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ヤクと魔法のファンタジー  作者: 衣太
空に生きる者
35/133

1

 私は、田舎の生まれだった。

 お父さんとお母さんと一緒に、山奥の集落で、静かに暮らしていた。

 外界との関わりはほとんどない村だ。住人も50人くらいしか居ないし、周辺に獣は少なく、ほとんどが農作物や村の周辺に自生する木の実や果物を食べて過ごしていた。

 村の皆は魔法が得意だったので、私も物心ついたときには魔法を教えてもらうようになっていた。

 初めて魔法で畑に水を撒けたときは、感動したものだ。美味しい野菜に育つと、両親や村の皆に褒めてもらった。

 私達は、外界の人より少しだけ魔法の扱いが上手いらしい。


 ひと月に1回くらい村の外から来る人は、そのまま“外の人”と呼ばれ、どうしても村の中で作れない物や、買いに行けない物を、売りに来ることがあった。

 と言っても、大した取引はない。いつも同じ“外の人”が、野菜の種やお酒やお肉、動物の皮などを売りに来て、村で育てたり摘んできた野菜や果物を買ってくれる。

 そこに金銭のやり取りはなかった。私達に、通貨の概念はなかったからだ。

 取引の全ては物々交換であり、“外の人”が関わらない時、村の中は完全な助け合いで成り立っていた。


 そんな穏やかな生活は、100年ほど続いていたという。

 終わりを迎えるその時まで、私は外のことを何も知らなかった。

 そして今は、少しだけ知っていることがある。


 私達は、人間ではなかったのだ。

 人間、つまりヒト種という存在は、この世界土地、ほとんどを支配している。どうやら昔はもっと少なかったらしいが、ヒト種の英雄が世界を救ってから、ヒト種が生きやすい世界になったのだと、誰かが言っていた。

 人間という言葉も、ヒト種を表す言葉ではなかったのだ。この世界に住む、意思を持ち他者と交流できる全てを人間と呼んでいたと言われている。


 私達に、ヒト種のような種族名などない。

 それでもヒト種の人間は、私達をこう呼んだ。


 ――天族、と。


 羽を捥がれた無翼の天使。神の一族。神に仕える者の末裔。

 そんな昔話は、酔った時に長老が話した程度の知識しかない。村に書物などはなかったからだ。


 私達の種族は遠い昔、背中に羽が生えていたらしい。鳥類と同じような、綺麗な白い羽が。それによって私達の種族は空を舞い、遥か彼方天空に住む神様に会いに行くことができたのだと、長老は語っていた。

 勿論長老にも羽はない。長老も、自分が子供の頃にその時の長老に聞いたとか、その長老も子供の頃に聞いたとか、そんな程度の与太話。


 そう、私達からしたら、それはただの与太話だったのだ。

 真に受ける者などいない。そもそも自分たちがヒト種と違うところすら、外見上は分からない。食事は必要だし、歳も取る。不老不死では断じてないし、病気になれば、死ぬ時はあっさり死ぬ。


 そんな存在、そんな弱い存在だ。ヒトより魔法の扱いに優れていると知ったのも、外の世界を知ってから。 それが当たり前と思って、それが当たり前の場所で生きてきたのだから、私にとっては自然なことだった。


 ヒトは、魔法を学問として捉えている。

 私達は、魔法を信仰として捉えている。

 魔法とは、勉強して覚えるものではないのだ。魔力を肌で感じ、それを望み通りの形に扱う力。

 固有の文字を持たない私達は、ヒトと同じ魔法が使えているか分からない。

 結果的に同じ現象を起こす魔法でも、その成り立ちは大きく異なることもある。


 ヒトとの違いといえば、そのくらいだ。

 私達でも、外に出てヒトと同じように暮らせば、ヒトと同じ魔法が使えることになるかもしれない。ヒトの文字を覚えてヒトと同じ学習法を用いれば、ヒトと同じことができるかもしれない。

 けれどそれは、かもしれないでしかない。

 私達は小さな集落を出ることなく、ずっと静かに暮らしていく、そういうものだと思っていたから、その日までは信じていた。


 ある日いつもの“外の人”が慌てて村にやってきた。

 今すぐ逃げる準備をしろと言うばかりで、具体的にどこに逃げれば良いのかは教えてくれない。数代を山の中で暮らしてきた私達は山の中については詳しくとも、外界を知っている者などほとんどいない。だから逃げろと言われても、「どこへ」としか言えないのだ。

