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 合格発表から入学まで、なんと3ヶ月も空いている。

 無駄な時間だとは思うが、大陸中から子供達が集まるのだ。準備だの引継ぎだの跡継ぎだの色々面倒事があるので、それだけの期間を用意することになったとか、カプレさんが語っていた。


 学校の敷地内には学生寮があり、学生はそれを借りることになる。基本は4人部屋だが、募金という名の賄賂によって2人部屋だったり1人部屋だったりを貰うこともできるとか。

 勿論、寮は男女別だ。貴族の学生を預かるのだから、問題が起きないようにそのような区分けをするのは当然のことで、貴族のランクによって更に複数の寮に分けられている。

 それこそ最上位の寮ともなると、外から見たら学校よりも立派な建物なくらいだ。それこそ王家の血筋とか他国の偉い人とかがその寮を使っているとかなんとか。


 私達、というか主に私とリリーは、カプレさんに猛烈に抗議をした。男女別も無理だし、知らない人と一緒の部屋も嫌だ。それにこちらには盲目のリリーが居るのだから、その面倒を誰が見ることになるのかと彼女をダシに抗議したのだ。

 まぁ実際、リリーは誰の手も借りず一人で生活することができるくらいなのだが、それは別に言う必要はない。カプレさんも気付いてそうだし。


 結果、カプレさんが折れたのか先生が募金を詰んだのか知らないが、私達には無事三人で使える部屋を与えられた。

 寮のグレードは最下位、それこそ学生ではなく、学生の付き添いで来た貴族の使用人が使っている寮らしいが、築100年のボロ屋敷を多少改築して、その中でも更に小さな物置みたいな部屋に三人で住んでいた私達にとっては、これ以上ないほど広い部屋だった。だって、ベッドが3つもあるんだよ。2つのベッドは使わないから上に荷物が重ねられることになったが。


 ――まぁ、寮があったところで私達は当分屋敷から通うつもりなのだが。

 先生が転移魔法で屋敷の自室と寮の自室を繋げ、気軽に屋敷に戻ることができるようになった。

 歩いて屋敷から通うと学校まで3時間以上はかかるのでしばらく屋敷には帰れない生活が続くかと思われたが、魔法を使える私達にとっては何の問題もない距離だった。

 ……なら別に寮の部屋が別れても問題なかったのでは?とも思ってしまったが、それとこれとは話が別だ。

 なんかほら、愛の巣みたいで良いじゃない? そんなことを考えると、ちょっと恥ずかしくなってきた。


「せんせのこと、これからなんて呼べば良いんです?」


 寮の部屋と屋敷の部屋を行き来しながら荷物を運ぶ作業中、ふと思い出して、彼の背中にそんな言葉を投げかける。


「あー、確かに学校の教師は皆先生だよね……名前で良いんじゃない? リリーだってそうだし」


「エミリオ君エミリオ君って私が言うとこ、見たいですか?」


「……嫌だな!」


「わ、拒否んないでくださいよ」


 言っておいてなんだけど、私もなんか、ちょっと嫌だ。なんでだろ?リリーと被るから?

 私の方が2歳は年上なのだから、君付けで問題はない。ないはずなんだけど、違うんだよなぁ、なんか。

 どうしても私は彼のことを大人と見てしまっているから、大人に君付けは憚られるのだ。


「じゃ、エミリオで」


 君付けしないなら、名前呼び捨てしかないよね? 大人を呼び捨てって違和感あるけど、それは私の感性の問題だし。


「…………ちょっと恥ずい」


「エミリオエミリオエミリオエミリオ」


「やめて!」


 作業の手を止め、彼の顔を凝視しながら念仏のように名前を呟くと、彼は手をぶんぶんと振りながら顔を隠そうとする。うん?なんか照れてる?気のせいかな?

 じーーーーーーー。


「エミリオエミリオエミリオエミリオ」


「やめ、やめてそれ」


 ふふふ、愛い奴め。

 彼は恥ずかしそうにこちらに背を向けるので、物音を立てずにじり寄って、後ろから抱き締めた。

 前から抱き締められるのは恥ずかしいけど、私から、それも後ろからなら問題ない。自慢の胸を押し付けることもできる。

 ……これ、流石にノーブラ生活はそろそろできなくなるかな? 制服の生地からして、ノーブラだと胸が擦れて痛そうだし。

 我慢するしかないよなぁ。擦れて痛いのをじゃなくて、ブラジャーの締め付けに。

 入学したら、同じような悩みの同級生を見つけてブラジャーのメーカーとか聞いてみよっと。


 同年代よりは小さいが少しずつ育ってきている彼の後頭部に顔を押し付け、小さく「好き」と呟いた。気付くか気付かないか、微妙な声で。

 正面から言うのは恥ずかしいから。顔を見て言うのは恥ずかしいから。

 身長は、あと2年くらいで越されてしまうであろう。それでも、今は私の方が高い。だから私が後ろから抱き締めれば、彼の力で逃げることなどできない。全力で抵抗されれば別だが、そうでなければこの時間は私の物だ。

 リリーがこの場に居ない、今なら。


 ――今なら、既成事実を作れちゃう?


 ううん、ううん、やめよう。そういうのは、ちゃんと正々堂々としなきゃ。

 彼も少しずつ私達に近づいてきているのだから、急に距離を詰める必要はない。

 キスも、されたし。あれ以来されてないけど、された事実は変わらない。唇が触れ合ったあの感触は、今でも思い出せる。キャパオーバーですぐに意識を失ってしまったが、あれは夢ではないのだ。


「ね、そろそろ離して」


 私の腕の中に居る彼が、少しだけ体を動かそうともがく。……もしかしてこれが全力? 流石にそんなことはないよね?

