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「出来ることなら、決闘を直接見てみたかったですね」
フローレンツは、そう呟いた。
あの決闘は、見ていて楽しいものではないと思うのだが、彼がそれを想像するのは難しいかもしれない。
「……余波で死ぬんじゃないですか?」
「イルマ、そういうこと言わないの」
その指摘が事実な気もするので否定はできない。露骨にショックを受けているフローレンツを見ると、察してしまったか。
ベネディクトゥスの攻撃魔法は、魔力が高いだけではなく、やたらと効果範囲が広い。よほどの障壁を扱えないと、流れ弾を食らって絶命も有りうるレベルだ。
余波のコントロールが難しいのが、火属性魔法の欠点ではある。それにしてもそこのコントロールが甘いように感じたが、それも実戦慣れの無さ故か。
「ま、まぁ、いつか、見せてもらえたら」
「頑張って。――ってリリー、どうしたの?」
それまでずっと黙っていたリリーが、急に立ち上がってレストランの入り口を見る。
睨んでいるわけではないようだが、あまり良い表情とは言えない。ぷちおこくらい?
「あの人が、来てるよ」
リリーは入口をじっと見たまま、僕にそう言った。
「あの?」
「ベネディクトゥスさん」
「……うわ、超逃げたい」
リリーの感覚は正しい。殺気みたいな不確かな情報ではなく、音という絶対の情報を頼りに世界を見ているから。
確かに彼女は赤外線探知による視覚を得た。しかしそれでも最上位の感覚は聴覚なのだ。
ここのレストラン、というか校内にある飲食店は、露店に至るまで全てが月末締めの事後精算だ。その為支払で時間を取られることもないので、逃げようと思えば逃げることもできる。
しかし、この店舗に入口は一か所しかない。ならば、店を出たところで捕まってしまうのがオチだ。
「偶然食事しに来ただけとか、ないかな」
「昼食時間始まって1時間以上経ってるので、今からだと遅いかと……」
フローレンツにそう言われて思い出したが、そういえばこの学校、昼食休憩は2時間もあるのだ。
30分もあれば注文から食事まで終わらせられる僕らがおかしいのかもしれないが、貴族の食事は時間がかかりすぎる。僕らより先に席に着き注文をしていた生徒が、まだ食べ終わっていないほどだ。
平民感覚からするとまだ全然余裕なのだが、ベネディクトゥスは帝国筆頭貴族。貴族の中の貴族だ。そんな彼が、平民速度で食事をできるとは思えない。
「……うわー、めっちゃこっち見てる」
ついに僕の視界にも業火の王、ベネディクトゥスが映る。
彼はこちらをじっと見たまま、近づいてくる。
「どうしよう、滅茶苦茶逃げたい」
「……同じ気持ちです」
フローレンツを見ると、彼は明らかに冷や汗を流している。相手が相手だ、仕方はない。
僕も勝てるか勝てないかという問題ではなく、単純に話したくないのだ。好き嫌い以前の問題で、高圧的な人間が苦手だから。
「残念ながら、席は埋まってるよ」
テーブルのすぐ横に立ったベネディクトゥスに対し、とりあえず先制攻撃。4人掛けのテーブルで、今は4人共座っている。これ以上座る席はないんだぞアピールをしておく。
子分3人連れてきてないんだなと思ったが、そんな日もあるか。今は休憩時間だし。
「――そのようだな」
あぁ、熱い。室温が一気に10度くらい上がったんじゃないかと思えるほどに、レストラン内が暑くなる。
室温上昇を感知して空調がフル稼働で動き出すが、それでも焼石に水。
「用件は?」
もう、しらばっくれることなどできない。彼は明らかに僕を狙い撃ちに来てるし、話を逸らしたところで、この場から逃げ出したところで、学生生活ずっと逃げ続けることはできない。
ならばこれ以上こじれないように話をするのが最善か。まぁ、席は空いてないが。
「…………」
無言のまま、じっと僕の目を見つめるベネディクトゥス。何だお前。僕は男と見つめあう趣味はないんだって。
「あーもう不器用なんだから。ベニーはあんたと話がしたいんだってさ」
それは、音もなく現れた。
ジルカ・ステラ。転移魔法を扱う少女。
リリーがビクリと大きく震える。リリーにとってのジルカは、僕にとってのベネディクトゥスだ。音を頼りに世界を見ているリリーにとって、音もなく突然現れるジルカは天敵と言っても過言ではない。
「貴様! ベニーと呼ぶなと……ッ!!」
「落ち着きなさいよベニー坊ちゃん。話が進まないじゃない」
「我が髪に触るなッ!」
ジルカがワシワシとベネディクトゥスの髪を潰すが、赤い髪は手を離すとすぐに天を向いて逆立った。その髪どうなってんの?
