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私、イルマタル・ルオナヴァーラは、今年で16歳になったと思う。
思う。そう言ってしまうのは、正確な誕生日が分からないから。
エリク・オブランと名乗る老齢の魔法使いに拾ってもらった日を誕生日とし、私は生きているのだ。
私の両親は、迷宮探索家と呼ばれる職業をしていたらしい。
ある迷宮の探索中に私が生まれ、そして、両親は死んだ。
それは、師匠になってくれた老人が教えてくれたことでしかない。生後間もなく両親を失った私は両親の顔を知らないし、素性も知らない。全部、師匠が教えてくれたのだ。
彼はフィールドワークの一環で迷宮を探索していたところ、敵か罠かも分からないが何かによって殺された二人と、その子供であろう赤子を発見した。
両親であろう二人には息がなかったが、仮死状態に陥ってた子供は、自身の魔法適正もあって救うことができたのだ。
そしてその子供というのが、私である。
師匠は二人の遺品から、その子供がイルマタル・ルオナヴァーラという名であることを知り、これまで育ててくれた。
結婚はしていないし子供も居ない老人にとっては、相当困難な育児だったのであろう。その甲斐もあってか、私は立派なろくでなしに育っていった。
師匠が死んだあの日も、最初にしたのは葬儀ではなく、屋敷を守る防衛設備を整えることで。死体がちょっと腐りかけたところでようやく葬儀を行った。というか、業者に丸投げした。
巷では有名な魔法使いであった師匠が亡くなったことで、それを聞きつけた盗賊が毎日のように屋敷の魔道具や金品を狙って夜襲に来るようになり、私はこれまで対人使用を禁じられていた魔法を隠すことなく使いまくり、それを撃退し続けていた。
その家に私が住んでいること、師匠が死んで一人残されてしまったことは周辺住民皆が知るところであり、これまで話した事もないような近所の人達が私の味方になってくれて、生活に困窮することはなかった。
その生活が終わりを迎えたあの日は、ただ単に、運が悪かっただけなのだ。
運悪く風邪を引いた私は、昼間から近所の山に薬草を取りに行って。
運悪く普段の防犯システムを付け忘れていた家は、空き巣に入られ。
空き巣が家の中に隠れていることに気付かなかった私は、帰ってきて薬草を煎じて薬にし、それを飲んで、疲れて眠ってしまって。
――運悪く、私が目を開けた時には、空き巣が私の顔を覗き込んでいた瞬間で。
私は無意識のうちに、これまで加減していた魔法を全力で使って、空き巣を殺した。
撃退ではなく、殺してしまったのだ。
その空き巣は、これまでの盗賊のように、家のない犯罪者ではなく。
最近引越してきた、手癖の悪い一般人で。
――私は、捕まった。
相手が空き巣でも、それを殺すでは正当防衛の範疇を超えている。だから私は、これまでの盗賊を殺さない程度に痛めつけて終わっていたのだ。
偶然殺してしまった相手が盗賊ではない、街の住民であったことは、運が悪かったとしか言えないものだ。
アールバリにある監獄に収監され、短くない刑期を過ごした。
どうやら、私が住んでいた家の近隣住民が頻繁に罪の軽減について訴えてくれていたらしく、私の罪は殺人とは思えないほど軽くなったのだ。
そうして最終日、出所の手続きをしているところで、私は唐突に意識を失った。今思うと、最後に渡された水に、睡眠薬でも入れられていたのだろう。
警戒をしようにも魔法が使えない場所だったので、私はまんまと意識を失い、どこか知らない地下牢獄に入れられた。
そこには私と同じように出所の手続き中にここに移送された子供が大勢おり、皆、身寄りの無い子供達だった。
そこで私達は、『ショー』と呼ばれる悪趣味な催しに強制的に参加させられた。
そこは、地獄であったといえよう。『ショー』の最中だけは、どうしてか魔法が使えて、知らない大人と戦わされた。私には師匠譲りの魔法と頭脳があり、相手を倒すことも簡単だったかもしれない。けれど、私はそれをしなかった。
勝ったところで、『ショー』の舞台上でしか魔法は使えない。魔法の使えない私が逃げられるような監獄ではないからだ。
だから私は、勝たなかった。魔法を使えない小さな子供として、そこに立った。
勿論対戦相手や観客にバレないように自己修復の魔法を使っていたが、ちゃんと外見上に激しい傷を残したり、派手に痛がったりするのは忘れなかった。
『ショー』に出たのが、4回目を迎えた、次の日だった。
その日はリリーという盲目の少女が選ばれた日だった。彼女はかなり長生きな方だったと思う。魔法の使えない子は、皆数回で死んで戻ってこなかったからだ。
だから私より長い期間『ショー』に出ている彼女も、魔法が使えるんだろうな、くらいに考えていた。そんな話をする余裕のある牢獄ではなかったので、勘でしかなかったが。
リリーが『ショー』に行ってしばらくすると、同じ牢獄に居たニッカという少年が突然立ち上がって、言った。
「逃げるぞ、すぐに助けが来る」
