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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
生活基盤
42/133

6

 交渉から3か月。

 ドーミエ運河での荷物運搬代行会社、『サロート運輸』の滑り出しは、中々の物だった。会社名は悩んだ末、僕の生まれた村の名前から採用した。誰も知らない村でも、僕だけは知っているのだから。

 最初はお試し期間ということで、従来の中型船レンタル料と同じ額を負担して貰い、納得されたら次回以降は正規料金を支払ってもらうということで合意、正規料金に難色を示していた船長も居たが、本人を載せて運河を往復させたら一発KO、「次回から宜しく頼む! ここの往復がこんな早けりゃ、売り物を倍は増やせるぞ!」と嬉しそうだった。

 他の船長も似たようなものだ。特にこれまで荷物を満載した手漕ぎの中型船を動かしていた見習い水夫達からの評判が凄まじく、水夫が船長に相談し、船長本人を載せると上記のリアクションか、「船を売ってくれ!」とせがまれるなど、おおむね高評価であった。


 ひと月も続けると、一度利用したことのある船が二度目の利用に来航することもあり、これからはもっと沢山の荷を、もっと沢山の船で持って来るぞと言われることもあった。


 現時点でエアクッション艇を操縦できる子供達は、14人にまで増えた。

 元から多少なりとも魔法を使えた子はコツを覚えたらすぐ動かすことができるようになったし、魔法を使えなかった子も負けじと勉強をして段々と動かせるようになってきている。

 慣れない子には年長のベテランが付き、今は7隻を使ってピストン運送をしている状況だ。1人で操縦し続けると魔力が枯渇してしまうので、適度に休息を入れるのを忘れない。最初の1か月くらいは僕が常に監督していたが、もうニッカとラウの二人だけで問題なく回せているようだ。

 会社の代表名義は僕の名前にしてあるが、そのうち二人の名義にしても問題ないように思える。


 ただ問題としては、教育と休息の必要性が上げられる。

 子供達は、まずは自分たちで生活費を稼ぐことを目標にしているようで、休日もほとんど無しに毎日港へ向かっている。

 責任者として無休労働を止めなければとも思うのだが、ニッカとラウ曰く、「一人が操縦してる間もう一人は休憩してるので、大丈夫です!」とのこと。


 ううん、個人的にそれは休憩ではないし、休息日でもない。休みはちゃんと取って貰わなければならない。

 現時点ではそこまで大量の依頼が入っているわけでもないので港で待っていることの時間の方が圧倒的に長いようだが、それはそれでいいのか?

 どうやら5勤2休の感覚はこの世界にはないようなので、週7日全部働いている人も多いらしいが、子供をそんなに働かせるのはなぁ。


 僕が保護するまでも普通に働いていたジェンナは、「子供が週7働ける職場なんて、普通ないですよ!」と言っていたが、僕はそれを「子供を無休で働かせる鬼畜はそう居ないぞ!」という意味で解釈していてちょっと凹んでいたが、それを察したリリーに「子供って、働ける場所がないんだよ?」と慰めてもらえて、助かった。


 どうやら僕の感覚が世界基準では間違っているようだが、このままだと計画が進まない。

 そう、子供達を教育することだ。

 それは魔法の教育もあるし、一般教養も含まれる。小学校や中学校で教えるような学問を、子供達に教えなければならないのだ。


 僕の知っている二人のシスターに手紙を送った結果、シスター・マリオンには「王都のことならシスター・エリーズに聞いて下さい」と返され、シスター・エリーズには「手が空いている人が居たら屋敷に送ります」と雑に返されてしまったので、手詰まりだ。

 王都にはいくつか仕事の斡旋所があるので定期的に顔を出しているが、あまり希望通りの人は見つからない。子供に勉強を教えるのは、それなりに高等技術であるのだ。それも、ほとんど何も知らない元孤児だと特に。


 シスター・エリーズから手紙が来てから3か月くらい何もなかったが、別にめんどくさそうだからと放置されていたわけじゃないと知れたのは、珍しく屋敷に来客があった時だった。


「ええっと……カプレさんからの紹介で来たんですけど……エミリオさんのお屋敷とは、ここで間違いないでしょうか……?」


「そうですが……ああ、シスターですか」


 カプレさんと言われたのが誰か分からず、リアクションが遅れてしまった。

 来客は、女性……だろうか。声からしたら30歳くらいの女性なのだが、正面から顔が見えないほど前髪が伸びており、特に整えられているわけではないようで、その毛は伸びっぱなし。モップの妖精と言われたら信じてしまいそう。

