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4

 空間歪曲が戻され、僕らは入るはずだった教室に戻される。


 階段型の教室だ。後ろに行くにつれて席は高くなり、最前面が一番低い、大学タイプの教室。

 廊下側から見たらやけに広く感じたが、それは段ごとの席間隔が相当広いからだった。

 どうやら席は決まっていないようで、クラスメイトは皆思い思いの席に座っている。彼らは皆、僕らと同じように空間歪曲によって帝国領に飛ばされ、そこでベネディクトゥスに敗北したのだろう。

 業火の王が教室に現れたことを驚いたのか、それは教室全体のざわめきを産む。ビクリと身を揺らす者は、彼にトラウマを植え付けられたことか。

 それもそうか。僕はなんとも思わなくとも、あの火は、あの炎は本物だった。これまでのプライドをズタズタに引き裂かれた者も居ると思う。


 ――けれど王は、僕に負けた。


「貴様ら」


 その一言で、ざわめいていたクラスメイトが沈黙する。

 彼は一体どれほど恐怖させたのか。一体どれほど威圧をしたのか。一体どれほど力を見せたのか。

 一致団結してAクラスを目指すどころの雰囲気ではない。最早恐怖政治も良いところだ。


「王になるのは取り下げる。以上だ」


 序列1位を目指した王は、素直に負けを認めたのだ。

 プライドもあるだろう。しかし、認めた。自分より劣る者に威張り散らすわけでもなく、上に立つのを諦めた。

 これが、貴族か。これが、人の上に立つ者か。

 僕は、貴族というものを甘く見ていたのかもしれない。

 ベネディクトゥスはそれっきり黙って、教室の一番後ろ、中央の席に陣取った。付き添い3人はサイドに別れて座る。


 適当に三人で横並びに座れる席に入った僕らは、数分後に入室した教師を見て驚いた。

 どうやら今入ってきた彼が担任のようだ。何か見たことがあるのだが。


「ボネ先生ですよね、アレ……」


 イルマもそれに気付いたのか、肘をついて教壇を眺める。

 綺麗な姿勢で担任の入室を待っていた他のクラスメイトと違って、なんか緩いんだよな僕ら三人……。貴族式の礼儀作法とか学んでるわけではないから所作から平民が滲み出るというか、自己紹介前から平民バレしてるっていうか。


「あれが担任かぁ……」


 汚れた白衣の担任を見て揃ってため息を吐く。……うん、再会が早すぎたね。しかもどれだけでもまともな教師が居そうな学校なのに、よりにもよって担任がコレ。

 彼の弱みを握っているとはいえ、不安だなぁ……。


「とりあえず、点呼取りますね。あ、わたしはCクラス担任のボネ・ベルナールです。担当は媒介魔法、あとは並行世界論ですが、初年度の皆さんにはほとんど関係ないですね、すみません」


