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16歳になった私は、それなりに魅力的な女になっていると思う。内面の話ではなく、外面的な、性別的な意味で。
もう女児なんて年齢ではないし、肉付きも悪くない。胸とか尻とか出るとこ出てるし、腰はきゅっと絞られている。
顔も、相当可愛いほうだと思う。ただこれは私が努力をした結果得たものではなく、生まれ持った才でしかない。
私は、この世界で広義の人間とされる、ヒト種とは別の種族だ。
種族名は、エルフ。大人から子供まで誰しもが知っている、しかし直接面識のある者はほとんどいない種族。
しかし、純潔のエルフではない。それは、私の成長速度が人並みな時点で明らかだ。
両親にその話を聞くことができなかった以上、私が自分のことをエルフと認識するのは難しい。外見上ヒト種とほとんど変わらないエルフは、ヒト種よりもほんの少しだけ魔力の扱いが上手く、極端に長命種ということ以外で、内面的な違いはないからだ。
純潔のエルフは数百年、1000年以上生きている例もあるらいしが、私は会ったことがない。そもそも、自分以外のエルフに会ったことすらない。
両親のどちらかがエルフか、それともエルフの血が混ざっている人間で、私はその血を受け継いでいるだけだ。
ヒトとエルフを簡単に見分ける方法として、血液による判定がある。師匠は私を拾ってから抗体などの検査をしている時に偶然気づいたのだとか。
だから私がエルフである自覚なんて、他人から言われたから、程度でしかない。
エルフと暮らしたこともなければ、エルフとして生まれたわけでも、エルフとして育ったわけでもない。
だから私は、自身がヒト種ではないことを、誰にも話していない。だって、話して得することはないからだ。
エルフは、男女共に美人が多い種族という認識をされている。
勿論、されているという認識しかない。私は確かに可愛い方だと思うが、他の例を知らないのだから、種族的なことは分からない。
屋敷に住む同年代の男の子は、私がラフな格好で屋敷を歩いているところを見ると目を逸らしたり、こっそり見られたりするので、私の勘違いではないと思う。
他人の視線くらいは分かるからこっそり見られても凝視されても気分としては変わらないのだが、どうやら男子達の気持ちとしては違うようだ。
私は衣類による締め付けが嫌いで、そもそも全裸で生活したいくらいなのだが、流石にそれは屋敷の男子の目に毒なのでちょっとは着る。
服の中では、特に下着が嫌いだ。大体70%くらいはどちらも着けていないが、リリーにいつも注意される。
目が見えない子に注意されるのって結構不思議な気持ちになるんだよね。なんか衣擦れの音でパンツ履いてるかくらいは分かるらしい。聞こえないよ、そんなの。
胸とか尻とか、出るとこ出るようになってからは露骨に下着が嫌いになったので、たぶん上から下までストンとしてるリリーはそんなことあんまり思わないんだと思う。
ワンピースタイプの服は締め付けが少ないので嫌いではないのだが、胸が同年代の子より大きい私が着ると相当不恰好なことになるので、あまり着れない。
人に見られない時ならそれでもいいが、人に見られないなら服すら着たくないのであまり出番はない。
私が自分の体や顔のことを優れていると考えるのは、魔法使いとして悪いことではない。
魔法使いにとって主軸となる芯があるのとないのとでは、魔法を組み立てる際の術式構築に大きく関わってくる。
それは大事にしている人でも気持ちでも志でも物品でも神への信仰心でも構わない。人それぞれ違って良いものだからだ。
私はそれに、自分を置いている。
両親の顔も知らず、育ての親であり魔法の師である老人も死んだ。大事にしていた魔道具も、これからの目標も、あの時全てがなくなってしまった
それでも私は私である限り、自身が生きている限り、この身がなくなることはない。
だから私の魔法は私が使う前提であり、私が私である限り使えるよう組み立てなければならなかった。私だけが使えるよう、私だけが活かせるようスキルも組み立て直し、効率的に魔法を使えるようにした。
汎用性を完全に捨てた結果、私の魔法の実力は、同年代どころか、魔法使いとして生きている大人よりも優れていると認識している。いや、していた。
――していたのだ。
