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デニサと娘のマルケータが屋敷に来るようになって、3か月。
新たに雇った二人の働きは素晴らしく、レジーナとレナータも厨房から離れる時間が増えてきているらしい。
料理自体も美味しいし、外食が減ったことで出費は減ってきている。
手が空くと港で働く子のためのお弁当まで作ってくれることもあり、子供達からも大好評だ。
少しずつ、生活環境は整ってきた。
防衛、教育、生活。屋敷を建てた当初の問題点は、解消されたと言えよう。
これからは、ようやく先のことを考えられる。子供達もこの生活に慣れてきたのか、仕事がない日や勉強が休みの日に皆で集まって趣味の活動のためを始める流れも出てきている。
サロート運輸で働く皆には、安いながらも給料を支払っている。それだけだと普段から働かない子は使えるお金がなくなってしまうので、アルバイトとして人手が足りない時に働くことで、日雇いの給料を支払うシステムも作った。
子供達全員に給料振込用の銀行口座を作り、自身で管理するようにさせたのも、趣味の活動を始めるいい方向に働いたと思う。
僕は、子供たちの生活にそこまで関与するつもりはない。道を踏み外さないように監督はするが、道を作ることはしたくがない。
子供達を強くしたいという最初の狙いも、別に今すぐ動かなければいけないことでもないのだ。
魔法専門の教師として、アルの古い友人であるカリサという女性も雇い、アルとヨラヒム、カリサの3人で担当科目を分け、子供達の教育を手掛けている。
徐々にではあるが子供達も色々な魔法を使えるようになってきているので、今後の成長に期待できる。新しいことが覚えれるのと自分でも魔法を使えるようになってきている実感があるからか、嫌々やっている子はおらず、皆熱心に授業を聞いているようだ。
僕も、これまで監督していたとは言いづらい放置っぷりであったが、ようやく、ようやく子供達のことを意識せず生活できるようになってきた。
新たな一歩に向けて、ようやく歩き出せるのだ。
その日訪れたのは王宮。足を踏み入れるのは二度目となる。
「質問なんですが、魔法で生計立てるのって、どうすればいいでしょう?」
「久し振りに会ったと思ったら、会って早々それですか……」
呆れ顔で僕を見るのは、見慣れたシスターだ。
今日はリリーとイルマの二人も連れてきている。連れてきたというよりは、着いてきたという感じだが。
ここ最近、よほどの事情がない限り、二人は一日中僕と一緒に居ることが多い。二人の知識レベルだと魔法の授業は退屈に感じることが多いようで、ほとんど僕に直接聞いてくる。
一応基本科目や一般教養のテストを受けてもらったが、二人とも余裕で満点を取っていたので、そちらも問題はなかった。
リリーはいつも通りだが、イルマは少し緊張している?
シスターに会うのは初めてのはずだが、色々な噂を聞いて育ったらしいから、仕方ないか。
突然アポ取って相談しに行くような相手じゃないもんね、この人……。
「……生計を立てるという意味でしたら、あなたの作っている会社はまさにそれだと思うんですが」
「あー……それはそうなんですけど」
「まぁ、そんな程度で相談には来ないですよね……。一般的な話になりますが、傭兵や探索家といった職業なら、流れの魔法使いでもなれると思います」
「……なるほどなぁ」
傭兵はそのまま、戦争などに従事して戦って生き残るのが仕事だ。確かに実力さえあれば重宝されるだろうし、給料もそれなりに手に入るかもしれない。
だが、命を危険に晒してまでお金を稼ぐのは、何か違う気がする。別に資金難というわけではないし、大金を稼ぎたいわけでもないのだ。
安全に強くなりつつ、ついでにお金を稼げたら程度の感覚でしかない僕にとっては、あまり良い職業とは言えないだろう。
「探索家って?」
それまで黙っていたリリーが、そんなことを口にする。
シスターとイルマは何も言うつもりがなさそうなので、説明は僕かな。
「世界中にある迷宮を探索して、何かの素材だったり魔道具だったりを集めたり売ったりする人のことだよ」
迷宮の探索は、ゲーム内のメインコンテンツだったものだ。
この世界において、人を襲うような凶暴なモンスターは、そのほとんど絶滅している。神代の技術によって作られた迷宮においてのみ、そのような生命体が存在しているのだ。
「迷宮……って、そんなに沢山あるの?」
「うーん、マスカール王国だと……いくつありましたっけ? シスター」
「いきなり振らないでください。今国内で確認されている迷宮は379箇所ありますが、うち17箇所は国が素材の産出量調整の為に管理していますので、通常入れるのは362箇所です」
「流石シスター、めっちゃ詳しい」
想像以上に詳しかったよ。379箇所か。確か僕の記憶では500程度あったと思うが、それは今後見つかるものなのだろうか。
それともただの記憶違いかもしれない。もう10年以上前のことなので、曖昧になっているのだ。
「常識です」
「人の事を常識知らずみたいに言うのやめて下さいよ……」
ジト目で見るのはやめてください。つらいです。
ゲームプレイヤーは、鍛冶などの生産職をロールするプレイヤー以外は、皆探索家といっても良い存在であった。
だからだろうか、最初からそれを想像していなかったのは。
NPCの探索家も勿論大勢存在するが、これまで滞在した都市は周辺に迷宮などほとんどなかったから、こちらに来てから探索家に遭遇することはほとんどなかったのだ。
「アリっちゃアリだけど……うん? イルマ何か言いたげ?」
「やー、探索家になるのは避けたいかなと」
それまで黙っていたイルマが、気まずそうにそんなことを言う。
イルマがこんなテンションなのは珍しい。普段は何でもやってみようと言うタイプだし、真っ先に動く性格してるのに。
「ワケアリ?」
「ワケアリです。そのうち説明しますんで」
「じゃ、探索家はナシで。二人を命の危険に晒したくないから、傭兵もナシで。他には何かあります?」
悪い話ではないかと思ったが、イルマが避けたいならナシだ。僕一人だけの問題ではないのだから、彼女らの意見を聞かないといけない。
僕一人だけ強くなっても、意味がないのだから。
「……お気に召さなかったようで。そうですね……戦うのが嫌なわけではないけど、命を賭けるのは避けたいってことですよね?」
今一度、そう確認される。
大体そんな感じかな? あの日以来毎日の日課になっているパワーレベリングに命の危険がないかと言われたら全然あるのだが、アレは特訓なのでノーカウント。流石に命の危険を感じたことはないよ! 数回しかね!