 彼はそう言うと、名簿を見ながら一人ずつ点呼を取っていく。

 僕の名前が呼ばれたところで手を振られたので、勿論無視をした。なんかめんどくさそうだし。


「ジルカ・ステラさん。ジルカ・ステラさん」


 点呼は順調に続いたが、最後の1名の名前を呼ばれたところで、どこからも返答が上がらなかった。


「あれ、居ませんか? 遅刻でしょうか。式には全員居たと聞いてるんですが、どこ行ったんでしょうね……迷子でしょうか……?」


 ボネ先生が、キョロキョロと周りを見渡す。

 生憎生徒同士も面識がほとんどない状態なので、声を上げなかっただけで居る可能性も0ではない。

 皆が思い思いの席に座っているから、数を数えづらいのも原因だろう。いやまぁ、人数に対して教室が広すぎるだけだと思うのだが。

 クラスメイトは30人程度しか居ないのに、教室内の机と椅子の数は、軽くその倍以上は入れる余裕があるのだ。


「ここに居るわよ」


 少女の声が響き渡り、多少の雑音があった教室は一気に静まり返る。

 透き通るソプラノボイス。しかしその声は、空から聞こえた。

 教室が階段型になっている関係もあり、天上は相当高い。そこに、少女が浮かんでいた。

 腰まで届く銀色の毛を、両サイドで縛った少女。学校指定の女子制服を早くも着崩してたその少女は、空を飛んでいたのだ。


 リリーなら浮遊能力の延長で、同じように空に留まることはできる。しかし分からないことがある。

 僕には空に居る少女がいつからここに居たのか、いつ現れたのかすら、声が聞こえるまで分からなかったから。


「ベニーが教室荒らすと思ってたから入りたくなかったんだけど。何であんた大人しく座ってんの? 王の風格見せ付けるんじゃなかったの?」


 空に浮かぶ少女は、首だけを後ろに回してそんなことを言う。


「貴様ッ! ベニーと呼ぶなと何度言えば!」


 声と同時に熱波が飛んだ。

 彼女が見ていた教室後方、そこで立ち上がったのはベネディクトゥスだ。ベニーというのは愛称だろうか。それにしては、本人相当怒っているようにも思えるが。

 快適な温度に快適な湿度を維持していたはずの教室は、一気にサウナ状態だ。コントロール下手くそか?


「うっさいうっさい。熱いから温度下げなさい。汗かいちゃうじゃない。見かけ騙しのベニー坊や」


「だからベニーと呼ぶなと……ッ!」


 どうやら二人は旧知のようだが、この状況は面倒だ。

 このままでは教室が炎に包まれてしまう。つーかボネ先生は担任なんだからさっさと止めろ。

 手っ取り早く黙らせる方法を考え、行動に移す。


「なんでパンツ見せてんの?」


 教室の真ん中あたりに居る僕が上を見上げると、丁度それが見えるのだ。

 男子諸君は見ないようにしているつもりみたいだが、こう、皆ちらちらと目線だけで把握している。

 うん、白いね。結構高級そうな生地だし、帝国筆頭貴族と旧知なら彼女も有名貴族なのだろう。下着にも拘るとは流石貴族。ウチの子なんてパンツすら履いてないことがあるんだぞ。具体的に言うと隣に座るイルマだが。


「なっ!??」


 ジルカは僕のその発言によって、ようやく自分がパンツを見せ付けている一種の痴漢行為をしていることに気付いたのか、スカートを抑える。

 いやまぁ、真下に居るからそれでも見えてるのだが。ガード緩すぎない? イルマを見習いなさいよ。ノーパンなのに何故かどの角度からも何も見えない鉄壁のガードなんだぞ。


「いったァ!!」


 僕の肩に、肩にヒールがめり込んだ。

 刺さってはいない。しかし絶妙な加減で、2センチくらいめり込んだ。


 宙の一点で静止している彼女を見ていたはずなのに、いつ降りてきたかすら分からない。落下したなら音なり風なり感じたはずなのに、気が付くと踏まれていたのだ。

 手で払いのけようとすると、しかしそこに足はなかった。

 いつの間にか彼女は僕の真正面、机の上に立っていた。一体いつ移動したのか、動作が全く見えていない。いくらなんでも、人間が目にもとまらぬ速度で動いたとは思えない。これは、何らかの魔法によるものだ。


「無礼者」


「あ、見せてたんじゃないんだ」


「んなっ!? 見せてるわけないじゃない! なんで見るの変態? あんた頭おかしいんじゃないの!?」


 赤面し、スカートを抑える少女。

 残念ながら、この角度では見えていない。イルマが僕の脛を思いっきりつねるので、もう見ようとするのはやめておく。


 実は、僕は肩の痛みよりも、自動展開している障壁が今の踏みつけに対して何も反応しなかったことに驚いていた。

 展開していた障壁をこっそり確認するが、何のエラーも吐いていない。どういうことだ? 痛みを覚えるほどの過度な肉体接触には反応するはずの障壁が、正常値を示している。ならば何故彼女に踏まれた痛みがある?

 ……分からない。分からないから、障壁のアップグレードをしないといけないと誓うのであった。


「上から声がしたから上見たら、パンツ見えただけだけど」


「普通パンツ見ないわよ! ねえ!?」


 彼女が同意を求め周囲を見渡すと、クラスメイトの男子全員が目を逸らす。うん、君らは皆直視しようとはしていなかったね。見てはいただろうけど。

 ていうかこの場合の普通は、急に空に現れないこと、だ。普通に入口から入ってこいよ。


 目の前に立っていた少女は僕をキッと睨み付けると、消失した。この距離で意識していてようやく分かったが、ほんの僅かに魔力の反応がある。

 ガタリと音がしたので後ろを見ると、ベネディクトゥスが同じ列に座ったことでそれまで座っていた生徒が逃げていった最後列の、一番端に座っていた。

 一々魔法で動かなくても良いのでは? とか考えてしまうが、それを言うと僕の使う効率の悪い障壁やその他諸々を突っ込まれてしまいそうなので黙っておく。彼女には彼女なりの理由があるのだ。……たぶん。


「せんせ、変な人によく絡まれますね」


 イルマが僕に耳打ちをした。うんうん、本当にその通り。

 僕って実は、変な人に絡まれる才能あるんじゃない?