 うーん、不審者かコレ? ギリギリ浮浪者ではなさそうだが、街で会ったら間違いなく避ける感じ。


「そ、そです、そうです。仕事探しているならここへーって地図だけ渡されたんですけど、えっと、何を求めてるんですか……?」


「まぁ、色々ですけど……とりあえず、立ち話も何なので中へどうぞ」


「ど、どうもです、はい」


 うーん、応対もかなり微妙。大丈夫かこの人? けどシスターが適当に変なの送ってくるとは思えないから、人選としては問題ないかもしれないのだが……。


 2階、会議室として使っている小さな部屋に通し、まずは自己紹介から。


「ええっと、私の名前はエミリオ・ブランジェ。今は子供達の世話をしています」


「わ、わたしは、アールクヴィスト・アルベルティーナって言います。名前、憶えづらいんで、アルで良いです。えっと、10年くらい前までは、魔法学校で働いてたんですけど、ちょっと派閥争いに巻き込まれちゃって。そこで辞めたっきり、適当に実家の道具屋手伝ったり、してる程度で、はい」


「えーと、専門は?」


「魔法学としての専門なら、エーテル系です。一応、初等部と中等部の教員免許は持ってますので……」


「……なるほど」


 うーん、人柄はちょっと微妙だが、資格としては悪くないかもしれない。

 彼女の言った“エーテル系”とは魔力の概念の話だ。魔法の源である魔力、それの根源をどう解釈するかによって、エーテルという学問が生まれる。

 魔力が地の底から生まれるという現在の学説とは異なり、魔力は天から降ってくるという解釈をするエーテル学は、現在では主流とされていないものだ。


「ど、どうでしょう? あ、外見です? す、すぐに直せますので、すみません。お手洗いとか借りても、良いですか?」


「あ、どうぞどうぞ。リリー、案内してくれる?」


「はい!」


 傍で座っていたリリーが立ち上がり、アルを化粧室に案内する。

 アルはリリーの瞳を見て少しだけ表情を変えたが、それは嫌悪ではなかったので気にしない。というか髪の毛なんとかする気あったら最初からしてきてよ! モップの妖精じゃないのかよ!


 10分ほど待っていると、あれ? 知らない人が入って来たぞ?


「アルさん美人なんだから、なんで顔隠そうとするの?」


 リリーが手を引っ張ってきたのは、知らない女の人だった。

 確かにリリーの言う通り、美人ではある。綺麗めな文学少女が順当に20年くらい成長したら、みたいな感じだろうか。先程までモップだった髪はリリーによって整えられたのか肩までの長さになっており、前髪もきっちりオデコあたりで切られている。

 ううん、シスター・エリーズみたいな女豹系でも、ラチェールさんの美人秘書マチルダさんみたいなタイプでもない。

 僕の好みではないけど、男の子は簡単に惚れちゃいそうだなって……。


「い、いいいいや、だって、顔で見られるの昔から嫌いで、それで職場も追い出されちゃったしぃい……」


「そんなの、昔の話でしょ?」


「いやいやいや、でもちょっと話しただけで男を落とそうとしてるとか言われたり、口説いて派閥を移籍させようとしてるって陰口叩かれたりするんすよ、辛いっすよ……」


「ここには同年代の人なんていないんだから、気にしないでもいいと思うけど」


「研究室の生徒に手を出そうとしてるって噂流されたりするのはもう嫌なんすよー! 青田買いのアルなんて異名、絶対要らないっすから!! 私、34で未だに処女なのに何で男を食いまくる悪女みたいな噂流されるんすか!?」


「別に処女だからって気にする人はここに居ないから! そんな噂流す人も居ないよ!」


 アルを慰めているのか説得しているのか分からないが、どうやら今の10分でかなり話せるようにはなっていたようだ。女子はすごいね!

 忘れがちだが、リリーは元から人見知りでもなんでもないんだよね。ただ自分に自信がなかっただけで。

 ところでそのリリーだが、今でも目は見えていないが温度の違いをかなり正確に認識できるようになっているようで、もう人を顔(の温度)で見分けることもできるようになっている。

 目が見えていない子に美人と言われるのに違和感があるのか、アルはそこだけは否定しようとしているが、二人の会話は年が離れた姉妹のようだった。


 ううん、僕が口はさむとこじゃないな? コレ。落ち着くまでは放っておこう。


「前後20歳くらいは油断できないんすよ! リリーさんはちょっと研究の話してただけでいきなり口説かれる経験とかないすよね!?」


「私なんて、エミリオ君に会っていきなり一目惚れって言われたんだよ!?」


「え!? ええっ…………え、マジっすか……エミリオさん、ロリコン的なアレっすか……?」


 いきなりトーンダウンしてこちらをじっと見つめるアル。ううん、語弊があるよな? コレ。

 とりあえず幻覚解除。ここで働く人にくらいは教えても良いだろう。説明するのが面倒とも言う。


「……は!? さっきまでの地味な青年はどこへ!?」


「誰が地味だ誰が! ここに居るここに居る!」


「そういえば雰囲気に面影が……ないっすね! 誰ですかアンタ!」


「エミリオだっつーの! こんくらいの幻覚魔法なら自前でレジストしてくれ!」


 勢い任せてレジストしてくれとは言ったが、正直今の僕が使う幻覚をレジストするには光属性のスキルレベルが300くらいは必要だと思う。よほどの人ではないとそこまで上げることは少ないかも。