「うっさいうっさい。ていうか場所変えない? ここで立ち話するの、店の邪魔でしょ、どう考えても」
常識があって助かったよ。ていうかもしかして、立ち話をするつもりで店に入ったのか? 店内で? 注文もせず? いくらなんでもそれは非常識すぎるわ。
「……僕が話聞く前提になってない?」
「別に無視してくれてもいいけど、この坊ちゃんは何度でも来るわよ。空気読めないタイプだし」
「そりゃ困るわ。じゃ、中庭でいっか」
これからずっと付きまとわれたら溜まったもんじゃないよ。
僕が立ち上がるとリリーとイルマ、あとついでにフローレンツも席を立つ。どうやらフローレンツも着いてくる気っぽいけど、あっこの表情アレだ、これから何が起きるかワクワクしてる野次馬タイプ。まぁ別に良いんだけど。
僕らは揃って中庭に向かう。
僕を先頭にリリーとイルマがすぐ後ろ、少し離れてジルカとベネディクトゥス、大分離れてフローレンツの順で歩いていると、時折廊下ですれ違った生徒がビクリと大きな反応をする。
ジルカは別に有名でもなんでもないだろうし、僕も現状特に目立ったつもりはないし、最後尾を歩く地味少年フローレンツが人目に付くことはなさそうなので、生徒が反応するのはベネディクトゥスに対してだろう。
それは彼の知名度故か、実力故か。
「別に食べながらでも良いよね?」
中庭の周辺にある露店を通りがかったところで、僕を呼び出した二人に質問すると、黙って頷かれた。
食後すぐだから空腹というわけではないが、口にするものがあるとないとでは体感時間が大違いだからだ。特に、仲良くもない相手と同席しなければいけない場合は。
真っ先に目についたのは入学前、試験の昼休みにも見た露店だ。乳飲料を主に扱っている店で、どうやら仮設ではなく常設だったらしい。あの時はフルーツ牛乳が美味しかったっけ。
ベネディクトゥスが近くに居ると外気温に比べて体感気温がかなり高くなってしまうので、僕とイルマ、リリーの三人分ヨーグルトフラッペを注文する。
気が付くとジルカもどこかの露店で買ってきたのかラップサンドらしきものを手にしている。昼食前だったのかな? ただ、ベネディクトゥスとフローレンツの二人は何も買わなかった。
適当にベンチにでも座ろうとしたが生憎6人もまとまって座れるベンチは既に埋まっていた。――が、ベネディクトゥスの存在に気づいた同じクラスの女子三人組が目を逸らしてサっと逃げていったので、丁度三人掛けのベンチが2つ空いたのであった。……追い出すみたいになっちゃってごめんね。
「あー、これリピ確」
とりあえず三人掛けのベンチ中央に僕が座り、隣にイルマとリリーがチョコンと座る。
流石にこれだけ周囲の目がある状態でリリーを抱きかかえたりはしないよ。したいけど。
大き目のストローで吸うフラッペは、すぐ近くに太陽みたいに熱い男が居ると異様に美味しく感じる。
ヨーグルトは凍らせても感じるほど少し強めの酸味で、細かく砕かれ滑らかな舌触りとなっている。春とは思えないほどの体感気温だったので、汗が引くほどの清涼感だ。夏には相当リピートしちゃうと思う。
リリーとイルマもお気に召したのか無言でストローを啜っており、そこまで緊張しているようにも思えない。
「で、話は?」
「……………………分からんのだ」
ベネディクトゥスは、静かにそう呟いた。こいつこんな声小さかったっけ?決闘した広間とかだと、かなり離れてても聞こえるほどの声量だったと思うんだけど。
「ハイ?」
「…………」
「いや黙られても」
なんなんだろこいつ。もしかして滅茶苦茶不器用なのでは?
