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「わ、わかった」
ようやく心の準備ができたのか、立ち上がって障壁を展開するベネディクトゥス。
無駄に詠唱が長いこの男も、障壁の展開や強化に詠唱することはないようだ。そのくらいできないと、魔力と才能の持ち腐れだ。
「リリー、障壁の位置は分かる?」
「うん、肌から2cmくらいかな? 4枚あるけど……」
「…………おい、どうして分かる」
軽率にこちらを睨んでくるベネディクトゥスに、べーと舌を出す。
「リリーは何でも分かる凄い子なんですー。とりあえずD10から10刻みで、60からC10で。最悪当たっても大丈夫なところにやってみて」
「う、うん」
「おい、やるとは一体――」
ベネディクトゥスの言葉は、そこで途切れた
僕のように、障壁が割れた時に誰でも聞こえる破砕音が鳴るように設定しているわけでもなければ、それを割れたと知れるのはふつう本人だけだ。
リリーの知覚なら、障壁の状況くらいは分かる。それにこの中で誰よりも攻撃魔法が速く、細かく出せるのはリリーなので、彼女にお願いしたのだ。
「どこで割れた?」
「…………えっと」
「……どうしたの?」
なんかリリーがやけにもじもじしている。言いにくいってことか?え、つまり――
「……もしかしてD10?」
「う、うん」
「1発で?」
「うん……」
「…………いやいくらなんでも障壁脆すぎないか!? D10なんて銀貨1枚すら貫通しないよ!?」
いやいやいやいや。自慢ではないがD10で抜けるくらいの障壁なら僕でもなんとかなる気がするぞ。純粋な攻撃魔法をほとんど使わない僕でも、工夫次第で抜ける程度の物理障壁。
全力でそれなの、いくらなんでも脆すぎるだろ。もう構成がどうとかいう問題じゃない。物理攻撃に対して無防備と言ってもいいレベルだ。
近づくのが一番難しいのかもしれないが、それこそ遠くから矢でも射れば当たるレベル。普段はそれに対する迎撃システムくらいはあるのかもしれないが、結局最後に頼ることになるのは障壁だ。それがこの程度ならば、今まで生きてきたことに驚いてしまうほど弱すぎる。
「……とんでもない威力だな」
「感心してんじゃないよ! 全力のリリーならこの100倍以上の威力出るからね!?」
「……なんとォ!?」
「驚いてんじゃないよ!! はい次魔法障壁! 全力で貼りなさい!」
「あ、あぁ、分かった」
こうなったら魔法障壁も確認するしかない。ただ僕の火力では心もとないので、こういう時はイルマの出番だ。
イルマを見ると、あ、ちょっと楽しそうにニヤリと笑ってる。イルマよ、後遺症残らない程度に手加減してね……。
「死ぬ気で守って下さいね」
イルマはそう言うと、ベネディクトゥスに指先を向ける。
指が向くのは、脳天ど真ん中。ねぇホントにそこ後遺症残らない? 大丈夫だよね?
彼の顔が強張り、そしてイルマの指から光が放たれる。
彼女が使うのは、光属性の魔法。あまりにオリジナル要素を強くした結果、誰も真似できないオリジナルの攻撃魔法となったものだ。
原型は光線を放つだけの低威力魔法。それに加えたアレンジは、太陽光を引用することで熱光線とし、太陽熱を引用することで触れたものを焦がしつくすほどの高温となり、そして自分自身を発射台の一部と見做すことで、通常手の平からしか出ない光線を、全身どこからでも放つことができるようになっている。
光の速さで飛ぶそれは、ベネディクトゥスの眼前2cmのところで停止する。しかし、光は棒ではなく、イルマによって耐えず更新され続けるものだ。
ベネディクトゥスの障壁に当たった光線は周囲に光を散らされるが、ジジジジと焦げるような音が途切れることはない。
「うぉおおお!???」
そう叫ぶベネディクトゥスの額に汗が浮かぶ。火属性を扱う彼は熱への耐性スキルを有しているとは思うが、それでも光は別ベクトルの熱さなのだろうか。
一瞬にして破られた物理障壁とは違い、この光線は多少耐えることはできている。ただそれは、イルマが出力を調整しているからに過ぎないのだが。
「あ、このくらいなら耐えられるんですね」
「なんとかな……ッ!」
「じゃ、あと5%上げますね」
「う、うぉおおおおおおお!???!????」
僕の目でも分かる、熱線の出力が3倍ほどになったのが。
一応イルマも手加減はしていたようだ。ただいきなり3倍はやりすぎだと思うし、5%で3倍になるって元々どれだけ出力落としてたんだよ。
「んー、まだ耐えるんですね。やっぱせんせもそうですけど、魔力量が圧倒的なのは羨ましいなぁ」
中庭に居た周囲の生徒たちが走って逃げだすほどの威力となった熱線だが、それを放つイルマは平気な顔でそんなことを言う。
「蛇口ちっさくても後ろのタンクがデカければある程度は耐えられるからねぇ」
