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 その発言に、僕は凍りつく。屋敷では公然の秘密と化していたし、稀に女子に煽られるくらいで関係を気にされることはなかった。だから、こういう質問に対する反応が遅れてしまう。

 僕の手を握ったまま下を向き顔を真っ赤にするリリーと、対照的に僕の腕を胸の谷間に押し付けてドヤ顔をするイルマ。

 うん、確かにこれ見たらどっちがどうなのかわかんないよね。

 ……なんて説明すればいいんだろう? どちらが上とかあんまり考えることはないし、確かに僕はリリーにベタ惚れだけど、それはそうとしてイルマのことも好きだし、うーん?


「一応言っておくと、本妻はリリーなので」


 そんなことをイルマが口走ると、リリーは無言のまま僕の腕に顔を押し付け、周囲の視線を遮った。


「……あぁ、そういうことねゴメンゴメン、勘違いしてたわ」


 特に驚くでもなく、普通に納得するジルカ。うん? なんか反応が予想と違うな?

 フローレンツとベネディクトゥスの反応は若干違うが、まぁ二人は男の子だもんね。


「貴族様なら一夫多妻とか見慣れてるもんなんですかね?」


「え? いやそんなことないけど。ま、妾くらいどこの貴族も抱えてるからね」


「あー、妾! 私って、妾か!」


 突然大きな声を出すイルマにちょっとだけビックリする。発言が発言だし。

 ホント周囲に誰も居なくて良かったよ。なんだよこの会合。


「や、知らないけど……」


 ちょっと引いてるジルカ。うん、その反応が正しいよ。最近そういう正しい反応見ることなかったし。


「ってわけで、せんせは狙わないで下さいね」


「狙わないわよ!? アタシを何だと思ってるの!?」


 良いツッコミだよ! 僕もツッコミたいよ! 何を言ってるの!

 内心冷や汗を流しながら成り行きを見守る。なんか今は僕に発言権なさそうだし。


「そもそもアタシ、許嫁居たからね。そういう政略結婚みたいなめんどくさそうなのから逃げてここ来たんだけど」


「あ、そうなんです? そこの王様とかですか?」


「そうそう。まぁ帝国が負けちゃって御破算になっちゃったんだけどね」


「…………冗談のつもりだったんですけど」


「アタシとしても冗談であって欲しかったんだけどね……」


 ようやく息が整ってきたのかベンチに戻ってきたベネディクトゥスを見ながら、溜息を吐くジルカ。ベネディクトゥスが何も言わないということは、これは事実なのだ。

 ううん、貴族は難しいな。政治的なやり取りの末好きでもない相手と交流して結婚するとか、僕だったら絶対耐えられない。僕は好きなように生きたいのだ。


「どうもお父様は、アタシとベニーを結婚させて、戦争に乗じて王家を転覆、筆頭貴族の第一子なんてお誂え向きの子供を用意して、それを王に据える。そんな計画してたみたいだけどね。戦争に負けて、全部パーよ。もう帝国に、王は居ないんだから」


 ジルカはそう言うと、少しだけ寂しそうな目で空を見上げる。


「なんかそっちでは色々あったらしいですねー。私ら、試験範囲じゃないことはほとんど教えてもらってないんですけど」


 イルマは、あんまり興味なさそうに返した。うん、まぁしょうがないよね。イルマの言うとおり、僕らは現代の情勢をあまり知らない。必要最低限の時事ネタは屋敷でアルに教えられたりしていたが、大陸を数千キロ離れた帝国の戦争についての知識なんて、小話で聞いた程度だ。


「……つーかアンタら、三人とも筆記実技満点合格してんのよね? 誰に教えられてたの?」


「エルヴィール・カプレって先生にですけど……知ってます?」


「……は?」


 それまでは割と平静を保っていたジルカが、突然呆けた声を出す。

 ベネディクトゥスもその名前を知っていたのか、真顔でイルマの方を見る。


「なんかシスターっぽい人、一応ここの先生ですよ」


「…………いや一応って、それ教頭先生でしょ?」


「らしいですねー。ただの先生だと思ってたんですけど」


「コネ入学とかじゃないのよね?」


「まさかー。2年間みっちりしごかれましたよ……」


 遠い目をして空を見上げるイルマ。うん、本当に大変だったよね……。机に噛り付いて頭に大量の知識を流し込む作業を年単位で繰り返していると、最悪命を落とすレベルで打ち合う特訓が気分転換になるくらいだったからね……。