まぁ貴族の中の貴族、同年代の子供と同等に話したことなどこれまでの人生で一度もなかったのかもしれない。
彼に存在するのは自分より上の極少数と、自分より下の圧倒的多数だけなのだ。
唯一ジルカが友達のような話し方でベネディクトゥスと接しているが、彼からの対応は偉そうで、同等と見ているとは考えづらい。
「あー、もうホント馬鹿ねこの王様。ベニーはね、アンタに負けたのがぜんっぜん理解できてないのよ」
ジルカが、そう代弁してくれる。
彼女は普段からこうなのだろう。皆が格上と見てしまうベネディクトゥスを、唯一同じ立場で諭せる少女。
「理解は出来ている! あと我をベニーと呼ぶな!」
「アンタが理解できたのは負けたことを、でしょ。負けた理由を理解できてるわけじゃない。ま、私もその場に居なかったから知らないんだけどね」
「そういうことね」
「そういうことよ」
まだ少しだけ不満そうなベネディクトゥスは置いておいて、ジルカによる代弁のお陰で呼び出された理由は分かった。
負けたことがない、負けるとは思っていなかった彼が、何の障害にもならないと思っていた平民に負けたのだ。それは、彼にとっては驚天動地。理解の及ばないことで。
「何、負けた理由が知りたいの?」
「……あぁ」
「んなの、実力が劣っていたってだけでしょ。別に何度やってもいいけど、何度やっても僕が勝つよ。ベネディクトゥス、お前戦うのが下手すぎんの」
「下手、だと……?」
僕を睨み付けるその姿を見ても、不思議と怖くは感じない。実力の差を知ったからか、それともジルカという手綱があるからか。
「そ。下手。僕からしたら素人レベルだよ。戦術兵器としては強いかもしれないけど、自分の足で歩いて戦う兵士として見たら中堅くらい。威圧さえされなきゃ、僕じゃなくても勝てるでしょ」
彼はあの場で使わなかっただけで、もっと広範囲、もっと高威力の魔法も使えるはずだ。
防衛のことを、移動のことを何も考えず、遠くからその魔法を使うだけならば、彼の価値は否が応でも発揮される。
風向きさえ味方すれば僕も広範囲に向けた攻撃をすることもできるが、それより遥かに手っ取り早く対抗しづらい魔法を、ベネディクトゥスなら使えるのだ。
故に、彼の真価が見られるのは、一対一の決闘などでは断じてない。
「……どういうことだ?」
僕の指摘に対し、彼は更に強く僕を睨み付け、そして体感気温が更に上がる。手にしたフラッペのカップから結露した水がポタリと垂れ、僕の膝を冷やした。
「あーアンタほんと聞き方下手糞ね。自分より上の相手なんだから、こう言うのよ。“申し訳ございません、どういう意味か教えて下さい”、ってね」
「……クッ! も、申し…………言えるか馬鹿者!」
あはは、何こいつら。夫婦漫才か?
いくらなんでも不器用すぎて面白い。ここまで来ると才能だよ。ちょっと険悪なムードになりそうだったが、この空気なら何言っても大丈夫か。イルマはフラッペ噴出しそうにしてたし、リリーも下を向いてプルプルと震えている。
「簡単に言えば、障壁が脆すぎるって話だけど」
硬度だけではない、構成自体が脆いのだ。迎撃を前提としているのか知らないが、それが障壁を手抜きしていい理由にはならない。
言ってしまえば、気を失っていようが致死性の魔法を止められるくらいでないといけないと、僕は考えている。
「あー、それは仕方ないわよ。帝国貴族にとっては障壁に魔法当てられた時点で負けみたいなもんなのよ。誇りがとかなんとかで」
「はー……なるほどなぁ……」
ジルカの説明に、納得してしまう。
当てられた時点で負けというのは、障壁が脆すぎるという意味ではない。相手に攻撃を許した時点で、それを迎撃できず喰らってしまった時点で、貴族的に完璧な勝利ではなくなるのだ。
攻撃はあくまで一方的に、虐殺的に。それが彼らの誇りであり、彼らの魔法であるから。
それは僕にはない誇りであり、弱さではない。
「とりあえず、どんくらい脆いか試してみよっか。ちょいそこ立って。物理障壁、全力で展開してみて」
僕がそれを言うと、ベネディクトゥスはタラリと冷や汗を流す。
これから何が起きるか、少しは想像できたのだろうか。




