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 広間は、炎に包まれている。それは全てベネディクトゥスの魔法の余波によるもので、広間が火事になろうが彼は構わないらしい。


「我が身我が家の栄光は、常に炎と共に在り! 我がベネディクトゥスの名を持って炎の精に命ずる。従え! その身を矢と成し天翔けろ! 《火箭》ッ!!」


「また……それかよ!」


 ベネディクトゥスの周囲から射出されるは、無数の火矢だ。これまで何度も飛ばしてきた火矢。しかしそれは、回数を重ねるごとに速く、鋭く、そして激しく燃え上がる。


「障壁展開、消火防壁、精霊分散、あともう色々とにかく消えろ……!!」


 麻薬魔法によってブーストされた思考速度に、僕の口は追いついてくれない。

 口頭制御などではないので、発声する必要などない。それでも僕は、効率の悪い発声による障壁の組み立てを続けている。


「何だその詠唱はッ! ふざけているのか!?」


「クソ大真面目だっつーの!」


 どうやら僕の魔法行使は詠唱タイプな彼に相当なストレスを与えるようで、魔法を打ち合いながら常にこんな会話のドッジボールを続けている。

 詠唱を省略するとか破棄するとか、そういう概念が抜けてるんだよこの男。普通に考えたら雑魚だ。しかし――


「どんだけ魔力あんだよお前! あと魔法が繊細すぎるんだよ!」


「貴様が雑なだけだろうがッ!」


 リリーのレビテーション顔負けの速度で飛んでくる火矢は、目で見て捉えることなどできない。故に、僕は全てを自動化して迎え撃っている。

 障壁魔法。傍から見たら防戦一方。しかし、離れたところから見ているリリーやイルマからしたら、いつもの光景に見えるだろう。


 僕は、決闘開始から30分程度が経過する今まで、一度も攻撃魔法を使っていない。だからベネディクトゥスは攻撃の手を緩めないし、僕に障壁魔法以外を使わせないように執拗に攻撃を繰り返す。

 ベネディクトゥスの使う魔法は、完全なる火属性特化。火属性における全ての系統を同等に使いこなし、様々な角度から攻撃をしてくる。

 僕は頻繁に切り替わる攻撃に対し、障壁を更新するので精一杯。そう見えているはずだ。


 実際に対応に追われて攻撃どころじゃなかったとしても、僕に切り札があったとしても、彼は攻撃の手を止めることはできない。


「つーか全然魔力切れねえのな!」


 まず第一に考えたのが、彼の魔力切れを待つ作戦。

 しかしこれは、開始1分で断念した。魔力量が人並みはずれて多く、そして火属性に特化していることにより、魔力効率が極端に良くなっている彼と魔力切れまで殴りあうのは問題だ。何時間も障壁を展開していたくはないし、自己バフに使っている麻薬魔法も、どこかで危ないラインに入ってしまう。基本的には短時間用のバフで組み立てているからだ。


「この程度で切れるわけがなかろうッ! 我が身我が家の栄光は、常に炎と共に在り! 我が魔我が火我が熱よ! ここに生まれ! 相手を焼きて消し飛ばせ! 《フレイム・スロワー》!」


「我が我がうっせえなあさっきから!」


「やかましいわッ!!!」


 広範囲火炎放射系魔法。一点集中よりも、僕への負担は大きくなる。

 それを理解しているから、彼は先程から範囲の広い魔法ばかりを選択している。相手が明らかに苦手としているところを攻めるのは、悪いことではない。むしろ、やって当たり前のことなのだ。

 彼が貴族であろうと、彼がどれだけ自身のことを誇らしいと思っていようとも、相手の弱点を突くのは当然のこと。それはプライドがあろうが関係ない。自身が魔法使いで、相手も魔法使いであるならば、そうするのが定めだ。


