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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
生活基盤
40/133

4

 アポを取ったのは、港運課のナンバー2、ラチェールという初老の男性だ。

 この道50年のベテラン。異動で来た今のトップよりも港運課としての経歴は長く、諸事情に詳しいと思ったから指名したのだ。


「私が設立したい会社は、荷物の運搬業を行います。それの許可を頂きたいと思いまして」


「……それなら、法人課に行くのが適切ではないですか? 一応、話は聞きますが」


 ラチェールは、美人秘書を連れてやってきた。目つきが怖いが、それは僕が打ち合わせの場に子供を連れてきたからか。ラウとニッカへの当たりが多少キツいような気がする。当の二人はどう見られてるかなんて気にせずキョロキョロと周囲を見渡しているが。


「ええ、港運課からの許可が下りたら、法人課には行こうと思います。……言ってしまえば会社なんて、法人課でお金を出せば誰でも設立できるものなので……でしょう?」


「え、ええ、そうですね。それで、私を指名したということは、私にしたい話があったからですよね? 海運との違いを教えて頂けますか?」


 秘書の女性が、お茶を用意してくれた。これは、長話をしてもオッケーということだろうか。

 ラウとニッカの二人は黙ってお茶菓子を食べて感動している。うんうん、今度は屋敷でも作ってもらおうね……。甘い食べ物、少ないからね……。


「海運は、船で運河から外海に出て、荷物を運ぶ業種ですよね。私が欲しいのは運河の通航許可、それと、運河で商売をする権利です」


「……商売、ですか?」


「はい、ラチェールさんは勿論ご存知と思いますが、ドーミエ運河は水深が浅く、大型の船舶は運河を渡って港に来ることができません。それ故、運河の手前で小型から中型の手漕ぎボートに荷物や人を移し変えて、港まで運ばれると聞いています。……間違いないですか?」


 僕が王都に来て、情報を集めている時に、すぐに気付いたこと。

 それは、ゲーム上では存在したものが、この世界にはなかったことだ。

 きっと、これから19年後までの間に完成するものなのであろう。今の時点でそれを知っている僕は、それを作る“誰か”の先手を打つことができる。


「ええ、ええ。どうしても底に砂が溜まりやすい形状になっているようで、ドーミエ運河には喫水制限を設けております。何度か海底を掘る事業も発足されたようですが、どれも実現には至らず、お恥ずかしい限りで……」


「そうですよね。なので、私が設立する会社は、大型船舶から預かった荷物や人を、高速船を使って港まで運ぶ事業をしたいと思っています」


 港運課の彼に提案するのは、高速船だ。それも手漕ぎボートと比べることができないほどの高速船。魔法が存在する世界でも大型船舶の多くは帆船で、魔法だけで動く大型船舶など存在しない。動力の一部の魔力を使う船はあるが、魔力が有限である以上、大型化は不可能とされている。

 電気やガス、重油などを動力として動く船の開発など、相当先のこととなるだろう。

 それは、国土に占める陸地の割合が広く、海に面しているエリアが極端に狭いマスカール王国ならではの問題だ。

 この時代でも、他国なら燃料で動く大型船舶が存在するのだが、今回はそれではない。


「……高速船、ですか? 確かに運河の使い勝手が悪く、交易の妨げにはなっています。それは分かっていますが、陸運が主流のマスカール王国にとっては、運河での交易問題はそこまで大きく取り上げられてはいません。運河の開発費用が降りないのは、そういう理由があるのです」


 巨大な王都とはいえ、全ての交易を陸運だけで行うことなどできない。

 海運も必要なものなのだ。郊外とはいえ街のすぐそばにある運河を、使い勝手が悪いからと使わないのは問題だ。海運を切り捨てて陸運に頼っているこの国は、海への備えがなさすぎる。

 強国なのは、陸から見た時だけなのだ。


「勿論、私達港運課が毎日スケジュールを組んで管理していますので、現状でも大きな問題は起きておりません。新規参入はあまり簡単ではないと思うのですが」


「ご苦労様です。ですが、それを全て折り込み済みでの、提案なのです。船を用意していますので、一度見てもらっても宜しいでしょうか?」


「ええ、大変に興味はあります。港運課にも予算がありますので、導入できるかは分かりませんが。行き先は港で宜しいですか?」


 試作一号機は、既に完成している。現状では大型化には至っていないが、それは僕一人で準備したからだ。他人の手を借りることができれば、もっと大きな物も作ることができる。

 この世界では、物作りとは手作業と工業製品だけではない。魔法によって作ることもできるのだ。創造系統の魔法を使えば、素材がなくとも物を作ることができる。勿論素材を用意して形を変形させた方が効率が良いし、人の手に持てるくらいのサイズなら簡単に作れても、大量だったり大型だったりする物は、シスター・マリオンほど創造魔法を使いこなせる者でないと難しいのだが。

 逆に言えば、シスター・マリオンなら本人曰く城でも作れるとのこと。そこまでは求めてないよ……。


「はい。停留の許可は明日までしか取っていませんので、それまでに時間を空けて貰えたらと思いますが……」


 アポは今日のこの時間しか取っていないので、来てくれない可能性もある。その時はこの場で細かい説明をして誘致する予定だったが、ラチェールは少し考えると、うんと頷いた。