 あれはもう二度としたくない経験だけど、学生生活をする上で無駄な知識とは思えなかったので、忘れてなるものかと、今後に生かそうと心に決めたのだ。


「あー、あーーーー、なるほど、なるほどね。教頭の肝煎りってわけ。そりゃ、ベニー程度で勝てるわけないわ」


「…………それもそうだな」


 あれ、ベネディクトゥスがベニーって呼ばれて怒らない。というか、ちょっと落ち込んでるっぽい? 俯いて小さく溜息を吐いている姿は、これまでの立ち振る舞いとは大違いだ。


「あのシスター、帝国貴族にも有名だったりするの?」


 つい気になったので聞いてしまう。いやまぁ、聞かないでもわかるのだが。

 シスターの目撃証言と噂を聞いた人が多すぎて、実は一人じゃなくて何人も居るのでは? とか思ってしまうレベルだ。実は分身してない?


「そりゃ、第一魔法師団名誉団長の名前くらいは私でも知ってるわよ」


「…………何その物騒な役職」


「お父様が軍属じゃないから詳しい話は知らないけど、そのへんはベニーが詳しいかしら?」


 ジルカは隣で落ち込んでいるベネディクトゥスをつつき、落ち込んでないで喋りなさいよとでも言いたげなモーションをする。


「……カプレ氏は、今から17代前の団長だな。帝国が最も強かった時代と聞いている」


 ようやく落ち着いてきたのか、ベネディクトゥスがそう言った。

 なるほどなるほど、17代前ね。……17?


「…………いや何年前だよそれ!」


「163年前だな。在位は3年と生存者としては珍しい短さではあるが、あの頃を超えるようにしろと、戦時中は言われ続けたものだ」


「……そっかー」


 163年前。もうスケールがよくわからなくなってくる。それこそ数千年生きる神とかにはたまに会うが、神は神であって人ではない。しかし、シスターはヒト種ではないが人なのだ。確かに今を生きる生物なのだ。

 身近な存在が、どこまでも遠くに見える。シスターを超えられる日は本当に来るのか? シスターって現状でも神より低位なんだよね? 本当に?


「あ、今年の入学生に帝国貴族が多いのもそれ繋がりなんですか?」


 突然気づいたのか、イルマがベネディクトゥスとジルカに向かってそう聞いた。

 そこまで気にしていなかったが、言われてみると確かにマスカール王国の学校のはずなのに、明らかに国外から来ている貴族が多い気がする。そういうものかと思っていたが、違うのだろうか。

 イルマに見られた二人は首を横に傾げるだけで、回答を貰えない。それをフローレンツが察したのか、「あ」と一言呟き、僕らに説明を始める。


「カプレさんは帝国に縁のある人なので、ここで教頭の地位に着いてから、帝国貴族を受け入れるようになったと聞いてます。それまでは戦時中の国から貴族を受け入れるのは危険だからと断っていたとか……」


 フローレンツはそう補足してくれた。これまで静かにしていたけど、ようやく自分しか知らない話題になったから食いついてくれた。まぁフローレンツ、見るからに文官タイプだもんね……。

 帝国の貴族といえど、全員が戦闘兵器なわけではないのだ。たぶん。


「ほぇー」


 イルマは分かったような分かってないような声で反応する。あとベネディクトゥスとジルカも似たような反応だ。おいお前ら帝国民だろ。


「ま、アタシらは亡命組だし?」


 とんでもないことを口にするジルカ。それ、ベネディクトゥスの部下ズに黙ってるように言われたやつだよ! 詳細を聞いてるわけじゃないけど。

 話を聞いている生徒が他に居ないからってぶっちゃけすぎだ。亡命ってそんな気軽に口にして良いことだっけ。


「……貴様と一緒にするな」


 しかし、ベネディクトゥスはそれを否定する。


「一緒でしょ一緒。アタシはベニーのとこならともかくわけのわからない貴族のとこに嫁がされるのが嫌で逃げてきて、アンタは国の情勢が不安定だから高位貴族の立場が危ういからって逃げてきたんでしょ」


「…………」


 ともかくって、ベネディクトゥスのところに嫁ぐのは別に問題なかったのか。意外だ。


「否定しないあたり、理解はしてるのね。ま、アタシらは3年間で帝国が安定するか、こっちで人脈作って帰らないかを考えないといけない感じ。フローレンツのとこはどうなの?アンタも帝国貴族でしょ?」


