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 その日は、いつもと同じにやってきた。


「エミリオ! エレーヌ! 隠れてろ!」


「ちょっとオーレル! どういうことなの!?」


「盗賊だ! 数が相当多いらしいから、絶対に見つかるなよ!?」


「衛兵さんは!? 何人も居るんでしょう!? オーレルが出ることないじゃない!」


「昨日から衛兵は休暇で地元に帰ってるんだよ! 戦える大人がほとんど居ねえ、俺が出るしかない!」


「オーレルが戦ってたのなんて、10年以上昔の話でしょう!?」


「それでも、傭兵の経験者がほとんど居ねえんだ! 村に被害が出る前に食い止めないとまずいことになる!」


「それでも!」


「頼むから言うことを聞いてくれエレーヌ! エミリオを、エミリオを頼む!」


 父オーレルはそう叫び、禁猟期には使っていなかった長銃を手にして走っていった。

 そうして取り残された二人。母エレーヌの震えは、誰にも抑えることはできないものだ。


「大丈夫です、お母さん。お父さんは絶対帰ってきます」


「そう、そう、そうよね、オーレルなら、オーレルなら……」


「そうです。お父さんなら、きっと」


 小さくなってしまった母を抱きしめて、言葉を掛け続ける。

 まずい。非常にまずい。死亡フラグの塊みたいな状態になっている。

 魔法の勉強はまだ始めたばかりでまともに使えるものなんてないし、自衛手段もない。適正はチートのようになっているが、適正が高いというのは成長率が良くレベル上限が高いだけの話だ。育った大人に適うところは一つもない。

 まだ、2歳児なのだ。もうじき3歳になろうとしているとはいえ、体は幼児といって差し支えない。

 20代の意識が入っていたところで、何もならないのだ。

 まずいまずいまずい。今の環境がずっと続くと思っていた。のんびり魔法を覚えていけばいいのだと思っていた。何も分からないのだから急ぐ必要などなく、自由きままに生きていくつもりだった。

 まずい。非常にまずいことになった。

 2歳児にできることなんて、震える母親を短い腕で抱きしめて、同じように震えるだけだ。

 動かない母親を置いてどこかに逃げ隠れるわけにもいかないし、母はまだパニックを起こしていて動けるようにも思えない。


 そう、願い続けるしかないのだ。

 どうか、何事もなく終わりますように、と。

 父が戻り、母が落ち着き、穏やかな生活に戻れますように、と。

 願うほか、ないのだ。







 家の窓を突き破って父の死体が投げ込まれるまで、どれだけの時間を震えて過ごしたか。

 それを見た母が一瞬だけ正気に戻り、僕を台所の床下収納に隠す時、どうして何も抵抗できなかったのか。


「愛してる」


 そう言ってキスをしてくれた母が、床下収納の扉を閉め、そして。


 暗闇。2歳児ならギリギリ収まる程度の隙間しかない床下収納には、当然明かりなど存在しない。

 しばらく待つと、ポタリ、ポタリと、上の隙間からねばっとした水が垂れてきた。

 騒がしい声がする。ずり、ずりと、何かを引きずる音がする。

 何も、何も出来ない。僕には何も出来なかった。

 父の体の強さも、母の心の強さも、何も持っていない僕は。

 ただの2歳児でしかない僕は。


 何も、出来ないのだ。









 いつまで、待っていただろう。


 いつか喉の乾きを覚え、いつか空腹を覚え、しかし動いて物音を立てるわけにいかず。

 震える体を、自分の手で抱きしめて。


 床下から見ての、天井。地上から見ると床板。

 そこから垂れてくる水を、舐める。


 まずい。おいしくない。体によくない味がする。

 けれど、今は生きなければならない。

 母がどうなったか分からない。父が死んだのは、まず間違いないだろう。

 もっと話したいことはあった。もっと聞きたいことがあった。もっと、愛してもらいたかった。

 30年分の記憶があっても、両親に愛されたのは遠い昔のことで。

 それを感じさせてくれた、新たな両親と、もっと一緒に居たかった。


 だから。

 だから。

 だからだからだからだから。


 僕がここで死ぬわけにはいけない。

 母がどうなったのか分からない。死んだのが父だけなら、墓を作って弔ってあげなければならない。

 だから。だからだ。

 僕がここで死ぬわけにはいかないのだ。


 天井から垂れてくる水を、舐めて、舐めて、舐めて、舐めて、舐めて。

 それしか水分がないなら、泥水だろうが飲んでやる。塩水だろうが、飲んでやる。

 それが原因で死んだのなら、それはそれだ。何もせずに死んでたまるか。


 絶対に生きて。

 生きて。

 生きて。





 この平穏を終わらせた奴を、全て殺してやる。

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