「誰が変な人よ!」「誰が変な人だ!」


 後ろからそんな声が聞こえるが無視無視。お前らどんだけ耳良いんだよ。


「えーっと、そろそろ良いですか?」


 場が静まったところで、ボネ先生がようやく口を開いた。何でこれまで黙ってたの? 担任だよね? なんかあんまり期待するのが申し訳なくなる担任だ。どうやら毎年担任が変わる制度はないようで卒業までずっと彼が担任ということになるらしいが、今後が不安で仕方ない。


「全員揃ったことなので、説明をします。来週から本格的に授業が始まりますが、初年度は皆さん同じ授業を受けてもらいます。学力を測るためでもありますので、なるべく休まないようにして下さい」


 所々から「はーい」と声が上がる。彼と面識がなかったクラスメイトも、これまでの態度や言動を見て、彼は緩くても大丈夫な教師だと理解したのだろう。

 張りつめていた空気は、随分と落ち着いてきている。

 ……ベネディクトゥスがクラスメイトに与えた余波が収まるには、まだしばらくかかるだろうが。


「金曜には選択科目があり、平日の放課後と土曜日曜は研究室にも参加できます。ただ、一年次は研究室への参加が任意ですので、興味のない人は二年次までに考えておいてください。あと一応聞いておきますが、既に所属する研究室が決まってる人、居ますか? 居たら教えてください」


