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「神になる、ですか」


 先生は、置物さんにそう問いかける。


『そうじゃ。まさか貴様ら、神をただの管理者と思っておるのか?』


「……違うんですか?」


 リリーがピクリと反応するが、彼女は何も言わない。今は先生が話しているのだから。

 ここに居るのは家族でも友人でも知人でも何でもない、元ではあっても、神様なのだから。


『違いすぎるわ。儂みたいに神格を維持できなかった者はおろうが、神とは世界の代行者。そして、世界の防衛機構じゃ』


「……ごめんなさい。いまいちピンと来ないんですが」


『そうか。そうじゃなあ。貴様らは、もう安定した世界に生まれてしもうたから、何も知らんで当然か。そうじゃなぁ、少し長くなるが、説明してやろうか』


 置物から聞こえている声が少しだけ楽しそうに思えるのは、気のせいだろうか。

 ただ、気持ちが分からないでもない。3000年以上も意識があるまま、誰とも話すことができなかったのだ。私とかリリーなんて数時間先生と離れているだけで辛くなるのに、それが3000年。

 他人が恋しくなるのは当たり前だ。


 置物さんは、私たちに昔話をしてくれた。その話は、歴史書にも書いていないような内容で。







 昨日のことのように思い出せる。今からどれだけ昔かも分からないが、私に生物としての意識があった頃のことを。


 生物。そう定義するのは難しい。

 意識。それがあったと定義するのは難しい。


 しかし、私は今でも覚えている。地上に住む生命体と初めて接触した日のことを。

 第97世界からの侵略者であった私達を隣人と認めてくれた、この地に住んでいた民のことを。


 私達がこの世界に降り立った時代、この地には、体を持たない種族は居なかった。

 生物は何かしらの物質で自らの身体を構成し、不自由な足で歩き、不自由な手で物を作った。

 情報生命体である私達には個人という概念はなく、最初はこの地に住む生物の区別が全くつかなかったものだ。


 故に、侵略対象が分からなかった。情報量で勝れば自らの領土とできたこれまでの世界とは違い、この世界には大地が、肉体を持つ生命が居たからだ。

 当時の総代は、侵略する世界を間違えたことを認め、自ら自我を消失させ、情報体2億9754万1922のうち1つになった。

 私は、当時の総代の、この世界風に言うと子供であった存在だ。

 今後の活動方針を定める為、私は自ら自我を獲得した。


 最初の決議は、1つだけ。

 母世界に帰るか、この地を侵略するか、永住の地とするか。


 1つ目は、すぐに不可能と知れた。母世界に残してきた4592万5521の私達は総代が自我を消失させたことを知ると、心中するかのようにあの世界を放棄したから。私達に、帰る世界はなくなったのだ。


 2つ目は、次に不可能と分かった。肉体を持たない私達は、この世界の住人に危害を加えるのが不可能と知れたからだ。


 そうして最後に残った3つ目に反対した者は自我を獲得し、各世界に散らばっていった。あそこで袂を分かれた私達が今どうしているかは、分からない。

 どこかの世界を自らの地としたか、負けて消えたか、そのどちらかだ。


 最後までこの世界に残ったのは、6219の私達。

 数の力でしか戦った事のない私達にとって、とても戦える数ではなかった。

 だから私達は、戦いを放棄した。

 外世界に飛び立つではなく、ここを侵略するでもなく、永住の地として選んだ私達は、この地の住人として認められる必要があったのだ。

 まず最初にしたことは、この世界の住人に、私達を認識してもらうことだった。

 幸い波長が近い生命体に肉体を借りることができたので、次に言語を獲得した。音で会話をするこの世界の住人に合わせようとしても、どうしても声帯がない私達には、同じ言葉を話すことはできなかった。