「大丈夫です。今から向かいます。マチルダも着いてきなさい」


「はい」


 それまでずっと銅像のように固まっていた秘書の女性が、返事をする。彼女はマチルダという名前のようだ。自己紹介などはなかったので意識はしていなかったが、連れて行くということはただの秘書ではないのだろうか。護衛の可能性まで有りうる。

 ラチェールは日本で言えば公務員だが、港に関して言えばその権限は国の中でも最上位クラス、それはつまり、命を狙われる可能性まである立場だ。


「ええっと、どうしましょう。徒歩で行くと1時間以上はかかると思いますが……」


 まさか即断で着いてくるとは思っておらず、移動手段の用意をしていなかったのが悔やまれる。タクシーとかはないから馬車を使うことになるのだが、今から探すとなると多少難しい。


「大丈夫ですよ。毎日ドーミエの港から歩いて出勤していますから。今日の仕事はこれまでにして、見に行くこととしましょう。問題ありませんね? マチルダ」


「はい。今日は打ち合わせの予定もありませんので、直帰しても問題ないかと思われます」


「分かりました。では、案内して下さい」


「は、はい」


 ちょっとだけ狼狽える僕。まさかこんなスムーズに着いてきてくれるとは思ってなかったんだよ。一発芸に近い作戦では、まず見てもらうまでが難しい。見てもらうことさえできれば、あとは交渉だけなのに。

 それは、これから先の世には認められ、存在するものなのだ。ナンバー2のラチェールが認めないものなら、その時はその時に考えよう。今の雰囲気からすると営業はほぼほぼ成功しているようなものなのだが。


「高速船の構造を教えて頂いても、宜しいでしょうか? ああ、これは参考までに聞きたいだけで、盗用しようと思っているわけではないんですが」


 港に向かう道すがら、ラチェールにそう聞かれた。

 これは、開示しても良い情報だ。利権の為には話さないほうが良いのは分かるが、教えなくともいつか知られてしまうことなのだから、彼くらいには話しても良いだろう。


「魔法で動く船なんです」


「……ほう、魔法ですか。確かに魔法でしか動かない船なら、手漕ぎである必要もなく、風も波も無視できますね。ただ、運用コストに問題がありませんか?」


 彼の指摘は最もだ。現状、この世界において考えられる“魔法で動く船”とは、スクリューやオールといった推進部位を魔法で動かすことにより、人力よりも少ない人数で船を進ませるための物だ。


「水夫に魔法が使える者は少ないので、今もまだ帆船が主流となっているのも同じ理由ですね」


「はい。魔法を使える者を船に常駐させるコストを思うと、実現は難しいと言われています。その点を解消する方法は、考えているのでしょうか? あまり沢山の魔法使いを雇うくらいなら、運搬業以外にもできることは多いと思います。話を持ってきて貰ってこれを言うのは何ですが……」


「そうですね。ローテーションで回すつもりですが、人数としては20人程度を確保できると思います」


「20人、ですか? それだと手漕ぎの中型船を1つか2つ動かせる程度だと思いますが……」


 少しだけ不安そうな顔でこちらを見るラチェール。ううん、やっぱり魔法で動かすのが一般的ではないと、その程度に思われるか。ハードルが低ければ低いほど実物を見たときの衝撃は大きいと思うので、それならそれで構わないのだが。


「その点は問題ありません。今はまだ1隻しか作っていませんが、2人で動かせる船を用意しております」


「2人ですと!? それで高速船など、動かせるのですか!?」


 喰いつきが良いな。実は1人でも動かせるのだが、1人しか乗らないと動かすだけで精一杯なので、港との連絡役や航路の確保、緊急時の対応用などで2人が乗り込むのを想定している。

 ラウとニッカを2人とも連れてきたのはそれだ。2人は打ち合わせで残ったお茶菓子を包んで貰って持ち帰ることに成功したようでホクホク顔だが、君らにはこれから仕事があるからね。


「ええ。実物は見てもらった方が早いですが、操縦者の2人を除いて乗員は20人、貨物なら20トン程度までは余裕で運搬が可能です」


「……ちなみに速度はいかがほどで?」


「同サイズの手漕ぎボートの、ざっと10倍程度でしょうか」


 速度計があるわけでもないので体感でしかないのだが、運河を渡る中型船の軽く10倍は出ていた。

 7キロに対して、70キロ程度だろうか。

 同じ条件にして競争したわけでもないし、実際はもっと上下するだろうが、10倍以上は出るはず。僕がそう作ったのだ。


「……眉唾ですが、それが実現可能ならば海運事情は相当変わるでしょうね。運河の使い勝手が悪いのが、海運が発達しない原因でしたので……。ところで、そんな船をどこで調達したのですか?」