「私そこまででもないならなぁ。んー、なんかキリなそうなんで、10%上げますね」
「こ、殺す気か……ッ!?」
「はいはい口より魔力動かすー。それ当たると一瞬で頭炭化するよー」
彼を煽りながら、じっと観察する。
うん、障壁の構成がちょっとずつ変わっている。攻撃に対し最適な障壁構成に切り替えているのだ。物理障壁のように一瞬で破られてしまえばそんなことはできないが、ほんの少しでも耐えることができれば、このように工夫することができる。
僕にはイルマのように術式を解析するスキルはない。故に、魔力の流れと熱線の散り方で大体の想像はできる。
「ん? これ吸収してるのかな?」
周囲に撒き散らされていた熱の勢いが、急速に弱くなっている。イルマが出力を緩めたわけでなければ、これはどこかに熱が移動していると考えられる。
「熱耐性だけじゃなくて、熱吸収系スキルも入れてたんですかね? 障壁の構成はそこまで変わってないですし」
「あー、なるほど。だと相性悪いかなぁ」
「ですねー。切り替えまで1分かかるのは流石に遅すぎると思いますけど……」
息も絶え絶えになりながら汗だくで障壁を更新し続けているベネディクトゥスとは対照的に、攻撃者のイルマの表情は涼しいものだった。
まぁこのくらいの火力なら毎日の特訓で数倍どころか数十倍の出力で打っているから、このくらいで疲れるはずもないのだが。
気が付くと中庭に居る生徒は僕らだけになっている。結界も無しに攻撃魔法を打っているので誰かに注意されたりするかとも思ったが、まぁこのくらいの出力なら余波を気にすることでもないか。
「あ」
障壁が、砕けた。それはもう見事なまでの破砕だ。
恐らく障壁破壊時に自動発動するよう構成していたのであろう、軽い衝撃波が生まれるが、それは少し強い風が吹いた程度だ。
風のお陰でイルマはギリギリで魔法を止めることはできたが、何もなく静かに壊れたら炭化した貴族の死体ができたことだろう。うん、間に合ってよかったよかった。
「き、貴様ら……ッ!」
膝をつき、体の震えを隠せないベネディクトゥス。
皆が逃げ出したことで他の生徒に見られてなくて良かったね。威厳どころの問題じゃないよこれ。ここだけ見たらいじめられっこにしか見えないよ。
「魔法障壁はB判定かな。物理はFだけど」
彼の障壁を分析する。
物理障壁は問題外としても、魔法障壁に関しては悪くない。構成は汎用性が高いもので、攻撃を食らいながら魔力を注ぐことで強度を高め、並行して相手の魔法を解読して最適な障壁に組み替えることができたので、ギリギリ落第点ではない。
とにかく魔力量に頼った乱暴な障壁ではあるが、それは魔力が低い者にはできない特権なので、捨てるのは勿体ないところだ。
思えば僕も三人で特訓する前はそんな程度だったので、才能溢れる彼ならもっと早く成長できることだろう。やはり大事なのは意識改革だ。
「えー、Cですよあんなの」
「手厳しいなぁ」
「いやだって、対応できたの《スカード・サン》、7%までですよ。途中でいきなり割れちゃうし」
「あ、あれが7%だと……!?」
膝をついたまま立ち上がれず、顔だけをこちらに向けて驚愕の表情を向けてくるベネディクトゥス。
あ、ジルカとフローレンツもドン引きしてる。「うへぇ……」みたいに口開けて固まってる。
ただ僕の見立てだと、イルマとベネディクトゥスの火力は大差ない。汎用性があるかないかという話だ。
対集団戦で効果を発揮する火属性広範囲魔法の使い手と、少人数を相手にするのを想定した魔法の構築をしているイルマ。そもそも、土俵が違うのだ。お互いが相手の土俵だと必ず負けるような、そんな相性。
まぁそれは机上の話で、実力で言えば障壁に圧倒的な差がある分イルマの方が強いと言わざるを得ないのだが。
「7%出力で良かったら、同時に30本くらいは出せますけど」
「30だとォ!?」
「ていうかあれより強い魔法もありますし……私火属性適正低めだから熱情報引用するの苦手なんですよねー。手っ取り早く火力出るからよく使ってるけど……」
「あれで、苦手だと!!?」
「いやほんと、あの程度の障壁でせんせとしばらく戦えてたのが嘘みたいなんですけど……」
僕の方をじっと見つめるイルマ。ううん、そんな見つめられると照れちゃうよ。
あ、まぁ違うよね。この目、そういうのじゃないよね。言葉の通り受け取ったベネディクトゥスは露骨にショックを受けているが、今のイルマの本意は違う。
イルマは暗に、「あの程度の障壁を破る魔法もないんですか?」と僕に言っているのだ。うう、手厳しい。
いや、いやいやないこともないよ? あの時は障壁の使用回数増やして攻性障壁解禁させるのに丁度良さそうだからなーと思って受けに回っていただけで、攻撃できなかったわけじゃないよ? ほんとだよ?
