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「んーと、えーっと……」


 後ろに立っていたのは僕よりも背が低い少年。ああ、同じクラスに居たのを覚えている。男で僕より背が低いのは彼だけだったから、ほんの少しだけ親近感を覚えたものだ。


「フローレンツさん、ですよね」


 イルマが僕の代わりに聞いてくれた。うん、ありがとうイルマ……記憶力凄いね……。午前中に自己紹介タイムとかはなかったので点呼の時に聞いていなければ分からないのだ。勿論僕は聞いてなかったし。


「はい。エミリオさん、リリーさんと、イルマさん、ですよね」


「よくご存知で。あ、立ち話も何なのでお隣どうぞ」


「ありがとうございます。食事中にすみません。ちょっと、お話がしたくて」


 彼はテーブルを挟んで僕の正面に座ると、そう言った。

 僕の髪より少しだけ赤みが強い、栗色の髪の毛。少しだけパーマを掛けているか、癖っ毛なのかどちらかで。

 青みがかった大きい瞳は、僕ら三人を順に見ている。

 低身長に見合った可愛らしい顔の少年。――ホントに年上だよね?

 僕にショタ属性があったら大変だったぞと思いながらも、彼を眺める。


「どうぞどうぞ。誰にですかね」


「誰に……というか、皆さんに、です。あ、これ良かったら、お近づきの印に」


 彼はそう言うと鞄からワインボトルを取り出し、店員を呼んでグラスを人数分用意する。

 やけに手際が良い……さては貴族だな! 貴族じゃない生徒が何人居るのか知らないけどね!


 この国には未成年はアルコールを飲んでいけないような法律はないようで、同い年くらいの子も食事と共にワインを飲んでいる光景を見かけることがある。

 屋敷で酒は出さないようにしていたので不思議に思えた光景だが、彼を見るに飲まない貴族の方が少ない可能性もある。


「うん? グラスに氷?」


 ワインって冷やして飲むか常温で飲むかという話は前世で聞いた事があるが、嗜むことはなかったのだ。

 それ故知識でしかないが、今ウェイターが持ってきたワイングラスには氷が数個入っている。ワインに氷って入れたっけ? それじゃ味薄まらない?


「あぁ、ワインじゃないですよ。葡萄ジュースです。ウチの領地の名産でして、いくつか持って来ているんですよ」


 彼はそう説明してくれた。なるほどなるほど、ジュースね! 良かったよ!