 最初に交流を持てたのは、イヴェルラーナと名乗る小さなヒト種の生物であった。

 今はもう、あれが彼だったのか彼女だったのかも分からない。私達に肉体を貸してくれた生物――ヒト種に“キツネ”と呼ばれていた物に向けて、小さなヒト種は言ったのだ。


「そこに、誰が居るの?」 と。


 私達は、歓喜した。

 その言葉が、私達に向けられたものだと、情報体である私達は瞬時に理解したからだ。


 それから私達は、その小さなヒト種と長い間を共に過ごした。

 生きて死ぬまで以外に時間の区切りを持たなかった私達に、この世界の時間を教えてくれた。

 分裂以外で増えることのない私達に、大人が子供を生む、生物の仕組みを教えてくれた。

 この世界に居る全ての生命には意識が存在し、ヒト以外にも、ヒトと同じ言葉を話せる種族があると教えてくれた。


 その小さなヒト種は、私達に名前を付けれくれた。

 メーレンベルフ、と。

 今となっては、その言葉にヒト種だけの意味があったのか、小さなヒト種が自分で考えて付けた名前なのかも分からない。

 私達は名前を獲得したことで、急速に自我を獲得していった。

 6219の私達は、278へと統合された。そしてそれぞれが自我を、意識を、時間の感覚を獲得し、ヒト種との交流を深めていった。

 もう話せる相手は、小さなヒト種だけではない。大きなヒト種とも、ヒト種以外の生命とも、会話をすることができるようになってきた。


 勿論、敵対されることもあった。しかし私達は対立を望まなかった。隣人になろうとしたのだ。

 278の私達は、気が付くと39まで減っていた。

 居なくなった者は消滅したのではない。自ら考え行動し、この世界の生命と共存することを選んだ結果、私達と離れて生活するようになっただけだ。

 残った39の私達は1に統合され、エスメーと名乗ることにした。今となっては、誰が名づけたのか、誰が名乗りだしたのかは分からない。

 個人の名前を獲得したことで、私達は1人の私となった。もう、集合情報生命体ではなくなったのだ。

 しかし私には肉体がなく、獲得した言語によって会話は出来ようが、この世界の生命のように触れ合うことはできない。


 それでも、それでも私は気にしなかった。

 肉体を貸してくれるキツネが5代目を数えたあたり、新たに私を宿すことになったキツネの子供と協力し、この世界の理を覚えた。


 ――その理を、魔法と呼ぶ。


 情報生命体であった私は、この世界で魔力と呼ばれるエーテルを本質的に理解しており、魔力を扱うのは容易なことだった。

 私と子供のキツネは魔法の鍛錬をし、子供のキツネが大人となり子を宿し、また次の子、そのまた次の子と繰り返すうち、私は魔法を使えるようになっていた。


 それは、この世界の生命との間で最初に生まれた、共通の趣味だったのだと思う。

 私はそれから、色々な生命と話すようになった。ヒトだけではない、私達のようの外世界からの移住者や、この世界で隠れ潜む種族達と。

 皆違うことを考えているが、しかし皆がこの世界におり、魔法という理を知っていた。共通の話題さえあれば、仲良くなることもできたのだ。


 様々な生命と関わりを持った。生を見て、死を見て。寿命という概念を持たない私達にとっては短い時間も、肉体を持つ生命にとっては長い長い時間なのだ。自分の感覚だけでなく、相手の感覚に合わせる術も、その時に覚えた。