「あ、僕ですか? 確かに帝国の貴族ですが……ノイラート家って、聞いた事あります?」


「ないわ」「ないな」


 即答する2名。勿論僕もないけど、それはベネディクトゥスのことも知らなかったくらいなので黙っておく。


「……ですよね。爵位は貰ってますが、男爵の三男ともなるとほとんど平民と変わらないんですよ。なので戦後の影響も特になく、留学という形で入りましたので……」


「あ、なるほどね。まーアタシも平民だしね? アンタとそこまで変わらないわよ」


「「「「え?」」」」


 発言者のジルカと知っていたベネディクトゥス以外の4名が、声を揃えて同じ反応をした。

 え? うん? どゆこと? この態度で? ていうか僕教室で平民って呼ばれなかった? 自分も平民なのに? うん??


「…………やっぱり、記憶違いではなかったんですね」


 最初に再起動したのはフローレンツだ。どうやら、心当たりがあった模様。


「記憶違い? なんのこと?」


「僕の家は代々文官で、兄弟の誰かが仕事を継ぐことになっています。なので、帝国貴族の名前はあらかた覚えてるはずなんですが……ジルカ家という名に、聞き覚えがなかったんです。てっきり記憶違いをしていたかと思ってたんですが」


 ジルカはそれを聞くと、うーんと小さく漏らして、話し出す。


「勉強不足ね、文官。とはいえ、知ってるほうがおかしいけれど。あたしのお父様、不義の子なのよ。王とメイドの、ね」


「へ?」


「つまり、アタシの祖父は今は亡き帝国王。当時宮付きのメイドだったお婆様はアタシのお父様を産んですぐ殺されて、産まれたばかりのお父様は他のメイドに隠されて王宮で育てられたの。ジルカはその中のメイドの一人の姓よ。だから貴族姓を持ってないのも当たり前。姓を持たなかったお父様は婿に入り、子を作った。それがこのアタシってわけ」


 ジルカの告白は、こんな中庭で気軽にして良い話ではなく。

 しかし、この場で他に聞いている者は居ない。とんでもないニュースにも思えるが、生憎ここは帝国ではない、マスカール王国領。他国の政治に関わろうとする者などほぼ居ないだろう。


 彼女の父は、私生児だ。しかし、一つだけ気になるところがある。

 姓を持たぬ身でありながら、一代のうちに帝国筆頭貴族第一子であるベネディクトゥスを許婚に選べるところまで上り詰めたのは、どういうことか。

 特別な才能があったとしか思えない。ただ強いだけではない、何らかの特別な力が。


「ただ実際のところ、どうしてお父様がベニーの家と繋がりを持てたのか、アタシには分からないんだけどね」


「我も、知らんな。平民と婚姻など我が家が承諾するとは思えんが、そうなったものはなったのであろう」


 理解できないならば、反発するのが普通だ。

 しかし彼は貴族の中の貴族。自分が望まなくとも、理解ができなくとも、自分より上の者がそう決めたなら、従う生き物なのだ。

 それが到底納得できない婚姻だとしても。


 国家転覆を狙っていたジルカの父親。彼がどう思いどう望みそれを目指し、成し遂げる前に帝国が負けたのか。

 それは僕には分からない。きっと、誰にも分からない。


「貴族も色々あるんですねぇ」


「そ、色々あるのよ」


 またしても理解したのかしてないのかよく分からない反応をしてくれたイルマのお陰で、僕の疑問も霧散していく。

 疑問が浮かぶとどうしても考えちゃうけど、まぁ関係ないんだよね他国の貴族の話なんて!

 イルマの反応が普通だ。リリーなんてここ来てから終始無言だから話を聞いてるのか聞いてないのかも分からないし。


「あ、そろそろ教室戻らないとじゃない?」


 貴族に魔法をぶち込んだり話し込んだりしていたら、休憩時間が終わる寸前だ。

 入試の反省を活かして僕の基本障壁の1枚にはタイマー機能を付けており、先程からアラームが鳴りっぱなしだった。なんとか話はまとまったし、これでお開きにして良いだろう。

 どうせ彼らはクラスメイトだ。いつでも話す機会はある。


 貴族2人に平民4人。帝国民3人に王国民3人。傍から見たらよく分からない組み合わせではあるが、色んな人と出会えるのが、学校という仕組みの醍醐味である。

 一風変わった6人は、小走りで教室に戻るのであった。

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