 実はこちらに来て以来アルコールを口にしたこともないので、酔わないか少しだけ不安だったのだ。


「なるほど。じゃ、飲んでも大丈夫か」


「あはは、アルコールは入ってないので、安心して下さい」


 そう言われては断れない。リリーとイルマの二人にもグラスを渡し、彼からボトルを受け取り手酌で注ぐ。

 氷が当たるコロンという心地よい音を聞きながら、4つのグラスに葡萄ジュースを注ぐ。


「では、これから共に過ごすクラスメイトに、乾杯」


「「「かんぱーい」」」


 いくら礼儀作法が平民レベルだろうが、高級そうなクリスタルグラスを直接ぶつけるような真似はしない。軽く上に上げるだけだ。――うん、合ってたっぽいな。


「あ、美味しいわこれ」


 普段食べるものとランクが違いすぎて比べられない先程までの料理と違って、このジュースは明確に上位互換と認識できる。

 知らない超高級品よりも、知ってる高級品だ。


 濃縮されているのかと思うほどどっしりとした味は、葡萄をそのまま潰してジュースにしたのかと思うほどに濃厚。水で薄められているとは到底思えない。

 加糖されていないのか市販の物と違って甘味は控えめかもしれないが、それでも葡萄本来の甘みを活かし、喉越しも悪くない。うん、これは良い物だ。


 イルマはグラスを傾け一気に飲むと二杯目を自分で注ぎ、リリーは一口飲んだら一度グラスを置き、小さくほほ笑んだ。可愛いなぁもう。


「で、用件なんですが――」


 ジュースを堪能していると、フローレンツがそんなことを口にする。

 あ、そうだった。そういえば話かけられたんだった。あまりに美味しすぎて忘れてたよ。

 驚いた顔を見せないようにコッソリ表情を取り繕い、彼に向き直る。


「ベネティクトゥスさんと、どんな話をしたんでしょうか?」


「……話?」


「えぇ、エミリオさんも、決闘を挑まれたんですよね?」


「あー、うんうん」


 そういえばそうだった。決闘、してたなぁ。なんか色々ありすぎて忘れてたよ。


「決闘の後、どんな話をしたらあの人が諦めたのかと思いまして……」


「……うん?」


 フローレンツが言う“諦めた”というのは、ベネディクトゥスが王になるというところだろう。

 僕らが話を大して聞かずに決闘を受けてしまったが、皆はちゃんと話を聞いていたのかもしれない。教室に戻ってきてからは王になるのを取り下げると言っていた気がするから、フローレンツが言っているのはそのことのはず。


「大して話はしてないけど……あ、側近の三人とはちょっと話したね」


「はい? ええっと……あれ? エミリオさん達も、ベネティクトゥスさんと決闘したんですよね?」


 頭上にハテナマークを大量に浮かべて困惑するフローレンツ。うん? なんか食い違ってるな?

 そうはいってもあちらでほとんど話してないから分からないんだよね。聞いてる話が違うのかなぁ。


「決闘はしたけど……あ、したのは僕だけね」


「で、ですよね。そうなるとやっぱりベネディクトゥスさんの態度が……」


 フローレンツはそう言うと、グラスをテーブルに置き、下を向いて長考。

 うん、なんかこの反応、分かってきたぞ。この話で勘違いされるのは一点だけだ。


「…………あれ、僕負けたことになってない?」


「へ?」


「や、フローレンツのそれ、僕が負けたけどなんとかして説得したからベネディクトゥスが折れたってことになってない?」


 そう、勘違いポイントはここだ。

 彼は、まさかベネディクトゥスが決闘で負けたなんて想定していないのだ。

 最初の決闘システムだと僕ではなくリリーとイルマでも勝てたろうが、それは置いといて。


「え、ええ。クラスメイト数人とも、そんな話をしましたから……代表してエミリオさんのところに伺った次第で」


「あの赤いの、僕が勝ったからクラスのボスになるのは諦めたっぽいけど……ねぇ?」


 イルマとリリーの二人も、僕の発言にコクコクと頷く。うん、やっぱ気のせいとかじゃないよね。

 一人だけ反応が違うのはフローレンツだ。彼だけが、口をあんぐりと開けて呆然としている。

 いや、よく見たら話が聞こえてた他の生徒もこちらを見て同じ反応してる。よく見たらクラスメイトが数人紛れてるね。

 もしかしたら僕が知らないだけで彼は有名人だったのかもしれない。僕は帝国貴族どころか王国貴族すら知らないけど。


「え、えーと、はい?」


「決闘の3型じゃすぐ終わってつまんないから、1型ってのに切り替えてやったけど……」


「1型ですか!?」


「え、そうだけど……」


 なんか一々リアクションがオーバーで面白いな。イルマとリリーはこんな反応をすることないので、ちょっと新鮮に感じる。


「帝国式決闘の1型って、相手が降参を認めるか死ぬまで続く決闘なんですが、それを?」


「あーやっぱりそういうのだったんだ。なんか話聞くのも面倒だったから……」


「……それで、勝ったと? あの人に?」


「それで勝ちましたけど……」


 麻薬魔法は使ったが、それはあくまで決闘の範疇だ。

 毒属性適正に偏っている僕がそれを使えないのはハンデすぎるし、いくら卑怯と言われようが僕としては正々堂々戦っているつもりではある。

 というか僕じゃ異相門か毒属性無しにベネディクトゥスクラスの魔法使いに勝つのは不可能じゃないかな……。


「…………」


 彼は口に手を当て、黙ってしまう。

 まぁ確かに常識で考えたら彼クラスの魔法使いがゴロゴロしているわけはなく、皆は圧倒的な力の前に成すすべなくやられたと想定される。

 僕のように障壁魔法を鍛えでもしない限り、初手の1発で勝てなかったら普通は負ける。リリーやイルマと共に毎日行っているパワーレベリングがなかったら、僕も障壁が持たなかっただろう。