勿論、私より優れた魔法使いが無数に居ることは分かっている。井の中の蛙ということくらいは知っている。
それでもだ。努力を重ねた大人にならともかく、同世代の子供に負けるはずがない。それは、絶対の自信だったのに。
――ずっと、気になっていた人。
――ずっと、目で追っていた人。
――ずっと一緒に居たいと、思っていた人。
これまでの人生と比べたら、彼と会ってから過ごした時間は短い。
それでも、ここまで気になった人は居なかったのだ。ここまで同じ景色を見たいと思った人は居なかったのだ。
彼は、不思議な人だった。
外見は地味なヒト種でしかない。別にカッコよくもないと思うし、強いと思ったこともない。
強さでなら、あの少年の方が圧倒的であったと思う。あれほどまでに綺麗な魔法の行使は、見たこともなかったから。
この地味な青年は、それとは全然違う。循環式が似ていても、それだけだ。
優しそうな、人の良そうなただの大人。そうであるはずなのに、どうして私は彼を目で追ってしまうのか。
読み解けない循環式。私の知らない未知の言語。ただ、それだけの人のはずなのに。
彼が24時間使っている魔法は、幻覚系の魔法だ。それを知るのは、簡単ではなかった。
ずっと見てきた魔力循環式を、彼が居ないところで真似したのだ。普通、他人の循環式を真似たところで同じ魔法が使えるわけではない。文字や記号を理解しても、何を考えて魔法を唱えているかが違うからだ。
そのくらい、私も分かっていた。だから逆に、その魔力循環式で、その言語と記号と魔方陣で、使えない魔法をひたすらに調べたのだ。
全く違えば、魔力は流れない。けれどほんの少しでも共通点があれば、発動しないにせよ何かしらの効果は生むはずだと考え、ただひたすらにそんな地味な作業を繰り返した。
目を瞑っても思い出せるほどに見続けたのだから、再現は難しくはなかったが、彼に見つからないようにそれをやるのは少しだけ大変だった。だからしばらくの間、昼間は彼と一緒に居て、夜は自室で一人になり、地味な作業を繰り返していた。
幻覚系の魔法を何パターンか確認しているところで、ようやく魔方陣に魔力が通った。それで私は、ようやくの確信に至ったのだ。
光属性幻惑系統。その魔法は自身の姿を変えるわけではなく、自分を見る他人の視覚情報に、強制的な上書きをする魔法だ。
つまり、私の抵抗力を上げれば、幻覚をレジストすることができる魔法。けれど、それは簡単な話ではなかった。
私のスキルが最も育っているのは、光属性魔法だ。それでも、現状のままではレジストする気配すらない。
だから私は、私なりの方法で抵抗力を上げられるよう、術式を組み立てた。
そうして私は、彼の幻覚に抵抗できる魔法を作り上げ、出来上がったその場で使った。
一瞬、言葉にならなかった。
私達を脱獄させてくれた少年とこの青年は、同じ人間だったのだ。
循環式を構築する言語が同じ、似た雰囲気の魔方陣、そんなもの、当たり前だ。
同じ人だったのだから、癖があるのは当然。私は外見に惑わされ、本質を見誤っていた。
そうして、すぐに納得する。
孤児を集めて何かをしようにも、その代表者が子供では話にならない。誰にも話を取り合ってもらえないだろう。故に彼には、周囲から大人に見られないといけない理由があったのだ。
しかし、ただの子供が幻覚魔法を使いこなしたところで、大人として見られるのは難しい。所作や言葉遣いには、生きた年数が、これまで人と接してきた年数が滲み出てしまうからだ。
つまり彼は、幻覚の外見に見られるであろう人間性を持っている、ということになる。てっきりエルフのような長命種で外見年齢と実年齢に差があるのかと思ったら、違っていた。肉体年齢は、ただの子供だと言う。
どうやら神の力で、人から人への転生を成したらしい。
転生前の記憶がある人間の話は師匠から聞いていたので、それ自体には驚けない。
私が驚いたのは、本当に私より年下だったということだ。魔法に触れてきた年数が私より短いはずなのに、私が到底追いつけないような魔法の行使をできる。物心付く前から著名な魔法使いの弟子だった私とも違い、独学でここまで辿り着いたことに。
私はそれに、憧れた。
私はそれを、格好いいと思った。
循環式の謎が解けても、私は彼への興味を失うことはなかった。
そう、これが好きという感覚。憧れという感覚。私の知らなかった、未知の感覚。
