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その春、僕らは王立魔法学校、《オムニバス》に入学する。
そこで行われたのは形式ばった入学式だ。
名前を呼ばれて一人ずつ壇上に上がり、校長や来賓に頭を下げる。
ここはマスカール王国で唯一、国費で運営される学校だ。故に、来賓の中に重要人物が居てもおかしくはない。
そう、僕はその場で、初めて会った。この国の現王、リュフィレ・マスカールに。
優しそうな好青年にしか見えない彼は、シスターが自分以上の化け物と認めるほど才能の塊らしい。
それは、天上人だ。人より少しだけ早く魔法を覚え、人より少しだけ魔法に詳しい僕では、到底辿り着けない高位の存在。
随分と若々しいが、20歳程度だろうか。腹違いの兄であり僕の恩人でもあるオクタヴィアン殿下のような筋肉ダルマではない。典型的魔法使いのような骨と皮しかない骸骨のような身体でもなく、平均より少し細みの痩せ型で、筋肉も贅肉も、無駄な肉など付けていないであろう、しかし必要最低限は鍛えられているような、そんな身体。
彼は黙って、値踏みをするように新入生を眺めている。
――そして、僕と目が合った。
王は僕をじっと見つめる。そこには敵意もなければ、悪意も感じない。
リリーが一人で壇上に上がった時、彼女の目が見えていないことを知っている教師や学生は、驚愕を露わにしていた。目が見えないはずの者が誰の手も借りずに階段を上る姿も、校長の前に立つ姿も、来賓に頭を下げる姿も、伝聞だけでしか盲目を知らない者には、さぞや衝撃的なシーンだったであろう。
しかしそんな時でも、王は僕から目を逸らさなかった。
――どうしてだ?
別に男と見つめあう趣味はないし、満点合格をしたから目を付けているのだとしたら、僕だけでなくリリーとイルマもそうだし、どうやら僕ら以外にも二人、筆記実技共に満点で合格している新入生が居るようだ。
それなのに、僕はどうして見られている? この場で僕を見ているのは、王だけだ。
僕が目を逸らしても、しばらく王は僕を見ていたようだが、ふと気が付くと王は僕を見ていなかったので、もしかしたら自意識過剰だったのかもしれない。向こうも、「なんであいつはこっち見てるんだろう」くらいの感覚だった可能性もある。
ううん、気にはなるが、関わることもなさそうだし別に良いかな?くらいに考えていた。
――入学式が終わって早々、王の側近に呼び出されるまでは。
◇
側近は何の説明をすることもなく、半ば強引に僕を学内の来賓室に押し込めた。
その部屋に居たのはただ一人、リュフィレ・マスカールその人だ。
「ようやく会えたね、ベルトラン」
彼は一言目からそう言った。
あぁ、すっかり忘れていた。それを言われて、ようやく思い出した。
そういえば僕は、以前この人に呼び出されていたのだ。戴冠式にベルトランが呼ばれ、王都のシスターに相談しようとした時。僕がオリエ達アウトロー集団に拉致された時。
街を出る原因を作ったのは、そもそもがこの男、現王リュフィレなのだ。
「お初にお目にかかります。ベルトランという名前ではございませんが、エミリオ・ブランジェと申します。あなたの兄上、オクタヴィアン殿下に救って頂いた、エミリオです」
とりあえず、しらばっくれておく。別にほぼバレてるから良いのだが、対応を知りたくて。
「あぁ、聞いてるよ。それに、残念ながら知ってるよ。――いや、つい今しがた知ったばかりだが」
「……どうして、僕がベルトランという人物だと思ったんですか?」
「質問に質問で返すようで申し訳ないが、《英知の瞳》というスキルのことを、君なら知ってるんじゃないかな?」
久し振りに聞いたスキル名。
それはユニークスキルと呼ばれる類のもので、取得条件が極端に難しく、ランキングイベントの上位報酬であったり、クエストでのランダム獲得だったりで、使用できるユーザー数を運営から制限されていたスキルの総称だ。
「……なるほど、そういうことですか」
「そういうことだよ。やはり、知っていたか。――ここ数百年、我が国で発現した者は記録されていないようなスキルでも」
意地悪そうな瞳を見て、すぐに気付いた。あぁ、やらかしてしまったと。
さて、どうやって誤魔化すか。
流石に、この世界が舞台のゲームをプレイしていたとか、ルクシアの力で世界を移動し転生したなんてことを説明したところで理解されるとは思えないが、そのスキルを持たれているのは計算外だった。
怪しまれない程度に少しだけ考え、方向性を決める。
「そういうことになってるんですね。僕はそのスキル持ってる人、他にも知ってますけど」
「そうか、そうか。別に、それは構わないよ」
僕を見つめる彼の瞳は、何を考えているか。
表情が読み解けない。彼の思考が理解できない。僕に何をしたいんだ? 僕に何をさせたいんだ? 脅しにしては手緩い。これは単純な興味本位? 彼の純粋な好奇心?
