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屋敷の外は、そこまで広くない。ただし日本と違ってほんの少しでも自分の土地の外で遊んでいたら注意されるようなこともなく、センチ単位で土地の所有権があるわけでもない。
周辺には畑も多く、建物はほとんどない。
誰の土地かも分からないまま周辺住民に共有されているエリアがほとんどだ。
なので、多少は広く使うことができる。リリーとイルマの二人を屋敷を背にして立たせ、僕は10mほど離れたところに立つ。
「そのへんから、僕に向けて全力で攻撃魔法打ってみてくれる?」
「「ハイ?」」
うん、二人の声がハモったね。
流石に説明少なすぎたか。ちょっとだけ近づいて、少し説明。
「そこから魔法打ってくれたら、僕が障壁で止める。魔力が足りなくなったら回復させて、また打つ。それを繰り返すだけなんだけど」
これはゲーム内で有名なパワーレベリングの手段だが、一人ではできなかったのだ。
障壁担当と攻撃担当が交代しながら行うもので、敵と戦うよりも効率よくスキルレベルを上げることができるという利点があり、初心者から上級者までが暇な時にやっていたものだ。
敵と戦う時は回避や移動を挟む必要があり、ずっと攻撃するのは難しい。なのでこのようなパワーレベリングが流行ってしまうのは、仕様上仕方のないことだった。
「……お師さまでもそんな頭の悪い特訓しなかったよ!?」
「効率は! 良いの!」
イルマの指摘が痛い! 頭悪いよ! そうだよ! あのパワーレベリングは、運悪くモロで喰らって死んでも大丈夫なプレイヤーだからできたことなのだ。こちらの世界で横行するわけはない。だからこんな反応も予想してたよ!
「えーと、まぁせんせが言うならやっちゃうけど……」
「え!? イルマちゃんほんとに!?」
「自分から言ったんだから、大丈夫でしょ。――太陽よ、光の槍を貫き通せ。その輝きを持って焼き尽くせ。《スカード・サン》」
イルマが魔法の詠唱をすると、一瞬だけ、目を開けていられないほどの発光現象が起きる。
それに目が眩み、ほんの一瞬目を閉じただけだった。
気が付くと、僕の眼前に光があった。それは細く長く、イルマの元まで伸びている、光の槍だ。
ジュオオオと焦げるような音が聞こえ、僕が自動展開している障壁が、少しずつ減っていくのを感じる。
ええっと、まずは障壁強化。単純強化ではすぐに破られてしまうので、専用の障壁を組み立てなければならない。
イルマの得意とするのは光属性だが、これは熱光線だ。現象だけ見たら火属性の魔法と勘違いしてしまいそうだが、そうではない。あくまで光線を用いた攻撃魔法であり、太陽熱を引用した結果熱光線となっているだけだ。
たぶん、ほとんどオリジナルの魔法だと思う。僕とほとんど変わらないくらいの年の子がオリジナルで魔法を組み立てるなど驚きだが、それ僕の幻覚をレジストした少女なのだから、そのくらいは予想できる。
ただ予想できなかったのは、その出力だ。
ナルコティクスオープン、求める効果は思考加速に多重思考。この魔法に対応できる障壁を生み出すための、思考力を。
「栄光の門よ、開け」
この熱線は、出して終わりの魔法ではない。イルマの手によって常に新たな熱線が生まれ続けているから、異相門で魔力の帯を切断することで発動を止めることはできない。
手の平を起点に栄光門を起動、大抵の魔法は、障壁展開による魔力消費より栄光門による吸収が上回って、これだけでカタが付く。
「我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。我は奏でる者、外界讃えし奏者なり」
詠唱を続け、栄光門との接続を整える。
僕によって余剰魔力と判定された熱線を構成する魔力が、徐々に純粋魔力として吸収されていく。しかし――
「どんだけ、だよ……ッ!」
熱線の勢いは、全く衰えることはなかった。イルマの額に浮かぶ汗を見るに、出力を上げたか、元から栄光門では吸収しきれないほどの出力か。
ヨラヒムの魔法すら消すことのできた障壁からの栄光門が、通用しない。イルマの実力を甘く見ていたのが原因だ。
しかし、これは殺し合いでも、決闘でもない。訓練だ。イルマは攻撃魔法の、僕は障壁を鍛えるための、パワーレベリングだ。
だから僕は、この魔法を受け止めなければならない。そうしなければ、ならないのだ。
