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 脱獄計画を始動してから4ヶ月。ついに接触の機会を迎えた標的に、僕はゆっくりと近づく。

 今は刑務作業中だ。僕のような軽犯罪者から重犯罪者まで揃って同じ場所で作業しているのは、専門知識が必要な作業だから。

 魔法を一定以上使える犯罪者だけが集められた作業場だ。

 作業場と言っても、構造は図書館と変わらない。魔法に関する書物やスクロールが並び、知識が足りない場合は自習をすることもできる作業場。

 巡回する看守もおらず、自由に作る魔法使いの犯罪者達。


 不思議な光景だ。僕の知識にある刑務所や作業場は、大量の看守がウロついていたり、全ての道具が管理され、部屋を出る時は何も持ち出していないか全裸になって検査をしたりするのしか知らなかったので、この作業場は違和感しかない。

 勿論入退室時には簡単な手荷物検査があるが、何かを持ち出したりしていないか軽く身だしなみのチェックをされる程度で、服を脱ぐ必要もない。

 なら無用心なのかと言われると、それも否。


 簡単なことなのだ。

 この作業場に居るのは、魔法のスキルレベルが200を越えた者のみ。

 それは一般的には、よほどの才能が、熱意が、時間がなければ辿り着けない領域なのだ。

 魔法を使えない魔法使いに何ができる? ペンを武器にしようにも、ほぼ全員が虚弱体質。100人以上で 襲い掛かったところで、扉の前に立っている筋肉ダルマのような看守に太刀打ちできるはずもない。


 《収束結界》。それが、この監獄に搭載された結界魔法だ。

 今から100年程前に作られた結界で、管理者以外が結界内で魔法を使おうとすると、使用した全ての魔力が結界に吸収されてしまう。どれだけ高位の魔法使いでも結界を破壊することは適わず、齢千年を越えるエルフに協力を仰ぎ完成させたとか、そんなテキストをゲーム時代に読んだ記憶がある。


「イザークさん、ですよね」


 僕が声を掛けたのは、20歳半ばくらいに見える青年だ。眼鏡を掛け、本の山を脇にスクロールを作成している男性。

 『オリエ・ルージュ』の構成員であるイザークは、現時点で49歳と聞いている。しかしそこに居たのは、とてもではないがそんな年齢に思えない青年だった。肌艶も良く、僕の普段使っている幻覚よりも少し若く見えるほどに。


「ええっと……君は?」


 そう返す声も若々しく、50手前の人間とは思えない。

 スクロールに魔方陣を書いていた手を止め、男はゆっくりとこちらを見る。


「エミリオです。オリエの指示で会いに来ました」


「……なるほどなぁ」


 納得した様子。どうやらこの反応、彼がイザークで間違いないようだ。

 外見情報は10年でどうせ変わっていると決め付けてシャットアウトしていたが、もしかして重要だったのかもしれない。

 いくらなんでも若々しすぎるだろ。シスターかよ。男だけど。


 彼を見つけたのは、4箇所目の監獄だった。

 収監されている可能性のある監獄は、確かに17箇所だった。いくら調べても移送に規則性はなく、半年に1回程度ということしか分からない。それでもこんなに早く彼を見つけることはできたのは、単純な確率計算だ。

 17箇所の監獄周辺郵便局から片っ端に郵便を出して消印を確認、直近に収監されたことのある場所を除外し、最後に収監されてから最も時間が経っている監獄から確認しただけのこと。


「ええっと……君、いくつ?」


「11歳でも20歳でも30歳でも、どれでも良いですよ」


 返事は適当に誤魔化しておく。彼が質問してきたのも当然だ。僕は、子供の姿でここに居るのだから。100人以上が居る作業場では10代の者もそれなりには居るが、11歳という年齢は恐らく最年少であろう。


 この国には留置場というシステムがないので、一定以上の罪を犯すと自動的に監獄入りが決まる。刑が確定するまでの留置場の機能も、裁判中や死刑囚が入る拘置所の機能も、罪が確定し償うための刑務所の機能も、全部がそれぞれの監獄内の設備で賄われている。


「うん? どういうこと?」


「外見年齢は関係ないってことです。イザークさんも50手前には思えないんですけど」


「ああうん、若干だけどエルフの血引いてるからね。ハーフどころか1/16くらいだけど、ちょっとだけ外見に特徴出ちゃってるんだよね。ちなみに寿命は人間並みのはずだよ」


「……そんなこともあるんですね」


 1/16エルフなら、確かにハーフエルフでもなんでもない。ゲームシステムでは、ハーフエルフはクォーターまでだったか。名前の通りの半分ではなく、1/4までエルフならハーフエルフに分類されていた。1/16エルフならまぁ、ほぼ人間と言って良いだろう。


「あるみたいですねぇ。父もこんなだったから、気にしたことはないけどね」


 おっとりとした雰囲気で教えてくれる。

 なんか、アウトローの巣窟で兄貴と呼ばれる人間なのだから、もっと脳筋ゴリラみたいなタイプか、典型的ヤクザ人間のどちらかと思ってたのに、拍子抜けだ。

 性格のことは誰に聞いても「普段は大人しいけど怒ると怖い」系の話をしていたが、そういう人はどれだけでも居るだろとあまり気にしていなかった。いや、大人しいのベクトル違わない?



