12
「ニッカ、お待たせ」
ニッカは、そこに居た。
鉄格子に閉じられた牢屋の中。子供達を後ろに隠し、真っ先に自分が狙われる立ち位置で。
「待ってたよエミリオ。全部、お前がやったんだな。凄いなぁ」
「ニッカこそ。看守凍らせたんでしょ?」
「おう。やってやったぜ。けどまぁ、ここ出れなくてさぁ」
ニッカはそう言うとポリポリと頬を掻く。
怯えていた子供たちは、僕が少女を連れてきたことに気付いて、少しだけ表情を明るくした。
「氷で剣作って切ったりできないもん?」
「無理無理。不意打ちで一発決めるのでやっとだったよ。もう二人居た看守は逃げてったし、そっちは大丈夫だった?」
ううん、誰のことだったか分からないけど、ここに来るまでで20人くらい麻痺させたろうか。
そろそろ最初に会った看守の麻痺が解けている頃だとは思うが、もう一度襲われたらもう一度麻痺させればいい。集団で襲われたら麻薬魔法を使えば良いのだし。
「ん、たぶんさっき会ったかな」
「……殺した?」
小さな声で、そう問われる。
そう、僕にとっては殺すほどの価値がない看守も、ここに閉じ込められていたニッカ達からしたら、殺したいほど憎い相手だったのだ。
それを知っていても、僕は彼らを殺さなかった。麻薬魔法でさっと殺せば良いものを、魔力の消費が嵩む麻痺魔法で、動きを封じるだけにした。
「ううん、特に理由もないし。そこらへんに転がってるだろうから、やりたいならやっちゃって」
僕が返すと、ニッカは一瞬後ろを振り返り、黙って下を向く。今、彼の後ろには子供達が居る。
僕より若い子供達からしても、良い看守だったはずもない。こんな牢屋に閉じ込め、ショーのエサにするような、クズ人間達だ。
「……いや、やめとくよ」
ニッカは、もう一度後ろの子供達を見て、そう言った。
これまでの鬱憤を晴らすチャンス、しかも、相手は無抵抗。そんな状態でも、彼はそれを選ばなかった。
短くない間一緒に暮らしてきた子供達も、皆同じように悩んだようだった。それでもニッカがそれを決めたなら皆従うつもりのようで、無言でニッカの言葉に頷いた。
こんな環境でもリーダーシップを発揮できていたのなら、それはやはり彼の才能だ。人徳であり、性格でもある。
……僕には無理だ。こんな環境に置かれて子供達を勇気付ける余裕なんてない。
「じゃ、行こうか」
「……鍵とか持ってきたのか?」
「え、いや、ないけど」
看守は鍵を持っていたのだろうが、別に魔法が使える状況なら鍵なんて必要ない。
南京錠をゴツくしたような錠前に触れ、熱魔法を使用。錠前を丸ごと溶かすのには時間がかかるが、ツルを溶かすだけなら簡単だ。
ものの数秒でツルを溶かし、扉を開ける。
魔法防護のされていないこんな簡易錠で子供とはいえ魔法使いを封じるとは、どれだけ結界システムに信頼を置いていたのだろう。
こんなもの、火属性魔法を取得していれば子供でも溶かせる程度の鍵だ。
「それ、人も溶かせたりするのか?」
「うーん、出来るだろうけど、僕なら沼系統で溶かすかな」
「……そうか」
ニッカは少しだけ呆れたような顔をしたが、それ以上追求してくることはなかった。
皆が牢屋から出たのを確認して、再び歩き出す。僕を先頭として、後ろに盲目の少女、閉じ込められていた子供達、そして最後尾にはニッカを置いた列を作る。次の目的地は1階だ。
子供達は僕が連れてきた少女と一言二言話をしたようだが、すぐに無言で列に戻った。ここで戦力になるのが僕とニッカだけであり、自分達が足手まといでしかならないと理解しているからだろう。
管理者権限を用いて囚人全員の魔法使用を許可してもよかったが、そうなると看守側に着く人間や、囚人同士のトラブルに巻き込まれる可能性があった。
ここに閉じ込められていた子供達の名前が正確に分からなかったし、敵にならないと確信できたのがニッカとイザークだけだったので、二人を指名しただけの話だ。
最後尾にニッカを置くのも戦力として期待しているわけではなく、他の子供より年上で体が大人に近く、魔法も使えるから一撃ではやられないだろうという予想なだけだ。
管理者権限を用いて変更しない限り看守は魔法を使えない以上、物理的な攻撃・拘束に出るしかない。そのくらいなら僕が後からでも対処できる。
ニッカが牢屋区画を丸ごと冷やしたのも、自分達はまだここに居ると知らせるためだったようだ。どこに居るか分からない僕に対して声を上げるでもなく、「魔法を使える者なら中心に術者が居ることを予想できる」という間接的な伝え方をしたのも、看守が魔法に疎いと知っていたから。
そしてニッカは、僕が魔法を使えることを知っている。話さなくとも、A級魔法作業場に通っている時点で誰もが気付くことなのだが。そんな僕なら予想できるだろうと、魔力を削って冷やし続けていたようだ。勿論、自分達や子供を対象外として。
ううん、優秀だ。魔法が使えて、頭の回転も早く、リーダー気質。年齢が若いのも悪いことばかりではない。彼より3つも若い僕が言うのもなんだが、僕はあまり子供に好かれるタイプではないし。