「基本障壁解除、自動障壁解除、光子障壁展開」
こんなもの、魔法の詠唱ですらない。しかし、こんなものでも僕は魔法を発動させることができる。
詠唱とは、ただのショートカットキーなのだ。ならばそのショートカットキーをもっと簡略化すれば、詠唱はこうも単純化される。
頭で詠唱をすることはない。思考力は、障壁の術式計算に使っているから。その中に簡単なショートカットキーを割り込ませることで、少しずつ専用の障壁を作り上げていく。
まだ、まだ足りない。障壁に触れるごとに新たな情報が頭の中に取り込まれていく。熱線の構成、術式の構成、使用されている魔力の濃度、それに質。オリジナルの魔法に規則性を見つけ、揺らぎを見つける。
駄目だ、思考速度が全然足りない。ナルコティクスオープン。多重思考を更に展開、プチリと頭で嫌な音が鳴るが、幻聴だ。脳が限界を知らせてきているだけだ。
そんなもの、知るか。魔法使いが頭で無茶しなくてどうする。
身体を動かせない魔法使いは、頭で無茶をするしかないのだ。
――なあに、全て治せば良いのだから。
使い慣れた麻薬魔法は、指定するまでもなく僕に限界ギリギリの投薬を行える。
限界とは、元に戻れない領域だ。特訓でそこに至ってしまってはいけない。だから、僕も魔法を鍛えるために、限界のラインを見極める。
探すのは、規則性。そして、必ず存在する術式構築の揺らぎ。
そこに介入する。僕の障壁に触れた瞬間効果を失わせるのがベストだが、光の速さで更新され続ける熱線を相手にそこまでの加速は不可能だ。今の僕には至れない。
だから、魔法をプログラムする。
規則性を理解し、揺らぎに付け入る術式を。絶対の力なんてない、万能の力なんてない。だからどこかに、綻びを。
――見つけた。思考の中の一人の僕が、熱線の更新タイミングである0,03秒に1回の揺らぎを発見。
――解析完了。思考統合。
――障壁更新。
さぁ、後は我慢比べだ。イルマの魔法に存在するバグに対し、0,03秒に1回強制的にエラーを誘発させる障壁。
エラーの発生速度を上回る速度で術式を更新することができるなら、イルマの勝ち。それが出来なければ、僕の勝ちだ。
これだけ障壁を強化し、全魔力を障壁に回しても、イルマの熱線は簡単には止まらない。障壁に触れた所から霧散していくが、それは障壁が完全に防御を続けているからではない。僕が使用する光子障壁は0,07秒に1枚の速度で割れ続け、0,07秒に1枚の速度で新たな障壁を展開し続けている。障壁に用いる魔力の消費量はとんでもないことになっている。栄光門で吸収し続けていても、全然足らないほどに。
だから我慢比べだ。僕の魔力が尽きるのが先か、イルマが魔法の発動を続けられなくなるのが先か。
硬直時間は、10秒にも満たなかったろう。
「あー! もう無理ぃ!!」
イルマはそう叫ぶと魔法を止め、仰向けに寝転がった。
瀧のような汗をかく姿は、サウナにでも居たかのようで。
「ふぅ……なんとか間に合ったかな」
常人とは比べ物にならないほど魔力を保持できる僕ですら、ギリギリだった。
そもそも僕の障壁魔法は効率が悪すぎるのだ。そのくらいは理解しているが、そうしないといけない理由があるので、やめるつもりはない。
障壁を解除し、栄光門による魔力吸収に集中する。
一気に消費した魔力を一気に回復させると、相当気持ち悪くなる。吐き気を抑えて魔力に集中する。
……うん、このくらいならなんとかなる。もうちょっと休憩を――
「じゃ、リリーもやっちゃおー!」
「え!? ……ホントに良いの?」
イルマに煽られ、リリーが僕のことをじっと見つめる。
……うん、そんな目で見られたら、「5分休憩で!」みたいなカッコ悪いことは言えないよ。
やってやろうじゃないの! 幸い魔力はそれなりに回復しているのだ。
「じゃあ……行きます! えいっ!」
そんな可愛い掛け声で、魔法が放たれる。
僕はリリーに攻撃魔法を教えていない。だからこれは元から使えたか、自分で編み出したかのどちらかで。
ヒュンと、耳の横を通り過ぎる音。
僕が自動的に展開している27の障壁のうち24枚を貫通し、25枚目の障壁によってほんの僅かに方向を逸らされた“何か”が、耳元を通過した音だ。
「……うん?」
待って、待って待って待って。
障壁切り替え、自動障壁のうち今の攻撃に反応しなかったものを全て解除、反応したものだけを残して重複展開――え、3つだけ?