 そして理由も、教えてくれない。

 私達は、村の住人が誰も動く気がないことを知った“外の人”が慌てて村を出て行っても、追うこともなければ、逃げることもなかった。

 だって、理由が分からなかったから。


 しばらくすると、村の周りに嫌な気配を感じると言う大人が出てきた。

 今日は山に散策には行くなと念を押されたので、魔法で遊んで過ごしていた。

 そして、それが訪れた。


 見たことのない“外の人”が、剣や斧や弓を持って、村に訪れた。

 襲われた、という感覚は、私達にはなかった。だから、いつもの“外の人”とは違う人が来たんだな、くらいに思っていた。


 最初に、男が殺された。

 話すつもりで近づいた村の若い男性が“外の人”に近づくと、腹を剣で刺されて死んだ。治癒魔法を使える者も居たのに、誰も動けなかった。

 そこからは、パニックだ。

 理解の早い大人が、子供や老人を家の中に隠す。しかし、“外の人”は家の扉を蹴破ると、中から住民を引きずり出し、殺した。

 私達は、逃げ惑うことしかできなかった。男が殺され、老人が殺され、若い女と子供だけが殺されず残る。

 残った者は村の中央に集められ、一人ずつ、手錠に足枷、ご丁寧に首輪まで付けられ、男達が乗ってきた馬車に詰め込まれる。

 もう、誰も平静ではいられなかった。まともな思考力を残した者が一人でも居れば魔法を使って逃げ出すこともできたかもしれないが、夫や両親や兄弟を殺された私達は、皆そんなことを考えている余裕はなかった。


 そして私達は、奴隷として競りに掛けられる。

 皆裸にされ、一人ずつ檀上に上がり、何十、何百の目に晒される。

 泣き出す者も多かった。しかし泣くごとに背中を鞭で打たれるので、いつしか皆何も言わなくなっていた。

 私達は、離ればなれになった。

 皆誰かに買われていったので、今もまだ生きているかもしれない。

 けれど、きっと会うことは叶わないのだろう。


 私は、貴族の家に買われた。普段はメイドと一緒に雑用をして、主人の気分が悪くなれば鞭や棒で叩かれる生活。

 私の味方は、屋敷には誰一人として居なかった。

 治癒魔法が使えたので、誰も居ないところでこっそり傷を癒した。しかし、やけに怪我の治りが早いことに主人が気付くと、私への乱暴はどんどんエスカレートしていった。治るから良いだろうと、それは段々と強く、そして激しくなってくる。


 私の瞳が光を失ったのは、その時だ。

 治癒魔法で治すことのできる傷には、限界がある。私の魔法の技術では骨折ほどの重症を治すには時間がかかるし、傷ができてしばらくしてから治そうとすると、傷のある状態を正常と認識されてしまい、その傷が癒えることはない。


 いつも通り、主人が私を呼びつけ、近くにあった棒で私を叩いた。その日はいつもより長く、そしていつもより激しく叩かれた。

 顔を叩かれた時も、痛みはあまり感じなかった。

 叩かれすぎて急に視界が真っ暗になることはこれまでもあったので、いつもと同じだと思っていた。私は叩かれながら意識を失い、二日間意識を取り戻さなかった。どうやら主人はいつまで経っても目を覚まさない私に医師を呼んでくれたようで、珍しくベッドに寝かされた状態で目を覚ました。

 しかし、私の瞳は光を映してくれない。目を閉じているのかと思って触れてみると、瞼はしっかり開いている。誰も居なくなった隙を見て治癒魔法を使ってみたが、何も変わらなかった。治癒魔法の有効な時間を超えてしまっていたのだ。

 医師の話を聞こうにも、誰も私に話しかけてこない。雑用奴隷の一人が多少の世話をしてくれるが、それきり主人が私に暴力を振るうことはなくなった。きっと、他の奴隷が私の代わりに叩かれているのだろうと思い、多少の心苦しさを感じたのを覚えている。

 私は、治せたから。痛いことは痛いが、我慢できたから。


 ある日、屋敷に衛兵がやってきた。

 主人が陰でやっていた奴隷売買が見つかったらしく、主人も妻も愛人も、皆が逮捕されていなくなった。

 私は、一人残されたのだ。枷を外した奴隷やメイドが屋敷から逃げ出す中、瞳の見えない私は、ただベッドで寝ているほかなかった。


 屋敷からは、誰も居なくなった。

 それまで何十人も働いていた大きな屋敷から、物音一つしなくなるのは、異様な光景だったと思う。


 一週間、私は魔法で生み出した水だけで生活していた。

 目が見えない生活にも多少は慣れ、魔法を用いて聴覚や嗅覚、触覚を強化することで、一人で歩くこともできるようになった。しかし、この状態で屋敷から逃げ出したところで、生きることはできないと分かっていた。


