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それから、僕らのほのぼのとした生活は一転してしまった。
シスターによる特別授業はアルがドン引きするほど過密スケジュールで、アル曰く、20年分の学習を1年に詰め込むレベルだとか。
人間は20年も勉強を続けねえよ! とは突っ込みたかったが、教えてもらう立場である以上、そう強くは言えなかった。
王立魔法学校は、まず入学するのが難しいという。
貴族家の子供や魔法使いの大家の生まれですら、入学試験で半分は落とされるらしい。シスター曰く、正確には半分落ちる試験を作っているんだとか。
そして僕らは、試験を満点で合格する必要がある。入学時に出来る限り目立たなければ、そこから先に浮かび上がることはほぼ不可能と言われたからだ。
シスターは転移魔法のビーコンを屋敷に設定し、日中は手が空くたび、夕方以降はほぼつきっきりで僕らの勉強を見てくれている。
シスターが居ない間は特訓と称したパワーレベリングも続けているが、僕らの学習レベルが上がるにつれ、ただのスキルレベルを上げるための作業ではない、実践さながらの特訓となってきたので、やはりちゃんとした教育者に教えてもらうのは大事だったのだと実感した。
そしてシスターは、24時間いつ屋敷に来るか分からない。どうやら種族的に毎日寝る必要がないらしいく、夕食後に始まった勉強会が翌朝日が昇るまで続くのもザラだった。
しかしこれは、僕らの選んだ道なのだ。嫌々ではなく、自分達が決めた目標に向けて、確かに一歩ずつ近づいている。
それが分かるから、逃げ出さないのだ。
そんな生活が半年も続くと、一日数時間のパワーレベリングが癒しの時間となっていた。机に噛り付いて勉強するより、外に出て体と頭を動かした方が心地が良いのだ。
それをアルに言うと「ど、毒されてる……」とドン引きされてしまったが、それは仕方がない。
パワーレベリングの時間、手が空いているとヨラヒムやカリサが混ざってくることもあったが、二人では僕らの相手は務まらなかった。それほどまでに、僕らの魔法は練度が上がってきている。それは大変喜ばしいことだ。
ただ、大人に勝てるだけ程度で満足してはいられない。これから競い合う同年代の子供も化け物揃いらしいし、同年代の子と同程度で留まるつもりもないので、先はどれだけでも見えてくる。
あ、でもやっぱりシスターの領域に辿り着くのは無理です。一度だけシスターにパワーレベリングの障壁側をやってもらったが、三人がかりの全魔力を投じても、シスターが自動展開している障壁の1枚も破れなかった。マジで化け物だよあの人は。ヒトじゃないけど。
そんな生活が、1年以上も続いた。
どれだけ詰め込んでも、あっという間に時間は過ぎてしまうものだ。僕に残された時間は、あと17年程度しかない。
入学試験の三日前に初めて「まぁ、良いでしょう」とシスターに認めてもらえて、三人で泣くほど喜んだものだ。まだ試験すらしてないのに。
王立魔法学校の入学規定年齢は、15歳だ。
ただし優秀な子を飛び級ならぬ飛び入学させる制度もあり、何歳であろうと試験を受けることはできる。ただし15歳の一発試験で合格できる者は少なく、合格者の半数以上は一度落ちてから翌年、16歳になってから受かるんだとか。そして飛び入学は、毎年2人くらいしか居ないらしい。浪人は特に恥ではないどころか、合格するだけで褒められるんだとか。
入学を希望する者は試験日までに国に定められた魔法使いから署名を貰う必要があり、それは平民が受験資格を得られない最も大きな壁となるらしい。ただし魔法学校の教師であるシスターが居たことで、僕らは難なく突破できる壁だった。
受験日には、僕は14歳、リリーが15、イルマは16歳となっていた。
僕らが出会って、まだ3年。あっという間の3年間だった。
試験日は臨時休校となるらしく、学校の中に他の生徒の姿はない。男女合わせて170人が本年度の受験者であり、その半数程度が同級生となる。
筆記試験は男女別で数グループに分かれて、教室で行われる。午前中は全て筆記試験だ。ずっと机に齧りついて勉強はしていたのに、いざ試験となると緊張でど忘れすることもあるし、平常時なら解ける問題が解けなくなることもある。
