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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
生活基盤
41/133

5

 5人は港に到着し、停めておいた船へ向かう。

 手筈通り、船には水の入ったタルを限界まで載せて貰っている。そこらへんで暇していた水夫さん、グッジョブ。

 朝のうちに港に来て、暇そうに外で酒を飲んでた水夫さん達に、タルを積んで中に海水を入れるようにお願いしていたのだ。給料先払いで、監視していたわけではないからやってくれない可能性もあったが、やってもらえたようで幸い。もう水夫さんは残っていないので、海に帰っていったのだろう。


「ええっと……独特な形の船ですね? 船に乗ったタルは……」


「あれには、海水を満タンに詰めてもらってます。確認しますか?」


「……となると、20トン程度は乗ってることになりますね。確認は結構ですので、早速実演して頂けると」


 初老のラチェールが、子供のようにソワソワとしている。船とは思えない平らな底、動力船なら水中にあるはずのスクリューは、何故か海面より上にあるし、スクリューとは思えないほど巨大だ。何も知らなければ、どうして動くのかどころか、何故海面に浮いているのかも分からない構造だ。


「これは、エアクッション艇と呼ばれる物です」


 僕の作ったのはエアクッション艇。俗に言う、ホバークラフトだ。

 船体上部から吸った空気を圧縮して船底に吹き付けることで、水面から浮かび上がって進む船のことだ。

浮かび上がるだけではなく、空気を押すことで前に進むために、スクリューのような形の巨大プロペラを船体後部に取り付けてある。


 ゲーム内に存在したエアクッション艇は一定以上の風魔法を扱える者なら誰でも動かすことができるもので、持ち運びはインベントリを一枠使うだけ、買わなくともドーミエ港でとあるクエストを受注すれば設計図を貰えて、アイテム作りを生業としているプレイヤーやNPCに素材と設計図を渡して作ってもらうのが一般的であった。


 中級者以上のプレイヤーは、水中の移動手段として誰もが何かしらのエアクッション艇を持っていると言われるほどに、ゲーム内では一般的な移動手段だった。それを覚えていた僕は、ここの港にまだエアクッション艇が配備されていないのを知って、これが商機と確信したのだ。


「エアということは、帆船と同じように風で動くのですか? 帆はないようですが……」


「風ではありますが、まぁ見てもらった方が分かりやすいですね。ニッカ、ラウ、手筈通りに宜しくね」


「「はい!」」


 ようやく出番が来た二人は喜び勇んで船に乗り込む。今日の操縦士はラウだ。ジャンケンで勝ち取っていた。

 まぁ、もう一人は航路の確保と船体の確認くらいしかやることがないからね、折角来たのだから、何かしらの仕事をしたかったってところか。


 ラウは、操縦席にあるホースのような吸入口に手を当て、目を瞑って小さく詠唱する。

 ラウの風魔法適正はBだが、それでも三日も練習したら普通に動かせるようになっていた。構造自体は単純なものだからだ。

 風を生み出すのに使う魔力は少なくないが、それを攻撃に使うわけでもなく、指向性を持たせるわけでもなく、ただ単純に大量の風を圧縮して吐き出すだけならば、スキルレベルが低くとも余裕で動かすことができる。

 そもそも、スキルレベルが低いと動かせないようなものなら、一般的な移動手段として流行したわけがないのだ。流石に魔法適正の最低値であるFのプレイヤーは動かせなかったらしいが、Eなら充分に動かせると言われていた。適正をランダム配分にすれば適正Fほど低い数値を当てるのは逆に才能があるほどだったので、そんな低適正で普通にキャラクリエイトをするプレイヤーは少なかったことだろう。


 何が言いたいかと言うと、このエアクッション艇は、魔法さえ使えれば子供でも容易に動かせるということだ。

 管理門により操縦許可をした者しか動かせないようになっているので、セキュリティ面もバッチリ。船ごと持って行かれたら確かに損害だが、常に大量の水夫が出入りしており、24時間衛兵が巡回しているような港で船泥棒なんてリスクが高すぎる。