「ああ、自作ですよ。完全オリジナルというわけではないですが、そのあたりは守秘義務がありますので、ノーコメントとさせて頂ければ」


 オリジナル……ではあるが、発想自体はゲームから貰ったので完全オリジナルではない。このあたりは濁しておいた方が良いだろう。構造は知っていても設計図などがあったわけではないので、影でこっそり試行錯誤はそれなりに重ねたが。

 19年後の未来ではこの船が一般的だったんですよ、とか言っても狂人に思われるだけだから、そのあたりは黙っておこう。


「そ、そうですか。確かにその船が一般的になれば、海運だけではなく海戦事情も大きく変わるでしょうからね……」


「……ちなみに速度が出るだけで耐久力は皆無ですので、そのあたりは考慮して頂けたら。まぁ運搬程度で壊れるわけではありませんが、攻撃されたら簡単に沈みますよ」


「わ、わかりました」


 少しだけガッカリしたような表情のラチェールを見て、考える。

 マスカール王国は、広大な陸地を持つ大国だ。海がないわけでもないが、海から攻めてくる敵は少なく、また海を渡って植民地を増やそうというほど好戦的な国柄ではないので、そのあたりは未発達。

 しかし、これから先もそうかと言われると、否。海を渡ろうという内部勢力もあるし、海から攻めてくる外敵も存在する。生まれ育ったこの国を捨てるのは簡単だが、僕としては長生きしてもらいたい。

 ただ、軍需産業に関わるのは当分後で良いと思っているので、今回提案するのは運搬業だけだ。


「どうして、この業界に参入しようと思ったのですか?」


「質問に質問を返して申し訳ないですが、私が孤児を集めている話はご存じですか?」


「あ、ああ、やはりそうだったのですね。噂で聞いた方と同じ名前だったので、ひょっとしたらと思っていましたが……」


 ラチェールはそう言うと、チラリと二人を見た。ラウはいつも通り飄々としているが、ニッカは少しだけ緊張しているのだろうか。表情が強張っている。


「ご存知でしたか。簡単な話、この会社を子供達の働き口としようかと思ってまして」


「……ひょっとしたら、高速船を動かすのも?」


「ええ、私が保護している子供達です。今日はこの二人が操縦します」


 ペコリと二人が会釈する。ニッカは礼儀正しいがラウはあまり口が綺麗とは言い難いので、極力黙っているように言ってある。

 二人は顔はカッコいいし溢れるカリスマ感みたいのを感じるし、黙って綺麗な服を着ていれば良いところのお坊ちゃま程度に見えるのだ。クソッ……これだからイケメンは……ッ!


 ラチェールとマチルダは二人して目を見開き、口をパクパクとさせながらラウとニッカを見ている。連れてきたガキだと思ったらその二人が操縦者ってのは流石に驚くところだったかな。

 ラウとニッカは慣れない反応に照れ臭そうにしているが、事実ではあるので否定はしないよ。

 まだ操縦方法を教えているのは二人だけだ。ただし別に難しいわけではないので、ひと月もしたら10人、半年もしたら子供達全員が動かせるようにはなるだろう。

 ただ30人総勢でこの仕事をするつもりではないので、全員に教えることはないのだが。


「ラチェールさんなら分かると思うんですが、大型船1隻あたりの荷物だと、運河を何往復しているものなのでしょう?」


「大型の基準にも寄りますが、運河の手前、港町コームに停泊する船が1日10から30隻程度、運河を渡って王都まで来る中・小型船は100から300隻程度というところから考えると、1隻あたり10往復していると考えるのが妥当でしょうか。もっとも、複数の大型船で中型船のレンタル費用を出し合って一緒に運ぶことが多いようですので、想定される荷物の量はそれより少しだけ多いと思われます」


「なるほど。コームでは、運河を渡るための船を貸し出しているんでしたね」


「ええ。ただし民間ではありませんので、そことの競合を気にしなくても構いません」


「良いのですか?」


「はい。国が運営していますが、貸し出している船のレンタル費用など大して取っていませんので、損耗が激しく修理や買い替えでギリギリ赤字にならない程度なんですよ。事業を畳めるなら畳みたいと、以前から言われていますので」


「……なるほど、分かりました。ただこちらで動かせる船の数を思うと全てを置換できるとは思っていませんので、ある程度は残していただくことになるかと思います」


 まぁ確かに、いくら外洋に出ることを想定していない小型の船とはいえ、毎日何度も何度も荷物を乗せ換えていたら損耗は激しくなるだろう。

 そのあたりの問題は僕の作る船にも存在するが、魔力と素材だけあれば作れるのでコストがそこまでかかるわけではない。コストよりは時間がかかるが、手が空いている時に少しずつ量産しておこう。


「構いませんよ。人手を減らせれば減らせるほど他に使える資金となりますので、気にせずガンガン動かしてください。こちらはそれに合わせて対応することにします」


 ……うん、実物を見たわけでもないのに、もう採用する気満々だな。

 彼にアポを取っておいて良かった。別に国に買えと言っているわけではないのだから、港湾課が抱えるリスクも少ないし、悪い話ではないからか。

 これから19年の間に開発するであろう誰かも、そう思って彼に話を通したのかな……。


 そんなことを話しながら歩いていると、あっという間に港に到着した。

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