ようやく午前中の筆記試験が終了した時には、僕は疲労困憊であった。
僕はふらふらと教室を出、他の教室から出てきたイルマとリリーを連れて、中庭に向かう。
午後の実技試験まで、2時間の昼休憩が与えられている。何故そんな長いのかは分からないが、僕らは持参したサンドイッチを5分程度で食べ、売店で買ってきたフルーツ牛乳を飲みながら談笑をする。
「……で、どうだった?」
個人的には、悪くないと思う。満点かと言われると自信のないところがいくつかあるが、概ね実力を発揮できただろう。
現役教師の元で過去100年分の過去問を解いただけあって、全く勉強していない分野はなかった。それでも、実力通りの結果にならないのが試験というものだ。
リリーを股の間に座らせ、後ろからぎゅっと抱きしめてリリー成分を補給する。
筆記試験で、4時間以上教室に閉じ込められていたのだ。一応トイレで席に立つことはできるが、リリーとここまで長時間離れていたのは相当久し振りだと思う。
後ろから髪の毛に顔を埋めて、深呼吸。ああ、良い匂いがする……癒されるよぉ……。
「私は、大丈夫かな……?」
くすぐったそうに身を悶えさせるリリーは、自信ありげだった。
僕はちょっと自信ないとか言えない空気だよね、これ。
「あー……設問357だけがちょっと、自信ないんですよねぇ」
イルマは頬を軽く掻きながら、控えめにそんなことを言う。
「えーと……ウェアウルフにおける変化と遺伝の関係だっけ?」
「それですそれそれ。二重螺旋構造を書くとこまでは出来たんですけど、構成子が278だったか179だったか分からなくて、勘で179で書いちゃって。せんせ的には?」
「え、僕325で書いてた……と思う」
「私、79で……」
リリーの言葉を最後に、しばらく沈黙が訪れる。うん、皆して苦手な問題だったんだよね、異種族系……。
「……これ、少なくとも2人は満点逃すってことになりません?」
イルマの指摘でダメージを受ける僕とリリー。あとイルマも自分で言っておいて辛そう。
満点を逃した時シスターになんて言われるかを想像すると、冷や汗が止まらないのだ。
「い、一応、解釈として合ってれば正解になる可能性は……あると思うけど」
必死の弁解は、誰に向けてのものだろう。たぶん、僕自身に対する言い訳か。
再び沈黙。大体3分くらい、頭の中で言い訳を考えるタイムが訪れた。
「よし! 答え合わせやめましょう!」
最初に開き直ったのはイルマだった。
うん、うん、そうだよね。終わったことを悔やんでも仕方ないよね、うん。
このまま自己採点を続けていたら他にもミスを見つけて落ち込みそうで嫌だ。
「お、おう!」
「う、うん!」
僕とリリーもそれに迎合。
買ってきたフルーツ牛乳も飲み終わり、残りの1時間以上をどうやって潰そうかという話になる。
ただ、僕らにはいつものアレがあった。
そう、時間潰し兼癒しの時間である、アレだ。
「やっちゃいますか!」
「うん!」
「だね。――表裏の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。この地に討議と討論を。鎮める力と治める力を。広がる力と狭める力を」
術者を起点とし、結界を展開する門魔法。
この結界は、外から入れないようにするものではない。中から出られないようにする結界だ。
これを使うことで、結界内で行われた魔法行使の余波が、外に漏れることはない。難点としては僕の魔力をそれなりに削ってしまうところだが、外への被害を恐れて攻撃魔法を弱めるよりは全然マシだ。
そうして、慣れ親しんだ特訓が始まる。
パワーレベリング。スキルレベルを上げるための、見る人によっては卒倒しかねない強引な特訓を。
――そう、始めてしまったのだ。
◇
「言い訳があったら、言って下さい」
僕達は実技試験が終わると同時に、シスターに呼び出された。
そう、僕達は、やらかしてしまった。
「ごめんなさい……特訓してたら、なんかノっちゃって、試験のことすっかり忘れてました……」
この世界に土下座という概念はないので、もう腰が折れるんじゃないかというくらい頭を下げるほかない。