 船が、ラウの風魔法によって、ゆっくりと浮かび上がった。浮かんだ距離は2cm程度しかないので、岸から見ると少し揺れたようにしか見えない。

 ニッカは樽が全部固定されていることを確認、障害になる船が何もないことを双眼鏡で確認すると、ラウにゴーサインを出す。


 船体後部のプロペラが、高速回転を始める。

 プロペラが生み出した風をモロに喰らったマチルダが慌ててスカートを抑えるが、ラッキースケベを意識した者は誰も居なかった。僕がギリギリ気付いたくらい。


 近くに居た水夫や巡回していた衛兵までもが呆然とし、エアクッション艇を見つめる。


 皆が見つめる中、船は動き出した。

 プロペラの回る音は、ジェット機と違って爆音ではない。真後ろに居たら風を直接喰らうことになるが、少し離れたら風の吹く音にしか思えないほどだ。


 凡そ20秒で、最高速度まで達する。

 最高時速は70キロ程度か。高速帆船すら時速20kmも出ないし、手漕ぎボートは時速10kmも出ないこの世界において、その速度で動く船を見たことがある人間など存在しないだろう。


 船はあっという間に皆の視界に映らなくなり、呆然と口を開けた人たちが残された。

 皆は何も言わず、じっと水平線を見つめている。


 船が再び視界に入ったのは、出発から10分ほど経過した頃だった。船がこちらに頭を向けて、戻ってきている。

 ……あれ? 減速しないな? ちょっと、そろそろ減速ラインじゃない!? と一人冷や汗をかく僕のことなど誰も気にしないまま、皆が「おぉ……」と声を漏らす。


 ほぼ最高速度を維持したまま港に入り、そして――


 ドリフトした。


 それはもう、見事な水面ドリフトだった。船体を一気に90度回して移動エネルギーの向きを変え、そのまま更に90度。

 港の一帯に大量の海水を撒き散らしながら、エアクッション艇はバックで停止した。


 ……っこえー!!!! めっちゃビビったー!!! 減速忘れてるのかと思ったしお前ら二人こっそりどっかで操縦の練習してるなと思ったらそんな練習しとったんかい!! 馬鹿ー! 先に言ってよそういうのはさー!!!


 冷や汗ダラダラだった僕は顔面から海水を被ったことで証拠隠滅。すぐ傍で見ていた全員顔面から海水被ってびしょ濡れに。


 うん、ラウ君、今操縦席で「やべっ」って言ったよね。口の動きで分かったよ。


 まぁパフォーマンスとして見れば、満点か。

 最高速度からの急停止にドリフトという選択肢は悪くない。まぁ周囲に人が居ないのを見てからやってね、そういうの。

 びしょ濡れになった皆は怒ることなく、というか水を被ったことを忘れているかのように、じっと船を見つめる。


 船から降りてきたのはラウ、ニッカ、そして――


「先生! 向こうの港着いたら証拠持って来るように言ってたから、そこらへんでヒマしてたオッサン連れてきたよ!」


 そう叫ぶラウに連れられて、いかにも水夫といった髭面のオジサンが、ふらふらと船から降りてきた。

 うん、酔ってるねこりゃ。酔いに慣れているはずの水夫にとっても、速度が違いすぎるのだ。最高速度が出ていれば揺れも相当あったろうし、これまで彼が感じていた海上とは全く違ったのであろう。


 船に乗っていた水夫が運河の手前にある港で乗せられただと信じない者は、一人も居なかった。この場に居なかったならともかく、この船の速度を見ているのだ。

 あれだけの速度が出ていれば、運河の出口である港町まで行って戻ってくることも可能だと、理解している。


「納得頂けましたか?」


 誰も何も言ってくれないので、僕からラチェールに質問する。


「確かに、この速度が出るなら、水上輸送は大きく変化するでしょう。個人的な質問で申し訳ないのですが、この船をもっと巨大化することは可能なのでしょうか? それこそ、操縦者である魔法使いを更に増したりすれば……」