 まぁ年単位で続けた特訓の結果、あのくらいの魔法なら普通に止められるようになったし、たぶん単純な火力ではイルマの方が、速度ではリリーの方が強い。僕の障壁が鍛えられるのと同じで、彼女らの攻撃魔法のレベルも上がり続けているのだ。

 二人が決闘の1型でベネディクトゥスと戦ったらどうなるかは少しだけ気になるが、あえてやる必要はないし、そのうち実力を知ることになるだろう。


「ちなみに、この二人でもたぶん勝てるよ」


「え、ちょ、ちょっと、ちょっと待って下さい」


 フローレンツは手のひらを前に突き出し、まって、まってと繰り返す。


「はいはい」


「皆さん、どこかの大家の生まれだったり……」


「しません」


「貴族家だったり……」


「しません」


「あ、待って、頭が追いつかない。ちょっと……え、どういうこと、です?」


「どうと言われても……ねぇ? バリバリの平民だし……」


 ついに顔を上げたフローレンツが、頭上だけでなく瞳にもハテナマークを浮かべながら僕らを順に眺めている。


「…………ホントですか?」


「……信じられないかもしれないけど、一応」


「ベネディクトゥスさんが誰か、知ってます……?」


「いや全く」


 付き人の三人からちょっとだけ話は聞いたけど、貴族ということを知ったくらいだ。

 起きるまで話はしていたが、話題のほとんどはベネディクトゥスのことではなかったし、知らないと言っても間違いではないくらい。


「僕も帝国貴族なので昔から噂で聞いてましたが、彼のお父上は、生涯で一度も負けたことがないという噂があるような、帝国で最も力のある貴族の一人です」


「ほうほう」


 あ、強い人なのね。NPCに居たかなーとか考えてしまうが、正直全く覚えてない。この年の息子が居る人間なら若くとも30から40、ゲームの世界はそこから15年は先と考えるともう老人の手前か。

 魔法使いとしては強くなっているだろうが、人間としては衰えが見える頃。平均寿命があまり長いとは言えないこの世界においては、老衰していてもおかしくない年齢だ。


「その長男であるベネディクトゥスさんも、これまでお父上以外に負けたことがなかったとか」


「なるほど。その割に無駄がある戦い方だったよね? イルマ的にはどうだった?」


「あ、突然振られてビックリ。あの決闘は一応術式解析で見てましたけど、魔力効率と威力高めることに集中しすぎて、魔法構成が疎かとは思いましたねー」


 僕が彼と話し出してから無言で葡萄ジュースを飲み続け、生ハムと追加注文したベーコンを食べ続けていたイルマは、フォークを置いてそう言った。

 やっぱり僕の見立ては間違いではなかったか。彼の魔力や火属性魔法は確かにとんでもないものだったが、戦ったら誰にでも勝てるほど万能な力ではない。

 僕が障壁を鍛え続けていたのは、誰と戦ってもちゃんと自分の舞台に持ち込めるようにするためなのだ。

 攻撃魔法が苦手な僕だから直接攻撃をすることはなかったが、イルマやリリーの火力ならベネディクトゥスの障壁を打ち抜いて一発KOもできたろう。


「だよね。時には詠唱破棄したり魔力効率度外視して相手に一発入れる必要もあるのに……」


「ま、実戦慣れしてるわけじゃないんでしょうね。決闘みたいにせーのの合図で戦い出すならそれでも勝てるかもですけど、私でも23パターン勝ち筋見えたくらいには無駄が多い人だな、とは」