彼の持つそのスキルを前に、嘘は付くのは難しい。
《英知の瞳》、それは真実を照らす瞳。情報を統合し、相手の発言が何%真実で、何%虚構かを教えてくれるスキル。
条件を満たすには、あくまで自分が情報を集めておかなければならない。しかし情報さえ集約できれば、相手の言葉が嘘か真か、全てを教えてくれるスキルなのだ。
「ちなみに、何%と出てますか?」
「さっきまで、82%、直接話すことで、97%まで上がったよ」
「じゃ、今更言い逃れはできないですね。僕が当代のベルトランです。しばらくリシャールには帰ってませんが」
僕は正直に告白した。
まぁ別に、今更隠すことなどできないだろう。
《英知の瞳》とはプレイヤーに対して使えるスキルではなく、NPCに対して、時には人語を理解するモンスターに対して、果ては文字列に対して使うスキルだったのだ。
戦闘用ではないユニークスキル。あくまでゲームを楽しむためのスパイス的存在。有用とはされていないユニークスキルでも、この世界においては違うのだ。
「100%。やはり、真実であったか。君はあの街を、どうするつもりなんだ? 僕はそれを、ずっと聞きたかった」
僕に尋ねる王の瞳は、真剣だ。
断罪するか認めるか、彼はもう決めているのかもしれない。この国の王なのだから、あの街が数百年前からヤク中の街ということくらい知っていたはずだ。それでも国が手を出せないような、扱いの面倒な街。
これまでずっと姿を見せなかったベルトランを、ついに見つけることができた。それは僕がやっていたことが、先代までと違ったから。これまでと方向性を変えてしまったから。
故に、僕は見つけられた。王の持つ、真実を照らす瞳によって。
「最初は、薬を無くそうかと思っていました」
「最初は、か。しかし減っては居ないどころか、先代の頃より中毒者は増えているようだが」
「えぇ。減らしてはいけないことを知りましたから。なので、方向性を変えたんです。――減らしてはいけないなら、増やせば良いと」
そうだ、人口の100%が中毒者になるくらいで構わない。
僕の調合した薬なら、それでも街のシステムを維持できる。シスターがベルトランだった頃、流通関係者は薬の使用を禁止するというお達しを出していたが、僕は別に全員中毒者でも構わないのだ。それでも社会が回るのなら、それに何の不都合がある?