 ボネ先生がそう問うと、数人の生徒から手が上がる。それにはベネディクトゥスも、ジルカも含まれていた。

 勿論僕らには予定がないので、今度会った時シスターにでも聞いてみることにしよう。


「あ、じゃあ一人ずつ聞いてきますね。まずは……ジルカさん、どちらの研究室へ?」


「『転送室』」


 無愛想に、彼女は一言だけ呟いた。

 僕らはその研究室の名前を知らないので、反応できない。驚いてたのは、ボネ先生だ。口を大きく開け、数秒フリーズの後に喋り出す。


「えぇっと、ご存知と思いますが……」


「もう無いのは知ってます。再建するためにこの学校に来たので、一人でも作ります。当時の関係者が学内に残ってたら手伝ってもらうので、教えてください」


 ボネ先生は、その返答に再び口をあんぐり開ける。

 今度からあの顔をアホ面と呼ぶことにしようと、そう心に決める。


「わ、わたしが、そうです」


 ボネ先生は、自信なさげにそう言った。


「はぁ?」


「えっと、今から13年前になりますが。確かに所属してました……。わたし以外には誰も残ってないと、思います」


 次に驚いたのは、ジルカだ。

 確かに、頼みの綱がここまで役に立たなそうな男だと、不安になる気持ちも分かる。

 なるべく、というか一番頼りたくないタイプの人だ。


「13年前って、マクラーレン先生が居た時ですよね!?」


 声を荒げるジルカは、マクラーレンという人物に会いたいのだろう。

 しかし自分は知っている。その名前を。あぁ、久しぶりに聞いた名だ。これまでずっと思い出していなかったのに、その名前を聞くと、当時の記憶が蘇る。


「ああ、彼ですか。本当に、優秀な人でした」


 昔のことを思い出すかのように、ボネ先生は天井を見上げながらそう言った。


「今どうしてるか、知ってますか!?」


「先の戦争で亡くなったと、聞いてます」


 ――そうか。やはり、ジルカが会いたがっていたマクラーレンとは、ダグラス・マクラーレンのことだったか。

 有名なNPCだ。きっと、あのゲームをプレイし、ストーリーを読んでいた者なら、誰でも覚えているようなNPC。


 彼は、有名な傭兵キャラクターだ。

 ある程度ストーリーを進めると登場し、それから数年間様々な場所でストーリーに関わってくる重要人物。


 転移魔法、転送魔法、空間歪曲魔法。移動に関する様々な魔法を使いこなし、主人公を、パーティを、皆を、様々な場所に連れて行ってくれた運び屋だ。

 彼の生まれは、ゲーム開始時点の100年以上前。昔話を、よく聞かせてくれたものだ。

 しかし彼は作中で、30歳前後の好青年と表記されていた。

 そのような齟齬はゲーム内には数多く存在する伏線の一つでしかなかった。しかし彼は、本当に100年前に生まれ、現在30歳のキャラクターだったのだ。


 彼だけが使える魔法、時空転送。

 それは、時を旅する魔法だから。


「そんな、あの、先生が……」


 震える声でジルカが呟く。

 彼女の凛とした声は、こんな時でもよく響く。


「……あれ、運び屋のマクラーレンって、ちょっと前せんせと話してませんでした? 違う人です?」


 僕の耳元に口を近づけ、イルマがそんなことを聞いてくる。

 ――うん、会った。シスターの伝手で手紙を出し、直接会って頼み事をしたから。

 僕は彼のことを知っている。彼が未来に語ることを、知っている。

 だから出来た交渉、だから使えたブラフ、それを知るから、出会えたのだ。


「そこの、平民」


 後ろから声が掛かる。

 ううん、やっぱり聞こえてたか。耳どんだけ良いんだろ?


「説明しなさい」


「……嫌と言ったら?」


「無理矢理にでも聞き出す」


 その声は、冗談には聞こえず。

 イルマとリリーが一瞬にして身構えるほどの殺気で。


「さいで。気が向いたらね」


「…………まぁ、それで良いわ」


 殺気は霧散し、椅子に座る音がした。

 マクラーレンの話は、今する内容ではないということくらいは分かるのだろう。


 ジルカの話はそれで終わり、挙手をしていた全員から希望の研究室を聞くと、授業のスケジュール表が配られる。その後授業についての説明。そして、待ちに待った昼食時間だ。


 食堂の類は学校内に沢山あるようだが、初日に選んだのは、クラスから一番近いレストラン。

 4人掛けの丸テーブルが並び、席間隔も相当広く、結構なお値段。間違いなく、貴族向けのレストランだ。

 これでも露店型ではない店舗では一番安そうな店を選んだつもりだったが、案の定の高級志向。校内の店は全部そんなものかもしれないので、食事の度に屋敷に帰る可能性まで考慮しなければならない。

 色々とうろつき回ってから辿り着いたので少し出遅れてしまったが、学生食堂のはずなのに騒々しさの欠片もない。皆が静かに食事をし、カチャリカチャリと皿が銀食器と触れ合う音くらいしか聞こえてこない。

 少し場違いさも感じるが、全員が同じ学校の制服を着ているので、行動さえおかしくなければ何の問題もない。貴族からは滲み出る貴族オーラが、平民である僕らからは平民オーラが出ている気もするが、それはもう慣れなければ。

 メニューにはコース料理もあったが生憎形式ばった食事は好きではないので、好きなものをそれぞれ頼んでいくことにした。


「たまにはこういうのも、悪くないですねぇ」


 普段屋敷で食べているような大皿料理ではない。一人一人に適切な量が盛り付けられ、旬の野菜や香草で色とりどりに飾られたパスタを食べながら、イルマはそんなことを言った。


「ま、たまにはね」


「……ちょっと食べるの面倒なので、毎日は嫌ですけど」


「分かる……」


 別に誰が見ているわけでもないのだが、どうしても礼儀作法が気になってしまう。

 もう僕らは性根から平民なのだ。慣れるかもしれないが、食事くらいは気を休めて食べたい。

 お弁当作ってもらうのも良いなぁとか考えながら、フォークをくるくると回す。


 子羊の肉を刻み、フレッシュトマトと共に軽く煮込んだラグーソースのパスタ。羊肉にありがちな臭みはなく、肉の味を殺さないよう、塩味や香味も強すぎない。微かに鼻に抜ける香りは香草だろう。何の香草かまでは分からないが。


「ちょっと、気を遣っちゃう、ね」


 目が見えないリリーでもやはり気になるのか、いつもより緊張しているようだ。フォークを動かす速度が、ちょっとばかり遅い。


 食事はもっと気が休まるものだ。

 周りの生徒が僕らを認識していなかったとしても、どうしても僕らは場違いと感じてしまう。


 いつもなら何かしら話しながら食べる僕らでも、今日ばかりは周囲に合わせて静かなものだった。

 喋らずにただひたすら食べ続けるとすぐに食事は終わるもので、追加で注文した生ハムをつついていたところ、後ろから声がかかる。


「お隣、宜しいですか?」


 声変わりしていないかのような男の声。

 1歳とはいえ飛び入学している僕よりかは年上だと思うのでそういう印象を抱くのは間違っているかもしれないが、それにしても若々しい少年の声だった。

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