彼は地獄のような牢獄でも多少は頼りになるタイプだったようで、彼に縋る子は大勢居た。だから彼がそう言った時も、皆は慌てなかったのだ。
そんな中で私だけ、何を言ってるんだ? という顔をしてしまっていたと思う。
突然様子の変わった子供達を不審に思ったのか、外で監視をしていた看守が慌てて牢獄内に入ってきた。そうして真っ先に立ち上がったニッカに看守が触れた瞬間、看守の手が凍りついた。
魔法を使ったんだとすぐに理解できたのは、きっと傍観者として見ていた私だけだったろう。
ニッカは、監獄の中にありながら魔法を使えるようになっていた。
まさか子供が突然魔法を使えるようになるとは思っていなかった看守は、反撃より逃げを選択した。
ニッカに手を凍らされた看守がまず逃げ、外から様子を見ていたもう一人の看守が鍵を閉め、逃げて行った。
今すぐ逃げようと言う子供達をニッカが留まらせ、「ここで待つ」と言ったのも、協力者の存在を確信していたからだろう。
私は、その時点でも魔法を使うことはできなかった。他の子も同様のようで、魔法が使える状態になったのはニッカ一人だけだった。
その後ニッカは周辺の確認と自分の位置を知らせるため、広範囲の温度を下げる魔法を使う。勿論、自分達を範囲外にして。
そのまま、どれくらい待っていただろう。
一人の少年が、リリーを連れて現れた。ニッカの反応を見るに、彼が助けに来た人らしい。
あまり興味がなかった私ですら、驚いた。その子は、私よりも幼かったのだ。
小柄で、肉体も同年代と比べても貧弱だろう。
私より魔法が使える大人は数多く見てきたが、私より魔法が使える子供は初めて見たので、衝撃を受けたものだ。
驚いたのは、年齢だけではない。
その少年は看守に遭遇する度、詠唱すらせず手を横に振るうのだ。距離も、人数も関係ない。すると、どこかに居た看守は崩れ落ちる。どうやら殺しているわけではないようだが、神経麻痺系の状態異常だろうか。
それに、どうやら手を振る動作すら必要ないらしいと気付いたのは、看守を30人程度麻痺させてからだった。彼は見ただけで、看守の動きを完全に止めたのだから。
私はどうしても気になって、とあるスキルを使った。
師匠から直接貰った、唯一のスキルだ。『術式解析』というそのスキルは、瞳に魔法を構成する魔力循環式を映すことができるものだ。
見えたところで、何かが出来るわけでもない。だけど師匠は「誰でも良い、気になる魔法は、全部見てみろ」と私に言い聞かせていたので、私も気が向いたら、他人の魔法から魔力循環式を読み取ることがあった。
魔力循環式というのは、魔法使いが魔法を使う時、頭に思い浮かべている物を言語化、記号化したもの。
魔方陣のような形状の循環式もあれば、ひたすらに文字だけが踊っている循環式もある。つまり、人それぞれ全然違うということで、それを見たところで次にどんな魔法が出るか、なんとなく想像することしかできない。
どうやら師匠は『術式解析』を使いこなし、他人が使おうとする魔法に先手を打って有利な魔法を組み立てるような真似もできたらしいが、それは数十年の訓練の末身に付く技術だ。
私にとっては、趣味の範疇でしかない。だからその少年の循環式が、ちょっと気になっただけだった。
どんな魔法を使っているのか、なんとなく知りたいと思っただけだった。
彼の描く魔力循環式は、これまでに見たことがないくらい綺麗な、淀みのない形で作られていた。
同じ魔法を使うのに、1mmのブレすらない。普通は感情や詠唱、魔力の消費量によって多少ランダム性が出るはずの魔法が、ほんの僅かの揺らぎすらなしに描かれていた。
幾何学模様を描いた円形の魔方陣があり、その周辺には文字が書かれている。循環式の構造自体はシンプルな物だ。ただし、そこに何と書いてあるかが、私には分からなかった。
いいや、それが文字ということは分かる。文字であろう配列には規則性があるし、他の言語に似た書き方をされている部分があるから、書き文字を使った言語であることは間違いない。
しかしそれは、師匠の教育によって大陸言語を27言語まで読み解ける私が、見たことのない文字だったのだ。
何と、書かれているのだろう。
私はそれが気になって、気になって、仕方がなくなってしまった。
私より魔法が扱える謎の少年が使う、不思議な魔法。いや、魔法自体は一般的なものだと思うのだが、循環式から既存魔法との共通点を読み取ることができない以上、私が全く知らない、未知の魔法の可能性もある。
どうやらニッカと同房だったらしいが、ニッカもその少年のことをあまり知っているわけではないらしい。
A級魔法作業場で作業していたらしいから、魔法のスキルレベルは相当高いはずだ。一体いつから魔法を覚えれば、10歳程度でここまで魔法を使いこなせるようになるのだろう。
私は、その少年から目が離せなくなってしまった。
いつ魔法を使うのか。どんな魔法を使うのか。次はどんな魔力循環式を見せてくれるのか。
師匠が死んでから溜まっていた欲求――知識を得ようとする好奇心が、ここに来て爆発してしまったのだ。
