11
「さぁ、今日のトリはこの少女!」
司会らしき小さな男が、少女に手を向けそう叫ぶ。
向かい合うのは、棍棒を持ったほとんど裸の大男。腰の巨大なベルトには、背後の壁に繋がる鎖が取り付けられている。
頑丈そうな鎖だ。人の力で引き千切るのは困難であろう。男がコロシアムの中から出られないよう、拘束されている。
大男も囚人だろうか。全身が傷まみれで息は荒く、キョロキョロと周囲を見渡している。
この監獄で、この男を見た記憶はない。ローマの剣闘士じゃないんだから、こんな男を一度見たら忘れるはずもない。
司会の小男がコロシアムから出ると同時に、殺し合いが始まる。
魔力の反応が2つ。――いや、3つか。
大男は、体属性魔法を使う。全身の筋肉を肥大化させ、ゆっくりと少女に迫る。
少女の魔法は対照的だ。全方位障壁に正面障壁、自身には強化ではなく身体治癒を。少女の濁った瞳は光を映していないはずなのに、開かれたその瞳は大男を睨みつける。
大男は、棍棒を振った。フェイントも技巧もあったもんじゃない、ただの力任せの大振りだ。大男の振った棍棒は少女が展開していた障壁に触れ、粉々に砕け散る。
障壁も、そして棍棒も。
少女は慌てて次の障壁を貼ろうとするが、男の動きの方が少し早い。丸太のような腕を大きく振り、もう一枚の障壁にぶつける。ぶつける。ぶつける。ガン、ガンとコロシアムに鈍い音が響き渡るが、その音が2桁に差し掛かるところで、障壁は砕け散った。
大男はニヤリと笑うと、少しずつ少女に近づいていく。
障壁を2枚とも割られ、集中力が欠けている今の少女では、薄紙ほどの障壁しか貼ることはできない。その障壁も男の手によって紙を破り捨てるかのように破られ、そして。
「ふっざけんなよ」
大男の手が少女に触れた時、つい声を漏らしてしまった。
手を止めた大男は、後方の天井を見、――換気口から覗いていた僕を見つけ、ニヤリと笑う。
「おいおいおいおい看守さんよぉ、ゴキブリが紛れてるみたいだぜ?」
気持ちの悪い声を出すな。
その子に伸ばす手をどけろ。
その子は。
その子は――、
「その子は俺が貰う。どけよ、屑が」
換気口の蓋を蹴破り、コロシアムに降り立つ。
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた観客も、黙っていた看守も、その一瞬だけは同じ顔をしていた。
「異相の門よ」
ブチリ、ブチリと、頭の中で血管が千切れる音がする。
痛みに抗え、口を止めるな。魔力の流れを途切れさせるな。
「開け」
点滅するかのように、一瞬だけ映る魔力の帯。
魔法が使えない監獄でも、その結界を形作るのは魔法だ。全ての魔法を使えなくする空間を作っているわけではない。そんなものを作ったら、魔法である結界自身も消滅してしまうから。
結界内で魔力の操作を感知したなら、それに対して全ての魔力を吸収するというシステムが、ここの結界。
それを超える手段? そんなもの、単純だ。
吸収速度より、ほんの少しだけ速く魔力を流せば。
始動に必要な魔力さえ賄えば、後は神の力で勝手に発動する門魔法を使えば。
帯を一本掴む。焼けるように熱い、赤黒い帯。
それを引きちぎり、ありったけの魔力を流す。結界に吸収される以上に、流し込む。
「うっがああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
大男は叫びながら胸を押さえ、倒れ込む。
まだ、まだ、まだ、まだ、まだ足りない。
9割以上の魔力は結界に吸収される。ならばいつもの10倍魔力を使えば良いのだ。10倍で足りないなら、100倍の魔力を流せば良い。
「死ね、ゴミが」
男は静かになると、それきりピクリとも動かない。
唖然とした観客に、まだ動きはない。しかし看守はもう再起動を完了しており、僕に向かって走って来ている。
ナルコティクス、オープン。
手を払い、向かってくる看守の手前に麻薬の壁を作る。
再びブチリと血管が切れる音が音がするが、気にしない。
構造の分かっている結界に対し、麻薬魔法ほどに使い慣れた魔法ならば、魔力を吸収される間に発動することは可能だ。微細なコントロールをせず、生成して投げつけるだけなら尚更。
結界の仕組みを知っている僕に、二度も魔法を使わせたのだ。魔力の吸収速度は覚えたし、構造も理解した。
こちらに向かってくる看守が全員、喉を抑えて蹲る。
それでも一歩、もう一歩と少しずつ歩みを進める者も居たが、すぐに動かなくなった。
「管理の門よ開け。我が名はエミリオ・ブランジェ。彼方より来たりし外界の神よ、異相の神ルゴスよ。万物を語る術を、万物を語る口を、万物を語る力を。知恵の実よここへ、知識の在り処を指し示せ」
大男が、そして看守が全て倒れ、ようやく慌てる観客達。
僕を止めようとした者も、僕が何をしているか理解できた者もいない顔。ショーの演出か何かと思っている馬鹿の顔。
自分たちは観客だと、見て楽しむ第三者だと決めつけた愚か者。
見せてやる。門よ開け、神よ我が身に管理の力を。
