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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
生活基盤
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1

「ハァイ、シスター。お元気ですか?」


 6年ぶりの再開だ。

 ちょっと不機嫌そうなシスター・エリーズ。いや、今の名前はエルヴィール・カプレ。

 突然の別れから一度も会っていないのに、外見は記憶のまま変わらなかった。もうこれが幻覚で良いんじゃないかな?


「謁見があるって言うから誰かと思ってましたが……折角殿下に呼んでもらったのに戴冠式に来なかった、不敬なエミリオ君じゃありませんか」


 呆れ顔で、じっとこちらを見つめるシスター。

 6年経っても、シスターの顔に皺なんて増えていない。何せ、数百年を生きる超長命種の妖精族、ニンフであるからだ。小さな集団に分かれて暮らす天族と比べても数が少なく、生態が明らかにされていない種族。

 人と同じように成長するという説もあれば、自信の望む外見になれるという説もある。シスターの場合は幻覚魔法が超高次元の領域に達しているので、それが天族にとっての浮遊のような種族的特性の可能性がある。まぁただの不老美人かもしれないが。


「それはまぁ……色々あったんですよ」


「……君、オリエの所にお世話になってるそうですね?」


「…………やっぱバレてます?」


「ええ、バレバレですよ、バレバレです。姿は変えているようですが、そんなもので私の目を誤魔化せるわけありません。ちなみに、あなたがアールバリの監獄から脱獄して、王都で孤児を集めて良からぬことを企んでいるというのも知っていますよ?」


 挑発的な目つきで、僕に言葉のメスを刺し続けるシスター。

 『オリエ・ルージュ』の本拠地は王都にはないが、僕が孤児と屋敷で住んでいるのは王都の中だ。彼女なら、当然のように知っていることなのだろう。

 あまり目立つことはしていないつもりだが、この世界の常識からしたら異常ではある。そもそもが、孤児院すらほとんどない国だ。


「一応訂正しておきますと、良からぬことはしてないですよ?」


 うんうん、誤解は早めにといておかないとね。


「まだ、ですよね?」


「……これからもしないつもりなんですけど!?」


 うう、僕を見つめるシスターの瞳を見るのが辛い。何を言っても論破されそうだよ……。


「孤児を集めて何かをしようとしている時点で、この世界には随分よからぬことって自覚、ないですね……?」


「あー……なるほど」


 その発想はなかったわ。なるほどなるほど。

 確かに不動産屋さんとか周辺住民、変な顔してたんだよなぁ……。表向きの顔をとっとと作っておかないと、変な噂が流れてしまっても困る。

 まだ何もしてないのに! いや、これから何もしないわけじゃないんだけど!


「で、突然私に会いに来るくらいです、まともではない頼みごとをしてきたのだと思いますが……いかがですか?」


「あー……ははは」


 うん、なんでもバレてるや。乾いた笑いしか出てこない。

 交渉とかそういうの、準備していたつもりなんだけど、これはもう直球しかないな、うん。


「シスター、光属性育ってるって言ってたじゃないですか」


「ええ。今は961です」


「……はぁ!?」


 サラっと言われたけどまだ上がってんの!? ベルトランだった頃800代って言ってたよね!? 上がりすぎじゃねえのそれ!?

 そんな衝撃を隠し……いや隠せてないわ。相当ドヤ顔だわシスター。


「治癒系統も相当育ってると思うんで、――ちょっと治してもらいたい子が」


「盲目の少女、ですよね。先程廊下で見かけましたよ。今は待合室ですか? ……変に期待を持たせたくないので先に言っておきますが、不可能です」


「……どうしてですか」


 そう、シスターはこういうところハッキリ言う人だ。

 リリーの目について、シスターなら何とかなるかもと思っていたのだ。シスター以上に魔法が使える人など、存在しないと思っていたから。その人にこう言われたら、多少喧嘩腰になってしまうのも仕方のないことだ。


「エミリオ君、何か勘違いしているようですが、あの子の目が見えていないのは、あれが正常な姿だからです」


「……でも」


「元は見えていた、ですよね。ええ、後天的なものというのは一目で分かりました。ですが、あれを治す魔法は存在しません。――人間には」


 人間には。シスターはそう言った。

 後天的に目が見えなくなったことも、リリーが人ではないことも、何でも知っているこの人なら。


「人間には、ってことは――」


「ええ、天族なら、或いは。治癒魔法というのは、あるべき正常な姿に戻す魔法なのです。しかし、私は天族の正常な姿というのを知りません。当の天族すら、それを知っているかは分かりません。そもそも、天族は私のようなニンフと同じで、アストラル体の存在なのです。正常な姿を知らない人間の魔法使いが人と同じように治癒をしてしまった結果、マテリアル体の瞳と脳を繋ぐ線を刺し違えたまま、修復してしまった。それが、事の顛末です」