僕らは、実技試験に遅刻をしたのだ。なんかいつものノリでやってたら1時間程度で終わらなくて、誰も試験のこと思い出さないまま続けちゃって、その……。
「私が迎えに行かなかったら、その時点で不合格だったのですよ?」
「仰る通りにございます……」
シスターの目が怖い。100%僕らが悪いのだから、反論することができない。
試験開始時間になっても一向に現れない僕らが心配になったシスターが学校中を探し回り、ようやく中庭に居た僕らを見つけた時には、試験はとっくに始まってしまっていた。
幸い試験は受けさせて貰えて、全員満点といえる結果を出すことはできた。しかし、遅刻は遅刻だ。
「はぁ……私が試験官の先生に特別に頼み込んで、遅刻による減点分を帳消しにしてもらえるよう、追試を受けさせて貰えることになっています。今すぐ、試験場に向かって下さい」
「「「……え?」」」
「今すぐに、向かってください」
シスターはもう一度、それを強く言い放った。
僕らは顔を見合わせ、嬉しさと怖さの入り混じった表情でアイコンタクト。
そうだ、僕らに選択肢などないのだ。
「「「はい!!」」」
ダッシュで実技試験の試験場へ向かう。
ほんとシスター様様だよ。追試で何やるかなんて聞いてもないし、たぶん試験ほど簡単ではないと思う。実技試験は半数の生徒を落とすように設定されているらしいが、実技だけは他の受験生より慣れていた僕らにとっては、何の問題のない試験だったのだ。
あの試験結果を知っている試験官が、試験と同程度の追試を用意するとは到底思えない。
不安を拭いながらも、僕らは走る。
◇
「ええと、ここの教師で、ボネ・ベルナールと、言います。専門は媒介魔法ですが、今はそちらの要件ではありません。カプレ先生に頼まれた追試の3名は、あなた方で宜しいですか?」
試験場で待っていたのは、先程まで居た実技試験の試験官ではない。
なんというか、冴えない感じの男だった。たぶん年齢は30程度だと思うが、頭は白髪混じりで整えられてもいないであろうぼさぼさ具合で、前がちゃんと見えているかも分からないほど傾いた眼鏡。そして、ペンキでもぶちまけたのかと言うくらい、汚れに汚れた白衣を着ている。ここで会わなかったら、エリート学校の教師とは到底思えない類の人間だ。
「はい、宜しくお願いします」
「はい、はい、こちらこそ、宜しくお願いします。ええっと、先程までのオーブリー先生ですが、あなた方を採点できるような試験はすぐに用意できないとのことで、私が代わりに試験官を務めさせて貰います」
その説明を受けて、少しだけ納得した。
試験とは、公平でないといけないものだ。筆記よりも実技寄りの僕らが余裕で合格できる程度の追試では、他の生徒に示しがつかない。
だから、元の試験官は辞退したのだ。公平に公正に試験を用意できないならば、断るのが教師として当然のこと。
しかしこの男、ボネという変な教師は、それでも僕らを採点できる試験を用意できるというのだ。どう見ても試験官タイプではなさそうなのに。
「あなた方には、私の迷宮を攻略して頂きます」
「……私の、ですか?」
少しだけ引っかかる言い回しだ。
迷宮とは、自然発生するものだ。明確な管理者などおらず、稀に迷宮を形作る要因となった遺物を破壊することで崩壊する迷宮もあるが、それがなくなったところで自己修復機能を働かせた迷宮が、自身の意思で遺物の代用品を生み出し、存続させることが多い。
私の、という言い方だと、管理者が自分である、と言っているかのようで、違和感がある。
一応迷宮を改造するためのスキルはゲーム内にも存在したが、どれだけ育てたところでそのスキルで行えるのは精々敵の沸く場所を変えたり、ドロップ素材の種類を調整したりできる程度だった。
「はい。神代の遺物によって、私の内部にはとある迷宮が作られています。それを7階まで進めたら、満点合格ということで、いかがでしょうか」
「……内部に?」
「はい、内部という他ありません。これは私を起点とした迷宮であり、開けるも閉じるも私の意思です。そうなんですが……」
「ですが?」
彼は、少しだけ言い淀む。
「恥ずかしながら、私がまだ攻略出来てないんですよ。なので代わりに進んで貰えれば、と思いまして」
「……なるほど」