私は、エミリオのことが好きなんだ。リリーと同じ感覚かは分からないけど、好きという、同じ言葉で言い表せることができる感情。
ああ、これが初恋なんだ。
明らかな本妻ポジションのリリーを蹴落とすつもりはないし、彼からの応答を求めているわけではない。全くないのは悲しいけど。
リリーはどうして、彼のことを好きになったんだろう。助けられたから? けど助けてもらったのは私も、皆も一緒だ。
彼のことをずっと慕っていたのは、リリーだけだった。たぶん、自分達とは違う、大人だったからだろう。きっと皆は、そういう対象として見ることができなかったのだ。
けれど私は、ちょっと出遅れちゃったけど、彼のことを好きになった。好きに、なれた。
リリーのように扱ってもらいたいわけじゃないし、今すぐ一緒になりたいわけでもない。
けれど仲間外れは嫌なので、ちょっとだけ強引に攻めることにした。私一人なら少し恥ずかしいことも、リリーと一緒なら頑張れる。
これまで、シャツ1枚のノーパンノーブラでも気にせず彼の部屋でゴロゴロしていたことが、急に恥ずかしくなったり。
彼が私を見る目が、ちょっとだけ気になったり。
いつもならベッドに入って2秒で寝れる私なのに、彼と一緒に寝ようとしたら、ドキドキして寝付けなかったり。
エミリオ・ブランジェは、私より年下だ。
大体2個くらい年下。けれど彼は私より大人で、私より世界を知っていて、私より魔法を知っていて。
だから彼が、一緒に魔法学校に入ろうと声を掛けてくれたあの時、本当に嬉しかったのだ。今思えば、泣いちゃうほど嬉しかった。
私はお荷物じゃない。邪魔な女でもない。一緒に生きていける人間なのだと。リリーのついででも今は構わない。いつか一人の女として見てもらえれば、それでいい。
その日の夜は興奮でどうしても寝付けなくて、彼の手を借りちゃった。はしたない女だとは思うけど、起きたらどうしようというスリルや、付き合ってもいない相手の手をこっそり借りるという背徳感もあってか、これまで感じたことがないくらい気持ち良かった。結構声も出ちゃっていたと思うから、耳が良いリリーは気付いてたかも。翌朝も何も言われなかったけど。
どうやら彼は相当奥手のようで、私がどれだけアプローチを仕掛けても、自分から手を出してくることはない。私可愛くないのかな? と不安になることもあるが、屋敷の男子の反応を見るにそんなことはなさそう。
一緒に寝るようになっても、胸すら触られることはない。だから押し付けはするんだけど、頬を少し染められるだけだ。私が赤面したいくらいなんだけど。
リリーはよく頭を撫でられたり抱きしめられたりもしているが、あれは……なんだろう。羨ましいという気持ちは確かにあるが、人前でされたら恥ずかしいだろうなとか、そんなことを考えてしまう。
それより私は、もう少し肉体的な繋がりが欲しい。私は、もう子供ではないのだから。
私もリリーも、女としての機能は完成している。私の育った町あたりだと結婚の適齢期が14から16くらいだから、16で子供が居る女などどれだけでも居たものだ。エルフの結婚適齢期とか生殖可能時期は知らないが、生理は普通に来てるから人と同じように作れるはずだよね。
ジェンナあたりに相談すると、「既成事実作っちゃえば、勝ちよ!」とか言われるが、何に勝つんだろ。リリーに?
実は、リリーと二人の仲が進展しているようにも見えないんだよね。三人一緒に寝るようになって3年近く経ってるのに、まだ手を出されてない。もしかして三人だからやりにくいのかなと思って、リリーと相談して、交代制で二人で寝る日を作ったりもしてみたが、その夜も変わらなかった。
ひょっとして不能者だったり? とか考えることもあったが、夜中に裸で抱きついてみたら股間のあたりが盛り上がっているのを見たので、たぶんそういうわけではないっぽい。
ううん、何だろ。経験がなさすぎて、どうすればいいのか分からないまま3年も経ってしまった。
避妊の魔法くらい3年前から組み立ててるから、いつでも良いんだけどなぁ。彼との性行為に興味はあるが、別に子供が欲しいわけでも家庭に入りたいわけでもないので、避妊は真っ先に考えたことだ。
……まさか3年も出番ないとは思ってなかったんだけど。
まぁ、リリーに抜け駆けされちゃったら、その時押し倒しちゃえば良いかな?
今はまだ、そういうのを考えてるだけで楽しいから。