「エミリオ君は、ボスから何の指示を受けたのかな? 伝言? 命令? それとも――」


「脱獄ですよ」


 僕がイザークの質問にそう答えると、彼は一瞬だけ目を見開く。

 周囲をキョロキョロと見渡し、こちらを見ている看守が居ないこと、話を聞いている者が居ないことを確認し、小さな声で言う。


「……難しいんじゃない? 魔法使えない魔法使いなんて、空飛べない蚊みたいなもんだよ」


 彼の危惧は最もだ。公表していないだけかもしれないが、アールバリ監獄に収監された重犯罪者で脱獄に成功した者は、ここ数十年は一人も居ないらしい。

 ただし、僕には知識がある。今から20年後の未来となるが、使えないこともないマップの知識が。


「まぁそのへんは考えてるので、時が来たら指示します」


「ああ、うん。分かったよ」


 それ以上質問してくることなく、あっさりと引き下がるイザーク。

 これは、オリエのことを相当信頼しているということだろうか。彼が送り込んだ子供が、ただの子供ではないと。

 僕が子供と知っているのはオリエとダンの二人だけなのだから、彼にはどちらで合わせよう。子供の姿が幻覚ってことにするか、青年の幻覚を作ってると正直に言うか。

 まぁそれはその時に考えれば良いか。


 彼は、自分の刑務作業に戻る。

 普通はもう少し何かしら質問してくるとは思うのだが、あまり長話をして看守に聞かれるのもまずい。今くらいの短時間なら、もし見られていたとしても、新入りの子供がベテランの大人に質問しに行った程度に思われるだろう。


 その日から、1日1分だけイザークと情報交換の場を設けるようになった。

 僕の外見が子供であるから、看守達もあまり警戒していないのだろう。彼との関係を問い質されないように他の大人達にも色々話を聞く。


 皆、饒舌に語ってくれたものだ。メインターゲットであるイザークが一番喋らないんじゃないかってぐらい。


 ここはA級魔法作業場。看守は少なく、食事や休憩は自由に取れる。作業場に来て一日何もしないこともできるが、成果報酬制なのでそれだと損しかない。そして優秀な模範囚となれば刑期の短縮や待遇の改善もされるので、皆割りと熱心だ。


 主な作業内容は魔法スクロールの作成や、魔導書、魔道具の作成など。ただし魔力を込めることはできないので、魔方陣だったり呪文だったりを書くまでで終わる。

 自習するための書物は大量にあり、10年も勤めれば魔法を一度も使わなくともスキルレベルが倍になると言われている超良待遇の作業場だ。魔法使いを優遇することに一部の層からは反発があるらしいが、監獄収入のほとんどがA級魔法作業場で作られる製品によって成り立っているらしく、それが正しければ当然といえば当然の優遇だ。


 ここに居る者に話を聞くと、半数以上が「外よりも良い暮らしができてる」と嬉しそうに語っていた。

 作業場が優遇されているだけでここに居る時間以外は雑居房での生活となるが、作業場の開放時間が8時から20時までの12時間もあり、それ以外の時間は寝るだけという人間にとっては悪くない生活ができるのだろう。


 そもそも魔法使い、それもスキルレベルが200を越えるような人間は、勉強や自習が嫌いなはずがないのだ。

 魔法とは学問だ。学のない人間には体属性しか使えない。魔力を使わない単純作業でも僅かながらスキルレベルは上がるし、死刑や終身刑でもなければまた外に出たときに魔法が使える。その時のことを考え、皆それなりに真面目に作業に取り組むのだ。


 誰も脱獄をできないのではない、しようとしないだけなのだ。

 イザークに脱獄は考えなかったのかと聞いても、「出ろと言われたら出るけど、飽きるまでは居るつもりだった」と暢気に返されてしまった。アンタの刑期、あと30年もあるんだけど……。

 まぁ、そういうことなのだ。外で待つ仲間達は過酷な刑務作業を想像していても、収監される当人は暢気なものだった。そういうことは手紙で書けよなぁ、全く。

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