 だから、私は屋敷の中で暮らしていた。記憶を頼りに食料を探し、それを食べて飢えを凌ぐ。そんな生活をひと月も続けていた頃だろうか。屋敷に、再び衛兵がやってきた。

 屋敷の中に住み着いている不審者が居ると通報を受けたらしく、犯人である私は捕まった。


 そうして監獄に送られ、不器用ながらも刑務作業をこなす日々。

 同じ雑居房の少女たちは私のことを気にかけてくれて、悪くない生活を送ることができた。私の出所日には皆が泣いてくれて、絶対また会おうねと約束をしたのだ。


 ――気が付くと、私は薄暗い牢屋に閉じ込められていた。


 出所の手続き中に眠らされて、連れてこられたようだった。

 その牢屋には私と同じような子供達が大勢おり、皆同じように出所手続きからの記憶がなかった。

 私達は、騙されたのだ。声の大きい少年がそれを看守に指摘すると、少年は看守に連れて行かれ、二度と戻って来ることは無かった。殺されたのだと、皆はすぐに理解した。


 私達は定期的に『ショー』と呼ばれる催し物に連れて行かれ、大人と戦わされた。戦うと言っても、死なない程度に痛めつけられるだけだ。反撃なんて、ほとんど誰もしていなかったと思う。

 どうしてか『ショー』の最中だけ魔法が使えたから、『ショー』の度に傷を癒し、『ショー』の度に新たな傷を作っていった。

 牢屋の中ではロクな治療もされないので、子供達はすぐに死んでしまった。短い子だと1回目で、長い子でも5回くらいで。私は治癒魔法が使えたので、7回目まで生き残ることができた。


 そうして、8回目の日。その日もいつもと同じように障壁を貼り、いつもと同じように自身の治癒を行う。

 しかし、私の魔法は拙く、到底大人を倒せるほどのものではない。いつも通り障壁を破壊され、男に棍棒で叩かれると身構えた時、その子が現れたのだ。


 知らない子だった。歳は牢屋の子と変わらないどころか少し幼いくらいだと思うのに、気が付くと、『ショー』の会場で動けるのは私とその子だけになっていたのだ。

 その子は、そこに居る全員を倒したのだ。そんなに魔法が上手いヒトなど見たことがなかった私は、自分の未熟さを思い知った。生まれつき魔法の扱いが得意なわけではないヒト種のはずなのに、その子は私が知っている誰よりも綺麗な魔法を使う。

 その子の魔法に、ヒト種が毎回唱えるような言葉はなかった。何も喋らず手を振ると、人が倒れる。手を振ると、扉が吹き飛ぶ。

 目が見えない私ですら、綺麗な魔法と思えたのだ。目が見える人からしたら、どんな風に見えるのだろう。


 その子は、私に言ってくれた。一目惚れをしたと。

 初めての経験だった。同年代の男の子と話した経験なんてほとんどなかった私は、その言葉を理解するのに決して短くない時間を有した。


 嬉しかった。本当に、嬉しかった。

 目が見えない私のことを好いてくれる人が居るなんて、考えたこともなかったから。

 牢屋に閉じ込められていた他の子を皆救い出した時も、私はあまり集中できず、皆とあまり話すことはできなかった。

 だって、嬉しかったから。告白されたそのことしか、考えられなくなっていたから。

 浮かれていたのだ。そのことくらい、分かっている。


 私を救い出してくれたその少年は、エミリオと名乗った。牢屋に閉じ込められていたニッカという少年と、同部屋だったらしい。

 監獄を逃げ出してしばらくすると、ニッカ君が監獄に入る前からの友達というラウという少年や、彼らのことを慕っている少年たちが合流し、いつしか30人近い大所帯になっていた。

 沢山の同年代の男の子に囲まれた私は、実はちょっとだけモテた。勿論嬉しかったが、私は全ての誘いを断った。エミリオ君に告白された時ほど、嬉しくはなかったからだ。

 エミリオ君は皆をまとめるわけでもなく、元々リーダー気質だった二人に子供達を任せ、自分は馬車に宿に食事の手配に大忙しで、あまり話すことはできなかった。

 少しだけ、寂しかった。皆が私のことを気にかけてくれているのは分かっているけど、私はエミリオ君と話したかったから。


 そんなある日、エミリオ君が言う。

 僕とはもうお別れだよと、皆の前で言ったのだ。ここに連れてくるまでが仕事で、ここからのことは全部“先生”がやってくれると言い、彼は姿を消した。

 皆は悲しく思ったが、彼と一緒に脱獄した数人以外、彼が魔法を使っている姿を見たことがある子は居なかったので、皆はエミリオ君のことを雑用係くらいに認識していたようだ。

