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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
生活基盤
38/133

2

 執事のような妙齢の――どうやらシスターの補佐官らしい男性に、あと1時間くらいなら使って良いと言われたので、待合室で待たせていたリリーに早速話を聞く。


「えっと、熱魔法? 使えないと思うけど……」


「うん、大丈夫。使えたら試してただろうからね。だから、僕のスキルを委譲する」


「委譲? え、えっと、エミリオ君のスキルを?」


「そう。僕のスキルを、リリーに渡す」


 スキルという概念は、人族の魔法体系にしか存在しない。

 シスターのように人族の魔法体系を覚えた者ならば、人族でなくとも使うことはできる。しかし、そもそもが人族が生み出した概念なのだから、それと関わらなかった者にないのは当たり前だ。

 リリーは人と同じ魔法を使えてるようで、全く違う。スキルによって強化され、補助される人間の魔法とは、根本的に違う魔法を使っているのだ。

 しかし、ゲーム内では天族のプレイヤーも同じようにスキルを使うことはできた。それは“人族から転生する”という流れが存在したからだ。元々人であったから、人と同じことができて当然、という風に。



 天族は、遠い昔に天使と人の交配の結果生まれた種族。マテリアル体は、その時に獲得したものだ。

 精神的な存在であるアストラル体の天使と、物質的な存在であるマテリアル体の人間がどうやって子供を成したかなんて、そんなもの神話を見ればどれだけでも前例がある。神と人の間に生まれた子供なんて、いくらでもいるじゃないか。何かしらのやりようがあったのだ。


 スキルの委譲は、プレイヤーにとっては制限のある機能だ。

 委譲対象に一定以上の適正があること、そして――


「僕の火属性魔法の適正はBだから、リリーにB以上の適正があればスキルの委譲はできる。前確認した時、リリーの適正はAだったから、大丈夫」


「で、でもそれ、エミリオ君のスキルはどうなるの?」


「……無くなるよ」


 そう、委譲したスキルは消滅する。厳密には、レベル1に戻るだけだが。

 そして、委譲対象にも、同レベルのスキルを渡せるわけではない。1/10程度まで落ちたレベルで、委譲が成せる。

 僕の火属性魔法の適正はB、スキルレベル上限は100。今は79だが、別に失っても痛くない。


「じゃ、じゃあ嫌!」


 リリーはそれを拒否した。うん、彼女ならそれを言うことを予想していた。だけど僕は、引き下がるわけにはいかない。


「どうせ、使わないものだから」


「でも嫌! エミリオ君の魔法を貰っても、嬉しくない」


「……どうしても?」


「どうしても!」


「それはどうして? 僕が弱くなるから? スキルが1に戻ってもまた育てれば良いんだから……」


「う、ううううう」


 リリーは唸りながら段々と涙目になっていく。自分が意固地になっているだけだと分かっていても、それを覆すつもりはないようだ。


「じゃあ、代わりにお願いしたいんだけど」


「か、代わり? スキルを貰う代わりってこと?」


「うん。僕よりも、強くなって欲しい。リリーは知らないだろうけど、実は僕の魔法適正は相当偏ってる。ルゴスのお陰で誤魔化せてはいるけど、それも万能じゃない。だからリリーは――」


 言いたいことは言えている気がするが、なんか方向が――


「僕と一緒に、僕の代わりに強くなって欲しい。これからもずっと、ね」


「ふぇ?」


 あれ、なんか最後プロポーズみたいにならなかった?

 リリーは首を傾げ、しばらく熟考。そして一気に顔が赤く染まる。あ、やっぱりそう聞こえたよね。どうしよ今の、撤回……できないよなぁ。

 一応、目的のことは伝えられたから、よしとするか。うん、うん。プロポーズじゃないよ、今の。ずっと一緒に居ようって完全にプロポーズな言葉だけど、11歳と12歳だからね。うんうん。子供の戯言くらいだよね! ほら、幼い頃に将来結婚しようって約束した幼馴染の異性とか居なかった? 僕は居なかった!