「やっぱ? 強いと勝てるは違うんだよねぇ」


 うんうんと頷きながら、あの時のベネディクトゥスの魔法を思い返す。

 無尽蔵とも思える魔力を持ちながら、その扱いはただひたすらに強い魔法に大量の魔力を込めるだけ。一つ一つの魔法にかける詠唱は長いし、障壁も鍛えてるとは言いがたい。あれで勝てるのが不思議に思えてしまうが、帝国的には違うのだろうか。

 火力の低い僕が単純な攻撃魔法で壊せるほど弱い障壁ではないが、リリーなら相手が瞬きをする間に蜂の巣にできるレベルだ。


「最初の一発だけ止めれば後は自慢の魔法で倒せるってくらいプライド高い人、帝国貴族には多いって昔聞きましたねー」


「あー、戦争の時は平民が盾になって貴族が攻撃するんだっけ? 確かに効率は良いかもしれないけどなぁ……」


 記憶を辿り、帝国魔法使いの特徴を思い返す。

 平民や下級貴族には攻撃魔法を教えず障壁魔法ばかりを教えてそれらを盾とし、無尽蔵の魔力を持つ有力貴族だけが攻撃をするスタイルだ。

 確かにバランスが悪いわけではない。プレイヤーも同じようなパーティ構成で戦うことは確かに多かった。

 だが、それは役割分担の範疇でしかない。タンクとアタッカーとヒーラーという組み合わせはごく一般的なものだ。


「最初の一発で負けるのと、自慢の魔法を止められた時の想定が全くできてないんでしょうねぇ、貴族らしいといえばそうですけど」


「若いなぁ……」


「ですねぇ……」


 二人して軽い溜息を吐いた。

 いくら効率の良い構成でも、それらが一人になった時に負けるしかないでは話にならない。

 時には敵の攻撃を受け止めきれずタンクが先に死ぬこともあるし、ヘイト管理を失敗してヒーラーが死ぬこともある。アタッカーは、それでも戦えるようにしなければならないのだ。

 魔法使いとして生きていくのに、火力の一芸だけでは話にならない。全てを一人で賄えるようになって初めて一人前だ。僕はそう考えて自分を、そしてリリーとイルマを育てている。


「え、えーと、エミリオさんは最年少だと聞いてますが……」


「あ、そうなの? まぁ、たかが1,2年程度でしょ」


 呆れ顔のまま僕らの話を聞いていたフローレンツは、何故か僕の年齢を知っているようだ。

 直接言ったのはベネディクトゥスのお付きの三人だけのはずだし、どこかから噂を流している人が居ると見た。……あ、シスターかな。そういうことしそう。入学したら出来る限り目立てって言われ続けてきたからなぁ……。


「たかがって……」


「そんなの、人より1,2年早く魔法を覚えるとか、人より毎日1時間長く魔法の勉強と訓練するとかしたら、すぐに超えられる程度でしょ」


 現に、僕はそうだった。

 僕には最初から魔法の知識があり、最初から魔法のみを鍛えた結果なのだ。

 とんでもない才能に恵まれたわけでも、優秀な師が居たわけでもない。ただ単純に、知識と時間の積み重ねに過ぎないものだ。

 生まれてすぐ著名な魔法使いの弟子になったイルマも、師を失うことなく順当に成長すれば相当強くなっていたはず。つまり、そういうことなのだ。

 魔法適正の許す限り、人は時間を掛ければどれだけでも強くなれる。ここは、そういう世界だ。一定のラインまでは、努力が報われる。


「……確かに、エミリオさんの言う通りです」


「でしょ?」


「えぇ。僕らの世界は、狭すぎたんですね」


 彼はなんか納得したようだが、僕はそれに対してコメントできることはない。

 僕は僕として生きて、貴族も貴族の家に生まれ、貴族として生きてきたのだ。

 他人の世界に対して、正しいとか間違っているなんて言えるほど、僕は出来た人間ではない。

 両親を殺した奴を10年以上経っても探し続けているような、そんな小さな人間だから。

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