「……それでは道理が通らないよ。増やしたところで、何になる?」
「それを言うということは、あなたも、反対なんですよね」
「無論。この国の癌と思っているよ」
彼はハッキリとそう口にする。一国の主が断言するということは、国の総意と見られる覚悟があるのだ。
あの街の、組織の代表として、僕は一国の主と対等に話さなければならない。
「偏見ですね。――まぁ、僕も元々はそうでしたから」
偏見。麻薬が毒だと信じていた僕は、それが悪いことだと思った。
しかし、改悪の為のものではない。あの街における麻薬というものは、金儲けをしようとして生まれたものではないのだ。生活改善をしようとして生まれ、今は現状維持に必要なものへと変わったもの。
「あぁ偏見だ。しかし、これは私だけの持つものではない。この国のほとんどの国民は、リシャールのことを知ればそう思うだろう。いつ崩壊してもおかしくない、過去の栄光に縋る街だと」
「崩壊は、させませんよ」
それだけは、断言できる。
少なくとも僕が生きている間は、今より良い薬にする。今より良い環境にする。
その場に僕が居なくとも、あの街には信頼できる人間が残っている。だから不安なんてない。あの街に帰らなくとも定期的に新しい薬を試し、臨床実験も兼ねてリシャールで待つシスター・マリオンに送ってもいる。だからこれからあの薬はより良く、体に不具合を起こさないものへと変わっていく。
「君が生きている間はそうだろう。しかし、君が死んだらどうなる? あの街は再び崩壊に向かうのではないか?」
「…………それは、僕が人として死ぬ前提の話ですね」
王の疑問は最もだ。それは僕がつい最近まで考えていたことだから。
けれど、先のことを考えるようになった今、その未来は変わっていくのだ。
「まるで自分が人ではないようなことを言うんだな」
「人ですよ。純粋な、人です。――今はまだ」
僕には、先がある。
リュフィレ歴20年を迎えた、更に先が。
「……私にはそれが、神にでもなろうという言葉に聞こえるが」
彼はその言葉を言う時、少しだけ楽しそうだった。
どうしてだろう。僕がそれを言うのを、予想でもしていたかのような反応で。
「えぇ、その通りです。僕が僕である限り、あの街が崩壊することはありません。――そうですね、あなたの子孫にでも会った時、もう一度同じ言葉を言ってあげますよ」
神になる。それは、悪いことではない。
不可能ではない、この世界のシステム上可能ならば、目指さなくてどうする?
僕の生は、僕の死は、全て僕の物だ。
王は僕の言葉に目を見開き、しばらくフリーズ。
凡そ30秒ほどそのままだったろうか。彼は天井を見上げ、笑い出した。
「あっはっははははははは!! 神を目指すと言うか! 人間である君が!!」
天井を見上げ、彼は大きく笑う。
笑われるのは承知の上だ。馬鹿にされるのは理解している。僕だって、何も知らなければ笑うだろう。
けれど僕はもう、無知な子供ではない。
力を持たぬ矮小な存在ではないのだ。
「人でも、神にはなれますから」
「それは、2800年前まではの話だろう?」
「いえ、違いますよ。今でも可能です。ヒト種の神がルゴスとルクシア、コンスタン以降増えていないのは、力が及ばなかったから。――今の神より、弱かったからなんですよ」
神に至ることができないのは、不可能だったからではない。
目指そうとしなかったからだ。そして仮に理屈が分かって目指そうとした者が居ても、死ぬまでに力が及ばなかったから。
最終的にどうなるかなんて、今の僕には分からない。
けれど目標を高く持つことくらい許されている。今の僕には、それを目指すための力がある。
「君は、それを目指すと?」
「えぇ。3柱とは会って話し、旧神にはその資格があるとは言われてますので、目指したいと思ってますよ」
ルクシア、アウフスタイン、ルゴス、そして旧世代の神、エスメー・クロンメリン。
僕が会った4人の神。そして、僕が殺した1人の神。
神とは、手が届く存在だ。会って、話し、殺せる存在だ。
「96%。つまり、本当なんだな」
先ほどまで大笑いしていた彼は目を見開き驚きを隠さず、そう言った。
そのパーセンテージは、王の持つユニークスキル、《英知の瞳》の効果によって導き出された数字で。
僕の言っていることが嘘ではないと、証明してくれたスキルで。
「信じるか信じないかは、とでも言うところですが、便利ですねそのスキル」
「あぁ、便利だよ。お陰で敵を見つけるのは容易い。最後に聞こう。――君は私の敵か?」
王は、僕を睨み付ける。その瞳に映るのは、純粋な敵意か。
彼ほどの人間に敵と認められるのは、なんと光栄なことか。しかし、そうではないのだが。
「味方ですよ。――あなたが僕の敵ではないなら、の話ですが」
「…………あぁ、分かった。また会おう。エミリオ」
彼はそう言うと、一人で来賓室を出る。
部屋を出る寸前の彼が少しだけ嬉しそうに笑っているように見えたのは、ここに居た僕だけだ。
そうして、僕と王との対談は終わる。あぁ、そういえば言い忘れていたな。
「おめでとうございます、王様」
僕の言葉を、聞く者はおらず。
戴冠式に出られず、言えなかったその言葉を、しかし王は聞いてくれたような気がして。
どこかで小さな笑い声が聞こえたような気がした。