 ラチェールは、納得してくれたようだ。これなら話を許可を取るのに問題はなさそうだが、彼にはまだ悩ましいところがあるようだ。

 軍需産業には全く関わっていなそうな白い人間を選んだつもりだったが、海運業の者としても、やはりサイズは気になるところか。


「私の技術では、難しいかと。私には大型化に関するノウハウがないのです。波がほとんどない運河という環境ならただ水上を走るだけで問題ないのですが、大型化するということは、外界に出ることを想定しているんですよね?」


「……ええ、その通りです」


「私が参考にした船は、どれも大型化されておりませんでした。つまり、大型化にあたっては、何かしらの障害があるはずなのです。勿論私自身が作り続けて試行錯誤を重ね、ノウハウを蓄積していけばそれなりに大型化をさせられるとは思いますが、現状の目的と一致しているわけではありませんので、個人的にはそれをするつもりはありません」


 ゲーム内で作ることができた最大サイズが、現在ここにある代物だ。

 10年以上前のことで記憶違いもあるが、大体このくらいだったので、嘘を言っているわけではない。

 確か、現実のエアクッション艇は軍事利用される場合、相当大型化されていたと記憶している。それこそ、戦車を何台も詰めるほどのサイズの船もあったはずだ。

 それも魔法で再現できなくもないと思うが、今の用途に大型化は適していない。ピストン輸送が主なのだから、コストがかかり取り回しが悪くなる大型化は無駄なのだ。


「なるほど、理解しました。ちなみに、この船を模倣されることは、考えておられますか?」


「それは勿論。別に、構わないんですよ」


「……ほう?」


「別に、船の技術を独占したいわけではありません。詳しい人が見れば仕組みは理解するでしょうし、状況次第では、どのような構造の船なのか開示するつもりもあります。ですので、欲しいのは運河の通航許可、それと、運河で商売をする権利なのです」


 このどちらも、港湾課が管理している許可、権利だ。

 運河の通航許可無しに港に入ることはできず、権利無しにこの地で商売することはできない。

 だから、先手を打つのだ。ただ会社として先手を取るだけではなく、この事業を続けていく為に。


「なるほど。船を他人に模倣されても構わないが、それを使ってこのドーミエ運河で商売をさせるな、という意味だったのですね。ようやく、理解できましたよ」


 ようやく納得したような表情になるラチェール。

 そういう意味だ。子供達に任せる会社が、他人と競い合う場になってはいけない。それは、もっと余裕ができてからで十分だ。

 今は、自分たちでお金を稼がせることを何よりと考えている。それも、他人に邪魔のされない場所で。


「ええ、そういうことです。技術を独占するつもりはありませんが、この運河での商売だけは、独占させて頂きたいと思いまして。生憎私には商売人としての知識がありませんので、競合会社ができてしまうと問題なのです」


 少しだけ悩むラチェール。彼の権限ならば、通すことのできる範囲のはずだ。

 元々国でやってきた半赤字経営の部門なのだから、それを切り捨てる良いチャンスではある。しかし、前例のない船、実績のない個人にそれを与えてくれるかどうかの瀬戸際か。


「分かりました。私の権限では10年間の確約しかできませんが、宜しいですか?」


 ラチェールは2分ほど悩んだろうか。ようやく出した答えは、驚くべきものだった。


「……10年ですか?」


「はい。私の定年まで10年ありますので、私が退職するまでは、あなたの会社を守ろうかと思います。以後は後任と話し合って頂ければと思いますが、ご不満ですか?」


「…………いいえ、想定より長いくらいです。てっきり1年程度かと思っていましたので」


「1年で宜しいので?」


「10年でお願いします!」


「はい、分かりました。マチルダ、書類を用意しなさい」


 美人秘書マチルダはどうやら防水だったらしいびしょ濡れのカバンから何枚か書類を取り出し、どれを使うかとラチェールと相談を始めた。

 独占禁止法のようなものがあったら問題だったろうが、どうやら適用されることはないようだ。


 ニッカとラウに向けて無言で親指を立てて、成功の合図をする。

 二人は、小さくガッツポーズをした。

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