反応したのは物理的な攻撃に対する障壁、高速の飛翔物に対する障壁、最後は、そこに辿り着いた全ての攻性魔法の向きを逸らすための障壁。
たった3枚だ。複数展開している魔法障壁を無視して飛んできたもの。その正体は――
思考を進めようにも、何個も飛んでくる“何か”によって障壁はパリンパリンと割られていく。
リリーは、この魔法行使に慣れていなかったのだろう。“何か”の飛翔速度も、連射速度も、数を打てば打つほどどんどんと上がっていく。
まずいまずいまずい。一発目が当たらなかったのは偶然だ。逸れた方向が外側だっただけ。
次にもう一度障壁を超えられてしまえば、僕の命が危うい。そんな速度の、攻撃だ。
先程の自己強化に使用した麻薬成分が身体に残っている以上、あまり濃度を高めることはでいない。
ナルコティクスオープン――現状に対応するには少し弱めの効能だが、それでもやらなければならない。
まずは何による攻撃か。物理系障壁に反応している以上、それは物質であると断定できる。魔力によって編まれた物ではなく、実体のある物質だ。創造系統の魔法を使えば魔力から物質を生み出すことはできるが、使用者がリリーであればそれは考えられない。
リリーに使える魔法は? 風魔法と熱魔法、それにスキルであるレビテーション。一番可能性が高いのは風魔法だが、飛んでくる物質には魔力反応がほとんどない。対魔法系の障壁が何も反応しなかったということは、そういうことだ。
つまり“何か”は魔力に動いているわけではないか、初動だけに魔力を用いているかのどちらかで。
リリーを見ろ。探知全開、魔力感知。
――反応有り。魔力によって射出されるが、射出後は惰性で飛翔していると断定。
風魔法でそれを成そうとしたら、周囲に空気が撒き散らされるはずだが、リリーのスカートはふわりとも揺れていない。ならば――
「レビテーションか……ッ!」
自身を空に浮かすことのできるスキル、レビテーション。
それはリリーが生まれ持った才能であり、天族が空で生きるためのもの。
レビテーションスキルには、確かに自身以外を動かす力もあった。スキルレベルさえ上がれば他人を一緒に浮かすことも不可能ではないのだ。
リリーがレビテーションスキルによって飛ばしているのは、足元にある土。それに含まれる、小さな小さな砂の粒。
一粒では目にも映らぬ小さな砂の粒を、上に浮かせて、前に浮かせているだけ。
原理としては単純だ。しかし――
「速……すぎる……ッ!」
僕の小さな呟きは、障壁が割れる音によってかき消される程度のもの。
1秒で12発。それが現在のリリーが飛ばしてくる、砂の粒の数だ。そして障壁は、その数倍速で破られていく。
多すぎる、速すぎる。どれだけ小さな質量弾でも、障壁を解いてしまえば僕はたちまち蜂の巣だろう。飛ん でくる砂の粒は、視界に入るほどでも、人体で止まるほど低速でもないのだ。
使う障壁は3種類。それでも、単純強化だけでは連射速度の上昇に耐えられない。だからこれも、イルマの時と同じように対処する。
障壁のプログラムを変更、破られるたびに新たに貼り直すのではなく、開いた穴を修復するだけに留めて魔力消費を最小限に。
最終障壁であるベクトル変化を物理限定に切り替え、横に逸らすではなく、正面から迎え撃つように設定。
高速飛翔物に対する障壁は、貫通される前提で最前に置き、物理的な障壁ではなくエアクッションにより速度を落とす役割を持たせ、枚数は最も多く。
その結果は、すぐに分かる。
栄光門により魔力の吸収ができない攻撃なので、僕の魔力はジリジリと減り続ける。しかし、障壁に空く穴が小さいことが幸いした。穴の修復にかかる魔力は然程多くないので、しばらく続けることはできる。
リリーがどのくらいの魔力で砂の粒を飛ばしているかは分からないので、イルマを相手にした時のような我慢比べはできない。
彼女が止めるまで、続けるだけだ。