『管理者権限を取得しました。あなたの管理者レベルは3です』
システム音声。ゲームでは有り触れた合成音声も、こちらの世界に来てから久しく聞いていなかったものだ。
管理の門が与えるもの、それは即ち、管理する力。
他者の使役する使い魔や、自動防衛システムに与えられた命令に介入するための魔法。術者の手から離れた魔法に対し発動し、一時的に管理者権限を奪い取る力。
使い勝手など、悪すぎるものだ。しかしこの魔法で結界に介入することができるのは、分かっていた。そもそもが管理門とは、ダンジョン内に存在する結界を止める為に使われる魔法だったからだ。
『管理者権限使用。セキュリティレベルを変更します。カスタム設定――エミリオ、イザーク、ニッカ。3名のみフィールド内で魔法の使用が許可されます。ご注意ください』
管理者権限が奪える時間など、数秒しかない。結界を止めても数秒後に自動的に貼り直されてしまうので無駄だ。だから、結界自体を書き換える必要がある。
それでも、今の管理者がカスタム設定に気付けば、すぐに戻されてしまうだろう。
ただ、結界の不調をメンテナンスできるほどの魔法使いが看守に居るとは思えないし、現在の管理者だって魔法使いであるかも怪しい。ならばシステム音声が聞こえたところですぐには異変に気付かない可能性もある。
けれど。
それはそうとして。
「何見てんだよ、お前ら」
コロシアムを囲む観客は、裕福な家系に生まれ、何不自由なく育ったと一目見て分かるほどの者ばかり。 一方的な蹂躙ショーを楽しんで見ているような屑人間。
そんな人間、死んでも構わないよね。
少女の元へ駆け寄り、障壁展開。何が起きたかまだ理解できていない少女はこちらに顔を向けるが、キョトンとした顔で首を傾げる。
ナルコティクスオープンと頭で唱える。使い慣れた麻薬魔法は口頭発声も要らず、魔力の消費効率も良い。障壁で覆われた自分達を除く、ここに居る全ての人間を飲み込む範囲で、麻薬精製。一呼吸で即死するよう、構成体を調整して。
バタリ、バタリと観客が倒れる。魔法の心得があったのか多少抵抗できる者も居たが、熟練のゲームプレイヤーすら解毒が間に合わない麻薬魔法の効能に、対抗出来る者など居ない。
3秒もするとコロシアムは静寂に包まれ、物音一つなくなった。
「もう、大丈夫だから」
障壁を解除し、そう言った。少女はそれを言われたのが自分とは理解できても、状況が理解できない様子。
けれど説明している時間はない。この場を乗り切ったところで、監獄には大勢の看守が居る。ここでの騒ぎにいつ気付かれるか分からない以上、すぐに動かなければならない。
「え、あの、えっと」
「説明はまた後でするから、今はここを出るよ」
「出る、ですか? どこへ?」
「とりあえず……この外かな」
少女の手を引き、立ち上がる。
目の見えない少女の手を引いて走ることはできないので、急いでも早歩き程度にしかならない。
僕が大人なら、それか体属性魔法の適正さえあれば少女をお姫様抱っこして走ることもできたろうが、生憎体属性魔法は使えないし、11歳の子供の身体でしかない。
だから、行動は単純なものだ。
少女の手を引いて、歩いて。
看守を見つけたら、毒属性神経系統魔法で動きを封じる。
抵抗力があるゲームプレイヤーならば1秒動きを止めるので精一杯だった魔法でも、抵抗力のなく、それどころか魔法も使えないような看守ならば、数分間麻痺状態にさせることができる。
慣れ親しんだ麻薬魔法を使うこともできたが、そこまでする必要はない。
すぐに動きを封じるような即効性の高い構成体配分にすると、看守はたちまち死んでしまう。別に、ここの看守個人個人に大した恨みはないのだ。彼らは職務を全うしているだけなのだから。
コロシアムの観客を全員殺して、多少スッキリしたというのはある。
あそこで僕に向かってきた看守には申し訳ないことをしてしまったが、あの催しに関わっている時点で殺意の対象になったので仕方がない。
ローテーションでコロシアム担当を回しているだけとかだったら申し訳ないが、まぁ今更気にした所で無駄だろう。もう死んでしまっているだろうし。
「あ、あの」
手を引かれて歩きながら、少女は僕に声を掛ける。
「何?」
「どうして?」
「どうしてって?」
「どうして、私なんかを?」
少女は、濁った瞳で僕を見る。
どうしてだって? そんなもの、決まっているじゃないか。
「一目惚れ」
正直に、そう答えた。僕は合計すれば30年以上生きた大人ではあるが、今は11歳の子供なのだから。
僕は11歳の子供。そう思えば、そんな恥ずかしい台詞も言える。ちょっと顔が熱い。魔法の使いすぎかな。
「……え?」
「そんなことより、先行くよ」
「う、うん」
少女の頬が少しだけ赤みを帯びているような気がする。告白された経験はないのだろうか。いや、今の告白か? でも小学生ならこんなもんだよね、うん。
……リアルで恋愛経験とか皆無だから、これが告白カウントされるかも分からないね! 今更恥ずかしくなってきたよ!