「はぁ!? 幻覚!? 何のために!?」


「バレると色々まずいからだよ!」


「ワケありっすか!?」


「ワケありだよ! そのうち説明するよ!」


「ほ、ほぁー………………分かりました! いやまぁ、私としては、カプレさんの弟子? なら年齢どうこう関係ないような気はしますし……?」


「……一応言っておくとシスターと違って純潔の人間なんで11歳ですけど、あれ、そういえばもうすぐ12だっけ」


 うん? 起業とかでドタバタして忘れていたが、もうすぐ誕生日か。しばらく祝うことはなかったが、言い訳する時の年齢が変わってしまうので覚えておこう。


「えっ、エミリオ君、もう誕生日なの?」


 それに驚いたのはアルではなくリリーだった。

 アルは「まぁ11歳でもシスターの弟子ならなぁ」みたいな顔してる。ほら、オリエ達と同じ反応だよソレ……。


「あー…………来週くらい?」


「くらいって、何日なのエミリオ君? お祝いしなきゃ!」


「えぇー……別に良いよ……」


「エミリオ君が良くても私が駄目なの。いつ?」


「13日だけど……」


「それ、明日じゃない……どうして黙ってたの?」


「べ、別に良いかなって……」


「良くないよ! って、あ、ごめんなさい、お話し中に……」


 急にリリーが縮こまる。そういえば、突然話に入ってきたんだっけ。いや、話に入ったのは僕の方か? ううん、分からん。

 二人が仲良くなれたようで幸いだ。母子くらいの歳の差があるのに姉妹とか女友達みたいな話し方になってるのは、まぁどっちもが話しやすい人だったってことだよね。


「え、ええ、別に良いっすけど……何の話してましたっけ?」


 急に話を振られたことで素に戻っているアル。えっと、魔法学の話を聞いたあたりだっけ。


「……何だっけ? あ、そうだ、リリー的にはアルで大丈夫?」


「うん、私的には良いと思うけど……」


「オッケー、じゃあ採用ってことで。給料と勤務形態の話なんですけど……」


「え!? そんだけですか!? もっとこう、人柄審査とか身辺調査とか試験とかは!?」


 アルはそう言い、慌てだす。

 えっと、それ要るか? シスターが派遣した人なんだから、そのあたりは特に気にしていなかった。しいて言えば、リリーが嫌と言わなかったらオッケーくらいの感覚だったよね。


「別に、リリーが良いって言うなら良いんじゃない……?」


「え、ええぇー……なんすかそれ、ベタ惚れじゃないっすか……や、それなら心配ないのかな……?」


 心配って何だ心配って。僕がアルを狙いに行くって話か?

 うーん、全然ストライクゾーンじゃないな……。美人とは思うが、好みかと聞かれると別に……って感じ。残念美人だし。リリーがストライクゾーン直撃の僕にとっては、「顔は良いんじゃない?」程度にしか感じないものだ。流石にそれを言うことはしないが。


「心配しなくても、エミリオ君はアルさんには興味ないよ」


「そうそう」


 リリーに同意しておく。うんうん。別に異性として見ることはないから安心してね!