そんな気持ちを込めた目でイルマを見つめ返すと、照れたイルマはさっと目を逸らしてきた。勝ったな!
「あの……一つ良いですか?」
「うん? 誰に?」
フローレンツが申し訳なさそうに手を挙げる。ここまで黙っていたが、ベネディクトゥスが弱ってる今なら質問しやすそうだからだろうか。
「イルマさん、さっきからたまに“せんせ”って言ってますけど、それ、エミリオさんのことですか?」
「ですけどー?」
僕の右手をにぎにぎとしながらイルマは返事をする。リリーも気付いたのか同じように左手を握ってきたので握り返しておく。うん、ひんやりして気持ちいいね!
「ええっと……エミリオさんは、イルマさんの魔法の師匠ってことでいいんでしょうか?」
「「え、いや、違うけど……」
声、揃ったね!
うん、だって僕はイルマに魔法を教えたわけではない。イルマはほとんどの魔法を、師匠であるエリク・オブランに教わっているのだ。一人になってからそれに独自のアレンジを加えたり、僕が口出しをして様々な構成を変更してはいるが、僕の立場はアドバイザーに過ぎない。
僕の実力は、イルマの師匠であるエリク・オブランには遠く及ばない。謙遜ではなく、客観的に見た事実として。僕の知るエリク・オブランは、今の僕より何倍も、何十倍も強かったから。
「え、ええっと、では……」
「あー、なんか説明しても理解できないと思うけど……僕が保護した子には先生って呼ばせてたんだよね」
「…………はい?」
「んで、その名残がイルマは残ってる、ってことで。別に先生って呼ばれてるけど何を教えたわけでもないよ」
「…………申し訳ないですが、1から10までさっぱりですね……」
「ですよねー」
無反応で息を整えているベネディクトゥスは聞いていなかったのかもしれないが、黙って聞いていたジルカは「ハァ?」と首を傾げている。
もう確かに、意味分からないよね。14歳が16歳を拾って保護したとかもう理解が及ばないよね。昔は僕の方が年上だった時間退行があったわけでもなく、生まれた時から僕の方が年下だ。年下が年上拾って育てるとかもう説明どこからすればいいの? って話になるからナシで。色々綺麗じゃない話をすることにもなるし。
「私ら孤児だったの、せんせに拾って貰ってるんですよ」
「……ら、ってことは」
「そ、リリーも一緒。そんなわけで、付き合いは長いんです。だからあんま気にしないで貰えたら」
「は、はい……」
フローレンツは全く理解できていないような顔をしているが、まぁそれ以上聞いてくることはないようだ。
そういえばイルマのせんせ呼び、治らないよね。他に色々呼び名を模索したりもしたのだが、結局元のせんせに落ち着いた。学校の先生との区別はどうするんだろうと思ったものだが、「せんせと先生で分けるんで」と言われたのでもうこれ以上言うまい。聞く側はその違い分かんないんだけどね。
「あ、質問終わった?じゃ、アタシからも良い?」
「うん?誰に?」
「誰でも良いけど……アンタら付き合ってんの?」
「え? まぁそうだけど……」
否定をしたら怒られるのでしないよ! 三人ともそのつもりだし。
今更隠すことでもないので、正直に答える。
「どっちが?」
「どっちが、とは」
「イルマとリリー、どっちが付き合ってんの?なんかさっきから三人してめっちゃイチャついてるけど」




