんかお三方、始まる前から疲労してません?」
「何してたんだろなぁ……」
当日に至るまで普段と違う特別な訓練などしてこなかった僕らとは違い、ベネディクトゥス達3名は毎日遅くまで集まって特訓していたらしい。発起人は、まぁ大方ダヴィアだろう。
ベネディクトゥスと組むことをあれだけ拒否した彼女だが、やることになったならば勝つ為の手段を選ばない人間だ。どれだけ嫌いな人間だろうと、協力すれば勝率が上がるならそれをしない理由はない。
仲の悪い貴族間の険悪なムードが消えているとは言い難いが、ジルカは割と普段通りの表情をしているので、多少は成果があったのだろうか。
ジルカはこちらに気付いて手を挙げると、僕らの座る待合席に来ることなく、直接受付に向かう。
そうして、実技部門の対抗戦が始まる。
対抗戦の実技部門を行う会場は100mほどの円形フィールドであり、普段は屋外での実技科目で使われている場所だ。周囲には、生徒用の観戦席よりも数倍広い来賓席が作られている。
来賓席には学外から著名な魔法使いや貴族、果ては騎士や商人など、この世界において力を持つありとあらゆる職業の者が集まり、生徒を物色するのだ。
結界が貼られており、生徒から来賓席を見ることはできない。クラス代表として参加する生徒は勿論、観戦席からも会場を挟んで反対側の来賓席は見えない。
場合によっては命を狙われることもあるような人間が集まるのだ。彼らを守る為そのような結界を貼るのは間違ってはいない。故に代表生徒は、誰に見られているかも分からない状況で戦わなければならない。
誰に見られているかは分からない。しかし、誰かには見られているのだ。
代表生徒は、日ごろの成果を見せようと躍起になる。僕らのようにスポンサーを付けたい生徒より、自らの家柄の格を上げたいと思う貴族の方が多いだろう。
この学校に通っているような貴族のほとんどは、一生では使い切れないほどの財を持っており、基本的にはスポンサーなど必要としないからだ。
どちらにせよ、考えることは同じだ。
出来る限り目立って、出来る限り良いところを見せ、そして勝利する。
負けがほぼ確定している実技部門のソロに誰も出たがらなかったのは、フェリクスと当たってしまえば、良いところを見せることなど出来ないと思われるからだ。
逆に言えば王族であるフェリクスに勝つことさえできれば、いや勝つほどじゃないにせよ良い勝負ができれば、学外からの評価はとんでもなく上がることになる。
それは、悪い賭けではない。なぁに、悪知恵は働く方だ。
僕はイルマに軽く引かれるほど、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。