硬直は、しばらく続く。1分を超えたあたりでイルマがリリーに耳打ちをした。
……嫌な予感がする。
探知魔法に、これまでなかった魔力反応。リリーの周囲に集まる風。圧縮されていく周辺の空気。
ああ、駄目だ。これは駄目だ。基本27種の障壁を展開。ごっそりと魔力が削られる虚脱感と頭痛に襲われるが、構わず全ての障壁を強化。
バァン!! と大きな破砕音。巨大なガラスが砕けたかのような、高い音。
屋敷の中に居た子すら音に驚いて窓の外を見てしまうほど、大きな音だった。
リリーも今の音に相当驚いたようだが、それで攻撃を止めることはしない。これは、特訓なのだから。
分析――駄目だ。先程までの砂粒弾も続いている以上、今の魔法のみに対応してはいけない。
まずは単純に、反応した障壁だけに絞り、それ以外の障壁を解除し、単純強化。
再び大きな破砕音。割れる前提で薄く作られた障壁は、障子紙かのように破れて粉々に砕け散る。
弾は続く、まだ続く。超高速の小粒弾、時折紛れる、破壊力のある“何か”。
まずは考えろ。そして見ろ。不自然な空気の流れに、地表の砂が躍っている。これまでにはなかった現象だから、これはリリーの魔法によるもの。
自然と、風魔法であると想像はつく。しかし、ただの風魔法がここまでの破壊力になるはずはない。攻撃魔法などほとんど使ったことのないリリーに扱える魔法ということは、これは単純な攻撃魔法ではない。何かしらの応用だ。
イルマがリリーに耳打ちをしてから攻撃パターンが増えたのだから、それはイルマの助言によるもの。風魔法はほとんど使えないイルマが知っている魔法を想像し、何を言ったか計算する。
「――《ショック・ウェーブ》かな」
少しだけ大きな声で呟くと、リリーがピクリと反応する。……うん、合ってそうだな。
厳密には人間の使う風魔法と同じ《ショック・ウェーブ》ではないだろう。しかし、原理は一緒のはずだ。
衝撃波を生み出す《ショック・ウェーブ》は、風魔法による攻撃手段としては、至極一般的なものだ。しかし、ここまで破壊力のある魔法ではない。いくら大量に魔力を込めたところで、慣れてないリリーが使って、こんな威力になるはずがないのだ。
となると、ただの魔法ではない。衝撃波は目に見えるものではないが、それでも空気の流れや障壁の割れ方で、どのくらいのサイズで、どのくらいの速度かくらいは分かるものだ。
――サイズは、小さい。針を刺したところを中心に、爆発するかのように衝撃が出ている。
となると、先程の砂粒弾との合わせ技であると予想。砂粒弾を覆うように風魔法を使っているか。
砂粒弾よりも速度は遅いし、30発に1発程度にしか紛れていない。どのタイミングで飛んでくるか分からない以上全ての障壁で対応できるようにする必要があるが、幸い連射速度はそこまでない。少しずつ上がってきてはいるが、それでも全てを衝撃弾に置換するには至らない。
ならば大丈夫だ。速度を和らげるのに使っている最前面のエアクッション障壁に空気を分散させる特性を追加し、最前面だけではなく複数箇所に展開。
障壁を追加するために魔力が見る見るうちに減っていくが、少しずつ障壁の展開効率は良くなっていく。貫通弾と衝撃弾の使い分けにリリーは段々と慣れていき間隔が狭まっていくが、僕の障壁が完成する方が早かった。
これなら、大丈夫、魔力は確かに減っているが、続けれないこともない。……どこかでやめてはもらいたいが。
少しずつ頭痛も収まり、頭もスッキリと冴えてくる。障壁のプログラムは完成した。リリーが更に奥の手を隠し持っていない限り、イルマがまた変な助言をしない限り、魔力が続く限りは障壁の展開が行える。
うん、悪くない。初めてにしては、上出来だ。イルマもリリーも、そして僕も。
「そろそろ……やめてもいい?」
リリーがそれを言ったのは、開始から5分ほど経ってからだった。