 ニッカ君とラウ君の二人が天性のカリスマでリーダーシップを発揮して子供たちをまとめ上げているので、それも影響したと思う。


 急な話で、私は気が気じゃなかった。エミリオ君は別れ言葉も少なく姿を消してしまったので、彼が“先生”と呼んでいた後任の人が来たら、彼がどこへ行ったのか聞いて追いかけるつもりでいた。

 そして1時間も待った頃、“先生”が来た――のだと思う。

 そこが不明瞭になってしまったのは、私にはそこに居るのがエミリオ君と感じたからだ。


 少しだけ話すようになったイルマちゃんに、先生の容姿について質問してみる。幸い私は目が見えないので、外見的特徴を他人に聞くことに、誰も違和感を覚えないのだ。

 イルマちゃん曰く、20から30くらいの痩せ型で、カッコよくも悪くもない、優しそうな地味めな感じの人だそうだ。先生は常に魔力を使って何かをしているみたいだが、イルマちゃんでは何をしているか分からないらしい。

 彼女は私より魔法が得意なくらいなので、彼女が言うなら事実なのだろう。


 私には、分からなかった。

 私に聞こえる声はエミリオ君の声だし、先生の足音はエミリオ君の足音と同じだし、吐息もエミリオ君と同じだ。それでも、皆はそこに先生が居ると言う。

 エミリオ君がそこに居るはずなのに、そこにエミリオ君は居ない。

 どうしてだろう。目が見えないことを、これほどまでに悔やんだことはなかった。


 引率がエミリオ君から先生になっても、特に変わったことはなかった。元からリーダーはニッカ君とラウ君の二人だったし、グループに漏れた女子や2人の男子も年長のジェンナちゃんが引っ張ってくれていたので、今更引率する人が変わったところで、私達は何も変わらなかった。


 引率が先生に変わり、数日で目的地に到着する。

 そこは、マスカール王国という国だそうだ。首都に近い街らしく、通りには人が多く、雑音が多い。私一人で街中を歩くのは困難であろう。

 もう少し人が少なかったら足音や呼吸音を聞き取ることで誰にもぶつからず歩くくらいはできるのだが、やはり知らない土地は難しい。

 私は、先生の用意してくれた宿屋で、ずっと考えていた。


 先生とは、誰なのか。

 エミリオ君とは、誰なのか。

 私を救ってくれたのは、誰なのか。

 私に告白してくれたのは、誰だったのか。


 分からない。分からない。

 相談できる相手も居ない。よく一緒に居るイルマちゃんには私が悩んでいるということをすぐに知られてしまったが、「恋の悩みだね!たぶん!」とあしらわれてしまった。

 彼女は私がエミリオ君のことをずっと見ていることに気付いていたようだ。

 目が見えない私は、開かれた瞳が何を見ているのかを認識できない。けれど、聞こうとする声や、意識する音の方に顔を向けることが多いようで、私は見えない瞳でずっとエミリオ君を見ていたらしい。

 ジェンナにも、「時間が解決してくれるよ」と言われてしまった。やっぱりジェンナにも知られてたみたい。


 ううん、けど違うの。私の悩みは、二人が思っているようなことじゃない。

 私は、そこにエミリオ君が居ると思っている。気のせいでも、勘違いでもない。私はそう確信している。

 けれど、目が見える皆はそれを知らない。きっと、言っても理解されない。

 足音を、衣擦れを、吐息を、振動を。私はずっと聞いていた。一緒に居た二週間、ずっとそればかりを聞いていた。

 だから私には分かるのだ。そこに彼が居るのだと。


 居るんだ。


 ねぇ……そこに、居るんだよね?









 リリーは、話しながら泣いていた。

 僕は少女を慰める術を知らないし、掛ける言葉も分からない。

 抱きしめるのに、僕の身体は小さすぎる。椅子を近づけ、手をぎゅっと握り、黙って話を聞くことしかできなかった。


「よかった……よかったよぉ」


 彼女は、何度もそう言った。

 僕がここに居て、ここに居るのが僕であって、良かったのだと。


 僕は、選択を間違えなかっただろうか。

 僕は、何も間違えずここに辿り着けただろうか。


 否だ。僕は、間違い続けている。

 それでも、彼女を救ったことだけは、間違いにしたくない。後悔など、したくない。

 僕は正しい選択をしたのだ。あそこで彼女に会って、彼女を救うことができたのは、正解だったのだ。


 惚れた腫れたの些細な話。恋愛など遠い彼方に置いてきた僕の、二度目の青春。

 ああ、良かった。

 あの時彼女を見つけて。あの時彼女を助けて。本当に良かった。

 これまでの感情は、恋愛かも、庇護欲なのかも分からなかった。

 けれど確信できる。そんなもの、どちらでもよかったのだと。


 僕は、少女に恋をした。

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