言いたいことは理解した。
人の並行世界に迷宮を作成する。そんな遺物が存在することは初耳だが、教師である彼が言うのだから嘘ではないのだろう。
引っかかる点がいくつかあるが、答えて貰えるだろうか。
「質問を、させて下さい」
「はい、どうぞ。答えられる範囲ですが」
「どうして7階までなのか。それと、迷宮構成パターンはどれですか?」
「それなら、答えられますね。7階なのは、私が一人で進めたのが6階までだからです。あと、構成パターンは恐らくF型かと思われます」
「F、ですか……ううん……」
ちょっと、悩む。
迷宮にはある種の規則性があり、それは遺物の作られた時期や迷宮が生まれた時期によって変わるらしい。その中でもF型というのは、モンスターは少ないが謎解きや罠が多いタイプの気を抜けない迷宮だ。
「……僕一人で攻略しても、三人で行ったことにしてもらうことはできませんか?」
「「え?」」
僕がそれを提案すると、イルマとリリーの声が重なった。
ボネ先生は何も言わず、キョトンと首を傾げている。そりゃ僕だって変な事を言ってる自覚はあるよ。けど、譲れないところもあるのだ。
「私は、大丈夫……だよ?」
リリーは僕の手をぎゅっと握ってそんなことを言ってくれる。
うん、実はリリーのことはあまり心配していなかった。リリーには絶対傷を付けないようにするつもりだったから、着いてくると言っても断るつもりはない。
ただ、イルマは別だ。
「えーと……もしかしてせんせ、気ぃ遣ってる?」
「……だってイルマ、迷宮嫌いなんでしょ?」
イルマは、迷宮探索家になることを明らかに拒んでいた。その理由は語らなかったが、迷宮嫌いというのは一般的な感情なのだ。
存在するだけで害はほとんどないのに探索家はあえてそこに挑み、時には死者が出ることもある。嫌いになる要素など、どれだけでも揃っている。
「あー……説明してなかったのは、私の落ち度ですね。けど別に、心配しなくていいですよ? 毎日迷宮に入るならお断りですけど、今回だけみたいですし。それに、人造迷宮には個人的な興味もありますから」
「……ホントに大丈夫なの?」
「だ・い・じょ・う・ぶ・です! せんせ、気にしすぎ」
「んー……なら、お願いしようかな。二人は僕が守るから。――じゃ、先生、さっきのナシで。三人で行きます」
「え、あ、はい、はい。分かりました」
突然話を振られて驚いたのか多少テンパっているボネ先生。
ホントに大丈夫か? この人の迷宮って……。難易度は分からないが、僕らに頼む以上確実に無理なラインというわけではないのだろう。
「ただ追加で質問が。……どうして、学校の生徒に攻略させないんですか?」
これだけは、聞いておかなければならないことだ。
優秀な生徒や教師が揃っているはずなのに、それを使わずに僕らみたいな外部の人間を使って攻略する理由が、分からない。
情報の秘匿という点で考えたら、見ず知らずの僕らを乗り込ませるわけがない。だから絶対、何かしらの理由があるはずなのだ。
「あー……えっと、僕、教師なわけですよ」
「ええ、知ってます」
「……教師が生徒を危険な場所に送り込むのって、実はかなり難しいんですよ」
彼は小さな声で、そう告白した。
そう、そういうことだ。
つまり――
「僕らはまだここの生徒ではないから、最悪の場合でも学校側に責任はないと言えるわけですね」
「えぇ、ええ、まぁ、そういうことです。ただ人死にが出るほどの難易度ではないと思うんですが、一応ここ、王立なので、学生による迷宮探索は、国からの許可を取る必要がありまして……つまり、そういうこと、です」
「……なるほどなぁ」
確かにこれは、難易度の高い追試だ。
僕らの実力があっても、簡単とは言えない実技試験。
それでも僕らは、迷宮より怖いものがある。
「ま、シスターよりは怖くない、かな?」
「だ、だね!」
「ですねぇ……」
うん、皆の意見も一致した。
ならば、行こう。最初から、僕らに選択肢などなかったのだ。
全てが一択の、簡単な問題。
「じゃ、宜しくお願いします」
「え、ええ、分かりました。――《ゲート・オープン》」
ボネがそう唱えると、僕らの視界は暗闇に落ちていく。
入学するために迷宮に挑むとか、流石に考えてなかったよ。