 ――だから僕も、そうするのだ。


 ナルコティクスオープン。ずっとずっと使い続けている麻薬魔法。

 いくら広範囲に即死レベルの毒を撒き散らすことのできる魔法であろうと、相手が風を使わず、火属性魔法も使わない場合だけの話だ。

 どちらかの使い手ならば、警戒されているところ、ましてや戦闘中に決まる魔法ではない。

 麻薬魔法にできるのは、ただ麻薬を調合し、産み出すことだけだから。


 だから僕は、ずっと待っていた。

 だから僕は、ずっと障壁を鍛え続けていた。


 一撃必殺、当てさえすれば確実に望みどおりの効果を生んでくれる、それを使うために。


「攻性障壁、展開」


 数年間繰り返したパワーレベリングによって、ようやく使えるようになった障壁。

 彼の火炎放射を受け止めたこの瞬間、スキル取得条件を満たしたことで使えるようになった特殊な障壁スキル。


 これが、僕が効率の悪い障壁を展開し続けていた理由。

 これが、僕が障壁魔法を使い続けていた理由。

 これが、僕が対プレイヤー用に見出したスキル。


「なんだ、これは……!?」


 30分間途切れることなく新たな攻撃魔法を打ち続けていたベネディクトゥスが、ついに魔法の使用を止めて周囲を見渡す。

 攻性障壁。そのスキルは、障壁魔法の使用回数、修復回数が一定数を越えると、自動取得されるもの。

 僕が無駄に大量の障壁を展開し、無駄に大量の障壁修復を繰り返したのも、全てはこのスキルが欲しかったからだ。


 ゲーム内で手に入れたのは、プレイ期間が5年を過ぎてからのこと。

 あちらの世界で命を落とす、ほんの少しだけ前のことだった。


 僕はA4サイズの攻性障壁を300枚、ベネディクトゥスの周囲に展開している。彼も、視界に入らずともそれくらいは理解できている。しかし、意味が分からないはずだ。

 障壁は守るものであって、相手を攻撃するためのものではない。故に、自身の周囲以外に障壁を貼る理由はないのだから。


「もう魔力切れかな?」


 ベネディクトゥスが一向に魔法を使う気配がないので、煽っておく。


「……ほざけッ!! 我が身我が家の栄光は、常に炎と共に在り! 天を駆けよ! 地を飲み干せ! 永久に消えぬ火を生みし、太古の神の力をここに! 生まれよ《炎天》ッ! 焼き尽くせ!!!」


 彼が煽り耐性0で助かったよ! この障壁は、攻撃されなければ話にならないのだ。

 彼が使ったのはヨラヒムの使った召喚魔法に近いものだ。しかし、想像していたより火力が高い。

 魔法も、彼ほどの人の手にかかればこうも恐ろしい化生に映るか。ヨラヒムには悪いが、精霊召還魔法としての格が違う。


 人の姿をした炎によって、障壁はいとも容易く破り捨てる。

 僕が使った攻性障壁は、展開場所が自身の周囲に縛られない。

 どこにでも設置でき、魔法による攻撃を食らうと発動する、カウンター障壁。

 防御機能はない。あくまで、攻撃をするための障壁だからだ。


 攻性障壁には、予め1つの魔法をセットできる。障壁が破壊された時、その魔法が発動するのだ。

 普通に考えたら、数年間の特訓を障壁に費やすほどの性能ではない。しかし、それは僕が使わないなら、の話だ。


「カ……ッ! き、きさま、なに……を……ッ!?」


 彼は突如、赤黒い血を吐き出した。

 主からの魔力供給を失った精霊は姿を消し、彼は床に倒れ伏す。


 これが僕の求めていた魔法。

 これが僕の使いたかった障壁。

 これが、僕の選んだ戦い方だ。


「ようやく、吸ったか」


 思ったより長かったな。

 火属性魔法を扱う者は、自身の魔法によって生み出した有毒ガスを吸わないよう、ガスマスクのような成分の障壁を作るのが一般的だ。

 そのせいで、僕の麻薬魔法は火属性魔法の使い手には届かない。産み出すことしかできない麻薬魔法を、ガスマスク越しに当てることができないからだ。


 ――それでも、ガスマスクの内側から麻薬を産み出すことができれば?

 ――それでも、濾過しきれないほどの大量の麻薬を周囲に生み出すことができれば?