 体属性魔法の適正がないとはいえ、肉体強度が低すぎる理由にはならない。

 あーでも、先生が運動するとこ見たことないな……。ひょっとしたら、年下の女の子より貧弱なんじゃない?


「ふふ、逃げてみんしゃい」


 腕の中でもがく彼が可愛くて、ちょっとだけ意地悪な気持ちにならなかったといえば、嘘になる。

 魔法を使っている姿は熟練の老魔法使いさながらのカッコよさなのに、普段はこんな、可愛いらしい。それを屋敷で知っているのは、私とリリーだけ。

 彼の少しだけ色素の薄い茶色みがかった髪に顔を押し付け、彼の匂いを堪能する。


 うーん、もしかして、本当に出れない? 私に気を遣ってるではなく?

 しばらく彼を堪能していると、突然抵抗する動きが変わった。

 彼は肩の力を抜き、腕の中でくるりと半回転。私と向かい合うような体勢になると――


 一瞬だけ。視界の端で、少しだけ背伸びをするところが見えた。

 見えたのは、それだけだ。

 彼は私を抱き返し、一気に顔を近づける。私の視界に、彼以外は映らない。


 ちゅ、と一瞬唇が触れた。


「な、え、ちょ」


 言葉にならないまま、私は腕のホールドを解いた。

 少し離れて、息を整えようと、ようと、したのに。


 彼はそんなのお構いなしに私を抱き寄せ、もう一度キス。


 ――しかもそれは、短くない。

 ほんの1秒触れただけで終わる、これまでのとは違うキスで。

 彼は顔を少しだけ横に傾け、私の唇をむさぼるようにして。

 成すがままに、されるがままになる私。彼の唇が動くたびに、ビクンと跳ねる私の身体。

 今度は、すぐに意識を失うことはない。けれど、けれど、けれどこれは――――


「ま、ま、まって」


「……なんで?」


 少しだけ強気な目になった彼を無理矢理引きはがし、呼吸を整える。

 力では、力では勝ってる。それなのに、私の腕には全然力が入らなくて。

 うう。私より小さな身体のはずなのに2個も下のはずなのに。私はされるがままで。

 ちょっと悪戯しようとしただけなのに、この仕打ち。


「……すき」


「僕もだよ。知ってた?」


「しってる……」


 いつもなら誰よりも早く動くはずの頭は回らないし、誰よりも喋るはずの口も回らないし。

 ぺたりと床に座り込んで、私は自分の身体を抱き締めた。






 いつまでそうしていたか。

 私の頭はてんで回らず、テキパキと荷物を片付ける彼をぼうっと眺めるしかできず。

 しばらくすると彼は私を部屋に置いたまま転移で消え、数分後にリリーと荷物を連れて戻って来た。


 リリーは、床で座り込んだままでいる私に目線を合わせるようにしゃがむと、自分の口に指先を当てて一言。「わたしも、だよ」と。


 ……うん、それなら公平だ。私だけこんなキスされて、リリーに何も無しだと不公平に思えてしまう。床に座り込んで動けなくなった私はそんなことばかりを考えていたので、リリーに言われてはっとした。

 そう、そうだよね。転移されて早々いきなりキスされるリリーを見たかった気持ちがないこともないが、呆けていたのは私なので仕方ない。


 ……しかし、なんとなく見たくなった。

 キスをされるリリーの顔が、見たくなったのだ。それはもう、方法は一つしかない。


 目線を合わせてくれていたリリーの身体を強く引き、抵抗される間もなく唇を奪った。

 勢い付けたせいでちょっと歯が当たったけど、不思議と痛くは感じなかった。


 彼にされたのと同じように、唇を動かしてみる。ううん、こうかな?違うかな?そういえばキスをしながら舌を絡ませるって聞いた事があるけど、それは彼にしてもらってから試そう。

 唇を重ねながら、ぺろりと唇を舐めてみる。なんか、甘い感じがする。

 私の唇も、そんな味がするのかな?それとも唇が甘いのもリリーの効能の一つかな?

 リリーはじたばたと体を動かすが、生憎会った時からほとんど体格が変わっていないリリーと違い、私は大人の女の身体になっているのだ。

 彼女の抵抗は、先程抱き締めた時の先生より弱いくらい。うん、最弱更新だね。


「なにやってんの」


 先生の冷めた声が聞こえて、ようやくリリーを手放した。

 私を冷めた目で見下ろす先生と、顔を真っ赤に染めたリリーを交互に見る。


「なんか、せんせと違って美味しかった」


 とりあえず、感想を言っておいた。

 リリーの唇、1時間くらい舐めていたい味がしたよ! 飴玉かな?


「い、い、イル、イルマちゃん、急に何してるの!?」


 あ、リリーの大きな声久し振りに聞いたかも? 顔を真っ赤に染めながら私をぽんぽんと叩いてくる姿を見ると急に愛らしく見えてきて、もう一度リリーを味わいたくなった。……けど我慢。

 私の唇は、先生のものだ。今更何をと言われるかもしれないので、口に出しては言わないが。


「急にムラっとしたので……」


「なら何で私に!?」


「リリー、可愛いし……」


「かわっ……そういうお世辞は良いの!」


「えー、本心なのに。ねぇ、せんせもそう思うよね?」


「めっちゃ思う!」


「二人ともぉ!」


 私達は荷物もほったらかして、リリーをからかって遊ぶのだった。

 片付けの作業を再開できたのは、それから1時間は経ってからのこと。

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