「そんな感じですね。何かあります? 効率良く強くなれて、ついでにお金も稼げるような夢の仕事」
「そうですね……ないと言ったら……嘘になりますかね」
シスターはしばらく貯めると、そう言った。
「ってことは、あるんですよね」
「ええ。魔法学校に入って優秀な成績を収めれば、支援者はどれだけでも出てくるはずです。卒業後は教師になるでも研究者になるでも、新たな道を探すでも構いませんが」
「……なるほど」
そういえばこのシスター、王立の魔法学校で教師してるんだったわ。悪巧みするのが得意なシスターとかじゃないわ。そもそも教会に居ないんだから外見以外はシスターじゃないわ。
確かに支援者、パトロンを上手く獲得できれば、何をするにも資金の援助をしてもらえる。それは実質、自分の魔法の力で金を稼いでいるのと一緒だ。
仕事をして金を稼ぐことばかりを考えていたから、思いつかなかったことだ。
「……ただそれ、相当優秀じゃないと無理じゃないですか?」
「ええ。ですので言いましたよ? ないと言ったら、嘘になると」
意地悪そうな女豹の目で、僕を挑発するように見つめるシスター。
ちょっとドキっとするからやめてくれ。あんまり慣れないんだよその目。
イルマが僕の脛の肉を引きちぎる勢いで引っ張り、リリーが僕の手を強く握ってくれたので助かった。けどイルマ、手加減してくれない? 脛滅茶苦茶痛いんだけど。
「……選択肢としてなくはないけど、難しいってことだよなぁ」
「ええ。支援者を見つけたいなら入学先は王立魔法学校以外にないかと思いますが、入学まで英才教育を施されてきた貴族の子を越えるほど優秀な成績を収めるか実績を残さないと、支援者など夢のまた夢かと」
「え、無理でしょそれ」
無理だって! 冷静に考えると無理だよ! 無学というわけではないが、僕らは魔法が同世代の子供より上手く扱える程度だ。
それは平均値より高いというだけの話でしかない。生まれた時から英才教育を受けている子と比べることができるほどの実力には至っていないはずだ。比べたことはないのだが。
「……無理では、ないですよ?」
シスターは、真面目な顔でそう言った。
ううん……煽ってるわけではなさそう。つまり、言葉の通りなのだ。
「頑張れば、いけます?」
「ええ。あなた達の場合は、生まれや育ちも悪くは働かないですね。貴族の生まれでもない子供が、貴族家の跡取りよりも優れた成績を収めることができるならば、支援者など腐るほど沸いてきますよ。もっとも、簡単な話ではないですが」
「活かせるところは活かせ、ってことですか」
「はい。王立魔法学校にも、平民の身分で入学する生徒は毎年居ます。と言っても、入学制のほとんどは貴族か魔法使いの大家の子供ですが」
入学資格がないわけではない。僕らには戸籍があるから、王都の住民である。
ならば、その道は選べないものではないのだ。
「けど……死ぬほど難しいですよね」
これは、そんな簡単な話ではないのだ。入学して卒業するだけでは駄目なのだから、とにかく在学中に実績を残さなければならない。
短くない時間を学生として生きるのなら、その時間を無駄にはできない。強くなるため、生きていくための、掛け替えのない時間なのだ。
「何を言っているんですか。本当に死ぬわけではないんです。それにあなたは、もう一人ではないのでしょう?」
シスターは、そんなことを言う。
ああ、そっか。
死なないんだ。この方法なら、死なずに強くなれる。
死に戻りがない世界において、死なないことは何よりも重要なことなのだ。
それに、僕はもう一人ではない。
一緒に生きていける、二人が居るのだ。
「二人とも、一緒に来てくれる?」
僕を挟んで座る隣の二人に、声を掛ける。
「うん!」
「ま、せんせと一緒なら退屈しないですし?」
二人の返事を聞いて、次の目標が決まる。
その日僕らは将来の為に、学生になることを決めた。