 結果はご覧の通り。


「経験値、ごっそさん」


 彼は床に倒れ、意識を失う。

 なぁに、殺したわけではない。ちょっと血を吐くくらい苦しむだけで、すぐに回復するだろう。……適切な処置をすれば。







 その後僕は駆け寄った少年三人に懇願され、彼らの主の治療を行う。

 治療と言っても簡単なものだ。先程僕が彼に吸わせた麻薬成分を分解する薬を飲ませただけ。

 後は放ってけばすぐに元通りになると言っても、少年達は主が起きるまで僕らを帰さないと言ってきた。


 彼らを脅して帰らせるのは容易いが、それでは話が進まない。彼らの主であるベネディクトゥスの意識が戻るまで、仕方なく付き合うことにした。


「で、やっぱりこいつは御山の大将になろうとしたと」


「……はい、まずは誰がクラスで最も優秀か示してから、Aクラスに勝とうと鼓舞するつもりだった……みたいです」


「なるほどなぁ。Aクラスって何かあるの? 強い人が居るとか?」


「知らないんですか!?」


「え、何も知らないけど……」


 相当驚かれたが、残念ながら何も知らない。僕らがCクラスってことも今日知ったくらいだし、成績順ではないようだが、何かしらの因縁でもあるのだろうか。

 一応僕の後ろに居るリリーとイルマに視線を送ってみたが、二人とも知らない様子。まぁ、やっぱりそうだよね。


「寮に居れば噂くらいは聞いたと思うんですが……」


「あー、僕らアレ、皆と寮違うから。三人で一緒に入れる寮がなくて、なんだっけ、えーと……」


「羽箒亭、だよ」


 リリーがこっそり教えてくれた。イルマは無反応なので、たぶん僕と同じで認識してなかったね、これ。


「そうそうそこそこ。羽箒亭。そこに居るから今日まで他の生徒と会うことなかったんだよね」


「羽箒亭ですか!?」


 僕の発言によほど驚いたのか、慌てる少年C。えーと……ダリオだっけ?


「そうだけど……」


「羽箒亭って、俺の姉さんが使ってるけど……あそこ、使用人寮ですよね?」


「らしいねー。普通の学生寮じゃ男女同室難しいみたいだから、シスターに探してもらって」


 少年Bのジルドが「同室……同室……」と恨みがましい目でこちらを見ながら呟いているが、気にしないでおく。


「……シスターって、まさか」


 少年A、コウスが震えている。

 他の二人はその部分には無反応だったので、シスターと言われてあの人が浮かぶことはないのだろう。彼だけがあの化け物のことを認識できている。


「エルヴィール・カプレ。ここの先生だけど、知ってる?一応、僕らの後見人ってことになってる人だよ」


「「「カプレさんが後見人!??」」」


 声を揃えて叫ばれる僕ら。リリーはあまりの声量に驚いて両耳を塞ぐ。


「……あ、皆知ってるんだ」


「「「教頭先生じゃないですか!!」」」


 …………うん?

 教頭?あれ?そんなこと言ってたっけ?

 何も言わず、リリーとイルマに目配せをすると、察してくれた二人は首を横に振る。


「教頭だったんだ……」


「いやむしろ、なんで何も知らないんですか……?」


 コウスにそれを問われても、そんなもの「教えられていなかったから」と言うしかない。

 教師をしていることくらいは知っていたが、そういえば入学式の時校長の隣に居たなーとか書類通るの明らかに早かったよなーとか僕らの追試を頼む流れがスムーズだったなーとか、所々上役の片鱗があったことを思い出す。

 数年前に教師になったばかりだから、そこまでの地位に上ってるなんて考えてもなかったよ……。本職は教師ではなく、王国付きの魔法指南役なわけだし。


「前職で知り合いだったというか……昔馴染みというか……」


「昔って……」


 あ、疑いの目を向けられてる。ほら、子供時代って時の流れが遅いじゃない? だから10年位前のことが30年は前のことのように感じちゃうんだよ。


「あ、僕は14歳だから、シスターみたいに人外じゃないよ」


「「「14……」」」


 彼らは再び声を揃え、口をポカンと空けられる。


「……俺ら、主も含めて4人とも16歳なんですけど」


 ダリオはそう教えてくれる。やっぱりちょっと年上だったかぁ。同い年だとちょっとショックだよこれ。強すぎるもんアイツ。

 初見で戦うことになった時、決闘の形式がどうだろうが、一対一で真っ当に勝てるビジョンは中々浮かばない。僕は真っ当に戦わないから勝てるのだが。

 ……まぁ特訓の成果でトンデモ火力となっているリリーとイルマなら、開始と同時に彼が長々と詠唱してる間に心臓かバッジか何かしらを打ち抜けば勝ちなのだが。


「やっぱ年上なのね。去年は試験受けてなかった感じ?」


 彼ほどの実力者が実技は勿論のこと筆記の成績が悪いなんて思えないし、入学可能年齢に試験を受けていて落とされるとは考えづらい。部下3人は別として。


「……ご存知とは思いますが、戦争が長引いてまして。これは他言無用と言われてるんですが……一時避難としてマスカールに亡命中、というのが実際のところです。俺らは主の護衛兼お目付け役、というわけで」


「なるほどなぁ……」


 これまでずっと勝ち続けていた帝国が、ついに敗れたのだ。

 敗因は簡単なこと。帝国は、敵を作りすぎたのだ。

 帝国に虐げられてきた国々が共和国という独立国家を作ったのが10年ほど前だったか。総力戦となった帝国対共和国の戦争は、つい1年ほど前に終戦したと聞いている。


 ――王が、殺されたのだと言う。それも敵にではなく、自国の兵に。


 他国との戦争中に国内で内戦が置き、頭が変わるというのはこれまでもあったらしい。しかし、今回に関しては相手が、犯人が悪かった。

 他国との戦争で主力となっていた主戦派の一部が王を殺し、体制から離反したのだ。

 結局帝国は戦争継続が困難となり、共和国に降伏する。


「あー、つまり偉い人なんですね、そこに転がってる赤いの」


 イルマがそこに気付いてしまった。

 ……うん、まだ起きてないみたいで助かった。起きてたら絶対ブチギレるよこいつ……。


「そ、そうです。主は帝国筆頭貴族、つまり王族を除けば貴族位第一位の、長男です」


「……滅茶苦茶大物じゃねえか!!」


 貴族位第一位!? 弱小国じゃなくて大陸一領土が広い帝国の!? しかもそこの長男!???