それきり黙ってしまった少女を連れて歩いていると、地下牢屋区画の手前で急に涼しくなる。
今の、空調じゃないな? 明確な冷気。少しじめっとした地下空間において、ありえない冷気だ。
んー、どっちだろ。気にはするが、障害になるほどではない。手を繋ぐ少女は少し震えているようだが、元から震えていたような気もする。そんな震えるほど寒いわけでは――ああ、ボロ布のような服しか着てないから、僕より寒く感じるのか。
こういうときはコートとかをバサっと掛けてあげるのが男らしさではあるだろうが、着の身着のままここまで来た僕は生憎服も布も持ってない。そこらの看守から剥いでも良いのだが、見栄えがちょっとね。
とりあえず、少女の周りだけ熱魔法で体感温度を上げておくことにしよう。
微調整は難しいが、――ん、これで大体25度くらいかな。
「え、今、魔法使った?」
「使ったけど……」
「さっきのも、君、だったんだ」
「さっきの?」
「えっと……ルゴス様の」
「……ん?」
うん? 今この子、知ってる名前言わなかった?
目が見えなくとも魔法を感じることはできる。この少女はコロシアムにおいて障壁魔法を無詠唱で使っていたのだから、見た目年齢はアテにならない。
12歳くらいにしか見えないが、普通の12歳はまともに魔法なんて使えない。11歳の僕が言うのも何だが。
中学生くらいまでは、男よりも女の方が成長が早いと言われている。それでも12歳程度にしか見えないので、若く見えるか種族的な物か。どちらにせよ、ただの10代がここまで分かるはずもない。
「ルゴスのこと、何か知ってるの?」
「え、いえ、えっと……主神様?」
「……主神はコンスタンじゃないの?」
「そ、そうでした、そうでした、はい」
しどろもどろになる少女。ううん、怪しい。色々聞きたい気持ちもあるが、立ち話するほどの余裕があるわけでもない。
歩きながら話に熱中すると周囲警戒が散漫になり隠れていた看守を止めれないかもしれないし、話半分程度にしか聞くことができない。
牢屋区画の奥に、子供達が閉じ込められていた場所がある。
いくつも部屋があるが、使われていたのは一箇所だけのようだ。
奥に向かえば向かうほど、気温が下がっていく。ここまで来ると、肌寒いを通り越して冬に近い。もう室温は5度程度と思われる。
熱魔法の範囲を広げ、自分も暖まっておく。そういえばしばらく看守が出てきていないが、この区画に配備される看守は少ないのだろうか。
「これ、ニッカ君、かな」
「これ? って、どれのこと?」
「この、寒いの」
「……マジ?」
ニッカ、魔法使えたの? いや一度もそんな話をしていなかったし、魔法作業場に行かないまでも魔法を使える者は当然多いはずなのだが。
もしニッカも何か魔法を使えたらと思い、管理者権限を使って魔法の使用許可をニッカにも広げたが、狭くないこの空間を丸ごと冷やすとなると、それなりにスキルレベルが高くないと難しいはずだ。僕は自分の周りを暖めるだけで魔力を結構使うのに、広範囲を冷やすとなると数倍どころではない消費量となる。
「あ、やっぱりそうだ」
少女が立ち止まると、そこには氷の彫刻があった。
僕は凍った置き物くらいにしか思わずスルーしていたが、冷静に考えるとおかしい。仮にこの冷気の正体がニッカによる魔法としても、ついさっき魔法が使えるようになったばかりなのに、置き物が凍るほど気温が下がったはずもない。
気温が低いとはいえ、0度を切っているわけではないのだ。それに、水分がないはずの置き物の表面に氷が張るほど湿度が高いわけでもない。
「これ……人だよね?」
「うん、看守さん。たまに来てたから、覚えてる」
「……ニッカが凍らせたの?」
「うん、たぶん」
「マジかー……」
これ、もう逃げてるんじゃね? 不意打ちだとしても人間を氷漬けにできるほどの魔法が使えるなら、ここに留まっている理由もない。
けれど冷気はまだまだ感じる。魔法の発生源が居なければ、とっくに暖まっているはずなのに。
そして、辿り着く。
石畳に鉄格子。随分古い作りの牢屋に。