「……どうして、そこまで」


 まるで、彼女の生い立ちを見てきたかのように、シスターは語る。

 アストラル体。精神体。それは、マテリアル体しか持たない人間にとって、理解の及ばないもの。


見たら(・・・)、分かりました。彼女、自分自身の治癒は行えるんですか?」


「ええ、見たことがあるので」


 自身を治癒するところは、一度だけ見た。あの悪趣味な『ショー』の舞台でだ。

 大男に襲われるところで、彼女は攻撃ではなく自身の治癒を選んだ。それは、暴力を振るわれることに、慣れているからだ。慣れてしまっていたからだ。

 終わってから治せないなら、次が始まってから治せば良い。そう思うことのできる彼女が、自身の目を治そうとしなかったはずはない。

 やって、できなかったのだ。


「ならやはり、現在が正常な状態です。本人に治せないものを、部外者である私が分かるはずありません。天族の治癒魔法使いなら可能性はありますが、……一体どこに居るのかは、さっぱり分かりませんね。天族は基本的に外界との繋がりを絶っていますから、こちらに降りているのは拉致されて奴隷扱いになっている者だけでしょう」


「……なら」


「探そうというのは、到底無理な話かと。治癒魔法を本人以上に使える天族が居るかも分かりませんし、そもそも、まともに生活している天族に会うことが叶いません。今エミリオ君が天族と関わり合えているだけで奇跡なのですよ?」


「……そう、ですか」


 ううん、こう断言されると、なんとかしようという気持ちがなくなってくる。下手に希望を持たされるよりはマシとはいえ、辛いものがある。

 お前には不可能だと言われるなら良い。それは僕の実力不足なだけだからだ。しかし、シスターの言葉を信じると、他の選択肢もなくなってしまう。

 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。思考をやめるな。リリーの為になることを考えろ。


「ちなみに、どうして治そうと思ったんですか?」


 突然の質問。どうして? そんなこと、決まっている。

 外の世界を、見せてあげたいから? ううん、見えているのが正常なのだから、元に戻してあげたい? ううん、……どうしてだ?

 彼女は一度として、目を治してなんて言っていない。僕の勝手な思い込みだ。不自由はしているはずなのに、それを口には出さないリリー。

 ――強い子だ。すぐ人に頼ろうとして、断られるとすぐに諦めようとする、僕なんかとは違って。


「別に、目がなくとも前は見えます。魔法が使えるのなら尚更です。エミリオ君、ここまで言って、君は何も分かりませんか?」


 シスターの目は、僕を哀れんでいるわけではないし、リリーの目を心配しているわけでもない。それは、いつもの挑発的な目つきで。


「視覚系統?」


「ええ。他には?」


「…………えーっと」


 そもそもの目が見えていないのなら、視覚系統の魔法を自主的に使うのは難しいだろう。

 駄目だ、なんか浮かびそうだけど浮かばない。

 これまで、考えていなかったから。目を使わずに前を見る方法を。

 リリーは今、どうやって世界を見ている? どうして、一人で真っ直ぐ歩けている?


「聴覚と嗅覚、後は触覚……」


 彼女の五感のうち、歩くのに使っているのはそれだけだ。


「ええ。惜しいですが正解としましょう。今、彼女はその感覚だけで世界を見ています。考えても見てください、五感のうち、たった一つが欠けているだけなのです。それがなくとも、生活が行えないわけではありません。現に彼女はこれまで生きていたのですから。そこでエミリオ君にクイズです。火属性には――」


「熱系統!」


 そう、この世界には魔法が存在する。そして、頑張れば同じ魔法を24時間使い続けることができるというのは、シスターや僕が実践している。

 不可能ではない。魔法を使えば、可能なのだ。

 治癒魔法が存在するから、治すことができると思っていた。治すことができないなら、諦めることになるかと思っていた。

 違うのだ。瞳に光が映らなくとも、世界を見る手段は存在する。

 火属性熱系統。それならば、彼女に再び世界を見せることが、可能なはずだ。


「ええ、正解です。はい、私は道を作ってあげました。あとは、エミリオ君の思うがままに。私は用事がありますので、これまでとします。また何かありましたら、お声掛けください。それでは、またの機会に」


 シスターはそう言うと、僕を置いて部屋を出て行った。

 このまま話してもう少し詰めることも可能ではあるが、僕はそれより今すぐ行動に移したい。シスターも、それが分かっていたのだろう。

 きっと、僕が話をする前から、こうなるのは分かっていたのだ。その答えに辿り着くよう、道を作ってくれただけ。

 存在そのものがありがたい。本当に、出会って良かったよ、シスター。


 この世界で得た最初の仲間は、誰よりも頼もしい存在だった。

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