 どれだけの時を、この世界で過ごしたか分からない。自我を獲得してから100年かもしれないし、1000年かもしれない。もっと長かったかもしれない。


 私は、神と呼ばれる存在になっていた。

 何かをしたからではない、何をしなかったわけでもない。この地の生命は、私のことを自分達よりも高次の存在と認識し、私もそれを受け入れただけのこと。

 肉体を持たない私が、信仰の対象に選ばれただけだ。生命とは違った時間を進む私が、生命よりも優れた魔法を使えるようになっただけだ。

 それは才能でも技術でもない。時間の問題でしかなかった。

 しかし、生命にとって時間は絶対の、そして有限のもので。それを持たない私が、生命より優れただけのことだ。


 それから私は無限の時間を使い、私以外の神と呼ばれる者と会うようになった。

 神とはヒトであった者や、そうでない者、外世界から来た者、それどころか、信仰さえ集めれば生命ですらない無機物すら、神であれたのだ。

 肉体を持たない私は、そんな無機物とも交流を持てた。他の神との間に立ち、通訳のようなことをすることも多かった。


 そんなある時、この世界は何度目かも分からない侵略を受けた。

 侵略者は、第197世界。これまでに200以上もの世界を侵略した、筋金入りの侵略者。

 ヴェゼンティーニと名乗る侵略者は、侵略先の世界に住む住人を食らい、自らの肉体とすることでその世界を飲み込む、最悪の存在だ。

 ヴェゼンティーニに侵略された世界は、世界に住む全ての生命を食らいつくされてしまう。だから私達神は一致団結し、それを迎え撃った。


 ――私達は、多大な犠牲を払いながらも、奴らを撃退することができた。


 しかしその結果、大地に様々な傷跡を残してしまう。

 崩壊寸前まで傷ついてしまった地殻を復元させるため、ほとんどの神は地上に根を下ろし、自らを崩壊させることで世界への養分とした。


 残された神は、たったの6柱。元々200以上居た神が、そこまで減ってしまったのだ。

 しかし、それでも世界の崩壊を完全に留めることはできない。ヴェゼンティーニが食らう生命とは、星そのものでもあるからだ。

 6柱が残ったのは、消えるのが怖かったからではない。

 やるべきことが、自分にしかできないことがあったからだ。


 その中の1柱、クロンメリンは私との統合を果たし、自らをエスメー・クロンメリンとした。精神の主導権は全て私に引き渡し、実質私の養分になったようなものなのに、彼はそれを望んで受け入れた。

 私にしかできないことが、あったからだ。それは私1人の力では足りなかったからだ。


 私の獲得した言語は、この世界において共通語として成り立つ。

 種族が違おうが、非生物である無機物だろうが会話が成り立つ、完全言語だ。


 私は地上に降り、様々な生物の声を聞いた。望みを聞いた。懇願を受けた。


 ――もっと生きたい。

 ――私達はもういいから、子供だけでも長生きさせたい。

 ――幸せになりたい。

 ――来世にはきっと、もっと良い世界になりますように。


 そんな声を、私はずっと聞いて回った。

 聞く事しかできないと分かっていても、私はずっと声を聴き続けた。私にできる、私にしかできないことだったから。


 ある時、ヴェゼンティーニの生き残りがこの地上で生きていることを知った。

 奴らは根絶やしにしなければならない。4柱の合意を受け、私がヴェゼンティーニの住む地に向かったが、そこに侵略はなかった。

 神々との戦いを生き残った彼らは既に、この世界で隣人として認められていたのだ。


 ――私達神々には、隣人を殺すことはできない。侵略者は殺せても、隣人は殺せなかった。

 だから、諦めた。彼らが何を考えてこの地に住んでいるかは分からなくとも、この世界に認められている生命である生き残りのヴェゼンティーニを処罰する権利はなかったのだ。


 ヴェゼンティーニが生き残っていようがいなかろうが、この世界は着々と滅びに向かっていく。

 自分にしかできない役割があった神達も、自らの役割よりも世界を存命を優先させる為、世界の養分へと変わっていく。


 最後まで残ったのは、私であるエスメー・クロンメリンと、デ・ケンペナールの2柱だけだった。

 残った私達には、他の神と違うところがあった。それは、元から肉体を持たない、外世界から来た生命だったことだ。

 私達は、肉体がない。故に、他の神々のように自らを崩壊させることで、世界の養分に変わることができない。


 そうして、最後の日。

 デ・ケンペナールは、自らを9250万の情報体に分離させ、世界中に飛び立った。「ほんの少しでもいい、この世界の住人に活力を与えられたら」と、言葉を残して。


 最後まで残った私は、第97世界から共に地上に降り立った全ての個体に向けて、私がこれまで得た全ての情報、感情を共有した。――誰が受信してくれたのかは、今となっては分からない。

 そのうちの1個体、地母神としてその地域で崇められていたメーレンベルフの民は私を受け入れ、私の受け皿となった。

 私は全ての力を失ったが、共有情報として残され、動かぬ地母神としてこれまで生きてきた。


 もう私に、世界を見る力はない。見えるのは、私の受け皿となった者が居た、その周囲だけ。


 ――いつしか地母神への信仰も薄れ、私を知る者は誰も居なくなった。


 ――いつしか私は再び時を忘れ。


 ――いつしか私は再び地を忘れ。


 どれだけ時が経ったか分からなくなった頃、私はとある少女に出会った。


 少女は、ルクシアと名乗った。

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