欲しいな、ニッカ。もう少し手広くやりたいと思っていたし、『オリエ・ルージュ』に子供達が入れないなら、下部組織でも作れば良い。ここに居るのは奴隷や身寄りのない孤児ばかりのはずだから、ここを出ても行き先はあまりないのだろう。
後で、声掛けてみよっと。
オリエに相談もせず、勝手に妄想をするのであった。
◇
これまでと同じように看守を退け、扉を蹴破る。
中で作業していた囚人達は何も知らされていなかったのか、皆が手を止めてこちらを見た。先頭に僕が居ることに気付いた者が「なんだエミリオか」と言うと、他の者も興味を失って自分の作業に戻る。おいどういうことだ今の。
最初に近づいてきたのはイザークだった。他の者は子供を引き連れていることに気付いてはいても、近づいてはこなかった。たぶん、関わりたくないからだろう。
僕が扉を蹴破ったのを知っても、看守が魔法によって昏倒したのを見ても、作業場に居る囚人達が焦らないのには理由がある。……そう、この作業場に居る限り、外よりも快適な生活ができる者が多いからだ。
今すぐ脱獄する理由がある者なら違うだろうが、そうでない者にとって脱獄騒動に関わって良いことなど何もない。
「……行くんだね?」
イザークにそう問われる。彼は少しだけ驚いた表情をしているが、質問してくることはない。管理者権限で彼の魔法使用を許可している以上、彼も魔法を通常通り使うことができるはずだが、魔法を使っていた様子はない。というより、気付いてもいないかもしれない。
「ええ。準備は……って、特にないですよね」
「うん、まぁ、ないね。給金はほとんどボス宛てに送っちゃってるし、大した荷物も――って、あぁ、一つだけ良いかな」
「どうぞどうぞ。すぐ済みます?」
「うん。ちょっと待ってて」
そう言って小走りでどこかへ行き、すぐに戻ってくる。ものの数秒だ。
戻ってきたイザークの手には、本が一冊ある。辞書のように分厚い本だ。
「それは?」
「最近書いてた魔導書だよ。書きかけだから、気持ち悪くて。僕が居なくなったら誰も続き書けないまま捨てられるだろうし」
「はぁ……」
ううん、分からん。別に捨てられても良くない? とか考えてしまうのは、僕が効率重視だからだろうか。それともよほど高等な魔導書なら別なのだろうが、媒体魔法に詳しくないので僕には価値が測れない。
「ま、帰りましょか」
「はいはい。どうやって?」
「そんなもの、正面から出てくに決まってるじゃないですか」
作業場でもう一度列を組みなおして、外れてしまった扉から廊下に出る。先頭は僕とイザークの二人だ。
作業場から出てすぐのところで看守に遭遇した。数は7人。
ここには数分しか居なかったと思うが、包囲する時間は充分にあったのだろう。
「あ、今ならイザークさんも魔法使えますよ」
「ホントに? あ、ホントだ。じゃあここは、私がやるね」
脱獄中とは思えない二人の会話に、ニッカが少しだけ焦った口調で「だ、大丈夫?」と言ってきた。うんうん、たぶん大丈夫だよ。たぶんね。
「これはここだ。32節、序章。――眠り姫は、起こされた」
イザークは、先ほど持ってきた魔導書を開き、そう唱える。一般的には媒介魔法と呼ばれている、スクロールや魔導書、高級な魔導具によっても成せるその魔法は、門系統の魔法と似たところがある。
基本的な使い方は二種類。一つ目が、適正が低く通常なら使えない魔法を使うこと。そしてもう一つが、使える魔法の底上げだ。自分で書いた魔導書を自分で開き、自分で読む。魔法自体の構成を詠唱ではなく魔導書に書かれた呪文や魔方陣に任せ、発動する際、自身はそれに魔力を注ぐだけにする。そうすることで、思考の割り振りにメリハリを持たせ、通常は使えないほどの出力や操作性を獲得できるのだ。
イザークがそれを唱えると、看守は全て倒れ伏した。顔面から倒れた看守はピクリとも動かない。
「え、死んだんですか?」
ちょっと驚いた。確かにオリエ達から得た情報を集約して生まれたイザーク像はそんなキャラだったが、ここに来て交流をしたイザークは、そうではなかったから。
「いやまさか。ちょっと仮死状態になって貰っただけだよ」
イザークが軽く返すと、それを聞いていたニッカが「うわ……」と声を漏らした。うん、僕もそう思う。
仮死状態は、れっきとした状態異常だ。仮死ではあるが、適切な解除方法を知らずにヒールとかしようとすると即死する、相当面倒な類のもの。
「……ま、いっか」
うん、別に良いや。偶然魔法使える看守が気付けば良いし、気付かなくてもその時はその時だ。
看守を仕返しで殺さないことを決めたニッカや子供達すら、顔面から床に突っ伏し微動だにしない看守達の横を通り過ぎる際、を申し訳なさそうな目をして顔を伏せる。
状態異常の知識がなくとも、呼吸すらせず倒れる姿を見れば「いや、ほぼ死んでるよね?」と思うのも当然だ。
結局、僕らは堂々と正面玄関からの脱獄に成功したのだった。