「え、えと、ええと、あれ、うん、えっと、よろしくおねがいしましゅ、……ます!」


 あ、噛んだね今。リリーはうろたえていても可愛い! 天使かな? 天使だけどね!

 なんか変な流れになっちゃったけど、一応同意は取れたっぽい。変な誤解は生みそうだけど、本音だから仕方ないよね。

 冗談みたいに取られちゃっただろうから、どっかで方向修正しておかないと……。


「じゃ、渡すよ」


 茹ダコみたいになっているリリーを見てると、なんか僕も恥ずかしくなってきたよ。けど下心とかじゃないからね。効率的だよ効率的。僕より適正値が高いリリーは僕より強くなる余地があるということだし、それなら僕より強くなる部分は全部リリーに任せた方が良いって効率的な話なんだよ。下心とかじゃないよ。下心とかじゃないよ!


 冷静になって心変わりされないうちに、既成事実を作ってしまう。あっ今の言い方だと犯罪臭が凄い! そういうつもりじゃないからね!


 スキルコネクト。リリーの手を握り、頭の中でそう呟く。

 僕のスキルを、彼女に委譲する。人族のスキルなので親和性には若干の不安があるが、ゲーム上は種族関係なく委譲が行えたのだから、大丈夫のはず。

 選ぶのは火属性。熱系統だけ委譲するなんて器用な真似はできないので、火属性魔法を丸ごとだ。

 人族の使う詠唱に頼った魔法はリリーには難しいかもしれないが、スキルさえあればそれの補助で成せるはず。そのための魔法、そのためのスキル、そのためのスキル委譲だ。


 少しだけ、体の中から力が抜けていく感覚がある。

 しかし渡したのは火属性。リリーには言っていないが、僕自身があまり重要視していなかったもの。適正が戦闘に使うにはやや弱いBというのはあったが、他の属性の方が使い勝手が良かったからだ。過去に使っていた経験から知識は他の属性よりも多少あるし、今更使えなくなってそこまで困ることはない。なに、必要になったらまた育てれば良いのだ。上限100なんて、今の僕なら半年あれば到達できるだろうし。


「う、ええっと、……なんか変な感じ? ポカポカするみたいな……」


「いきなりは難しいかな。たぶん。一旦知覚共有で使ってみるから、雰囲気で覚えてみて。たぶんリリーなら教科書とかよりそっちのが分かりやすいと思うから……良い?」


「い、いいよ?」


 少し落ち着いてきたのか赤みは抜けているが、ちょっと態度がよそよそしい。あんまり照れられると僕も恥ずかしくなってくるんだけど!


 知覚共有は、一般的には体属性魔法の五感共有が主だ。孤児院に居たとき、ジノに視覚共有をしてもらったっけ。

 僕の使うのは、土属性魔法――勿論門系統だ。精神の機微に疎そうなルゴスが苦手とするジャンルと勝手に思っているが、それはそうとして借りられる力はなんでも借りる。


 リリーの手を握り、唱える。


「夢幻の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。御魂を辿りて知る全て、所業を読み解き知る全て、夢うつつへと移して交わせ」


 夢幻門。精神支配系の、門系統魔法。

 催眠系の魔法でも同じことができるが、催眠魔法だと本人の知らないことを行うのは難しい。

 今回のように本人が使ったことのない魔法を使わせるには、意識へと介入する魔法が適切だ。

 夢幻門は双方向意識レベルに応じて、支配権限が変わる。簡単に言えば、好感度が低い相手だとほとんど支配できないということだ。意識レベルが低度だと悪魔のささやき程度にしか感じないはずだが、リリーは僕に意識の全てを明け渡してくれる。