監獄を脱獄するまでは、彼は看守に対し魔法を使い続けていた。
しかし脱獄してからは、滅多なことで魔法を使わなくなってしまったのだ。そうしてニッカの手下みたいな小さな子や友人達が合流し、脱獄した私たちはどんどん大所帯になっていく。
これからどこへ行くのか、何をするために集められているのか、皆はそれが気になっていたが、その少年に着いていく限りは寝る場所にも食べる物にも困らないので、あまりそれを言い出す子は居なかった。
マスカール王国に入る少し前、エミリオと名乗る少年は居なくなった。
ここまで引率するのが彼の役割で、これから先は大人が引率してくれると言い残し、別れ言葉も少なく少年は姿を消した。
しばらく、私は放心状態になった。私の感情は、好奇心は、どうやって発散すればいいのか分からなくなってしまったから。
未知の物を追っていたら、それが何か分からないまま別れてしまう。そういえば師匠も生涯探究心を忘れるなと言っていた気がするが、こんな自体に陥っても好奇心を捨てるなという意味だったのだろうかと、今更ながら思ったものだ。
少年が居なくなってから、すぐに大人がやってきた。
25歳くらいで、冴えない感じの男性だ。口数も少なく、皆を集めて何かを話すこともない。他の子が直接聞いたらしいが、どうやら孤児を集めているのは彼自身らしい。何をするつもりなのかまでは分からないが、悪いようにはされないとか。
マスカール王国は奴隷売買を禁止しているから、国に入ってから売られることはないと思う。私はそんなことを考えていたが、子供達は誰もそれを警戒してはいないようだった。
良くも悪くも、地味な青年だったのだ。そんな悪巧みをするような人には、到底思えないような。
ある日、あの少年が居なくなってからしばらく使っていなかった『術式解析』を、なんとなく使用した時だった。今となっては、どうして使ったかは覚えていない。
地味なあの青年は、常に魔法を使っていたのだ。
いや、それ自身は驚くことではない。訓練として四六時中何かしらの魔法を使う者は少なくないのだから、彼もその類だと、一瞬思った。
思ったのは、一瞬だけだ。
私の瞳に映った、青年の魔力循環式。
そこに書かれていた言語に見覚えがなければ、私は何も気にせずスキルを切ったことだろう。
そう、その循環式に書かれていたのは、あの少年の使っていた魔法と、同じ言語だった。
同じ魔法でない限り、全く同じ循環式と決めつけることはできない。マスカール王国近づいてから暴漢に襲われることなんてなかったから、少年と同じ魔法を使えるのかも分からない。
けれど、けれど確信していた。
私の言語知識を総動員して読み解こうとしていた、少年の魔力循環式に書かれた言語と、青年の魔力循環式に書かれた言語が同じだと、私は確信できたのだ。
同じ文字を、同じ配列パターンを、同じ癖の魔方陣を、目に焼き付けていたから。
何と書かれているか分からなくとも、同じということだけは分かった。
それはもう、人生で初めて、『術式解析』スキルに感謝したものだ。
永久の別れとなった物と、また出会えた。人は違うが、好奇心の対象は一緒だから。
私はそれから、隙あらば青年のことを眺めていた。どうやら青年は24時間同じ魔法を使い続けているようで、それでも魔力が尽きないことに衝撃を覚えたものだ。
リリーがやけに懐いているが、二人の間に何かがあったのだろうか? リリーに直接聞いてみてもはぐらかされるばかり。
まぁ男女のことだから、何があっても驚けない。年の差なんて、あまり関係ないだろう。特に男の方が年長の場合は。
リリーはきっと、私たちを救ってくれた、あの少年に恋をしていたのだろう。
少年が居なくなって空虚な隙間を埋めるために、新たな相手を求めたのだと、なんとなくそう考えていた。
恋や愛など人生に必要ないと、私はずっと思っていた。だから恋するリリーを見る目が少し冷めたものになっていることは、少しだけ自覚していた。
魔法使いなら、優秀な子供を残せる相手を選ぶべきだ。
貴族なら、穢れのない血を残せるよう相手を選ぶべきだ。
平民なら、――平民なら?
分からない。私は、それを考えたことがなかったから。
同年代の女の子は、いつか運命の相手と結ばれて、幸せな家庭を作って、子供を産んで、――それを生涯とする、そんな夢を語るものだ。
私からしたら、それは馬鹿らしいことで。
私からしたら、それは理解のできないことで。
だから、だからだ。
だからこそ私は、恋をしていたことに気がつかなかった。
一時の心の迷い。精神の揺らぎ、他者との合一化。人はそれを恋愛と言う。
私がエミリオと名乗った少年を、青年を、彼らの紡ぐ循環式を見るのは、ただの好奇心だ。
本当に?
魔法という学問において、自分の知らない物にはどれだけでも遭遇する。私の知らない世界は、どれだけでも広がっている。
それに10年以上触れてきた私が、ここまで興味を持ったことが、これまでに一度でもあったか?
――ない。
なかった。
だから私は、彼らに恋をしたと定義する。
きっとそれは、運命の出会いだったのだ。