「うわっそれ直接言われると結構キツい!」


「好かれたいのか好かれたくないのかどっちだよ!」


「やたらめったら好かれたくはないけど興味ないって言われると傷付く的な……!?」


「うわっめんどくさっ」


 あっめんどくさいよこの人! 今知り合ったばかりの僕からしたら残念美人って感覚だが、これまではこの外見でかなりの男に狙われてきたのだろう。

 滅茶苦茶な美女よりちょっと可愛い地味な子の方がモテるって、昔から言うよね……。


「うるさいっすよ! 色々あったんすよ!」


「あーはいはい。えっと、仕事の話していいです?」


「え、ええーいきなり戻すんすか。別に良いですけど……先に希望言っても良いですか?」


「あ、大丈夫ですよ。給料ですか?」


 結構色々任せるつもりだったので、給料をケチるつもりはない。逃げられないよう、それなりに高額を積むつもりではある。


「や、違くて、えっと、ここ、住み込みでも大丈夫です? いやその、私の両親、結婚しない娘を家に置きたくないみたいで、最近実家に居るのが気まずくて……」


 思ったより切実な希望だったよ……。ただ、その希望は叶えられる。

 この屋敷は既に定員だが、今はもう一つ家を建てているのだ。

 土地は余っているが今後のことを考えて、屋敷のすぐ傍に建てる予定で建築業者とも話し合っている。


「あぁ、それなら大丈夫ですよ。もう一軒家建てるので」


「ありがとうございます。……や、サラッと言ってるけど金持ちすぎじゃないっすか? スポンサーとかでも居るんすか……?」


「完全に個人的な資産ですけど……。ただ、住み込みで働く人たちの為の家にするつもりで他にも何人か入居させることになると思いますが、それで良いのなら」


 アルにはモテ体質があるようだが、共同生活は大丈夫なのか……? 男女ごっちゃに入居させると色々厄介ごとがありそうだから家単位で分ける? それすると流石に土地足りなくなるから周辺の土地買わないとなぁ。日本のアパートみたいに入口から分かれていればプライバシーは保たれる……かな?


「あ、そのへんは大丈夫っす! 寝室一つ貰えれば生きられるんで!」


 うん、あんま気にしてないっぽいな! 男を雇う可能性が0とは思わないはずだが、本人が良いみたいだしとりあえずは現状のまま進めよう。


「はい。で、勤務時間は朝8時から夜17時くらいまで、昼休憩1時間で、残りは拘束しません。週2は休息日を入れる予定ですけど、それで大丈夫ですか?」


「えっ、短くないですか?」


「……そうですか?」


「ですよぉ。イマドキ住み込みの仕事だと1日12時間でも短いくらいっすよ」


「……まーじか。や、そんなもんかぁ。」


 うん、そんなもんかな……。この世界はそこまで労働環境が整っていないみたいだし……。個人的には1日8時間労働でも長いと感じてしまうのだが、短いと思われるなら問題はないか。

 他の人も同じ基準で働いてもらうつもりだったが、役割によってはもう少し伸ばしても良いのかもしれないな。

 残業代とかの規則はないみたいだし、ただ伸ばしただけ給料が増えるだとわざと仕事をゆっくりやって残業代を取られる可能性もあるし、経営者として考えることは山積みだ。


「家が建つまではしばらく通いで来てもらうことになりますが、給料は――とりあえず最初はこのくらいで、どうでしょう?」


 準備しておいた契約書類を、アルに渡す。

 人員に余裕ができたら変わってくるだろうが、現時点では子供達30人を1人で担当して貰うことになるので、かなり多めに見積もってある。

 ……ちなみに小中学校教諭の給与相場が分からなかったので、唯一定職に就いていた大人である元騎士のヨラヒムと相談して決めたものだ。

 周りの大人、まともな奴らが居ねえ! この世界における聖職者は定職という扱いではないようで、シスター二人は教会から給料を貰っていなかったようだし。

 働いて給料貰うの、日本より難しいのでは? とか不安になってしまったが、当分自分で働くことはないだろうから、その時はその時ってことで。


「えーと、ふむ……え、これ、年収ですか?」


「や、月収ですけど」


「………………ウソデショ?」


「ホントですけど?」


 うん?なんかアルの反応がおかしいぞ?

 結構上乗せはしたけど、ヨラヒムもこのくらいなら妥当だって言ってたよ?


「……ちなみにエミリオさん、教員の給料どのくらいか知ってます?」


「あー、分かんなくてここに出入りしてる元騎士の人に聞いたんですけど」


「騎士ってガチ貴族じゃないですか!!?? そんなのと比べて良いものじゃないっすよ!??」


 契約書類を机に叩きつけたアルにそう叫ばれる。僕が怒られてるみたいになってない?


「あ、やっぱそうでした?」


 うんうん、そんな気はしてたよ。ヨラヒム、アウトローな割には溢れんばかりの貴族オーラを出すことがあったし……顔が怖くても所作はとんでもなく綺麗なんだよなぁ。食事の時とか、子供達と一緒に食べさせるといつもは騒いでいる子供達が全員黙ってヨラヒムの作法を真似するくらいだったし……。


「え、嘘じゃないんすよね? 後から大幅ダウンとかないですよね?」


「むしろしばらくしたら増やすつもりだったんですけど……」


「すみません何も文句言いませんこれから宜しくお願いしますッ!!!!!」


 アルは叫びながらパーフェクトな最敬礼を見せてくれた。うん、まぁ金で引っ張る作戦は成功かな?

 というか教員ってやっぱりこの世界でも低賃金長時間労働が当たり前だったりするのかな。専門職なのに……。


 とりあえず今日は一旦アルには帰ってもらい、今後の教育について相談をするのに必要な教科書類を、翌日持って来て貰うことにして、話は終わった。

 教員、ゲットだぜ!

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