 今何を考えているかを分かるわけではないが、今、リリーの肉体の支配者は僕だ。彼女が思ってもないことを喋らせることは勿論、体を無理矢理動かすこともできてしまう。


 ……勿論そんなことはしない。僕のことを信用してくれているから、ここまで権限を明け渡せるのだ。そんなことしちゃったら信用ガタ落ちだよ! 必要最低限のことしかしないよ。


 リリーの意識に入るのはこれで二度目。一度目はレビテーションのスキルを探した時。あの時見つけたのはスキルではなかったが、人間である僕が“それ”を認識したことで、レビテーションスキルへと変化した。


 それにしても、彼女はこんな世界に生きているのか。二度目とはいえ、慣れるものではない。目は開いていれど世界は見えず、暗闇で、音だけが明瞭に聞こえる。体が少し熱い気がするのは、体温の違いだろうか。

 リリーの体を通して感じる僕の手のひらの体温は、リリーのそれより随分低い。冷たいくらいだ。


 うん、考え事している場合じゃない。とっとと本題に移らないと。

 人間式の魔法は、魔力を感じて望みの形に変化させ、それを魔法を成す天族には難しい。不可能なわけではないが、それより簡単な方法がある。

 僕が、その感覚を会得することだ。今回は、少しだけ時間がかかりそうだ。

 幸いリリーは肉体と精神の全権限を僕に譲渡している。この状態のリリーの精神がどこに居るかは分からないが、僕の思考をトレースできるわけではないから、ずっと静かに待っているのだろうか。

 リリーの肉体が感じるのは、純粋な魔力のあり方だ。異相門の取得感度を限界まで上げれば、僕も同じ感覚が得られるかもしれない。異相門だと視覚で魔力を感じるが、リリーに視覚はない。それ以外の感覚全てで、魔力を感じる。


 魔法とはイメージ。詠唱とはサポート。スキルとはそれを動かす潤滑油。そして魔力は、ガソリンだ。

 詠唱を頭の中で唱える、人間式の詠唱破棄では駄目だ。リリーにも分かるように、熱魔法のイメージを植えつける。

 こんな時僕が思い浮かべるのは、ゲーム時代に有名だったプレイヤーやNPC達だ。火属性魔法は自分も使えたが、熱系統の魔法を得意とするキャラクターは大勢存在した。それほど一般的な魔法系統だった。

 その中でも一番印象に残っているのは、ニクラス・オーデンバリとランヴァルド・オーデンバリの兄弟だろうか。血は繋がっていない義兄弟という設定があったと思うが、水属性氷系統、火属性熱系統という全く毛色の違う二つの属性を使いこなし、プレイヤーを引っ張ってくれる兄貴的存在であった。度々ストーリーにも登場し、敵として出てくるのはイベントでの模擬戦程度ではあったが、作中でもかなりの強キャラと設定されていたのを覚えている。

 ストーリー終盤まではニクラスが氷使い、ランヴァルドが熱使いという扱いをされていたが、実は二人ともがどちらの属性も同等まで使えるというどんでん返しまであり、感動のシーンも存在した。