 うっわ話がこじれそう! 思ったよりめんどくさそう!! 不敬で裁かれたりはしないかな!? まぁここマスカール王国だからいっか! 亡命中みたいだし、帝国法の適用外だよね!?


「俺ら主が決闘形式で負けるところ初めて見たんですけど、それをこうも簡単に倒すとか、エミリオさんは何者ですか……!?」


「ええー、平民だけど……ねぇ?」


「う、うん……」


「平民でしかないですねー」


 リリーとイルマに同意を求めておく。うんうん。僕は農村生まれの平民だよ!

 三人とも平民だよ! 貴族とは無縁の生活さ!


「「「マスカールの平民、怖ッ!」」」


「怖くないよー。ちょっと両親居なかったり孤児だったりするだけだよー」


「「「しかもなんか重い!」」」


 仲良いなお前ら!? さっきからよく声揃うな!?

 まぁ相当昔からの馴染みっぽいし、貴族はそういうものなのだろう。


「あ、ちょっと話変わるけど、あの空間歪曲って誰がやったの? ていうかここどこ?」


「それなら、俺です」


 そう言って手を上げたのはダリオだ。姉が使用人してるダリオ。

 うん? 筆頭貴族のお連れ様ってことは、三人とも貴族ってことになるよね? それの姉が使用人? 複雑な家庭事情の気配を察知したぞ。


「ここはアストルム帝国にある、主の別荘です」


「……はぁ!? 何千キロ離れてんの!? 空間歪曲凄すぎんだろ!」


 えっ帝国領!? 転移魔法で移動できるのなんで数キロ、精々数十キロ程度だ。何千、何万キロ単位の移動など転移魔法では行えない。

 思ったより凄かったわ空間歪曲。何かしらの制限はあるんだろうけど。


「直線距離で、8200キロ程度ですね」


「すっご……」


「ま、俺、これしかできないんですけどね。一芸だけで雇って貰えてるんで」


 ダリオは少しだけ照れくさそうに頬を掻く。

 一芸だけとはいえ、充分すぎる魔法だ。点と点で繋げる転移魔法とは異なり、空間と空間を接続する空間歪曲にも使いづらいところはあるだろうが、数千キロの距離を瞬時に移動できる魔法は他にない。

 転移魔法の上位に転送魔法というのがあるが、あれはゲーム内でも使える人間が数人しか居ないユニークスキルだったのだ。


「やー、充分凄い凄い。僕も覚えたら便利かなぁ」


「そんな軽率に覚えられるものでは……継承魔法ですし」


「そっか、継承魔法か……なら難しいか……」


 ううん残念。ちょっと面白そうだったけど、まぁ使えなくても構わない程度だ。

 知ってる場所なら転移魔法のビーコン付けまくれば効率悪くとも長距離移動ができないでもないし。

 それに継承魔法はユニークスキルほどではないが取得条件が極端に難しいもので、一応継承する手段はあるがあまり人道的とは言いがたいので避けたいところ。


 そんなことを考えていると、僕の服の裾がくいくいと引っ張られる。

 リリーだ。リリーは僕の耳元に口を近づけ、「起きたよ」と一言。ちょっと耳に吐息が当たってドキっとしたけど、平常心平常心。


 床に寝かされているベネディクトゥスの方をチラリと見るが、僕には先程までと変わらず、意識を失っているようにしか見えない。けれど、リリーが言うなら違うのだ。


 さて、どうするべきか。

 1、叩き起こす

 2、蹴っ飛ばす

 3、放置する


 しばし悩む。そして僕が選んだのは――


「あ、主!?目が覚めたんですか!?」


 4、部下三人に身振り手振りで教える、だ!

 たぶん僕がどう起こそうが面倒なことになるので、彼らに任せることにした。放置しても良かったが、とっとと教室戻りたいし。もうここ来て1時間くらい経ってるんじゃないか? 流石に担任が探しに来るレベルだろコレ。


 ゆっくりと体を起こすベネディクトゥスを見ながら、あーそういえばAクラスがどうだのって話聞くの忘れたなーとか考えるのであった。

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