 最初に意識したのは、彼らだった。熱を自在に操り、極寒の地でも灼熱の地でも平然としていた二人。

 熱系統。それは熱を操り、熱を感じる魔法系統。

 熱を感じる。それが、僕の求める答え。

 熱系統のサーモグラフィ。赤外線探知魔法。

 全ての物質から放射される赤外線を視覚化し、罠の探知や暗闇での視界の確保を行う為に使われる魔法だ。


 僕も火属性魔法はそれなりに使っていたので、一つだけ知っていることがある。

 その魔法が、視界を失ってしまう状態異常の最中でも使用することができたこと。視界に映すのではなく、探知情報を脳に直接投影するという形だからだ。


 そう、それを使えば。

 熱を見ること、熱を感じること。赤外線を魔力で感知し、その情報を脳に映すこと。イメージしろ、あの光景を。イメージしろ、あの魔法を。

 ――感じろ、熱を。


「……あ」


 視界を通さず、皮膚感覚だけで魔力の流れを理解できるリリーなら。

 視界を通さず、音の反響だけで世界を見ているリリーなら。


「見える、見えるよ」


 少女の声が、自分の中から聞こえる。夢幻門解除、全権限を彼女の元へ。


「……どう?」


 イメージは、頭の中に焼き付けた。それを成すための、スキルも与えた。


「エミリオ君、なんだね」


 リリーの両手が、僕の顔を左右から包む。

 そこに僕の顔があることを、見えているかのように。

 瞳は動いていない。傍から見たら、何も変わっていないように見える。

 しかし、今ここに動いている魔法がある。火属性熱系統魔法による、赤外線探知が。


 魔法によって見えるのは、人の瞳と比べると情報量は少なすぎる。

 それでも、それでもだ。

 あんな暗闇で生きてきた彼女にとって、ほんの1%でも視覚情報が加わることになれば。

 あんな暗闇で世界を見ていた彼女に、ほんの1%でも視界を与えることができるなら。


「あり、がとう。私に、目をくれて」


 リリーの瞳から涙がポロポロと流れていく。

 泣くのを見るのは、これで三度目か。けれど今は、抱きしめることしかできないわけじゃない。


「う、うわぁああよかったぁあああ」


「ちょ、ちょっと、なんでエミリオ君まで泣いてるの」


「だっで、だっでぇ」


 僕の両目からは、リリーに負けないくらい大粒の涙が流れてくる。

 視界は滲み、赤外線サーモグラフィより視界が悪いんじゃないかというくらいに、全てのものがぼやけて見える。


 救い出した彼女のために、成せたこと。

 虚ろで朧な視界でも、僕が彼女に与えられたもの。


「目はここで、口はここで、耳はここで、鼻はここで」


 いつしか、慰められるのが僕になっている。

 リリーは僕の顔をぺたぺたと触り、触った部位の名前を呟く。

 目が見える僕からしたら、視界があるのは当たり前のことなのに。彼女は短くない時の中を、暗闇で過ごしていたから。

 対象の温度差が分かるだけのセンサーでも、それは彼女にとっては立派な視界だ。見えないものの位置が、見えないものの形が見えるのだ。それを視界と言わずになんと言うか。


 それは、全盲でも使える視界。リリーは、盲導犬も居なければ、点字もないこの世界で、新たな視界を獲得したのだ。

 家もなく、身内も居ない全盲の少女が、ここまで生きてこられたこと。

 それを思うと、涙が止まらないのだ。


「私は、エミリオ君のことは、魔法がなくても見えてたんだよ?」


 いつしか泣き止んでいるリリーとは違い、僕の涙は止まることがない。

 こんなに泣いたのは、いつ以来か。ひょっとしたら、生まれたばかりの頃以来かもしれない。


「そこに居るって、わかったの。遠くに居ても、わかったの」


 僕は、リリーに空の飛び方を教えた。

 しかし、それは僕の力ではない。それは、リリーが元から持っていたものだ。使えなかっただけで、僕が与えたわけではない。

 それと、今回の一件は違う。

 僕が。

 僕が、リリーの為に、成せることを成したのだ。


「何をしていても、そこに居るのがエミリオ君って、わかってたんだよ。だから、ね?」


 彼女に頭を撫でられると、心が落ち着いてくる。

 そういえば、この世界で僕よりリリーは年上だ。

 ゲームの世界だからと、知識を活かせると調子に乗っていた僕とは違って、彼女はこの生き辛い世界を、懸命に生きてきた。


「私を助けてくれて、ありがとう」


 その一言で、僕は救われる。

 来るかもしれないプレイヤーを待ち、ただ強くなることだけを目標にしていた僕が、ようやく見つけた生きる意味。

 彼女と共に、歩む道を。

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